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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第6章 備え

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9話

「君は槍を作ったそうだな」


 フランコの言葉に、エイジの心臓が震えた。

 背筋が凍りつくような衝撃だった。

 いったい、何時そのことを知ったのだろうか、と思った。

 というのも、早朝一番にフランコに呼び出されて以来、エイジは常に隣にあった。

 徴税吏としての仕事振りを見ていたが、そのような情報を収集する時間はなかったはずだ。


 では、実は早朝に来た事自体がブラフだったのか、と言えば、そうではない筈だ。

 ダンテたちは、普段と変わりない姿で仕事場に来ていた。

 たとえ口を閉ざしていたとしても、かすかな態度の変化は出るはずだ。


 そして、エイジの記憶の限りでそれはなかった、と断言できる。

 たとえ半年一年の付き合いとはいえ、ほぼ一日中顔を突き合わせているのだ。

 ともに過ごした時間の積み重ねは、妻であるタニアよりも長いかもしれない。

 師と弟子という立場の違いはあるが、さすがにおかしな雰囲気があれば、すぐに気付ける。

 まずはその情報が何時のものか、それを確認する必要があるだろう。


「これは不思議なことを言いますね。一体どこからそんな噂話を?」

「さて、何処であっただろうか。この村で聞いたのは、間違いないことだ」


 やはり、簡単に情報源を明かすことはしないか。

 その上で、この村で聞いた、ということは、情報は確かだぞ、と圧力をかけてきているに等しい。

 さて、苦しいな。

 この情報が、はたして”どちら”の槍について触れているのか。

 このままでは判断がつかない。

 たとえ不審に思われたとしても、もう少しこちらから突っ込む必要がある。

 これが過去の製作についてならよし。

 つい先日の話ならば、万事休すだ。


「それは何時頃のことでしょうか? 私は今日、つねに傍にいましたが、寡聞にしてそのような噂を聞いたことがありませんが」

「さて。前回ここを訪れた時だから、あれはいつだったか。ダンテたちを連れてきた時か」

「なるほど」


 一番疑問だった点が氷解した。

 そして、それならば何の心配も要らないだろうことも、分かった。

 全身からこわばりが抜け、体が軽くなったように感じた。

 確かに槍は作ったが、その時の槍は最早ない。鋤鍬へと姿を変えてしまっている。

 それに何よりも心配だった、先日の人の気配。

 あのとき覗かれていたのではないか、という恐れがなくなったわけではないが、少なくとも今回問題にならないことが分かっただけでも、ずいぶんと気が楽になった。

 後はどのようにして、捜索を受けずに着地点を見つけるかだ。


「さて、槍を作ったかどうかの質問ですが、一度は作りました」

「おお、そうか。武器を作るように心変わりしたわけだな」

「ですが、今はもう手元にありません」

「どういうことだ?」

「槍を作ったのは、狼がこの村を襲ったための、緊急的な措置です。その後は直ぐに叩きなおして、今は農具に形を変えてしまいましたよ。この話は狼退治に出た全員が知っているはずですが、お聞きになりませんでしたか?」


 ふむ、とフランコが黙りこくってしまう。

 下手な言い訳をすれば、かえって不利な事態を招いてしまうだろう。

 できるかぎり真実で答えたい。


「たしかにそのような話も聞いている」

「フランコさんは、私が心変わりして、武器を作るようになったと思われたようですが、まあ、そういうことです。その時に作った槍はもうありません。私は一貫して、武器を作りたくない、という立場を変えていませんよ」

「そうか。……だが、万が一のために確認させてもらっても構わないかね?」

「何のためにですか? 税に収めるべきものを収め、義務を果たしています。その上で誰から聞いたかわからないような噂話のために、神聖な場を探し回られるのは、正直な所、不快ですね」

「だが、あるかもしれない」


 これだけ言っても引き下がらないか。

 厄介な男だ。

 もう一歩、こちらから危険域に踏み込む必要があるな。


「どうしても調べたいというならば、調べればいいでしょう。ですがその前に。例えばここで私が虚偽の報告をしていて、槍が見つかった場合、どのような罰がありますか?」

「ふむ……。たとえば、当然だが武器の没収。追徴加税、労役などは免れないだろうな」

「なるほど」


 エイジは頷き、一瞬のタメを作る。

 そして鋭くフランコを睨みつけると、条件を提示した。


「では見つからなかった際、それと同量の償いをフランコさん個人が負ってください。免税や労役の免除などですね」

「バカな。私は公的な仕事で行うと言っているのだぞ?」

「証拠もなく、このような強権を振りかざすのは、まっとうな仕事ですか? 私は出来る限り誠実にお付き合いさせてもらっています。こちらの誠意を踏みにじる以上、ご自身もリスクを背負っていただきたい」


 無言だった。

 フランコが自身のリスクを背負ってさえ、今回の槍先に対し、あると自信を持っているならば、エイジの負けだ。

 物は見つかってしまうだろう。

 フランコはしばし考えたように、黙りこくってしまう。



 さあ、答えは――。



「……分かった分かった。君を信用しよう」

「もしそのような行いをするというならば、明確な証言や証拠をお願いします。誰それの証言があると言われれば、私もこのような退け方はしません」


 フランコが降参だ、とばかりに肩をすくめた。

 鍛冶場の掟や神聖さなどを、最初に強調しておいて良かった。

 エイジはナツィオーニに収める鏃などの箱を片付け、火炉の火を落とす。

 フランコの震えは収まり、体は温まっているようだ。


「今日は案内ご苦労だった。君の仕事振りは実に素晴らしい物だったと評価しよう」

「ありがとうございます。とはいえ、私はいくつかの案を出しただけです。それを実行した村の人達をこそ、評価してあげてください」

「動いたものの成果は、動かした者の成果でもある。私は君を実に高く買っているんだ。このままこの村だけでなく、ナツィオーニの発展にも励んで欲しい」

「私個人として、出来る範囲であれば、喜んで」


 フランコの目は、冷静そのものだ。

 ジッと観察者特有の冷めた目線が、エイジを見ている。


 この島全員のために知恵を貸せというならば、その選択もやぶさかではない。

 農業の知識で飢えがなくなるというならば、喜んで指導しよう。

 その道具が必要であるというならば、喜んで売ろう。

 だが、領主が一方的に富を得るためだけならば、その限りではない。


 エイジは目に反抗の意思を映さないようにするのに、苦労した。


「今日はご苦労だった。後でまた、ともに食事を取ろう」

「分かりました。フランコさんはこれから?」

「うむ。ナツィオーニの懐かしい顔と、少し挨拶してくる。彼らもこの半年一年ほど、かなり頑張ってくれたようだからな」

「ええ。師から見て、実によくやってくれています。フランコさんにも感謝していますよ」


 さて、一体どのような情報が行き来するのか。

 気になったが、後をついていくわけにもいかない。

 フランコは鍛冶場を出て、エイジは見送った。

 フランコが背を向けて、立ち去りながら。


「しかし、今回は妙に強く抵抗を見せるから、驚いたよ。仕事柄、何か疚しいところがあるのかと、つい疑ってしまうね」


 返事を聞かず、そのまま歩み去った。




挿絵(By みてみん)




「……ふう。行ったか……」


 フランコの姿が見えなくなって、エイジはほっと息を吐いた。

 体が重い。

 精神的な疲労で、動ける気がしなかった。

 のろのろと足を引きずるようにして移動する。

 戻ってきたのは納品棚の前だ。

 そしてナツィオーニへの納税箱を取り出すと、ナタを引き抜いた。


「なんとか上手く行ったか」


 エイジが革鞘を取ると、そこから槍先が現れた。

 エイジが槍先を隠したのは、ナタの革鞘の中だった。

 ナタは非常に大振りな刃物だ。

 その革鞘となれば、槍先も十分に収めることが出来る。


 とはいえ、分の悪いかけであることは間違いなかった。

 フランコが直接調べていれば、見つかる可能性もあっただろう。

 エイジ自らが、箱を手に取り、確実にナタを手渡したことで、発見を免れることができた。


「しかし、この抜き打ちのような検査。かなり警戒されているな」


 エイジがフランコの今日の対応を考えながら呟く。

 最初に出会った際も、交易から返ってきたら、突然交渉することになった。

 今回は朝一番から連れ回され、対策を封じられた。

 それだけエイジの存在を重要視しているということだろう。

 それとも、村の反応を確かめているのだろうか。

 どちらにせよ、こちらも警戒を深めて対応していかなければならないな、とエイジは思った。




挿絵(By みてみん)




 エイジがボーナの家に行った時には、すでに料理ができ、部屋の中にシチューの香りが漂っていた。

 村長のボーナ、エイジ、フェルナンド、フランコ、そして料理を担当してくれたジェーンが、卓に着いていた。


「な、なんだこの料理は」

「なんだ、とは?」

「このシチュー一つとっても、これまで食べたことがない味だ。苦味がなく、コクがあるのにスッキリとしている。私はこの領内すべてを回ったことがあるが、このような料理は初めてだ。これは誰が?」

「ジェーンさんですね」

「実に料理上手な女性だな……」


 フランコが驚きながら、シチューを貪るように飲んでいる。

 アク抜きや出汁を取る、という料理の基本的な下処理は、長い年月をかけて少しずつ洗練されていったのだろう。

 これらの下処理は、少し手間が掛かるが、味は格段に良くなる。

 今では村の殆どの家で、似たような味の向上が見られている。


「これからは優先してこの村に来たいものだな」

「簡単に調理方法をご紹介しますよ。別に料理自体は、他の村と変わらないはずですし」


 冗談ではない。

 料理が旨いからと、そう頻繁に村に来られては迷惑千万だ。

 それを歓待する側の気持ちも考えて欲しい。

 別に調理方法を隠す必要はないだろう。

 フランコを遠ざけるためならば、十分採算がとれる。


 食事が一段落すると、フランコが領内の発展に対し、労りの言葉をかけてきた。


「シエナ村は場所柄、領内の発展でも遅れがちだが、最近の発展ぶりは驚くばかりだ。その発展にエイジの活躍は大きなウエイトを占めているのだろうな」

「私など、自分一人では鍛冶しか出来ない人間ですよ」

「謙遜するな」

「いえ、本気です。いくら知識があったって、それを実行できなければ意味がありません。フェルナンドさんが形にしてくれて、村長が村のみんなを的確に動かしてくれているから、今があると思ってます」

「それでも、その元になったのは君の知識と知恵だ。謙遜のし過ぎは厭味になるぞ」


 フランコに褒められても、あまり嬉しくないのは何故だろうか。

 エイジが肩をすくめて聞き流していると、フランコがじっと見つめていることに気付いた。

 なにやら、あまり良くない視線だ。


「……なにか?」

「さて、エイジ。お前に伝えねばならないことがある」

「なんでしょうか?」

「領主ナツィオーニ様から召喚命令が下された。此度の税の奉納の際に、お前は随行するように」

「なんですって? 私には今、身重の妻がいて、あまり村を離れたくない状態なのですが」

「長期の滞在にはなるまいよ。そして、召喚にもちゃんと理由はある。お前は様々な製品を開発したが、その実際の使い方、使い道などの説明は不十分だ。そのため、せっかく税として新製品を納めても、それを上手く活用することが出来なくては片手落ちだ。これは納税者の義務だな」

「担当者をこちらに寄越してもらうわけにはいかないんですか?」

「それが通常の取引ならば問題ない。だが、今回は税として献上するわけだ。その言い分は通らんよ」


 フランコの言い分には、一応筋は通っている。

 だが、ナツィオーニの町か。

 出来ることならば、このタイミングで行きたくなかったな。

 村が反乱の計画をたてる前ならば、喜んで行ったところだろう。


 今現在でもナツィオーニという町の現状を知るには持ってこいだ。

 だが、心配は一体いつまで拘束されるか、分かったものではない。

 そんなエイジの気持ちを察したかのように、ボーナが助け舟を出してくれた。


「ふむ、ワシから質問してもよいかえ?」

「どうぞ、ボーナさん」

「長期滞在にはならないと、約束は出来るのかね? 先ほどエイジが言ったが、孫娘のタニアはまもなく出産時期じゃ。出来るなら傍にいさせてやりたい」

「約束しましょう。私の名に賭けて、滞在は長くとも二日までとします」


 フランコの約束に、とりあえずホッとする。

 その言がどれだけ本当かはわからないが、こうして他の村の村長に公言した以上、この約束は守られるだろう。


「どうじゃ、エイジ。ワシの前で約束した以上、フランコも反故にすることはないと思うが」

「ここからナツィオーニまでは、どれぐらいで?」

「片道で二日から三日だ。行きは荷物があるから、三日はかかるだろうな」

「ということは、およそ一週間ですね」


 それならば、まだ出産まで間がある。

 出ている間に、フェルナンドに家の改築を進めてもらっていれば、出産自体には支障が出ないだろう。


「あまり遅くなると雪が降るから、多少猶予があるが、早く来るようにな。ナツィオーニの町に税を送り届ける役には、ダンテやカタリーナたちを使うことを勧める。彼らも一年働き詰めだ。一度実家に帰って、家族と顔を合わせる日があっても良いだろう」

「分かりました。どうせ行くことになるなら、弟子たちと一緒に行ったほうがいいでしょうから、行きます」


 待っているナツィオーニの領主とは、一体どういう人物なのか。

 はたして本当に反乱を考えないといけないような人物なのか。

 見極めよう、とエイジは思った。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


場面転換の際に、アイコンを使ってみました。

ずっと以前からやりたかったんですが、良くなかったら無理に使えないので、合う合わないや、サイズの大小など、ご意見いただければ幸いです。

アイコンの詳細については、活動報告にて詳しい経緯を書いています。

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