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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第6章 備え

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5話 積み荷の中身

あとがきに報告があります。

 全く大変だったぜ、とジャンが笑った。

 にやりと笑うと、大きな口が開き犬歯が覗いた。

 実に野性味を感じさせる表情だ。

 だが、粗にして野だが卑ではない、という言葉の通り、ジャンはかなり理を重視した行いをする男だ。

 ちょっとした仕草が相手にどのように見えるかまで商売に利用する、ある意味ではもっとも商人らしい男だ。

 外見に引っ張られた物の見方をすると、後々判断を誤り、困ったことになるだろう。


「では、早速ですが確認させてもらいましょうか」

「おう、見ていってくれ。頼むの大変だったんだぜ」

「エイジ、お前さん何をジャンに頼んでたんだ?」

「使用済みの油です」

「油? 俺達が集めたやつだけじゃ足りないのか?」

「今回はうちの村だけじゃなく、ナツィオーニに税として渡す分もありますからね。ただでさえシメる家畜の量が減っている今、交易に使おうと思ったら明らかに足りないんですよ」

「なるほどな。それなら納得だ。俺達の仕事が無駄になったのかと思ったぜ」


 ジャンが荷台から大きな甕を下ろした。

 甕は口が細くなっていて、そこを木蓋で塞ぎ、かつ布をかけて縄で縛るという厳重な封がされていた。

 木札がかけられていて、そこに記号が書かれ、どこの村の油なのか分かるようになっているようだった。

 蓋を開けると、使用済みの油らしく、独特な臭気が漂ってきて、とてもではないがそのまま使える物ではなさそうだった。

 甕によって使っている脂が違うのか、それぞれ臭いが違う。

 集めてもらうのを頼んだエイジは、立場上嫌な表情を浮かべるのを我慢したのだが、マイクは気にした様子もなく、鼻を摘んで、盛大に表情を歪めた。


「こいつぁクセーな。鼻が曲がりそうだ。エイジ、本当にこんなの使えるのかよ」

「濾過と塩析をすれば、多分」

「手に入った油も、植物油から山羊や羊といった獣の脂まで様々だぜ」

「持ってくるのが大変だったでしょう? ありがとうございます」

「まあ、何に使うか不思議がられたが、もともと捨てられているようなもんだ。元手もかからなかったからな。手間賃は高く買ってくれよ」


 丁寧に濾した後ならば、石鹸をはじめ、家畜の飼料、蝋燭などに使えるようになる。

 針金を作っているところだったが、ちょうどタイミングが良い。

 早速フィルターを作ろう。


 エイジとしては、特に蝋燭の使用頻度をもう少し高めたかった。

 交易用に使った後は、個人的に使用したいところだ。


「これからちょうど石鹸を作り始めようと思っていたんで、良いタイミングでした」

「おう、そうかい。しかし脂が石鹸の材料になるって、言ってしまって良かったのかい?」

「よく言いますよ。前回確実に気付いていましたよね」

「そこは実際に口に出すかどうかの違いだろう」

「それこそ、私が一度でも脂で石鹸ができるなんて言いましたか? まあ、今後も知らないふりをしてくれていると助かります」

「任せておけ。その辺りは持ちつ持たれつだ。純粋な工法を知らない以上、原料の一つだけ知っても無駄だしな」

「まだ作れていないんですけど、今後の予定は?」

「どれぐらいでできそうだ?」

「最低でも二週間はかかりますね」


 作りたての石鹸はアルカリ成分が強すぎて、肌がひりひりと痛む。

 そのため、少し暗所で寝かせてあげる必要があった。

 エイジは油を確認した後、積み荷の残りに目を向けた。

 そこには、油以外の目当ての品が積んであるはずなのだ。


「それで、もう一つ頼んでいたものですが」

「ああ。あんたが目当てにしている物があったら良いんだけどな」

「さて、こればっかりは見てみないと分かりませんからね」


 エイジは、脂のほかに一つ、頼みごとをしていた。

 それは、各村に巡った際に、その村で珍しい鉱石がないか、ということだった。

 鉄は他の鉱石と混ぜることで合金となって、様々な性能を向上させる特質がある。

 合金に向いている鉱石としては、マンガンやチタン、クロム、銅などがある。

 ほかにもタングステンやモリブデン、ニッケル、アルミニウムなども使える。


 ジャンが荷車から積み荷を下ろした。

 荷にはさまざまな鉱石をはじめ、ただの石英や長石といった石まで、様々に入り交じっていた。

 具体的な指定をしていないから、少しでも珍しかったら全て持ってきてくれたのだろう。

 中には水晶やオニキスといったアクセサリに使えるような石もあった。


 エイジは大学時代の記憶を総動員して、目の前の石から有用な鉱石がないか確かめる。

 これらの中からたった一つでも良い。

 使える有用な石があって欲しい。

 エイジは真剣に願った。


 マンガンは銀白色の金属で、マンガン電池やアルカリ電池などの使用で有名だ。

 鉄に混ぜることで耐磨耗性、耐食性、靭性を付加することができる。


 チタンは軽量、高強度を誇り、航空機や自転車、ゴルフクラブなどで利用されている。

 だが、融点が高いなど加工性が難しく、エイジが扱うことは難しいだろう。


 クロムは現代日本において、もっとも身近な合金素材の一つだ。ニッケルとクロムを合わせ、ステンレスという名前に変わる。

 その耐食性から身近なものに使われている。


 日本古来の玉鋼は、島根県の砂鉄が原料として使われていた。

 その理由の一つに、自然にこれらの鉱石が含有されているためだ。

 もちろんこれは偶然ではない。

 各地で砂鉄から製鉄する段階で、品質の良くない砂鉄の産地が淘汰され、もっとも適した島根県の砂鉄が生存競争に勝ち残った結果だった。

 ちなみに現在も、玉鋼は年間一トン強が精製されているが、過去の製法と全く同一ではない。

 特に最も性質の良かった室町期の技術は、完全に散逸してしまっている。


 逆に純鉄、というものもある。

 超高純度鉄という方が正確かもしれないが、これは現代科学の結晶とも言えるものだ。

 塩酸につけても溶けず、金属のイオン化がされないなど、これまでの金属として常識を覆すため、注目されている。

 だが、非常に高いコストに加え、真空溶鉱炉や超プラズマなど、非常に高度な技術が必要になり、こちらもエイジの手が出せそうにはない。

 エイジの手元にあるのは、自身が設計した高炉が一台だけだ。


 結局エイジにできるのは、人の手でできる原始的な製法を、出来る限り近代化させることだけだ。

 今回の合金化も、その方法の一つだ。

 鉱石を探すエイジは、一つの石に目をつけた。


「ご希望のものは見つかったかい?」

「……ええ。おそらくこれだと思います」

「この石か……」


 目の前には真っ赤な石があった。

 紅鉛鉱と呼ばれる、クロムの一種だ。

 だが、エイジの選択に、ジャンは黙りこみ、わずかに表情に苦みばしったものが浮かんだ。

 あまりよい反応ではない。

 何か問題があるのだろう。


「こいつは難しいな。多分、ほとんど採れないぞ」

「……そうなんですか?」

「ああ。非常に珍しい石だから、頼んで譲ってもらったんだ。見つけた近辺に鉱床がある可能性もあるが、その確率も手探りで今はなんとも言えないだろう。安定供給は確約できないな」

「なんとか手に入りませんか? あると非常に助かるんですが」

「ジャン、こいつには恩を売っておいたほうが良いぞ。あとあと倍になって返ってくる」

「マイク、あんたに言われなくても分かってるよ。次に村に出向いた時に、鉱床を探すように交渉してみよう。だが、期待しないでくれ」

「いろいろ融通できそうなものがあれば、私個人で出来る範囲なら、融通しましょう」

「まあ、出来る限りの努力はするさ」


 錆びやすい問題は以前から指摘されていたが、個人の保管方法の徹底ぐらいしか打てる手が限られていた。

 組成を変えることで、防食性が高まるならば、可能ならなんとかして手に入れたい。

 エイジの頼みに、ジャンは最後まで確約しなかったが、出来る限りの協力を約束してくれた。


「俺は先にジローラモのところに行ってくるよ。まだ石鹸がないなら、少し他の商品を仕入れておかないといけないからな」

「分かりました。今日は泊まるんでしょう?」

「ああ。そのつもりだ」

「また東のほうの話を聞かせてください」

「良いぞ。あっちもこの一年で色々あったみたいだからな」


 確認を済ませたジャンは、荷車に商品を積み直すと、村長の家へと馬を向けた。





 夕食はボーナやジャンと一緒にいただくことになった。

 タニアは料理を始めていたため、少し困った様子だったが、作っていたものがシチューだったので、翌日に回せたのは幸いだった。

 身重のタニアではなく、ボーナが料理をしてくれることになった。

 食卓にはオムレツにスクランブルエッグ、メイン料理として鶏カツが作られていた。

 料理油は交易したてのオリーブ油で、さっぱりカラッと揚がっている。


 美味しそうだからだろうか、ジャンが目を大きく見開いて、料理に見入っていた。

 ホクホクと湯気を立てている料理は本当に美味しそうで、今すぐにでも食べたい所だ。


「なあ、本当にこんな豪勢な食卓でいいのか?」

「使い過ぎましたかね、ボーナさん」

「いや、最近の来客にはこんなもんじゃろう」

「ですよね」


 エイジがオムレツにナイフを入れた。

 すっとナイフが入ると、中から玉ねぎの甘い汁の香りが漂い、トロトロの卵が、どろっ、と流れた。

 村で作られていたソースをかけて食べる。

 ひき肉、人参、玉ねぎといった具材の旨味が舌の中で踊る。


 隣ではボーナが鶏カツにナイフを入れていた。

 チーズ好きなボーナは、カツの表面にチーズが塗られていて、とろっと糸を引く。


「いやいや、明らかに卵使い過ぎだろう! どんな感覚してるんだよ」

「ああ……そうでしたね」

「うむ、客人相手だからちょっと多めでもこんなものとうっかりしておったわ」

「うっかりって……。いや、すごいな。これもなんかカラクリがあるのか、エイジ君?」

「カラクリというか」


 ある方法で卵をよく産む鶏を作る方法があり、それを実践したことを伝えた。

 ちなみに、鶏の産卵が多いのは、主に夏の時期で、野生の鶏が冬場に卵を生むことは珍しい。

 多産に育てた鶏だからこそ、ジャンが来ている秋も半ばに、多くの卵を提供することができているのだった。

 春から毎日のように卵を食べれるようになっていて、そんなことは都合よく、村人全員が忘れかけていた。


 どうにかして教えてもらえないか、というジャンの要望を丁寧にことわり、食事の途中、主にナツィオーニから東側の村についての情報を教えてもらう。

 特に気になったのは、東側でも鉄器の要望が高まっていることと、それに合わせて青銅職人が不満を高めているということだ。

 これは考えてみれば当然の結果だった。

 誰だって自分たちの職分が侵されれば、脅威を覚え、不満を覚える。


「特に職人頭のアランと呼ばれる男は、自分の仕事に誇りを持っているからな。俺と話しているときは平静そうに装っちゃいたが、強力なライバルが現れて、内心では気が気がじゃないだろうな」

「そうですか。いつかそんな日が来るだろうとは思っていましたが、予想よりも早いですね」

「まあ、俺がデモンストレーションをしながら、広めているところだからな。勿論大量に流さず、限定商法で大儲け確実だぜ?」

「全部あなたのせいじゃないですか!」

「うはは、悪い悪い。まあ、あいつらもまだ本気で欲しがってる訳じゃないさ。そこまで自由に手には入らないんなら、青銅製で構わないってやつも多いのさ。それよりも、本当の意味で問題だったのは、お前らの交易だよ。船で一気に回った奴があっただろう。そっちのほうが流通量的に大問題だぞ」


 なんだかはぐらかされたような気もするが、確かに流量としては、ジャンから流れた量などたかがしれているだろう。

 今しばらくは、交易による友好の証として、島西部との交渉で有効活用したいところだから、流通は制限する必要がある。

 村の独立を考えても、これは徹底するべきだった。

 優先順位としては、シエナ村自体をまず富ませ、その次に密接なつながりを持つタル村、そして西部の村々、という順番になる。


「他にはなにかありますか?」

「うん、あるといえば、フランコのやつがかなり丁寧な仕事をしているみたいだな」

「丁寧というと? 厳しいというわけではなく?」

「ああ。調べ方はしっかりしているが、無茶な労役なんかは上手く調整して、感情を慰撫しようと頑張ってるようだぜ。まったく、ナツィオーニの領主様は、もうちょっとフランコの奴に感謝してもいいだろうな」

「そうですか。前年の時期的に、もうすぐうちにも来るんですよね」

「まあ、この村は新しいことをどんどん取り入れているんだ。あんまり目をつけられないように気をつけな」


 ジャンの何気ない忠告が、胸にのしかかった。

 隠れて武器を作っていることや、独立に向けて少しずつ設備を整えようとしていることは、決して見つかってはならないのだ。

 そのフランコがまもなく来る。

 そう思うと、楽しい食事が、急に味気ないものに変わってしまった気がした。

いつもお読みいただきありがとうございます。


この度、11月末にヒーロー文庫様より出版が決定しました。

これも、今こうしてお読みいただいているあなた様のような、読者一人ひとりの応援のおかげであると思います。

心から感謝しております。


執筆速度が遅かったり、内容に甘さがあったりと、問題もあるやもしれませんが、みなさまの変わらぬ応援をよろしくお願いします。

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青雲を駆ける6巻書影
― 新着の感想 ―
[良い点] 粗にして野だが卑ではない いい言葉ですよね! 元ネタの方ではなく、男塾の熊田金蔵を思い出しました!
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