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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第6章 備え

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4話 情報収集

 エイジが長い金属板に、たがねを使って次々と穴を開けていた。

 穴の間隔は一定だ。

 大きさは大きな円から、徐々に小さいものへと変化していく。

 板はそれなりの厚みがあって、非常に丈夫だった。


 金属板は炭素量を多く含んでいるため、硬度がきわめて高い。

 その分穴を開けるのには苦労することになる。

 たがねで大まかな穴を開けた後、ヤスリで少しずつ穴を調整する必要があったのだが、硬度の高い金属は、簡単には削れず、力を入れすぎれば、微調整が難しくなる。

 結局根気よくじっくりとヤスリがけすることになる。


 エイジが金属板を手にとって、穴の大きさを厳しい視線で確認していると、ピエトロがやってきて、同じように金属板を眺める。

 そして、軽く首を傾げた。

 何をしているのか分からなかったのだろう。


「親方、今度は何をやっているんですか?」

「針金を作るんだよ」

「針金と、この板と関係があるんですか?」

「大ありだ。後でピエトロもやってみるかい?」

「やります!」

「親方、私もやっていいですかあ?」

「俺様にもやらせろよな」


 エイジとの会話を聞きつけたのだろう。

 ダンテやカタリーナたちも寄ってきた。

 お前ら自分の仕事はどうした、と言いたいところだが、技術に貪欲なのは良いことだ。

 軽く睨みつけるだけに留める。


 説明は一度に済ませたほうが、手間がかからなくて良い。

 単純作業なら尚更のことだ。

 ダンテもカタリーナも、苦笑いを浮かべて焦っていたから、今後は同じようなことはせず、自分の作業に集中するだろう。


「まずはやり方を見せようか。別に特別な技術がいる仕事でもないしね」

「そうなんですか?」

「じゃあ、私でも大丈夫ですね」

「ああ。だが少し力があった方が最初はやりやすいだろうな」

「では俺様の出番だな」

「だれでも出来ないことはないんだ。早速見せよう」


 エイジは言って、金属板を水車から延びる軸の手前の柱に取り付けた。

 板は螺子でがっちりと固定されて、エイジが確認のために引っ張ったが、ビクともしない。


「俺様の力なら動くんじゃないか」

「確かめてみるかい?」

「おう! ……くっ、む、むむっ……」

「はいそこまで。本気でやって壊れたら大変だから止めておこう」

「……ちっ、仕方ねえな。これぐらいで勘弁してやらあ。言っとくけどまだ全開じゃないからな。はぁ……」

「ほんと、ダンテくんは面白いキャラしてるねぇ」


 全力で引っ張っているのだろう。

 息を詰めすぎて、ダンテの顔が赤くなったが、それでも固定された金属板は動かなかった。

 ダンテの力で大丈夫なのだ。

 これなら大抵の作業は問題ないだろう。


 ダンテとカタリーナがなにか言い合っていたが、エイジは無視して作業を続ける。

 仲の良いことは良きことだ。

 お前らそのままくっついてしまえ、と思ったが、口には出さない。


 次に持ったのは鋼材だ。

 針金にしては太すぎる、という程度までは、水力ハンマーを使って延ばしてある。


「まずはこれを使う。この鋼材を金属板の穴に通す。先だけがぎりぎり通る大きさだね。そして、これをペンチで挟んでーー思いっきり引っ張る!」


 エイジが足を踏ん張り、両腕に力を込める。

 ギギッ! と音がして、手に強い抵抗を感じる。

 鋼材が引き延ばされ、穴から引っぱり出された。

 鋼材が無理やり穴を通ることで、先ほどより細く、均一な太さになっていた。


「で、少しだけ先が出たら、後はもう、機械に任せる。これを水車軸の突起に括りつけて、あとは水車を回すんだ」


 ごうん、ごうん、と水車が音を立てて回る。

 軸が回転し、その強力な力で鋼材が金属板の穴を通って、次々と巻きつけられていく。

 古くは鉄穴通し、現在では引きぬき加工や伸線と呼ばれる方法だ。


 これを目的の線径になるまで、何回、何十回と繰り返すのだ。

 オートメーション化や、表面加工といった技術は進化したが、基本的な原理は変わらない。

 水車動力を使うようになる以前の鍛冶師は、全てこれらを人力でやっていたというから、その労力に驚くしかない。

 道具がないから仕方がなくやっていたとはいえ、どれだけ根気があるのだろうか。


 水車の軸に最初よりも細くなった針金がぐるぐると巻きつけられ、終わったのを確認し、エイジは水車を止めた。

 針金を回収し、再び金属板に先を差し込む。

 今度の穴は、先ほどの隣にあり、またほんの少し細い。


「とまあ、こんな感じ」

「親方、質問です」

「ピエトロ、なんですか?」

「こんな細い糸、何に使うんですか?」

「ん? ブラジャーのワイヤーかな」

「ああ、タニアさんの……」

「そうそう。良く分かったね。ってなんだい。そのまたか、みたいな表情」

「いやだなあ親方、僕がそんな顔をする訳ないじゃないですか……」

「勘違いしているから訂正しておこう。針金の使い道は、もちろんそれだけじゃないんだよ。ワイヤーは軽量の籠を作ったり、建材になったり、ハンガーになったり、色々な利用法があるんだ。そして何よりも網! これで焼き魚とかがもっと美味しく出来るんだぞ!」


 最近なんだか弟子の尊敬が薄れているような気がするな。

 前はブラジャーを作ると言ったら目をキラキラと輝かせていたっていうのに。

 今後、もう一度尊敬を勝ち取るためにも、良いところを見せないといけないな、とエイジは考える。

 ブラジャーでダメなら次はショーツか……?

 いや、ますますダメな気がするな。


 実際にはブラジャー作りや日常品だけで終わることはない。

 針金を使って帷子や有刺鉄線などを作るつもりだが、そのことを口にする訳にはいかない。

 何に使うか誤解させたまま、弟子たちに素材を作らせる。

 考えなおすと、ずいぶんとあくどい対応だろうか。


 自分で自分が嫌になるな、とエイジは思った。

 こんな嫌な気分をするのは自分だけでいい。

 この技術を知って、せめて今後人に役に立つ物を作ってくれるといいのだが。


 エイジが見守る中、弟子たちが我先と実践を始める。

 力の差は少ないとはいえ、やはりダンテの力がこのような作業では役立つようだった。


 ふと、エイジは思った。

 そういえば、この前の気配は誰だったのだろうか。

 弟子たちであれば、一言断って堂々と入れば良い。

 こそこそと隠れて見る必要はない。

 扉や鎧戸から、エイジの作業場までは距離があるから、正確に何を作っているかは確認できないはずなのだ。

 未だに気配の主が誰かわからないことが、エイジの胸の中にしこりを残していた。





 一仕事終えて、帰路についていた時、エイジを呼び止める声があった。

 声の主を確かめると、マイクがいた。

 愛犬も一緒だ。犬は人と違って、すぐに大きくなる。

 しっかり食べさせてもらっているのか、二頭とも猟犬として申し分ないぐらい、大きな体格だった。


「エイジ。そろそろまた冬備えに家畜をシメるが、脂は前回と一緒でいいのか?」

「量はどうなりそうですか?」

「今年はお前さんの言うとおりに、クローバーや蕪を育てているからな。去年より三割ぐらい少なくなりそうだぞ」

「冬の食料としては大丈夫そうですか?」


 これまで、冬に与える飼料が足りないから、仕方がなく家畜を殺し、食料にしてきた。

 だが、今年は四輪式農法の効果が出てきつつある。

 一冬を越せる家畜がいれば、その分労力として残すことが出来、また繁殖を盛んにすることも出来る。


 ところが、長期的な目で見れば家畜は多量に増えるわけだが、最初の二・三年はかえって食料が減ってしまうのだ。

 家畜をしめなくなったせいで、冬ごもりの食料が不足するようなら本末転倒だ。

 そんな不安を込めたエイジの問いに、マイクは手を横に振ったことで、否定した。


「ああ。その分、干しダラが多量にあるからな。羊を多めにしめておけば、帳尻は合うだろう」

「なるほど。じゃあ、お手数ですが塩析まで済ませてもらえますか?」

「了解。また研ぎはしっかり頼むぞ」


 羊はもっとも飼育しやすい家畜の一つだ。

 歴史的に見ても、犬に次いで家畜化に成功した生物に挙がる。

 マイクが手で包丁を振るような動作をした。

 エイジはほっと胸に手をおいて、力強く頷く。


「今年はオリーブ油が大量にありますからね。これは自分たちが独占します。工業用に使いやすい牛脂石鹸は、ナツィオーニや交易用に残しましょう」

「うちの母ちゃんのも頼んだぜ」

「協力してもらってますからね。最高の物をお届けしますよ。相変わらず愛妻家ですね」

「うるせえや」


 マイクが照れているのが、微笑ましい。

 なんだかんだと言いつつ、常にジェーンのことを考えているのだから、いい人だと思う。


 オリーブオイルをメインに、サブに何のオイルを添加するかによって、石鹸の性質は変わる。

 有名なアレッポの石鹸や、マルセイユ石鹸も、ベースになるのはオリーブオイルだ。


 ピエトロには監督を始め、色々と仕事を振っているから、オーバーワークになる可能性がある。

 頑張り屋な性格だが、まだ体も完全に出来上がっていない少年なのだ。

 今後は石鹸作りも、村の誰かに任せる、といった対策を考えないといけないだろう。

 

 ひとまずは、オリーブオイルを使った石鹸作りは自分の手で行おう。

 昼の間は弟子たち全員が制作を行えば、火炉を使う余裕もなくなる。

 エイジは朝と夕方に物を作り、昼の間は石鹸作りに精を出せばいいだろう。


 次の計画を考えているエイジに、遠くから呼ぶ声がかかる。

 野太い男の声だ。

 遠目では誰だろうか、はっきりとしないが、馬車に乗っているようだった。

 以前に聞いた覚えのある声だ。

 声の主が近づいてくることで、誰なのかはっきりした。

 行商人のジャンだ。

 石鹸で一儲けしたことは懐かしい。

 そうか、あれから一年が経つのか。


「エイジ君、頼まれてたものを持ってきたぞ」


 ジャンがニヤッと笑いながら、馬車を止めた。

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