12話 ナツィオーニの町
シエナ村から出た納税の一行だが、エイジは大きな問題を感じていた。
それは、ナツィオーニの町に続く道路が、あまりに整備されていなかったからだ。
定期的に労役などで道を通るためか、それなりに踏み固められてはいるが、一切舗装がされていないため、程度としては獣道と変わらない。
段差や石といった、移動の妨げとなるものがそのまま放置されていた。
歩くだけならばまだ良いだろうが、荷車を人力で押している現状、自然のままという放置具合は問題が大きい。
石に車輪が乗り上げるといった程度の問題から、段差を乗り越えるために、救援が必要になったり、そもそも一度止まって、迂回する必要があったりした。
晴天が続いているから良いものの、一度大きな雨が降れば、泥濘んで更に移動が大変なことになっただろう。
納税のために毎回通ることになるのだから、少しは整備すればいいのに、とは思うものの、村の生活を思えばそう無理も言えない。
まずは身近な生活から整えていくのは当然のことだ。
だが、ある程度日常生活の営みに余裕が出てきたならば、やはり道の舗装はしなければいけない課題だろう。
「これからもこんな道が続くと思うと、うんざりしますね」
「いや、それもシエナ村から半日程度までだぞ」
知らず、愚痴に本心がたっぷり含まれてしまったな。
気分の滅入ったエイジに、否定したのはダンテだった。
「どういうことだい?」
「他の村との道が交差していくにつれて、ちょっとずつ道がまともになっていくんだ」
「ああ、ここはうちの村の人間だけだから、整備が追い付いていないのかな」
「合流する度に少しずつ良くなっていくから、辛いのは最初だけだ。安心すると良いぞ」
なるほど、ダンテの言葉は確かだったようで、タル村からの合流地点から、やや大きな石が除けられ始めた。
まだまだ道と呼ぶには不十分ではあるが、お尻から伝わる振動が心なしか穏やかだ。
人間は歩けば疲れるものだ。
それが車を押しながらとなれば尚更で、休憩はこまめに取ることになっていた。
体感として、およそ一時間ごとに十分。
そして三時間ごとに一時間ほどの休憩を挟むようだった。
とはいえ、休憩は時間で区切っているわけではない。
おおよそそれぐらいの時間を歩いた所に、必ず休憩場所が設けられていたのだ。
横たわった木を裂いてイスにしたような場所があったり、道を脇にそれた所では、丁寧に石が除けられ、広場になっているような場所があったり。
ちょうど昼休憩の際には、広場になったような木々の生えていない場所で、火が起こしやすいように穴が掘られ、石が積まれていた。
それぞれの場所に到達したら、一行は休憩を開始するのだった。
それは夕食前の休憩だった。
その後、再び行進が始まることはないため、みな野営の準備を始めることになる。
準備が始まると、エイジは素早く立ちまわった。
それまでのんびりと牛車に座っていた分、働きを取り戻すのだ。
牛車から飛び降りると、すぐに野営地を観察し、竈の設営に走る。
石組みを組み立てなおし、森から枯れ葉と枯れ木を集める。
森と言っても、道以外は全方位が木々に囲まれている。
材料を探すのは一瞬で出来た。
シエナ村から一緒に移動していて、自分の足で歩いている者たちも、エイジの姿を見て、溜飲を下げた様子だった。
立場はあるだろうが、どうしてエイジだけが優遇されているのか、という感情を抱いても、不思議ではない。
これからも付き合いの続く、同じ村の人間だからこそ、そういった機微には敏感になっておかなくてはならない。
それだけに、牛車に座ったまま、気楽にしているダンテに非難の目が集まる。
フランコのように、完全に外部の人間ならばともかく、扱いとしては、あくまでエイジの弟子という考えなのだろう。
ずっと人に頭を下げられて育った弊害だろうか。
ダンテには、自分の行動が他人からどう見えているのか、推し量るのが苦手なようだった。
完全に弟子として同行するならば、エイジとしても指示が出せるのだが、今回はフランコもいて、ナツィオーニの一行とも考えられる。
ダンテ自身の行動に任せるのが一番だと判断したが、アドバイスぐらい送っても良かったかもしれないな、と思った。
「エイジさん、準備あんがと。あとはオラたちに任せておいてくれ」
「そうですか? ではお願いします」
同行している一人、ベルナルドが鍋に食材を放り込んでいく。
エイジは席を外すと、石工用のコヤスケとノミと玄能を手に、竈に戻ってきた。
コヤスケとは、石を割るための道具で、刃の長さはおよそ四、五センチ。
石の表面に線のように切れ目を入れ、最終的に衝撃でパカンと割れるようにする道具だ。
ノミとは、石工が石を整える際に使うものだが、ノミ、とだけ言ってしまうと、石工以外にも様々あって、区別が難しい。
「道具さ持ってきて、何をする気だい?」
「いえ、どうせなら少し竈を手入れして、今後使いやすいようにしようと思いましてね」
エイジは石の一つを取ると、足で挟み込み、ノミを当てる。
先を綺麗に研いだノミは、本来なら納品するものだが、予備があるので、そちらを納めれば問題ないだろう。
玄能を軽く振るい、石の表面を削っていく。
鉄を鍛造するには、毎回のようにノミを使う必要がある。
だから、たとえ使うものが石だとしても、扱いはお手のものだった。
多少感覚に違いはあるが、慎重にしていけば、すぐに慣れる。
でこぼことした表面を、滑らかになるように整えていく。
カンカン、パキン。
カンカン、パキン。
規則正しいリズムが続き、石が一つ、二つ、三つと形成されていく。
でこぼこだった石が、レンガのように組みやすい形になっていく。
ふ、と気がつけば、あたりに人が寄って、エイジの手元に視線が集まっていた
フランコは感心したような、もしくは呆れたような表情を浮かべていた。
「君は本当に多芸だな」
「フランコさん……。これは鍛冶で毎日鉄を削ったりしているからですよ」
「私には君がなんでも出来るような気がしているんだが」
「それこそ、まさかです。出来ないことだらけなのを、痛感しています」
こんなことは、石工の職人がいれば、もっと早く、もっと丁寧な仕事ができるだろう。
今回はたまたま、同行していなかっただけだ。
それに、村の人間は忙しいから、他者の仕事振りを観察する機会など、あまりないのだろう。
これはエイジが凄いというよりも、物珍しいから注目を集めただけだ。
こんなことなら、もっとノミを作っておけばよかったな、とエイジは思った。
二日目、三日目と行進を続けるに従って、なるほど道は確かに整備されていた。
最終的には小石ぐらいになって、ずいぶんと振動も楽なものだ。
エイジはこの数日で痛くなったお尻をやさしく撫でた。
道中の広場も、整備を手伝ってくれる人が増えてきた。
行きと違い、帰りは少し楽になるだろう。
日本では田舎でも裏通りでも、綺麗にアスファルトで舗装されていた。
それが徹底されすぎていて、自然がないと不満に感じるほどだったが、舗装されていない道というのが、とてつもなく不便なことが分かった。
「エイジ、ダンテ、もう間もなくだ」
「どれどれ、俺様が自分の町を確認してやろう」
「これが……ナツィオーニの町か」
ナツィオーニの町は、北東から流れてきた川がグルっと西に円を描き、その円の中に、町ができているようだった。
橋は西側からだけ架かっているようで、これは防衛を考えた構造だった。
島の西に繋がる道と合流し、橋を渡る。
明確な区分はないが、この端を境に、ナツィオーニと言っても問題はないだろう。
川の流れは緩やかで幅が広く、下流に近いことが分かる。
川魚は豊富で、網引き漁をしている漁師がいる隣で、鳥が羽を休めている。
町とはいうものの、牧歌的な光景が広がっていた。
一行が進むと、さらに町の中が見えてきた。
外周部には、やはり畑が並んでいる。
これはどの村でも変わらない光景だが、島の首都とも言えるナツィオーニでも、それは変わらないらしい。
だが、獣除けの柵はしっかりと備えられていて、基本的な設備は、シエナ村に比べ一歩も二歩も進んでいるようだった。
それは道路や、川の堤防にも現れていた。
足元は細かな砂利が敷き詰められていて、牛車は驚くほど安定して進み始めている。
雨の日、泥濘に足を取られることもないだろう。
堤防も綺麗に石が積まれ、氾濫が起きないようになっていた。
なによりの驚きは、ナツィオーニに住んでいると思われる町人とすれ違った時、彼らの表情が活き活きとしていたことだ。
ナツィオーニの町の人にとって、領主というのは、優れた為政者なのかもしれないな、とエイジは思った。
それともこれは、労役という形で、外部から労力を集めた結果なのかもしれない。
一部の人間のために、多くの人間が労力を割いているとしたら、あまり感心できない話だ。
だが、エイジにはまだこの島の政治がどうなっているのか、まるで分からない。
早計に失することはない。
じっくり観察しようと思う。
町に入ってすぐに、高い煙突が目に入り、その下に広がるひときわ大きな建物を見ると、エイジの目が自然とそちらに引き寄せられた。
高い煙突など、鍛冶場でもなければ目につかない。
これが噂の青銅鍛冶の工場か。
エイジの眼前に、ナツィオーニの全貌が広がりつつあった。
もう1月も終わりですね。
長らくお待たせしております。
あと、続刊……ゲフンゲフン。




