15話 謁見 前編
広い謁見の間だった。
部屋の中央には、絨毯が敷かれている。青銅の置物が壁際には置かれ、金色のきらびやかな色を放っていた。
入り口付近には、武器を携えた男が左右を固めている。
そして部屋の奥には、豪華な玉座がある。
これがナツィオーニの領主か……!
領主の姿は、ひたすらに大きかった。
獅子のようなたてがみににた豊かな髪、猛禽のように鋭い瞳。
深紅のマントを羽織るその男は、フィリッポと背を並べるぐらいに大きそうだ。
威風堂々という言葉が似合う巨漢だ。
ダンテの父、というのが良く分かった。
ダンテから年相応に成長させ、甘さを抜き去り、威厳を加えれば、ナツィオーニの姿になるのだろう。
ナツィオーニは楽しそうに、エイジを観察していた。
目が合った途端、ぶわり、と風が吹いたようだった。
思わず一歩退きそうになるような重圧。
島の英雄という評価は、伊達でもなんでもないらしい。
まだ言葉すら交わしていないんだぞ。
これからこんな人間を相手に、要求をはねつけ、こちらの言い分を認めさせなければならないのか……。
そう思うと、自信が萎えそうになる自分がいる。
バカを言うな。それなら、要求を呑めと言うのか。
そんなことが出来るわけがない。
エイジはここまで案内してくれたダンテの後に続いて、玉座の前に立った。
座れとも、跪けとも言われない。だが、不敬にならないよう、目線だけは下げた。
「面を上げよ」
「はい」
指示を出したのは、隣に立っていたフランコだった。
普段は強烈な印象のある男だが、そんなフランコですら、この領主の隣に立つと、若干影が薄くなったように感じられる。
ナツィオーニが、にやっと笑った。
大きな犬歯がむき出しになり、猛獣のようだ。
「お前がシエナ村の鍛冶師、エイジだな。遠路はるばるご苦労だった。ダンテ、お前はもういい、控えてろ」
「いや、せっかくだから、見ていくぜ」
びりびりと腹に響く、重低音。
声だけを聞けば、かなり魅力的だ。
ダンテの返答に、珍しい物をみた、というような表情で楽しそうにナツィオーニが笑った。
「お前がまさか政務に出るとは、一体どういう風の吹き回しだ。こいつぁ傑作だな」
「俺様だって少しは成長するんだよ」
「ふん、まあ良かろう。壁際に立って、邪魔をするな」
ダンテが言われたとおりに移動すると、ナツィオーニの目が、ふたたびエイジに向く。
ナツィオーニにダンテの興味はまったくないようだった。
視線や声は冷たく、侮蔑の色さえ感じられる。
これはグレても仕方がないな。
それとも、ダンテの行動が悪くて、見放すようになってしまったのか。
「そういえば、あのどうしようもない馬鹿息子の面倒を見てくれているんだったな。世話が焼けるだろう」
「いえ、それほどでも。最近はまじめに働き、日々成長していますよ」
「どこまで本当やら……。まあ良い、その話は用件が終わった後で詳しく聞こう。フランコ、用件を聞かせてやれ」
「はい」
フランコが前に立ち、エイジを見つめる。
相変わらず感情の読みにくい顔だ。
この男のせいでどれだけ苦労させられたか。
エイジは自分の表情が憎々しげにならないよう、注意が必要だった。
今ここで不興を買うわけにはいかない。
「エイジ、この度の納税、まことにご苦労だった。ついては、納めた道具について、それぞれの使い方を実践せよ。口頭で簡単に聞いているから、今回はそれぞれの技師を呼んできた」
フランコの言葉で、それまでエイジとは別のところで控えていたであろう男たちが、謁見の間に入室してきた。
また、兵士たちが税として納めた道具を並べ、木工に使う道具には木が、石工に使う道具には石が、といった様子で、対応した物が準備される。
片付けが大変だろうな、などと益体もないことを考えながら、エイジは言われたとおり、道具の前に立つ。
「こちらが鋸と、鉋、組み鑿になります。鑿については大工をはじめとした木工の方にはお馴染みのようなので、鋸と鉋について、実演していきましょう」
「どれどれ、俺によく見えるように角度を調整しろ」
「ナツィオーニ様、それでは職人を呼んだ意味がありません」
「俺の近くに並ばせればいいだろうが」
ナツィオーニは本当に新しい道具に興味があるようだった。
最前列を希望し、そのためフランコや兵士が脇を固めて安全を確保することになった。
ナツィオーニが立ち見で、職人たちは膝をついての見学だ。
まったく、上に立つ人間がわがままを言うと、周りがいつも負担を強いられるな。
「これまで私が聞くところによると、木を削るのは、斧によるそうですね。こちらの鋸は、木を両断するときに、まっすぐな断面を保って切ることが出来る道具です。これにより、真四角な柱などを手軽に作ることが出来ます」
エイジが材木に足をかけ、鋸の刃を当てる。
鋸は容易には進路の変更が出来ない。
最初はゆっくりと、優しく丁寧に挽き、やがて切れ込みが安定したら、勢いを増していく。
鋸の刃は、実は水平ではない。刃の方が太く、楔型になっている。
まるっきり水平だと、切っている途中の木に挟まれて、動かせなくなってしまうためだ。
ギコギコと鋸の大きな音がすると、木工や大工の職人たちが、にわかに興奮しだすのが分かった。
木粉が舞い上がり、音とともに材木に切れ込みが入っていく。
カコン、と音を立てて材木の端が切れ落ちた。
「このように、材木を無駄にせず切り落としたり、形を整えたりすることが出来ます。次に鉋の使い方を紹介しましょう」
エイジは外国人に鉋の披露をするのが好きだ。
ごくごくまれに、鍛冶場に見学に来る外国人がいたものだが、引き鉋は日本独自の道具ということもあって、受けがいい。
エイジは材木に平鉋を置き、構える。
右手で、鉋刃を上から包むように持ち、左手は台尻を支えるように持つ。
体重の移動にあわせて手前に引いていくと、かつお節を削るように、するすると鉋屑が出来上がる。
「おおっ、なんだこれは」
「恐ろしく薄く削られているぞ」
「一体どうなってやがる……? お前持ってみろ。何だこの透けて見える薄さは。それに削られた木を見てみろ、輝いてるじゃないか」
「お前出来るか……?」
「バカ言うな。黄金積まれたって同じこと出来ねーよ」
職人たちの驚きの声と、驚愕の表情。
一人はまじまじと屑を眺め、恐る恐る近寄って鉋屑を手に取る。
そしてそれを仲間内で手渡し、じっくりと検分する。
ナツィオーニが、エイジに話しかけた。
「触ってみても構わないか?」
「どうぞ。鉋をかけた後の、木の手触りを確かめてください」
「ツルツルしているな。こんな滑らかな木は初めてだ」
「どんな目の細かなヤスリをかけるよりも、鉋の方が滑らかになるでしょうね」
鉋は中国から伝わってきたと言われている。
だが、松の木などの硬い木を中心に鉋掛けをした中国や韓国と違い、日本は杉や檜に鉋をかけることが多かった。
そのため、引き鉋という独自な発展を遂げている。
また、材木に塗り加工をする海外と違い、日本は白木を愛する文化のために、鉋の発展が押し上げられたと言われている。
「ふむ……見事な道具だ! よし、他の道具の説明もどんどんしていけ!」
「分かりました!」
ナツィオーニは上機嫌に次の説明を求める。
エイジは自信を持って、組み鑿や石切鑿の説明を始めた。
エイジの道具の説明が終わった。
職人たちは後片付けを終え、謁見の間から引き上げている。
残ったのはナツィオーニやフランコ、ダンテといった面と、兵士たちだけだ。
ここまでは特に問題なくいけたな。
エイジはナツィオーニの反応を見て、自信を深める。
間違いなくナツィオーニはエイジに対して、そしてその技術に対して興味を覚えている。
もちろんそのために、厄介事を引き寄せる可能性もあったが、有用性を示すことで、ある程度の発言権を高められただろう。
これから行う交渉のためには、エイジ自身が希少な存在だと思ってもらわなければならない。
最低限の条件は整ったと見てよかった。
問題はいつ、カタリーナの話が来るのか、と身構えていたわけだが、その時は意外にもすぐ来ることになった。
フランコから話があるようだ。
「さてエイジ、ひとまずは見事であった。鍛冶師としての技量の確かさは、間違いなく示されただろう。お前の技術はこの島の発展にとって、なくてはならないものだ」
「お褒めに預かり光栄です」
「そこでお前に褒美を与えたい」
「褒美……ですか?」
きた。褒美とは言うが、その実態は押し付けではないのか。
エイジはいかにも、思わぬ展開だ、という顔をした。
まったく、自分も腹芸が出来るようになってきたのか。
ほんの一年二年前なら考えもできないことだ。
「お前は身元が分からぬ身であるという。そこでナツィオーニ様が寛大にも、お前を一族として迎え入れようと考えられた。弟子として知っているだろうが、カタリーナをナツィオーニ様の養女とするので、娶ると良い。ならば晴れてお前も一門である」
「大変ありがたい話です。まさかそこまで買ってくれているとは思いませんでした。しかし――お断りします」
「なに……っ!?」
「ほう……」
まるで思ってもみない返答を聞かされ、フランコの表情が驚愕に見開かれた。
そして本命、ナツィオーニは楽しい展開になってきたと、笑みを浮かべる。
さあ、ここからが正念場だ。
失敗は許されない。
覚悟を決めろ。
修羅場が終わったので、また更新復活です。




