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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第6章 備え

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8話

 睨みつけるフランコの視線は、とても厳しい。

 だが、エイジは一歩も退かなかった。

 こんな男に負けていられるか。


 もし自分が根負けしてしまえば、それは態度となって疑いを増すことになってしまうだろう。

 そうすればかえって立場を悪くする。

 何のために足止めしようとしたのか、ということになってしまう。


 怪しまれた結果、武器も見つかり、幸せな明日が失われてしまうだろう。

 それならば最初から反抗など考えず、おとなしく暮らしておけば良い。


 エイジは失われてしまうかもしれない未来を想像して、身震いしそうになった。

 それはエイジにとって、あまりにも大切なものだったから。

 動きを制御して、まっすぐにフランコを見た。


 去年は交渉で痛い目を見ている。

 完全に相手にとって都合の良いようにされ、交渉に対して苦手意識を抱くところだった。

 いや、実際に苦手意識を持っていただろう。


 ――苦い、記憶だ。


 だが、この一年でいろいろな経験を積んだ。

 そう、一年も経っているのだ。


 交易の船旅に出た際には、率先して交渉に当たるようにした。

 ジャンとの交渉では、自分の思うような展開に持って行くことが出来た。

 守るべき家族が増えつつあり、覚悟もできた。


 負けない。負けられない。


 今年は自分が勝つ番だ。

 去年の雪辱を果たす時が来た。

 ここは鍛冶場、自分の土俵だ。


 どんな交渉だって、自分の得意な場所でやれば、負けるわけがない。

 エイジは、フランコを見据えた。


「――本気です」

「それがどういう意味か分かっているのか。視察を拒むということは、自分から反逆の意思があると認めたようなものなのだぞ」

「フランコさん、反逆など勘違いしてもらっては困ります」

「なんだと……? 理由があるのなら、続けなさい」


 フランコは、ただ怒っているだけの男ではなかった。

 言葉の裏を読み、その意味を理解しようと、今も素早く頭を働かせている。

 当たり前だ。

 すぐに頭に血が上る、そんな安い男が、官吏として辣腕を振るえるわけがない。


 エイジは能力に関して、フランコを信用していた。

 この男が軽はずみな判断を下すことはない。

 だからこそ、エイジの言葉に従わざるを得ないだろう。

 それこそが、勝機。


「私は義務を果たす従順な領民の一人ですよ。なにも、まるっきり入ってはいけないと言ってるわけではありません。手順を踏んでいただきたいだけなのです。まず身を清めてください。鍛冶場の裏に川がありますから、そこで手足を洗って、口をゆすいで、それから入ってください。鍛冶場での決まりです」

「何だねそれは、その手順に何の意味がある?」

「清めです。鍛冶場とは我々職人にとっては神域にも等しいものなんです。ご理解いただけるかは分かりませんが。……とにかく、入るならこちらのルールに従ってください。うちの弟子以外、まだ誰も入っていない場所なのですから」


 しばらく沈黙が続いたが、エイジの態度は変わらなかった。

 それに、たかが手順を踏んでもらうだけであり、理不尽な要求はしていない。

 鍛冶場に入らせないと言っている訳ではない。

 少しばかり手間をかけさせるだけだ。

 退く道理がなかった。


 絡みあう視線は、火花が散りそうなほどに激しい。

 目を逸らすな。ここが正念場だ。

 エイジの覚悟を感じたのだろう、仕方がないな、とフランコが折れた。


「どの様にすればいいんだね」

「長旅の汚れを落としてください。足は指の間まで、綺麗にしてくださいよ」

「一体何の意味があるのだ」

「鍛冶という神聖な場を汚さないためです」


 フランコが裏手に回ったのを確認して、エイジは慌てず、しかし素早く鍛冶場の中を確認する。

 時間はない。

 フランコが手足を洗って、口をゆすいで――どれぐらいの時間が稼げる。

 槍先の保管していた場所を確認する。


 それは裸の状態で、無造作に並べ置かれていた。

 危なかった。

 このままだとすぐに見つかってしまうだろう。

 さて、これをどこに隠すか。

 鎧戸から冷たいな、と悪態をく声が聞こえてきた。


「おい、手足を拭くための布を貸してくれ!」

「すぐ行きましょう。どこに置いたかな」

「早くしてくれ、冷たくてかなわん!」


 届いてきた声に、わずかに急ぎながら、まず布を探す。

 それと同時、納品箱から槍先を掴む。

 目を走らせる。

 どこだろう、どこならば安全だと言える?

 確実性が必要だ。


「少しだけ待ってください。すぐ行きますから」


 一声だけかけて、それを、ある場所に隠した。

 素早く、丁寧に行う。幸いにして音は立たなかった。

 行こう。

 あまり待たせては、不信感を抱かせてしまう。



挿絵(By みてみん)



 川の水は、冷たい。

 秋も深まる季節になれば、その冷たさもひとしおだろう。

 フランコが丁寧に手足を拭う。

 普段から馬に乗って移動するフランコは、土埃ぐらいのもので、泥にまみれることはない。大きな汚れはなかった。

 外見を整えなおしたフランコは、エイジを睨むようにして見た。

 わずかに震えている。


「……これでいいのか」

「ええ、十分です。案内しましょう」

「こんなことを皆するのかね?」

「来客があっても、玄関で待機してもらう人はしませんね。弟子たちが最初に作業場に入るときに、また、新年を迎えるときはしました」

「新年って……真冬だぞ。この辺は雪に覆われているのに、それでも手足を洗うのか」

「ええ。鍛冶には神が宿りますからね」

「信じられんな……」


 理解できないようにフランコが頭を振った。

 多神教の世界においては、鍛冶の神はよく見られる。

 高熱の中、揺らめく金属を扱うとき、神の存在を感じるのかもしれない。

 それとも、わずかな温度差で見事に切れ味が変わる、その玄妙さに神を見たのかもしれない。


「ふむ。所狭しと物が並んでいるな」

「様々な所から注文を受けていますからね」


 フランコが作業場に入った途端、様々な方向へと目を走らせる。

 その表情に映し出されるのは、物珍しさだけではなさそうだ。

 鍛冶場という性質を把握しようと、真剣に観察しているのが分かった。

 ひとまず炉の前に座ってもらい、火にあたってもらう。


「ここには何があるのだ?」

「タル村に納めるヘラや鍬といった道具ですね」

「ふむ。それらを鉄で作る必要性はあるのか? たとえば、彼らはもともと青銅製の物を持っていたはずだが」

「物の強度が違うからでしょう。同じ形状で固ければ、それだけ負担が少なく物を作れますから」

「なるほどな」


 フランコが納得している間に、エイジは一つの箱を引き寄せた。

 箱にはやじりと、革鞘に入ったナタが収められていて、その箱の横にはむき出しのナタが立てかけられていた。

 エイジは箱からナタを取り出すと、フランコに渡す。


「これが今度お納めする、約束のやじりとナタですね。どうぞ、手にとってみてください」

「ふむ、ナタか。……程よい重さ、重心。強度はどんなものだね?」

「ちょっとした木材や銅材を軽く切り裂けるぐらいですね」

「……本当か?」

「薄い鉄板でも切れますよ。これ一つで獣の相手もできますし、藪を切り払ったり、薪を切ったり。まあ、山で使うなら万能ですね」

「話には優れていると聞いていたが、実際の使い方を聞くととてつもないな……」


 フランコがためつすがめつ、ナタを観察している。

 納得したのか、鞘に収め直すと、エイジは箱に収め、その箱を棚に収める。


「これだけ先に持って帰ることは出来ないか?」

「研ぎの調整があるので、また税として収める時までお待ちください」

「そうか。これがあれば町の者も喜ぶと思ったのだが、仕方がないな」

「半端なものを渡しても、評価が下がりますからね」

「そして、これが去年約束した、新しい開発品です」


 エイジはこの一年で作ったものを紹介していく。


 大工道具からはかんな、組ノミを始め、ネジや万力、玄能。

 一つひとつでも、用途によって種類が数十に分かれるため、その数は膨大だ。

 もちろんそれら一つひとつの使用法を、細かく教えることは出来ない。

 そうするには、実務に携わっている人間でないと、その形状や重さなどの理由を理解できないからだ。


「物凄い数だな」

「その形になるには、それなりの理由があります。より便利に使うために、細分化する必要があるんです」


 エイジが簡単な説明をすると、フランコはいちいち頷きながら、説明に聞き入る。

 しばらくそんな時間が過ぎ、あらかたの説明が終わった。

 やれやれ、こんなものか、と思った時、エイジは強い視線に気づいた。


「君に聞かなければならないことがある」

「……何でしょうか?」


 つい先程までの態度とは違う。

 明確な気迫を感じて、エイジは気を引き締めた。

 一体どんな爆弾発言が飛び出すやら。

 だが、たとえ何を言われても、絶対に動揺を表すわけにはいかないな。

 覚悟、完了。


「君は槍を作ったそうだな」


 エイジの心臓が、暴れた。

一難去ってまた一難。

一体どこまでフランコは知っていて、その方法は何なのでしょうか。


今回は少し短かったので、早めに次回を上げれるように頑張ります。


書籍のほうですが、アマゾンの予約が始まりました。

いよいよ二週間後です。今からドキドキです。

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