閑話 帰還後の一幕 後編
それは、各村での報告を終えて、今後の対策について話しあっていた時のことだ。
「さて、私たちもそろそろ本気で反抗を考えないといけないね」
ボーナのしわがれた一声で、会議の空気が一変した。
それまで伸びやかに村の発展を考えていたというのに、今はピリピリと、肌がヒリツクような緊張が空間を満たしていた。
一瞬どよめきが起こった後、すぐに静かになった。
誰も言葉を発さず、つばを飲み込む音が、妙に大きく響き渡る。
フィリッポが手を上げ、ボーナが目で発言を促した。
「そ、それは……。独立するってこと?」
「それもまた決めよう。協力して新しい代表を建てるのも良いじゃろうし、ワシ等の村が代表になるのも良い。ただ単に、ナツィオーニから離れるだけでも良いじゃろう」
「そんなことをすれば、彼らは軍を向けるのでは?」
エイジの発言にボーナが頷いた。当然そのことは織り込み済みだ、と。
エイジはあたりを見渡した。
少なくとも、強く反対する意見が出る空気ではなかった。
ああ、誰もが我慢の限界に来ているのか。
話の発端は、タル村やアウマンの村など、複数の村でナツィオーニの統治に対して不満が高まっている、という報告にある。
ほとんど何の政策もなく、賦役や税といった搾取ばかりをされていては、不満が高まるのも仕方がないだろう。
エイジはそれでも、戦を起こすぐらいならば、従っていたほうが良いかもしれない、と考えていたが、村の他の面々は意見が違うようだった。
「私は村長の意見に賛成だよ。そりゃ島の東西が合併されて戦がなくなったのはありがたい。でも、ナツィオーニがいつまでもそれを笠に来て偉そうにしてるなら、そろそろ私たちも黙っちゃいられないさ」
「俺も母ちゃんと同意見だ」
ジェーンとマイクの発言に、他の幹部たちも頷いた。
エイジはタニアの顔を見た。
タニアさんはどんな意見を持っているのだろうか。
タニアは少し心配そうにエイジを見た後頷き、手をぎゅっと握りしめてきた。
そうか、タニアさんまで同じ考えなのか。
それだけ、行われている政策に不公平感が強いということなのだろう。
エイジも強く反対することは避けておいたほうが良さそうだな、と思った。
だが、だからといって、無思慮に反乱を起こすわけにもいかないだろう。
今すぐ兵を送られでもしたら、瞬く間に鎮圧されてしまう。
周到に準備を進めるべきだ。
できれば、話を聞いたナツィオーニが兵を送るのを諦めるぐらいに。
「さて、反対意見は特になさそうだね。じゃあ、実際にどうやって準備を進めていくかじゃが、何か考えはないか?」
「食料の備蓄と、守りを固めるのが必要だべ?」
「ぶ、ぶ、武器も要る」
「実際に交易して見聞きしてきた僕は、周りと足並みをそろえることが必要だと思うよ。うちの村だけが反抗したって、ナツィオーニは他の村の人間も借りだして攻めるだろう。数の力には敵わない。それなら協力して反抗するべきだ」
「何よりも準備していることを悟られないようにする必要があるんじゃないですか?」
次々と、意見が出た。
これまで口には出さなくても、必要性を感じていたのだろう。
具体的な方策に話が移行するのに、時間はかからなかった。
まとめると、次のようになった。
まず、何よりもナツィオーニに把握されないことが一番だ。
その上で、獣避けと称して村の家々に防衛用の柵を設ける。
氾濫防止に川に堤防を造り、進入路を制限する。
交易を通じて食料の備蓄と、足並みを揃える。
備蓄場所は、病人が出て廃屋となっている家を、中だけ改装して使うことに決まった。
人が住んでいない以上、フランコも視察を行わないからだ。
これらの計画は半年や一年で出来ることではない。
五年や十年スパンで考える必要があるだろう。
そして、その間にも村を発展させ続ける必要がある。
幸いにして四輪農法の導入や、鶏舎を建てたことで、食糧問題は徐々に改善されてきている。
栄養失調による死亡率には歯止めをかけることが出来るだろう。
それらの計画が決まった後、最後の一つが議題に上がった。
「エイジや、お前の考えが分からんとは言わん。だが、事はこの村全体に関わることじゃ。了承してくれるな?」
エイジにとっての問題は、武器を作るということだ。
これまで常に武器を作ることを断ってきた。
だが、今回は村の見知った者の命がかかっている。
断ることによって、誰かが命を失うかもしれないのだ。
それはマイクかもしれないし、ボーナかもしれないし、そして隣に座るタニアかもしれない。
エイジの目が左右に動いた。
この場にいる幹部全員が、エイジの目を見ていた。
本当にやらなくてはならないのか?
エイジの目は伏せられ、己の膝に向かった。
そこにタニアの手が今もあった。
エイジはまた、自分に問いかけた。
断ることで、誰かを失った時、自分は後悔しないだろうか。
する。するに決まっている。
そんなことでタニアを失ったとすれば、エイジは一生、自分の決断を後悔し、己を恨むだろう。
しばらくエイジは無言を続けていたが、ふっと全身から力を抜いた。
こうなったら仕方がない。
自分の身や、家族の身を守るためだ。
「分かりました。作りましょう」
「ふむ、分かってくれるか」
ボーナの言葉とともに、会議の場にどこかホッとした空気が流れたのを、エイジは感じた。
みんな、心配してくれていたのか。
エイジは過去にも、狼退治の時に一度武器作りを断っている。
作った槍も、今は形を変えて鍬になってしまっている。
きっと、了承しないと考えていたのだろう。
まだ村に来て馴染みのなかった時と、子が産まれそうだという今では、身の回りの環境が違う。
「とは言え、武器を作り始めたことは、ナツィオーニに知られてはならん。その辺りは上手くやるよう、相談しよう」
「分かりました」
この会議の後、鍛冶場に顔を出すつもりだった。
ピエトロはシエナ村の人間だし、口の堅さは浮気騒動で実証済みだ。信用していいだろう。
だが、残る五人は、ナツィオーニの町の人間だ。
彼らに知られれば、情報は確実に渡ると考えられる。
会議が終わると思ったら、まだ一仕事残っているのか。
ふぅっ、とエイジは溜め息をついた。
鍛冶場にやってきたエイジは、そこにいつもの音があることに気付いた。
水車の立てる大きな音は、ここしばらく体験していなかったものだ。
扉をくぐれば元気な声がエイジを迎えた。
「ただいま、皆。元気にしてましたか?」
「おかえりなさい、親方」
「うーす。お疲れっす」
「あー、エイジさんだぁ。お久しぶりです。日焼けしましたねぇ」
おお、ダンテが少しだけまともになっている。
カタリーナは相変わらずか。
ピエトロは真面目にやっていたみたいだな。
エイジはそれぞれ挨拶してくる弟子の姿を見ながら、作業を続けるように手で促した。
交易に出ていた一月の間、エイジが彼らに任せた作業は、限られている。
ピエトロでさえ、許されているのは鏃や釘といった非常に小さなものだけだ。
残りの弟子たちは、薪を切ったり、炭を作ったり、鉄鉱石を掘りに行ったりと、直接鍛冶の技術を磨く機会はない。
そのため、唯一道具に触れられる研ぎの仕事は、ずいぶんと人気が高かったようだ。
みんな、技術を磨くのに必死だ。
与えられた環境を全力で応えようとしている。
「よし、じゃあ今日は早速打とうか。相槌は順番に任せる。まずはピエトロ」
「はい! お願いします!」
キンコンと刃物を打ちながら、はたしていつピエトロに打ち明けようか。
エイジはしばし悩んだ。
これにて、第五章を終えます。
ついにシエナ村が反乱を企て、エイジも武器作りに賛同しました。
次章は着々と準備を進めていく章になるかと思います。
次回、村発展編その2に繋がります。




