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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第6章 備え

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11話 出立、いざナツィオーニ

 話が済んで、カタリーナが家から帰る。

 しばらくエイジとタニアは無言だった。

 カタリーナの気配の余韻のようなものが、部屋からなくなってはじめて、エイジが口を開いた。

 その視線は、扉の向こう側に向かっていた。


「さて、カタリーナさんは帰りましたかね」

「ええ。もう大丈夫だと思います、エイジさん」


 頷き合って、これからの会話の安全性を確認する。

 ここから先、他人に聞かれていい話ではなかった。

 エイジは、自分の中の疑問を確認し、再構築するために質問する。


「どう思いますか?」

「言ってることは本当じゃないですか?」

「つまり、フランコ辺りからの情報だということですね」

「ええ」


 なるほど。これは厄介なことになった。

 カタリーナ一人の意見ならば良い、と思った。

 自分の立場に固執したカタリーナが、少しでも自分の幸せを願い、嘘八百を並べたならば、どれだけ今後気が楽だっただろう。

 まあ、そんな可能性は、もともととてつもなく低いものだとは、思っていたけれど。

 だが、話した内容が事実だとするならば、また別の困った事実が浮き彫りになる。


「今回のことで分かったことがあります」

「なんですか?」

「フランコさんはおそらく、私が武器を作ったことを知っています」

「……本当ですか? 一体どうして」

「いえ、ね。去り際の一言がずっと胸に残っていたんですよ」


 フランコは言っていた。

 『何か疚しいところがあるのかと、つい疑ってしまうね』と。

 その言葉は追求しきれなかった負け犬の遠吠えでもなんでもなく、ただ事実を口にしただけだったのだろう。

 エイジはその時の様子を思い出すと、背筋がぞっと粟立つのを感じた。


「あれは多分、ほとんど確信していたんだと思います」

「でも、そのとき強く追求しなかったんですね」

「後で一門に入れるなら、不祥事なんて無い方が良いですからね。そして、おそらくその情報源は――」


 思い浮かべたのは、同じ顔だっただろう。

 同じタイミングで頷きあった。


「カタリーナさんですね。それでエイジさんは、全面的に肯定していたんですね?」

「ええ。反対しても、そもそもカタリーナさんには何の権限もないでしょう。それに話を少しだけ聞いて、すぐに口出ししてたら、相手の意見の真意が見抜けませんからね」

「エイジさんも交渉が上手くなりましたね」

「おかげさまで。でも、タニアさんが怒らないかヒヤヒヤしましたよ」

「私だって違和感ぐらい感じますよ」


 だって、あまりにも普段と言ってることが違うんですもん。

 そのように言われて、エイジは苦笑するしかなかった。

 タニアさんから見て、私はどんなふうに思われているんだろうか。

 自分の立ち位置には、あまり自信がない。

 ただ、夫婦となって、そこそこ硬い信頼は築けているはずだ、という確信はある。


「しかし、今回のこの策ってなんの意味があるんですか?」

「そうですね……。考えられるのは、この村の反抗を抑えるという役割。エイジさんを一門として、取り込む布石。協力させるきっかけづくり。対外的には、優秀ならば自分たちの町以外でも、抜擢するというアピールから、シエナ村に関係する交易先の反乱防止。その後の波及効果を考えれば、ほんとうに色々ありますよね。憎らしいくらい良い手だと思います」


 すらすらと口から出て、並べられる理由の数々。

 よくもまあ、この短時間でこれほど情報を整理できるものだと感心してしまう。

 エイジではこのような考えには至らない。

 せいぜいが一つや二つ、挙げられることが出来るだろうか。


 やはり、この能力は村長候補として育てられてきたことによるのだろうか。

 そして、並び立てられる利点は非常に多い。

 問題は一つ。


「私にとっての問題は、その相手がエイジさんでなければってことですよねぇ」

「タニアさん、私だってゴメンですよ」

「本当かしら。そういって、まんざらでもなかったんじゃないですか?」


 エイジは必死に首を横に振って、否定した。

 たしかに想像はした。

 だが、その想像の未来に、タニアとカタリーナ両方が笑っている姿は、思い浮かばなかった。

 どちらかが、いや下手をすれば両方が不幸になるだけの未来だ。

 エイジの必死な姿を見て、タニアがクスクスと笑い始める。


 恥ずかしかった。顔から火を噴く思いとは、このことだ。

 分かっていてからかわれているな。

 話を変えたいけれど、どうすればいいだろう。

 エイジは疑問に思っていることを、質問した。


「カタリーナさんがスパイになった理由、何だと思いますか?」

「帰らなかった理由からも、家族絡みなんでしょうねえってくらいです」

「思いつく辺りでは?」

「うん……たとえば、戦で手足が不自由になって、満足に税を支払えない立場で、保護を受けているとか」

「それで最初からカタリーナさんがこっちへの出向組に組み入れられたということですか?」

「分かりませんけど、一番怪しいのは」

「なんだか、弱みにつけこんでいるようで、あまり気分のいい話じゃないですね」

「カタリーナさんは、私たちにとっては加害者側だけど、立場としては被害者でもありますね」


 何とかならないだろうか。

 エイジは自分の考えが甘いと思っていても、それが大した労力でないなら、カタリーナも救いたい。

 だが、だからといって、重婚もゴメンだ。


「この話、受ける必要がありますかね?」


 エイジの質問に、タニアが押し黙った。

 悶えるような、苦しい表情を一瞬浮かべ、腹の中に何かを飲み込むような顔をした後、タニアが頷いた。


「受けざるをえないでしょうね」

「メンツですか?」

「ええ。領主の側から婚姻を薦めておいて、断られるなんて、許せるわけがありませんから」

「そうですよね……。つまり、メンツさえ保てれば……」

「エイジさん?」


 エイジは今、一つの考えにとらわれていた。

 タニアの声も、今やエイジのもとには届いていない。

 すべてが逆転するような答えが、すぐそこまで来ているのを感じている。

 結婚……宥和政策……一門……養子……。


「……タニアさん! これならどうですか!?」

「な、なんですか?」


 突如叫び声を上げたエイジに、タニアが驚く。

 だが、エイジには気遣っている余裕はなかった。

 今すぐにこの考えを聞き、意見が欲しかった。


「つまりですね。――――とするんです」

「ええっ、それってちょっと無理がありません?」

「でも、利点も多いはずです。それになにより、ナツィオーニのメンツは守られます」

「それはたしかにそうですけど……」

「ダメで元々です。これが断られたからって、失うものがないんですから、やってみても良いと思いませんか?」

「そう、ですね……。たしかに、その点だけ目をつむれば、悪い話ではないはずです。分かりました。吉報を待ってます」

「今の家族を守るためですからね。タニアさんが応援してくれるなら、勇気百倍です」


 エイジはにっと笑みを浮かべて、力こぶを見せた。

 大丈夫だ。きっとうまくいく。

 タニアが目を瞬いて驚く。

 その姿を抱きしめ、大丈夫だ、と何度も自分に言い聞かせた。





 次の日、エイジがボーナの家に着いた時、すでに準備が整っていた。

 人力車には、山のように麦が積まれている。

 その他毛皮や羊毛など、税のたぐいは台ごとに分けられ、とにかく多量だった。

 その内一台は、エイジが作った道具や、石鹸のたぐいだった。

 一部の荷車は牛が牽くことになっていたが、あとは人が引いていくことになる。

 納税に赴くシエナ村の人員の先頭に、フランコが馬とともにあった。


「来たか」

「お待たせしたみたいですね。申し訳ない」

「いや、構わない。もともと急な出発だったのだ。準備もあっただろう」


 フランコが言うように、急に一週間も留守にするとなれば、準備も忙しないものになった。

 服の着替え、水や食料などの用意もいる。

 道中では野宿も行うようだった。


「おっす、親方、俺の隣に座れよ」

「牛車か。どうしてダンテは座ってるんだ?」

「俺様はまあ、領主の息子だからな。特別待遇よ」

「で、私が座る理由は?」

「納税のためっていうより、親父の召喚命令に従うだけだから、別に一緒に押さなくて構わないんだってよ」

「ふむ……」


 エイジは話に納得して、牛車に乗り込んだ。

 村の他の面々にすれば、あまり気分の良い話ではないだろうが、ここで無理に断っても、今度は領主たちの心象が良くない。

 休憩時には率先して動くようにしようと、エイジは思った。

 カタリーナの姿はなく、どうやら本当にこの村に残るらしい。

 一年ぶりに実家に帰り、親に顔を見せることもしないとなれば、これはいよいよ、かなりの理由がありそうだ。

 このナツィオーニ行きで、その問題が少しでも解決できればいいな、と思う。


「では、これより向かうが、忘れ物はないな?」


 フランコが税の荷物を一つ一つ丁寧に確認していく。


「では、出発する!」


 フランコの一声で、ゆっくりと一行は進行を始めた。

おまげさまで重版も決定しました。

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