14話 ダンテの過去
エイジが連れてこられたのは、応接間のようなところだった。
テーブルと一脚の椅子があり、花瓶には花が生けられていた。
そこはナツィオーニに謁見するまでの間の、待機室だった。
エイジは椅子に座りながら、部屋の中を見渡す。
窓からは庭の様子を眺めることができた。
手入れのされた庭は美しく、この島で見てきた、これまでのどの場所とも違う印象を与える。
いわば、無駄なところに力を注ぐことができるという、凄みだ。
テーブルに置かれた水差しから水を飲んでいると、扉が開いた。
そこから現れたのは、ダンテだった。
別段驚くことではない。ここはダンテの実家なのだ。
「よっす。どうだい、緊張してねえだろうな」
「ダンテ。どうかしたかい?」
まるで緊張していないかと言われれば、嘘になる。
これから領主の言うことに対して、異議を唱えるのだ。
自分たちの信条を守るためとはいえ、少々無理をしすぎだ。
会うのを直前になれば、否応なく意識してしまう。
エイジの思惑とは関係なく、ダンテがさらっと答える。
「俺が迎えに使わされたのさ」
「そうか。じゃあこれからかな」
「もうちょっとで俺の親父が会う準備ができるみてえだ」
「それまで、少し話でもしようか。ダンテにとってナツィオーニの領主、お父さんはどういう存在かな」
「親父か……そうだな」
ダンテはいわば、家族として一番ナツィオーニの近くにいる人物だ。
そのダンテから話を聞くことができれば、これまで為政者として遠い存在でしかなかったナツィオーニの姿を、身直に感じ取ることができるかもしれない。
ダンテは少し考え始めて、口を噤んでいたが、やがてぽつりと話し始めた。
「実は俺と親父はあまり仲がよくないんだ。よくないって言うよりは、目をかけられてないっつーのかな。いてもいなくても構わない存在ってわけだ。まあ、仲がよくないのは、別に親父に限った話じゃなくて、兄貴たちもなんだけどな。俺は三男坊で、兄貴たちは優秀だから、最初から期待されてなかった」
ダンテがぽつぽつと語り始めた内容は、エイジにとって驚きだった。
エイジにとっては、長男も三男も、息子として変わりない。
もちろん跡取りとしての役割を果たしてくれるならそれに越したことはないが、そこまで待遇に差を付けるようなことはしないだろう。
とは言え、エイジも年輩の人から、長男だけが特別愛されて育った家庭、という話は聞いたことがあった。
次男は万が一の保険として、それなりの待遇で、三男以降は無関心といった対応だ。
昔は個人よりも家を大切にする文化だったと言われれば、それまでのことだ。
「それじゃあダンテはお父さんのことを?」
「勘違いするな」
嫌っているのか。
暗に問うたエイジに、ダンテが首を横に振った。
そこに怒りの感情は見えない。
「俺は親父を尊敬しているよ。知ってるか? 先の戦いの時、このナツィオーニが一番戦火にまみれたんだ」
「いや、初めて聞いたよ」
ナツィオーニは島の左右ちょうど中央に位置する。
そのため主戦場になりやすく、左右から兵が衝突し、当時まで村だったナツィオーニは大きな被害を受けていたらしい。
ダンテ自身は、その光景を朧げにしか覚えていない時期だったようだ。
「俺の爺さんが亡くなって、親父が跡を継いだ途端、それまで蹂躙されるだけだった立場が変わったんだ。親父はまず西側に積極的に味方し、先陣を切って戦場を走った。そして戦いの場を東へと移し始めた。親父は鬼神か何かのような強さだったらしい。戦場で一度も傷を受けなかったと言っていた。それで戦を終わらせて、今度は自分の村だけじゃなくて、島全体を治めることになった。親父は英雄だと思う」
誰もが口を濁して、真実を語ろうとしなかった戦の断片を知って、エイジは不思議な気持ちになった。
村の人たちの悪感情は、いったいどこまで正しい感情なのだろうか。
しかし、戦場で一度も傷を受けなかった、というのは凄まじい。
エイジは一度そう思ったが、実際は軽い矢傷でも受けると、そこから化膿して大事になることが多い。
無傷で戦場を生き残るというのは、古代ではかなり重要な事だろう。
「戦が終わって、もっとも奮戦していた親父がまとめ役になることになった。親父はまず自分たちの村を復興させることに決めた。一番荒廃していたのもナツィオーニだったし、領主のいる場所が寂れていたら、誰も言うことなんて聞いてくれないってな。それで防備を厚くして、戦が起こらないように備えたんだ。次に食料を集め始めた。そして、ほかの村から青銅鍛冶の職人を徴発して、力を蓄えたらしい。こういった仕事は結構反発が強くて、親父も自分たちが嫌われていることは、よく知ってるんだ」
「……どうして、ダンテはそこまで教えてくれるんだ?」
「確かに俺はなんの関心も持たれちゃいないし、この町にいる頃は悪さばっかりしてたけどさ、やっぱり親父は俺の憧れだからな。エイジ、あんたには、親父のこと理解してほしかったんだ」
照れくさそうに鼻をこすりながら、ダンテが笑う。
「なんだ、悪さをしていたのは自覚していたのか」
「お、おう……」
「それについても、時間が許すなら、話しておけよ」
「マジかよ……」
呆然とした風に言うが、エイジは許さない。
ここまで話してくれたのだ。
自分のこれまでを振り返る機会を持つのは、悪いことではない。
「今思い返すと、やっぱり寂しかったんだろうな。親父が忙しくて、俺に興味がないのはまあ理解できるにしろ、兄貴たちのバカも俺に対してバカにした態度をとってきやがったからな」
「お兄さんたちは、ダンテの味方をしてくれなかったのか」
「母親が違うからな」
ダンテの母は妾になる。
ダンテが産まれた直後は、ナツィオーニから寵愛を受けていたため、ダンテも待遇が良かった。
だが、母が病死して以来、待遇は一気に悪くなった。
人の愛とは、そんなにも冷たいものなのだろうか。
タニアのお腹の子に対して、エイジは自身がそんなに冷たい対応をとれるとは、どうしても思えなかった。
「俺は町の次男や三男で、似たような奴を見つけては、好き勝手してやった。一応立場は領主の息子だ。誰も俺に逆らわなかったし、何も言わなかった。物を言えたのはフランコぐらいのもんだ。だから、エイジ、あんたに投げられて、俺様は本当に驚いたし、あのときは腹立たしかったんだぜ」
「そりゃ自業自得だよ」
「今は、そのことが少しだけ分かる」
「それは成長したってことだね」
エイジの言葉に、ダンテはああ、まあ、悪かったなと誤魔化すように言って、顔を背ける。
おそらくは照れているのだろう。
「そろそろいい時間だ。案内する」
「ありがとう。おかげで緊張もほぐれたよ」
「そうかい。何をする気か俺様には分からねえけど、まあ応援してやる」
「頑張ってくる」
「よし、じゃあ案内するぜ。こっちだ、ついてきな!」
ダンテが立ち上がり、扉を開けて部屋を出た。
距離が近づいたのは、ナツィオーニに対してだけではない。
ダンテに対しても、初対面に抱いていたわだかまりは全てとけていた。
少し短いですが、キリの良い所なんで勘弁して下さい。




