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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第6章 備え

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6話 二回目の石鹸交渉

 石鹸の素材を手に入れたエイジは、早速道具作りに精を出していた。

 針金は板金の最も細い穴まで引き抜かれ、非常に細くなり、最終的には糸のようだった。

 これで金網は目の細かいものが出来る。


 エイジ自身も針金から金網を作るような作業は初めてだった。

 普通なら鍛冶師の仕事ではない。

 そのため、昨日に引き続いて鍛冶場の全員で作ることにする。


 まず二本の細い棒を、水平に動かないように固定しておく。

 これは木枠などの左右に突起を付けたものでも構わない。

 その棒で折り返すようにしておいて、一本の針金を行ったり来たりさせると、金網の縦軸が出来上がる。


 次にもう一本針金を持ち、今度は横に針金を通していく。

 これは折機を使うように、一本の棒を挿しておき、最初から針金が交差できるように別けておくのがポイントだ。

 横軸を通したら、自然と針金は交差するようになっている。

 それを手元にきっちりと寄せて、隙間をなくす。

 この時にしっかりと均一な隙間にするために、丁寧に寄せておかないと、濾し器用の金網として機能を果たせず、不純物が混ざってしまうだろう。


 こういう作業をさせると、やはり人によって得意不得意の差が如実に出てしまう。

 ダンテはちまちまとした動きが気に喰わないのか、さきほどから頻繁に頭をぐしぐしとかき乱していた。

 エイジが話しかけると、弱り切ったような表情をした。


「俺様はこういう細けーの苦手なんだよな。もっとこう、パワーでいける仕事はねーのかよ」

「昨日の針金を作る仕事は大活躍だったじゃないか」

「そうそう、そういうのでいいんだよ」

「だけど、そんな単純作業だけだと、人に使われているばかりで、職人としては名を残せないよ」

「むぐ、そいつぁ困るな」

「鍛冶師だって色々な仕事がある。今後そういう力がいる物を作る時を楽しみに待っているといいよ」


 文句を言いながらも、ダンテの手は止まらない。

 なんだかんだと言いながらも、仕事をしっかりやり切る姿勢は好感が持てた。

 なにせ、二メートルほどのプロレスラー体型のいかつい男が、わずか一ミリほどの針金を持ってちまちまと金網を織っているのだ。

 仕事をしている風景を見たら、違和感を感じざるを得ない。

 ダンテにしたら愚痴の一つも呟きたくなるのが人情というものなのだろう。

 がんばれ、と声をかけると、ダンテはまた苛立たしそうにしながらも、ペースを上げた。

 案外素直で可愛いやつだ。

 これでもっと謙虚な発言が出来れば言うことがないのだが、そうなるとダンテらしさがなくなってしまうな。


「親方ぁ、私のも見て下さいよぉ」

「ん、ああ。カタリーナさんは……上手ですね。私よりもこういった細かな作業は向いているんじゃないですか」

「そうですか? やったあ」


 素直な喜びを表すカタリーナは、エイジの手を引いた。

 お、手がちょっと硬くなっている。

 毎日頑張って金槌を振っているためだろう。

 カタリーナの手は、最初に仕事を始めた時とは違い、掌と指に軽いタコができ始めていた。

 革で出来た手袋や前掛けも、今では使い込まれて、違和感がなくなってきている。

 染色の仕事よりも、鍛冶師として少しずつ馴染み始めているということだろう。

 それに、仕事が楽しいのか、自然な笑顔が増えた。

 ドキッとさせられるほど魅力的な表情を浮かべることが多い。


 もちろんまだまだ職人としてはひよっこばかりだ。

 だが、それぞれの成長がかいま見えたようで、エイジは嬉しかった。






 金網が出来たことで、準備も整った。

 石鹸作りでもっとも経験があるのは、ピエトロだ。

 昨年は悪臭にも負けず、作業をやりきってくれて非常に助かった。

 今年は石鹸作りの材料の一つ、灰汁作りも一緒に行って、作り方を完全に覚えてもらうことにした。

 後の作業はダンテやカタリーナたちに手伝ってもらっても構わない。

 一番大切な混合比率などは、隠しておく必要があるだろう。


「よし、じゃあ始めようか」

「はい。まずは何をするんですか?」

「灰に水を混ぜて、それを濾すんだ」

「了解です」


 エイジの指示に従って、ピエトロが灰を溜めた容器から樽に移し、そこに水を入れていく。

 最近ではタル村との交易のおかげで、樽よりも龜を使うことが増えてしまった。

 底には昨年と同じく蛇口が付けられ、今回の濾し器は金網を使うことにした。


「親方、今回使った石鹸って、俺も貰って良いですか?」

「もちろんだよ。どうして急に?」

「いや、俺は別にどっちでも良いんだけど……その、サラのやつがキレイになりたいって……」


 そっぽを向くピエトロの顔が、赤く染まっていく。

 サラはベルナルドの娘で、ピエトロとの許嫁だ。

 以前は事あるごとに、好きではないと反発していたが、こうやってプレゼントを考えるあたり、少しは仲が進展したのかもしれない。


「そーか、そーか」

「あ、親方楽しんでますね?」

「いや、そんなことはないよ。しかしそれなら、いいものを作ってあげないとな」

「めっちゃいい笑顔してるじゃないですか!」


 エイジは頬が緩んでしまうのを自覚する。

 自分がからかわれるのは絶対嫌だから、出来るかぎり人にも不快な思いをさせたくない。

 だが、どうしてこんなにも他人の甘酸っぱい恋話は楽しいのだろうか。


「で、サラちゃんとは上手く行ってるのかい?」

「まあ、その……来年ぐらいには挙式になるかと」

「おめでとう。できるだけ豪華に祝えるように、今から準備しとかないといけないな」

「親方が一年かける準備って、すごい大事になりそうなんですけど」

「いや、そんなことはないよ。ところで、結婚したら家は分けるのかい?」

「ええ。新しい家に移ることになると思います」

「そうか」


 それならば、調理道具一式ぐらいはプレゼントしても負担にはならないだろう。

 それとも、すべてピエトロの自作の方がいいだろうか?

 祝いということで、まだ許可を与えていない物を作って練習する機会をあげるのも、ピエトロにとってはいいプレゼントになる。

 ピエトロ自身に選ばせるのも悪くはない。

 調理器具を自分で作るのなら、エイジは別のものを作って渡せば良い。

 すぐではなくとも、その辺りを考えておく必要はあるな、と思った。






 石鹸作りは上手く行った。

 オリーブオイルやグレープシードオイルなどの、未使用の油による植物性石鹸。

 牛や豚、イノシシ、羊などから作った動物性石鹸。

 そして廃油を利用した混合石鹸。

 この内植物性石鹸に関しては、塩で固形化することに成功した。


 別段液状石鹸に使用感で問題があるわけではなかった。

 だが、固形化すると交易などで持ち運びするのが容易になる。

 これらは高級品の扱いだ。

 かつて胡椒は金貨に等しい価値を誇ったというが、この高級石鹸もそれほどまでに高騰はさせないが、準ずる価値になるだろう。

 狙い目は各村長夫人や、領主ナツィオーニの夫人方だ。


 動物性石鹸は、主にナツィオーニに税として納める用途と、交易品の中心になるだろう。

 昨年よりもシメる家畜の数が減ったため、生産量はやや落ちた。

 激減しなかったのは、ジャンが集めた油の中で、一部は最近シメたばかりの油があり、そのまま使うことが出来たためだ。


 最後の廃油石鹸は、どうしても酸化した臭いがあり、塩析だけでは完全な除臭は不可能だった。

 工業用石鹸としての性能は十分だろう。

 特にシエナ村では水力ハンマーの歯車など、今後工業化が激しくなる予定のため、自分たちで使うことが出来る。


 エイジは、これらの石鹸をジャンの前にズラリと並べてみせた。

 ジャンは不敵な表情を浮かべている。

 今年も十分に稼がせてもらおう。


「今回は昨年みたいにはいかないぜ。モストリ村には備蓄もあるからな」

「まずは前回の油の分と、鉱石を探していただいた手間賃として、こちらの石鹸をお渡ししておきましょう」

「……おう。まあこんなもんだな」


 龜十個ほどの廃棄油が、石鹸の入った龜一つと交換される。

 手間賃を考えなければ、原価一割という破格の儲けだ。

 独占商品だし、ある意味では当然の利率だろうか、とエイジは思う。

 続いてジャンが木板に石鹸の交換比率を板に書き記した。


 ごくごく少数しか使えないのだが、文字はあった。

 作られた言葉は麦や羊といった、税に関する表現が多い。

 数字は十進法だった。


 フランコといった官吏の者や、ジャンやピエロといった商人は、文字を扱うことが出来る。

 そして、シエナ村では巫女であるアデーレ、フェルナンドの妻が文字を知っていた。

 エイジもいくつか文字を教えてもらった。

 扱っているほとんどの文字は、数字が中心だったため、覚えるのは簡単だった。

 普段の記録用には日本語を。

 今回のような商売の際には、現地の文字を使うようにしている。


「で、こちらが、新商品の蝋燭です!」


 エイジが自信満々に取り出したのは、蜜蝋から作り出した蝋燭だった。

 養蜂には成功していないので、森で自然に採れた蜜蝋から作る数量限定品だが、その光量は油皿で火を灯すよりも数倍明るい。

 エイジはわざわざジャンを暗がりに連れ出して、目の前で蝋燭に火を灯した。

 実物を見たジャンが、顔の筋肉を引くつかせ、頭が痛いのか抱え始めた。


「……おい、ちょっと待て」

「なんですか?」

「頼むからさ、次々と新商品ばっかり作るなよな。こっちも予算とか計画を立てるんだよ」

「じゃあ、次回にしましょうか?」

「いや、待て待て! 目の前にこんな物を見せられて、買わなかったら商売人失格だ」

「なるほど。確かに欲しがる人は、高額でも欲しがるでしょうからね。なにより、ピエロさんが欲しがりそうですし。で、どうしますか? 次に来た時にあるとは限りませんよ」

「分かった……買うよ」


 エイジが木札に数字を書き込むと、ジャンは顔色を青くした。

 この村との収支だけで考えれば、明らかに赤字である。

 今後別の村に回ることで、より高額になって売れるとはいえ、一時的に大きな支出は辛いものがあるのだろう。

 ジャンは結局手持ちの金銀財宝の一部を放出することになった。

 これでまたタニアさんに装飾品をプレゼントできるな。

 たまにはカタリーナさんにもプレゼントしようか。


「俺は……また負けたのか? それとも勝ったんだろうか……分からん」


 悩むジャンに対して、エイジは極上の笑みを浮かべ、一言告げる。


「毎度」

弟子の皆もちょっとずつ成長しているのです。


次回、徴税吏フランコ、再登場です。

反乱計画に気づかれることなくやり過ごせるのか。

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