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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第6章 備え

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1話 仕事を任せる

 エイジは自宅で仕事の準備をしながら、今日のやるべき事を考えていた。

 たくさんの仕事があった。


 物置には届いたばかりの米がある。

 もみすりは終わっていて、精米は出来ていない状態だった。

 いわゆる玄米の形だ。

 玄米の方が栄養価は高く、食糧事情を考えれば、白米よりも玄米の方が良いのは間違いない。

 だが、エイジは白いご飯が食べたかった。


 ふっくら、ふんわりと炊きあがったお米。

 キラキラと輝いて、つやつやとしていて、白い湯気が立ち昇る。

 箸で一気にかき込んで、よく噛めば甘い味がじわっと広がる。

 そんな体験をもう一度したい。

 梅干しも海苔もないが、仕方がない。海苔は作ることが出来るだろうか?


 白米を食べるためには、まずは精米機を考える必要がある。

 水車小屋には、挽臼ひきうすによる精製装置のほか、棒を持ち上げて突く、突き臼タイプも作られていた。

 実際に使われることはあまりなかったが、原理的にはなんら問題ないはずだ。


 精米が終わったからといって、直ぐに米が炊けるわけでもない。

 やはり飯炊釜は必要だろう。

 だが、それにも障害がある。

 他にこなすべき仕事が大量にあるのだ。


 交易を行うようになって、一度に注文される量が格段に増えた。

 営業は大成功だが、実際の作業の膨大さを思うと、気が滅入る。

 細かな作業をエイジ一人が担っている以上、負担の殆どはエイジにかかってしまう。


 これは人材育成が何よりの急務だなあ。

 そうは思っても、技術とは一朝一夕で磨かれるものではない。

 とりあえずピエトロに任せる仕事の量を増やそう。

 簡単な作業だけを、何度も繰り返していれば、自然とその作業に関しては習熟してくれるだろう。

 そして、ピエトロがこれまで担っていた仕事を、そろそろ新入りたちに任せる時期だ。


 エイジは例え村の外から来ている人間であろうと、使える手がある以上、飼い殺しにしておくつもりはなかった。

 村の人間がエイジの方針にそれとなく反対しているのは知っている。

 カタリーナもダンテも、エイジにすればかわいい弟子だ。

 自分の下についた以上、最後まで面倒を見るつもりだった。

 独立後の話は、今のうちにどれだけ考え方を教育するかにかかっている。


 エイジの仕事はそれだけに留まらない。

 冬支度もそろそろ始めなくてはならないし、それに合わせて石鹸作りも再開する必要があるだろう。

 牛脂や羊脂石鹸はピエトロに任せるにしても、灰からソーダ水を作ったり、植物性石鹸を作るのはエイジの仕事になる。

 そしてさらに、まだある。


 そこまで考えた時、ふとタニアが隣に立っていることに気付いた。


「エイジさん、襟が立っていますよ」

「あ、ありがとうございます」


 タニアがエイジの襟を直し、服装をチェックする。

 髪の毛を櫛で優しく梳かし、ゆっくりと身だしなみを確かめた後、満足そうに頷いた。


「これでどこに出ても恥ずかしくないですね」

「今日から久しぶりの仕事復帰ですからね」

「お弟子さんたち、エイジさんがいない間も頑張ってたので、褒めてあげてくださいね」

「分かりました。タニアさんがいっぱいご飯を食べれるように、頑張ってきます」

「今日のご予定は?」


 タニアに聞かれたため、エイジは指折り、予定を確認する。


「一度仕事場に出て指示出しと、フェルナンドさんと打ち合わせかな。その後は、自分の作業をします」

「お帰りはいつもどおりですか?」

「そうですね、ほぼ変わらないと思います」

「美味しいご飯を作って待ってますね」

「楽しみにしてます」


 タニアが期待したように、すっと目を閉じた。

 エイジはタニアの顎をわずかに上げ、口唇を近づける。

 ほんの僅かにふれあい、お互いの体温を感じる。

 瞬間、おはようございます! と大きな声が聞こえた。


 二人がビクリ、と体を震わせ、慌てて距離を取った。

 エイジが慌てて声の出処に目を向けると、玄関先にピエトロが立っていた。

 にまにまと笑っていて、心なしか頬が赤い。

 ピエトロは笑みを浮かべたまま、丁寧に頭を下げた。


「親方! おはようございます」

「お、おはよう、ピエトロ」

「おはよう。急に出てこないでよ、ピエトロくん」

「すみません、驚かせてしまいました? 僕も凄いものを見せられたんで、朝から驚いているんですけど」

「夫婦だから、なにもおかしいことはない。ピエトロは、サラちゃんとどうなんだ?」

「あ、あいつは関係ないじゃないですか!」

「許嫁だろう」

「そうですけど、べ、別に恋愛関係があるわけじゃ」

「でも、嫌いじゃないんだろう?」

「そりゃそうですけど。あぁぁ、もうこの話やめません?」


 そう言いつつ、ピエトロの顔が赤くなっているあたり、分かりやすくて良い。

 照れているだけで、悪感情はないというか、意識しているのが丸分かりなんだよな。

 ピエトロは年齢だけを言えば、中学生と変わらない。

 まだまだ甘酸っぱい青春の時期だ。

 これ以上、恥ずかしい場面について触れられたくなかった。

 タニアに見送られて、家を出る。

 エイジはしばらく、サラについて質問を続けた。





 鍛冶場ではすでに人が集まり、それぞれ準備に精を出していた。

 ちなみに、扉の鍵を持っているのは、エイジとピエトロだけだ。

 材料、道具を始め、どれも貴重品ばかり。

 ピエトロにも他の人間には決して鍵を貸さないように、言いつけてあった。

 エイジは研ぎや炭割りをしている弟子たちに向けて、話しかけた。


「おはよう。早速だけど良いニュースがあります」

「良いニュースですか?」

「俺様の話だろうな」

「何でしょうかぁ」

「君たちに新しい仕事を割りふります」

「おお、やったぜ。じゃあ今日から俺様は刀鍛冶になるわけだな」

「私の金槌がその力を余すことなく発揮される時が来たようですね……んふふ」


 みんな、自分のできることが増えて喜んでくれている。

 自分もそうだったな、とまだ駆け出しだった頃の昔を思い出す。

 やることすべてが新鮮で、忙しく、充実していた。

 鍛冶師として日々発見は多いが、あれほど毎日が驚きに満ちた日は、おそらく二度と来ないだろう。


「ピエトロは新たに鍋を任せる。水力ハンマーを使って圧延したあと、金槌を使って形を整えること。見本を作るから、ちゃんと見学すること」

「はい! よろしくお願いします!」

「ダンテとカタリーナさんは、やじりや釘、螺子といった小物を作れるようになること。こちらも最初の方は指導しながらだから、しっかりと見聞きして、分からないことがあればその場ですぐ質問すること」

「よっしゃ。おねがいしぁーす!」

「お願いしますぅ」

「とりあえず、まずはピエトロに教えるから、それまでは今の作業を続けてくれ」

「了解!」


 再び作業に戻る姿は、先程よりも元気に見えた。

 エイジはピエトロを連れて、これまでの製作物ができている納品場所に向かう。

 そこには棚があり、鎌や鍬といった農具に包丁、釘、バール、金槌など、様々なものが置かれている。

 エイジは鍋を手に取ると、一度ピエトロに手渡した。

 寸胴型のシチュー鍋だ。

 少しでも料理の手間を減らすためには、一度で大量に作れた方がいい。


「今回作ってもらうのは、このシチュー鍋だ」

「結構深いですね」

「煮込み料理用だからね。中華鍋は曲線がまだ難しいし、まずはこれで曲面に慣れるところから始めよう」

「わかりました」

「よし、早速作るぞ。よく見ているようにね」


 エイジは火炉に向かうと、鉄板を火にかけた。

 鍋は薄く作ることが出来るため、見た目よりは少ない鉄で済む。

 もちろん大きな鍋ほど、材料は多くかかり、そして手間もかかる。


 鉄板を延ばし、薄い板を二つ作る。

 その後、底の部分と、筒の部分を合わせ、灰をかぶせて圧着させる。

 この時、合わせる部分を下にして、鍋の外側と内側、両方に焼けた炭を合わせる必要がある。

 鍋の中では鋲を打っているケースもあるが、滑らかにするにはやはり完全に重ねてしまった方がいい。

 エイジは真っ赤に熱した板の端同士を、リズミカルに叩き続けた。


「このとき、多少力がかかって丸みが潰れても構わないから、鍛接に集中すること」

「はい」


 一度きっちりと合わされば、後は冷めた状態でも面取り――表面を整えること――は出来る。

 鍛接が不十分だと、やり直しがきかない。

 長年使っている内にひび割れてきたりする原因になってしまうのだ。


 エイジは作業を終えると、汗を拭ってピエトロを見た。

 一月ぶりの鍛冶だったが、手はよく動いた。

 後は、ピエトロがどれだけ把握したかだ。


「作り方は分かったかな」

「はい。大丈夫です」

「最初は水力ハンマーを遠慮なく使うこと。そして、最後は手で慎重に、素早くすること」

「はい。今日早速はじめて、あとで見てもらって良いですか?」

「ああ。よろしく頼むよ」


 エイジは後の作業は任せ、次にダンテたちの指導に向かうことにした。

次回は炊飯、冬ごもりの準備、出産準備です。

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