表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第6章 備え

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/131

10話 突然の来訪と、重婚疑惑

 次の日の昼に、出立することになった。

 ボーナの家から帰ったエイジは、フランコとのやりとりをタニアに伝える。

 タニアは黙って話を聞いていたが、その表情からは感情を伺うことはできなかった。

 家を出てばかりの現状、気まずい思いをしていたエイジだが、タニアが頷き、ほっとした。


「仕方ありませんね。断りようがなかったでしょうし」

「そうですね。無理な要求でもありませんし、期限も切られています。出かけている間、タニアさんには迷惑がかかりますが、無理しないでくださいね」

「大丈夫です。でもエイジさんも、もう少し危機管理の意識を持たないとダメですよ? いつどんなことが原因で、発覚するか分からないんですし」

「う……反省しています」


 本当に危ないところだった。

 なんとか切り抜けることが出来たが、次も同じように上手くいく保証はどこにもない。

 普段から備えをしておく必要があるだろう。


 エイジがうなだれていると、扉をドンドン、と叩く音がした。

 すでに日が暮れている。

 普段こんな時間帯に来客はない。

 それだけに、誰が来たのか、皆目検討もつかなかった。


「誰でしょうね」

「さあ、でも大事な用件じゃないでしょうか」


 体を起こそうとするタニアを手で制して、エイジが立ち上がった。

 扉を開ける前に、誰なのか確認する。


「はい、どなたですか?」

「私です、エイジさん」


 声で分かった。カタリーナだ。

 だが、いつものふわっとしたような、柔らかな雰囲気が感じられない。

 どちらかと言えば、緊迫したような、彼女らしくない声の調子だ。

 一体どうしたんだろうか。

 エイジは怪訝に思いながら、扉を開いた。


「夜分遅くにすみません」

「どうしたんですか、カタリーナさん」

「実は、エイジさんとタニアさんに、どうしても伝えないといけないことがあって」

「何でしょうか」


 とりあえず入ってください、とエイジがカタリーナに入るよう促す。

 カタリーナが厳しい顔つきのまま家に入ると、エイジは扉を閉め、しっかりと閂を掛けた。

 大事な話ならば、万一にも誰かに聞かれては困る。

 椅子を勧め、三人で円座になる。

 さて、本当に何の用事だろうか。

 この時期に突然やってくる辺り、フランコ絡みなのは間違いないだろう。


「エイジさんは、明日ナツィオーニに向かわれるんですよね?」

「ええ。私だけじゃなくて、カタリーナさんやダンテといった、ナツィオーニから来た人たちも一緒に行くことになっているはずですよ」

「私は断りました。ここに残ったほうが、良いと思って」

「どうしてですか? ご家族とか、あちらにいるのでは?」

「父が一人いますが……問題ありません」

「どうしてですか? 一年ぶりに会ってあげたほうが喜ぶでしょう」

「私が理由あって帰ってこないと知ったほうが、父は喜ぶでしょうから」


 カタリーナの表情がどんどんと張り詰めていく。

 そして、まぶたの端に、どんどんと涙が堪り、つ、と流れ落ちた。

 すると、堰が決壊したように、次々と涙が溢れ、声もなく肩をしゃくりあげる。


 エイジとタニアは顔を見合わせた。

 これはただ事ではない。一体何があったのか。

 すぐにでも話を聞きたいところだが、カタリーナは話を出来る状態ではない。


「落ち着くのを待ちましょう、エイジさん」

「それが良さそうです」


 肩を震わせるカタリーナに、白湯を持ってきて、飲ませ落ち着くのを待つ。

 その間、ずっとタニアがカタリーナの背中を撫でてやっていた。

 しばらく時間が経った。

 カタリーナもやがて落ち着き始めたのか、ゆっくりと頭を下げた。


「すみません、落ち着きました」

「何よりです。それで、どうしたんですか? どうやらかなり嫌なことがあったみたいですが」

「少し待ってください」


 カタリーナが目の前で落ち着こうと、何度も深呼吸する。

 そして、顔をあげると、必死の表情になって言った。


「今回エイジさんがナツィオーニに呼ばれたのは、新しい道具の説明のためじゃないんです。エイジさんを都合よく自分の一門にしようという策です」

「一門にとはどういうことです? タニアさんは分かります?」

「普通に考えれば、一族のものと結婚するんでしょうが、ナツィオーニの領主の子は確か全員男のはずです」

「はい、タニアさんの言うとおりです。だから、ナツィオーニは新しく、養子を迎えようとしています。……それが、私です」

「カタリーナさんが?」


 エイジの問いに、カタリーナが頷いた。

 そして、深い溜息をつく。


「フランコさんに言われました。この島の平和のため、君の将来のため、そしてエイジさんの将来のためにも、養子になったほうが良いって」

「えーっとですね、ちょっと待って下さいね」


 エイジが話を遮り、少し考える。

 カタリーナが、ナツィオーニの養子になる。

 エイジに一門となるよう、ナツィオーニから縁談の話が持ちかかる。

 つまり、私とカタリーナが結婚する?


「ちょ、ちょっと待って下さいよ。私はもう、既婚者ですよ。タニアさんという妻がいるんです。それは無理があるんじゃないですか?」

「いえ、重婚は別に絶対的に禁止されてるわけじゃありませんから。現にナツィオーニも、妻が二人いました」

「そういえば、モストリ村のピエロ村長は三人の妻がいましたね……」


 しかし、これはどうなんだろう。

 カタリーナはタニアとは違う美人だ。

 明るい性格で、一緒にいれば楽しいだろうことは間違いない。

 とはいえ、エイジ自身が、結婚を望んでいるわけではない。

 エイジはこれまでの生活で、すでにタニアとともにいれば充分だと思っていた。


「エイジさん……私を貰ってくれますかぁ?」

「う、うう……」


 カタリーナが弱ったように、上目遣いになる。

 なんだか守ってあげたくなる気弱な表情。

 目がうるうるとしていて、断ったら心折れてしまいそうだ。


 だが、二人の妻を迎える?

 タニアさんがどんな反応をするか。

 以前の騒動を思い出して、想像するだに恐ろしかった。

 そもそも、これはナツィオーニから言い出した話だ。

 だから、即答できない。


「エイジさん、そんなに心配しなくて大丈夫ですよ」

「た、タニアさん何のことですか?」

「ほら、顔がこわばってますよ。リラックス、リラックス」

「あはは……、タニアさん申し訳ありません」


 意外にも、タニアは今回の話に対して、怒っていなかった。

 それどころか恐怖に震えるエイジを優しく気遣う始末だ。

 これは一体どういうことだろうか。

 エイジが不思議に思っているのを察したのだろう。

 タニアがエイジの顔を見て、微笑んだ。


「だって、今回はエイジさんが浮気したわけじゃないじゃないですか。これってエイジさんに一つも非がないですよね。さすがにそんな人に嫉妬して怒るほど、私は出来てないわけじゃありませんから。だから、今回エイジさんがもし結婚することになっても、私は怒らないです」


 それに、と前置きして、タニアの目がギラついた。

 青筋が立ち、表情が一変する。


「本当に腹立たしいのは、カタリーナさんでもなく、画策したナツィオーニの面々でしょう?」

「ひっ!」

「ひぃっ! え、えいじさん……たにあさんがこわいです」


 カタリーナと肩を抱き合う。

 二人とも震えていた。怒ったタニアさん、本当に怖い。

 怒髪が天に衝きそうなタニアは、テーブルをバンバンと叩くと、手のひらを前に突き出して、吠えた。


「私、これまでずっと我慢してきました。エイジさんに無理難題を押し付けても、顔を立てるべきだ、我慢するべきだって思ってました。でも! ……もう我慢しません。よりによって、私の幸せの邪魔をしようというのなら、全力でお相手します! ナツィオーニの領主がなんだって言うんですか。二十を過ぎて行き遅れ、ようやく手に入れた女の喜び、邪魔するなら女神様だって容赦しません!」


 これは怒らせてはいけない人を怒らせてしまった。

 エイジはただただ震えていると、カタリーナも同じ気持ちだったのだろう。

 タニアがカタリーナを見ると、ひっと喉を絞るような声を出した。

 きっと、そこに般若の顔を見たに違いない。


「カタリーナさん、おめでとうございます。もし領主の言うとおりになったとしても、私は本当に、忌憚なく、あなたを祝福しますよ。これから大変だと思いますけど、一緒に盛り立てていきましょうね」


 タニアが本当に、カタリーナに思う所なかった、ということに気づいたとき、タニアは少し拗ねたが、仕方がないとエイジは思った。

おかげさまで、11月29日、出版することが出来ました。

心よりお礼申し上げます。


ブックマークや評価をいただくこともちょこちょこと増えて、ますます頑張らねばならぬと思っています。

少しでも面白いものを作れるよう頑張りますので、これからもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒーロー文庫から6/30に6巻が発売決定!
出版後即重版、ありがたいことに、既刊もすべてが売り切れ続出の報告を頂いております!

新刊案内はこちらから!

青雲を駆ける6巻書影
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ