17話 養子
謁見の間を退いて、エイジは一息ついた。
背中に汗を掻く緊張感のある会談だった。
だが、少なくとも収穫はあったと考えていいだろう。
しばらくすると、フランコが同じように謁見の間から退出し、エイジに会いに来た。
「宝物庫を案内します」
「急に丁寧に話されますね」
「まだ親子の契りを結んでいないとはいえ、エイジさんはすでにナツィオーニ様の義理の息子となられる方ですからね。対応を変えるのは当然です」
「そのあたり、本当にきっかりしてますね」
「癖ですね。何事も決まったとおりに動けばいい、と思うことは多々ありますね。そうでないことの方が、圧倒的に多いことも承知していますが」
杓子定規なお役人そのものといった性格か。
有能だが生きづらそうだ。
自分自身も頑固や真面目、と言われることを思い返しながら、そんな評価を下す。
二人が歩いてすぐ、目的のところに着いた。
宝物庫は非常に頑丈な錠前で、固く閉ざされていた。
フランコが鍵を預かり、開けてくれる。
カションと音がして滑らかな動き。
鍵の手入れが行き届いているのが分かった。
「お入りください」
「それじゃあ失礼して」
分厚い扉をくぐると、中は真っ暗だったが、定期的に掃除されているらしく、埃っぽい空気などは感じられない。
かなり部屋は広い。
入り口は廊下の明かりが漏れて明るいが、奥を見通せない。
「ここに入れる人は珍しいですよ」
「そうなんですか。それは光栄ですね」
「ナツィオーニ様に仕えていながら、未だに一度も中を見たことがない者が多くいます」
「フランコさんは?」
「私は褒美をもらう側と言うよりも、管理する側で度々きますがね」
フランコが松明に灯をともした。
途端に浮かび上がってきたのは、多数の装飾品や、豪華な布、服、貴重な乾物、焼き物などだった。
陳列も考えられており、博物館か、どこかの商店で品物をみている気分になる。
エイジはきょろきょろと首を動かし、部屋の雰囲気を確かめる。
「ほう、これはすごい」
「すべてが献上品や、税で納められたものですな。この島のありとあらゆる名物名品が集まっています。とはいえ、単純な量では西のモストリの町に負けますが」
「ピエロさんところですか。交易で手に入れるんですかね」
「おそらくは」
たしかに、あの町の倉庫も驚くほど様々なもので溢れていたな、と思い出す。
エイジは棚から一つ一つ品を手に取り、どれがタニアに似合うだろうかと考えた。
たとえば、あの長い髪にブローチなどはどうだろうか。
瑪瑙で作られた精巧なカメオのブローチがある。
彫られているのは女性の姿だ。
知らないだけで、何かの女神を象ったものかもしれない。
これが良いかもしれないな……。
そして、二つ目は服に使う布地だ。
綿生地は非常に高価な割に、意外と手触りが良くない。
糸縒りや機織りの技術がまだ高くないのだろう。
だが、この場にある綿生地は、どれも滑らかな手触りで、明らかに一手間加えた痕跡が見られた。
アカネで染められているのか、赤い布地を一枚とる。
これでスカートの一枚や、シャツの一枚でも作ってもらうか。
三つ目は何にしようか、とエイジは悩んだ。
装飾品に、服に。
あと高価なもので、タニアが喜びそうな贈り物といえば……。
おっ、これなんて良さそうだな。
エイジが手に取ったのは、蜂蜜だ。
壷にたっぷりと収まった蜂蜜は、蓋を開けると甘い香りが漂う。
甘味は最高の贅沢だ。
このまま舐めるのも十分美味しいが、ちょっと手を加えてビスケットやクッキーを作っても喜んでくれるかもしれない。
原料が小麦や卵、バターなど、村の中で完結してくれるのがありがたい。
それに甘味はカロリー的な意味でも貴重だ。
子供のためにも栄養のあるものをしっかり食べてほしい。
「決まりました、この三つでお願いします」
「分かりました。手配して家に届けさせましょう」
「お願いします」
エイジが今日泊まる家は、他の村のメンバーとは別になる。
エイジは個室が与えられるが、ほかの村人たちは、大部屋で雑魚寝だった。
労役ではなく、褒美に呼ばれた人間の役得だ。
館の一番奥まった場所に、ナツィオーニの個室はあった。
それまでに、非常に小さな採光窓しか開いていない細長い廊下を通ることになった。
これは一種の防衛策のひとつなのだろうか。
たとえ襲撃があったとしても、一方から一人しかやってこれないならば、防ぎやすい。
そんなことを想像しながら、エイジは扉をノックした。
入室の許しを得る。
「よう、良く来たな」
「先ほど挨拶しましたが、あらためて、エイジと申します。よろしくお願いします」
「まあ、座れや」
「失礼します」
ナツィオーニの個室は、それほど大きくなかった。
机と椅子があり、来客用のテーブルがあり、大きなベッドがある。
あとは少し棚があるぐらいで、それほど風変わりな物はない。
それぞれはきれいに整理整頓されていた。
それらはナツィオーニが整理しているのだろうか。
それとも使用人が片付けているのだろうか。
エイジは意外な物をみた気分だった。
もっと華美で豪奢で、英雄が住む豪邸というイメージがあった。
不思議そうなエイジの表情を読んだのだろう。
ナツィオーニが説明をくれる。
「自分で言うのも何だが、俺は物に対して執着がねーんだよ。金ぴかを眺めて一体なにが楽しい。どこに心が躍る。そんなものより、弓で鹿を狩ったり、狼を槍で串刺しにしたりするほうがよっぽど楽しいじゃねえか」
「じゃあ、謁見の間で着飾ってるのは?」
「そりゃ、みずぼらしい格好してたら、威厳がないだろうが」
ナツィオーニの発言は一理ある。
たしかに、外見は大きな影響を与えるだろう。
だが、エイジには狩りが楽しいという感情は理解できなかった。
とは言え、ハンティングにハマる人がいるのは確かだ。
ゲルマン民族の貴族は、毎日のように狩りを楽しんだという説もある。
中世の貴族の楽しみに、狩りがあるのは事実だろう。
現代日本でも猟銃の免許を取って、狩りに励む人はいた。
ただ、共感できないだけだ。
「まず、お前さんに言っておかないといけねーことがある」
「なんでしょうか?」
「馬鹿息子が世話になったな。このとおり、感謝してる」
「ちょっ、ちょっと止めてくださいよ」
エイジは慌てた。
傲岸不遜に見えたナツィオーニが、頭を下げている。
「親のけじめだ。あの馬鹿息子が一体どうやってまともになったのか。俺には見当もつかないが、良くやってくれた」
「最初は確かに荒れていましたが、私は特になにもしていませんよ。人は誰かによって変えれるわけじゃありません。ダンテ本人が変わりたいと思っていたからこそ、変われたんですよ」
「俺にはとてもそういう風には見えんかったが……な」
「家族だからこそ、見えないものも多いでしょう」
「そんなものか?」
不思議そうに言うナツィオーニ。
荒れていた性格のなにが原因だったのか、まるで見当もついていない様子だった。
まるで認められないという環境が、ダンテの傲慢な性格を作り上げたのだろうとは、とても言えない。
「さて、それじゃあ、そろそろ杯を交わそうか」
「さかずき?」
「ああ、杯を出せ」
「わかりました」
純金で作られた豪華な杯に、ワインが注がれていく。
まぶしいばかりの輝きは、確かに人によっては魔性の魅力を伴っているのだろう。
ワインが妖しげな芳香を放っているように見えた。
「それじゃあ、これより、俺、ナツィオーニは、血の繋がる息子と同じく、エイジを我が子として扱うことをここに誓おう」
「よろしくお願いします」
ローマ人は、亜鉛の杯を好んだと言うが、純金の杯で飲むワインも、十分に味良く感じられた。
ゆっくりとワインを飲み下していくと、体がぽかぽかと温まってくる。
「なんだ、酒はあまり強くないのか」
「そうですね、軽めで済ませます」
「それが良い。飲み過ぎて二日酔いになったら堪らんからな」
「あれは本当に地獄のようです」
「じゃあ、酔っ払ってしまう前に、少し話をしようか」
「なんですか?」
ナツィオーニが楽しそうに笑う。
そして何気ない様子で、爆弾発言を投下した。
「お前、弟子が一人前になったら鍛冶師を半分引退して、この島の運営の手助けをしないか」
次回でナツィオーニの町編は終わりたい……。




