8話
睨みつけるフランコの視線は、とても厳しい。
だが、エイジは一歩も退かなかった。
こんな男に負けていられるか。
もし自分が根負けしてしまえば、それは態度となって疑いを増すことになってしまうだろう。
そうすればかえって立場を悪くする。
何のために足止めしようとしたのか、ということになってしまう。
怪しまれた結果、武器も見つかり、幸せな明日が失われてしまうだろう。
それならば最初から反抗など考えず、おとなしく暮らしておけば良い。
エイジは失われてしまうかもしれない未来を想像して、身震いしそうになった。
それはエイジにとって、あまりにも大切なものだったから。
動きを制御して、まっすぐにフランコを見た。
去年は交渉で痛い目を見ている。
完全に相手にとって都合の良いようにされ、交渉に対して苦手意識を抱くところだった。
いや、実際に苦手意識を持っていただろう。
――苦い、記憶だ。
だが、この一年でいろいろな経験を積んだ。
そう、一年も経っているのだ。
交易の船旅に出た際には、率先して交渉に当たるようにした。
ジャンとの交渉では、自分の思うような展開に持って行くことが出来た。
守るべき家族が増えつつあり、覚悟もできた。
負けない。負けられない。
今年は自分が勝つ番だ。
去年の雪辱を果たす時が来た。
ここは鍛冶場、自分の土俵だ。
どんな交渉だって、自分の得意な場所でやれば、負けるわけがない。
エイジは、フランコを見据えた。
「――本気です」
「それがどういう意味か分かっているのか。視察を拒むということは、自分から反逆の意思があると認めたようなものなのだぞ」
「フランコさん、反逆など勘違いしてもらっては困ります」
「なんだと……? 理由があるのなら、続けなさい」
フランコは、ただ怒っているだけの男ではなかった。
言葉の裏を読み、その意味を理解しようと、今も素早く頭を働かせている。
当たり前だ。
すぐに頭に血が上る、そんな安い男が、官吏として辣腕を振るえるわけがない。
エイジは能力に関して、フランコを信用していた。
この男が軽はずみな判断を下すことはない。
だからこそ、エイジの言葉に従わざるを得ないだろう。
それこそが、勝機。
「私は義務を果たす従順な領民の一人ですよ。なにも、まるっきり入ってはいけないと言ってるわけではありません。手順を踏んでいただきたいだけなのです。まず身を清めてください。鍛冶場の裏に川がありますから、そこで手足を洗って、口をゆすいで、それから入ってください。鍛冶場での決まりです」
「何だねそれは、その手順に何の意味がある?」
「清めです。鍛冶場とは我々職人にとっては神域にも等しいものなんです。ご理解いただけるかは分かりませんが。……とにかく、入るならこちらのルールに従ってください。うちの弟子以外、まだ誰も入っていない場所なのですから」
しばらく沈黙が続いたが、エイジの態度は変わらなかった。
それに、たかが手順を踏んでもらうだけであり、理不尽な要求はしていない。
鍛冶場に入らせないと言っている訳ではない。
少しばかり手間をかけさせるだけだ。
退く道理がなかった。
絡みあう視線は、火花が散りそうなほどに激しい。
目を逸らすな。ここが正念場だ。
エイジの覚悟を感じたのだろう、仕方がないな、とフランコが折れた。
「どの様にすればいいんだね」
「長旅の汚れを落としてください。足は指の間まで、綺麗にしてくださいよ」
「一体何の意味があるのだ」
「鍛冶という神聖な場を汚さないためです」
フランコが裏手に回ったのを確認して、エイジは慌てず、しかし素早く鍛冶場の中を確認する。
時間はない。
フランコが手足を洗って、口をゆすいで――どれぐらいの時間が稼げる。
槍先の保管していた場所を確認する。
それは裸の状態で、無造作に並べ置かれていた。
危なかった。
このままだとすぐに見つかってしまうだろう。
さて、これをどこに隠すか。
鎧戸から冷たいな、と悪態を吐く声が聞こえてきた。
「おい、手足を拭くための布を貸してくれ!」
「すぐ行きましょう。どこに置いたかな」
「早くしてくれ、冷たくてかなわん!」
届いてきた声に、わずかに急ぎながら、まず布を探す。
それと同時、納品箱から槍先を掴む。
目を走らせる。
どこだろう、どこならば安全だと言える?
確実性が必要だ。
「少しだけ待ってください。すぐ行きますから」
一声だけかけて、それを、ある場所に隠した。
素早く、丁寧に行う。幸いにして音は立たなかった。
行こう。
あまり待たせては、不信感を抱かせてしまう。
川の水は、冷たい。
秋も深まる季節になれば、その冷たさもひとしおだろう。
フランコが丁寧に手足を拭う。
普段から馬に乗って移動するフランコは、土埃ぐらいのもので、泥にまみれることはない。大きな汚れはなかった。
外見を整えなおしたフランコは、エイジを睨むようにして見た。
わずかに震えている。
「……これでいいのか」
「ええ、十分です。案内しましょう」
「こんなことを皆するのかね?」
「来客があっても、玄関で待機してもらう人はしませんね。弟子たちが最初に作業場に入るときに、また、新年を迎えるときはしました」
「新年って……真冬だぞ。この辺は雪に覆われているのに、それでも手足を洗うのか」
「ええ。鍛冶には神が宿りますからね」
「信じられんな……」
理解できないようにフランコが頭を振った。
多神教の世界においては、鍛冶の神はよく見られる。
高熱の中、揺らめく金属を扱うとき、神の存在を感じるのかもしれない。
それとも、わずかな温度差で見事に切れ味が変わる、その玄妙さに神を見たのかもしれない。
「ふむ。所狭しと物が並んでいるな」
「様々な所から注文を受けていますからね」
フランコが作業場に入った途端、様々な方向へと目を走らせる。
その表情に映し出されるのは、物珍しさだけではなさそうだ。
鍛冶場という性質を把握しようと、真剣に観察しているのが分かった。
ひとまず炉の前に座ってもらい、火にあたってもらう。
「ここには何があるのだ?」
「タル村に納めるヘラや鍬といった道具ですね」
「ふむ。それらを鉄で作る必要性はあるのか? たとえば、彼らはもともと青銅製の物を持っていたはずだが」
「物の強度が違うからでしょう。同じ形状で固ければ、それだけ負担が少なく物を作れますから」
「なるほどな」
フランコが納得している間に、エイジは一つの箱を引き寄せた。
箱には鏃と、革鞘に入ったナタが収められていて、その箱の横にはむき出しのナタが立てかけられていた。
エイジは箱からナタを取り出すと、フランコに渡す。
「これが今度お納めする、約束の鏃とナタですね。どうぞ、手にとってみてください」
「ふむ、ナタか。……程よい重さ、重心。強度はどんなものだね?」
「ちょっとした木材や銅材を軽く切り裂けるぐらいですね」
「……本当か?」
「薄い鉄板でも切れますよ。これ一つで獣の相手もできますし、藪を切り払ったり、薪を切ったり。まあ、山で使うなら万能ですね」
「話には優れていると聞いていたが、実際の使い方を聞くととてつもないな……」
フランコがためつすがめつ、ナタを観察している。
納得したのか、鞘に収め直すと、エイジは箱に収め、その箱を棚に収める。
「これだけ先に持って帰ることは出来ないか?」
「研ぎの調整があるので、また税として収める時までお待ちください」
「そうか。これがあれば町の者も喜ぶと思ったのだが、仕方がないな」
「半端なものを渡しても、評価が下がりますからね」
「そして、これが去年約束した、新しい開発品です」
エイジはこの一年で作ったものを紹介していく。
大工道具からは鉋、組ノミを始め、ネジや万力、玄能。
一つひとつでも、用途によって種類が数十に分かれるため、その数は膨大だ。
もちろんそれら一つひとつの使用法を、細かく教えることは出来ない。
そうするには、実務に携わっている人間でないと、その形状や重さなどの理由を理解できないからだ。
「物凄い数だな」
「その形になるには、それなりの理由があります。より便利に使うために、細分化する必要があるんです」
エイジが簡単な説明をすると、フランコはいちいち頷きながら、説明に聞き入る。
しばらくそんな時間が過ぎ、あらかたの説明が終わった。
やれやれ、こんなものか、と思った時、エイジは強い視線に気づいた。
「君に聞かなければならないことがある」
「……何でしょうか?」
つい先程までの態度とは違う。
明確な気迫を感じて、エイジは気を引き締めた。
一体どんな爆弾発言が飛び出すやら。
だが、たとえ何を言われても、絶対に動揺を表すわけにはいかないな。
覚悟、完了。
「君は槍を作ったそうだな」
エイジの心臓が、暴れた。
一難去ってまた一難。
一体どこまでフランコは知っていて、その方法は何なのでしょうか。
今回は少し短かったので、早めに次回を上げれるように頑張ります。
書籍のほうですが、アマゾンの予約が始まりました。
いよいよ二週間後です。今からドキドキです。




