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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第五章 船交易編

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閑話 帰還後の一幕 前編

 船から荷を下ろしたエイジは、手押し車に米袋を満載にさせてほくほく顔で帰路を進んでいた。

 これで今日から毎日お米が食べられる。

 そう思うと、表情が自然と笑みの形になってしまう。

 他人からおかしい人と思われないように表情を制御するのに大変な努力が要った。

 とはいえ、皆忙しく誰ともすれ違わなかったが。


 家は出発した時と、何ら変わりがなかった。

 わずか一月ばかりのことだが、懐かしさがこみ上げてくる。

 扉は開け放たれていた。

 この辺りは防犯意識など皆無だ。

 どこの家もほとんど昼間は施錠されていない。

 家を分けていたとしても、ほとんど家族の延長のような存在だからだ。


 タニアさんは元気にしているかな?

 エイジはすこしばかり驚かせようと、足音を殺し、家に入った。

 扉と鎧戸が開いているので、差し込む光で中は明るい。

 タニアの姿は自宅の右側、厩舎部分ですぐに見つかった。

 一月前と比べてお腹が大きくなっている。

 今はもう七ヶ月目だ。

 そろそろ安静にして欲しいものだが、と思いつつも、留守にしているのは自分が原因だから強くは言えない。

 近隣の住民に助けを借りたとしても、炊事や洗濯など、やるべき仕事は多い。

 タニアはゆっくりとした動作で家畜たちの世話をしている。

 糞を集めて清潔を保ったり、水や餌を与えたり、簡単な毛づくろいをしてあげたりと、仕事は多い。

 今はボタンに餌をやっているところだった。

 手を動かしながら、ボタンに向かって語りかけていた。


「ボタン、エイジさん帰ってくるの遅いね」

「プヒ!」

「一人で寝る夜は寂しいねえ」

「プヒプヒ!」

「ボタンがいてくれる? ありがとう。でもボタンじゃ代わりにならないかなあ」

「ぷひぃ……」

「落ち込んじゃった? ごめんなさいね。エイジさんが働き者で活躍するのは嬉しいけど、忙しくて傍にいないと寂しいなんて、フクザツな気分」


 ボタンに語りかけるタニアの表情が本当に寂しげで、エイジは声をかけることが出来なかった。

 寂しい思いをさせていることは分かっていたが、これほどとは思っていなかった。

 配慮が足らなかった。

 自分は無邪気に新しい村との交流や発見に楽しんでいる間に、そんな思いをさせていたとは。

 エイジは押し黙り、タニアの次の言葉を待った。


「こんなことじゃダメですね。帰ってきた時に寂しそうにしてたら、気を使わせてしまいます。安心して家を出てもらえるように元気でいないと。家を守るのは女の仕事ですからね」


 よし、元気だそう!

 意識して元気良く振る舞いだしたタニアの姿を見て、エイジは今更イタズラとして前に出ていくことができなくなった。

 エイジの存在に気づいていない今、タニアの言葉は偽りなき本音だろう。

 気を使って毎日早く帰るようにすれば、最初は喜んでも、やがてエイジの考えに気づくはずだ。

 自分が足かせになることを喜ぶ性格ではない。

 もう少し家族を省みつつ、今まで以上に仕事に励む方法を探さなくてはならない。

 それが、タニアに出来る期待への一番のお返しになるはずだ。


 今更出て行くことも出来ず、エイジは足音を殺して再び玄関に戻った。

 深呼吸をして心を落ち着かせる。

 今の光景は見なかった。

 私は今、ようやく帰ってきたばかりだ。


「ただいまー!」

「エイジさん!? おかえりなさい」


 タニアが妊婦の身でありながら、早足で玄関に駆け寄ってくる。

 そしてエイジの姿を見つけると、すぐに近寄って、軽く抱きしめた。


「おかえりなさい。長旅、本当にご苦労様でした」

「ただいま帰りました。長い間留守にして、寂しくなかったですか?」

「大丈夫です。みなさん良くしてくれますから」


 気丈に振る舞うタニアの言葉を聞くと、エイジの胸に抑えきれない感情が湧き上がってきた。

 この人をもう十分好きだと思っていた。

 だというのに、ますます愛しくなってしまう。

 幸せにしよう。


「本当に? 私は寂しかったんですが」

「ええ、本当に。エイジさんは寂しがりやさんですね。でも、会いたかったのも本当ですよ。エイジさんの顔が見れて嬉しいです」


 しばらく二人は抱き合ったままでいた。

 軽く唇を重ねて お互いの温もりを確かめ合うと、二人はゆっくりと離れる。

 タニアがふと、米袋に気付いた。


「その大きな荷物はどうしました?」

「これは今回の交易の一番の収穫ですよ」

「まあ。中には何が?」

「お米です。私の国の主食です。以前言っていた、私の住んでいたところの食事を、部分的とはいえ、タニアさんにも食べてもらえそうです」

「それは楽しみですね。でも、こんなに沢山、食べられるんですか?」


 タニアの心配ももっともだ。

 個人的な交易品だったということで、交換した米はすべてエイジの物になっている。

 米百キロという量は、到底簡単に片付かないだろう。

 タニアと二人で消費したとして、五十キロ。

 これは現代日本の年間消費量の、おおよそ八割ぐらいの計算だ。

 つまり、麦を主食としていたら、一年経っても食べ終わらない。


「美味しい調理方法が分かったら、近所の人にもお裾分けしましょうか」

「知らないんですか?」

「知っているというか、知らないというか……」


 エイジは答えに窮した。

 炊飯器が全て自動でやってくれるから、火を使った炊き方など知らない。

 飯盒炊爨はんごうすいさんなどの火を使った炊き方など、林間学校といった遠い過去の記憶ぐらいでしかした覚えがなかった。

 それに、どうせならば飯盒ではなく、釜を作って食べたい。

 米の種類が違うとはいえ、炊いて食べれないことはないだろう。

 こんな時、その気になれば楽に作れる立場なのが、鍛冶師としての一番の役得だろう。

 無ければ作ればいいじゃない、を地で行く職業なのだ。


「また作り方がわかったら教えて下さいね。私も工夫して、美味しく出来るように頑張ります」

「よろしくお願いします」


 タニアの親切な申し込みに、エイジは甘えることにした。




 それから後、食事をしながら旅の道中の面白かった出来事などを話した。

 家の料理は素材などでは劣るが、落ち着いた空間と、慣れた味は何よりも美味に感じる。

 味は舌だけで感じるものではないな、と思った。

 食後はちょっとした土産をプレゼントし、すぐに眠りについた。

 最後の川の遡上そじょうであまりにも体力を奪われた。

 じっくりゆっくりと話すのは、体力が回復した明日以降になるだろう。

 次回からは停留所を途中で設けて、そこから陸路で搬入した方が効率的かもしれない。

 というか、ぜひそうしたい、とエイジは思った。

 また村の労力を使うことになるが、交易を定期的に行うためにも、次回の改善案になんとしても盛り込むべきだ。


 一晩眠って体力を回復させた後は、村長の家に向かう。

 今回の交易の旅の報告と、現状の対策や、今後の改善点など、話すべきことが多かった。

 それが終われば、ようやく仕事場に向かって弟子たちの報告を聞くことが出来るだろう。

 ピエトロやダンテたちが、一月とはいえどれほど成長したか、楽しみだった。

 早く面倒な報告を終えたいところだ。


 村長の家には、全ての村の幹部たちが勢揃いしていた。

 村長のボーナは当然として、マイクやジェーン、フィリッポにジョルジョ、ベルナルド。

 そして今回はタニアも、聞き手として参加している。

 エイジは以前、タニアが村長の孫として手ほどきを受けたと聞いていたから、それほど不思議ではなかったが、それだけ今回の渉外しょうがいが重要なことだという証だろう。

 面倒だな、という認識を改めた。


「さて、全員揃ったかぇ?」

「フェルナンドさんがまだでは?」

「すまない、お待たせした」

「ちょうど来たようじゃな。では早速始める。交易で輸出したものは、毛皮や織物、革ベルトや革靴といった皮革製品、鉄で作った道具類、毛布や毛織物、ほかに何か有ったかの?」

「お酒と石鹸も持って行っています」

「そうじゃったな。そして手に入れたのが、高価なものだけでもオリーブ油に塩、香辛料、馬、金、銀食器か。食料品などを入れると、この一度で一年分の収益じゃのぉ……」


 ボーナが呆れたような表情で、しかし喜びを抑えれぬらしく、口元だけに笑みを浮かべて言う。

 他の幹部たちは、何を手に入れたかまだ把握していなかったのだろう。

 一様に驚いた表情を浮かべ、隣のものと話し始めた。

 落ち着いているのは実態を把握しているボーナとタニアぐらいのものだ。


「馬だってよ。母ちゃん、ジャンの馬とどっちが立派かな」

「さあねえ。どっちにしろ労力になるんなら何よりだよ。これで開拓が進むね」

「んだんだ。大切にしてやんないとなあ、ベル」

「ジョルジョは世話できるべ?」

「んだ、もちろんだ」


 一番の人気は、馬だった。

 もともと非常に高価なこともあって、憧れの的だったのだろう。

 急ピッチで厩舎を建て、世話役にジョルジョとベルナルドが就くことに決まる。

 ボーナはそれら喧騒とは少し離れ、あくまで冷静に村の関係を見つめているようだった。


「さて、いくつかの交易の上で、今後の改善点や気づいた点、約束などがあれば、それの報告もしてもらおうか」

「フェルナンドさん?」

「大工の件に関しては僕がしよう。君が約束したことに関しては、君が報告すればいい」

「分かりました」


 さて、一体どのような約束があっただろうか。

 エイジはまず、自分が訪れた村を思い出した。

 まずタル村に行った。

 その後、モストリ村に行き、ピエロと会った。

 アウマンの村の一行に川で迎えられ、最後にアリーナの村で歓迎を受けた。

 …これで行程は間違いないはずだ。


 こんな時、紙がほしいな、と思った。

 羊皮紙は、文字通り羊の皮から作られるのだっただろうか。

 今度、インクや羊皮紙がないか尋ねてみよう。


「まずタル村では、蒸留酒の製法を教えるかどうか、また対価をどうするかが問題になりました」

「エイジはどう考える」

「この村での余剰人員は、ほとんど余裕がありません。条件によっては教えても構わないかと」

「ふむ……できれば独占したいところじゃが。その条件とは?」

「麦などの食料品を一定量、毎年シエナ村に送ること。蒸留酒から作れる医薬品を同時に作ること。最初の交易相手にシエナ村に定めること、でしょうか」

「その目的は何じゃ?」

「村の人口を増やすこと。そして健康状態を高め、飢えや病気を減らすことが、村の力を増やす第一歩でしょう」

「ふむ、食料が多く手に入れば、それだけ飢えることはなくなるか。ワシは今のところ異論はない。皆はどうじゃ?」


 ボーナが周囲を見渡した。

 フィリッポ、タニア、ベルナルドとジョルジョは頷き、異論がないことを態度で示した。

 ジェーンは何やら考え、マイクはすっと手を挙げる。


「はいはーい。俺はあるぜ」

「なんじゃ」

「作り方を教えるだけで、俺達が作る分には問題ないわけだよな」

「あくまで製法を教えるだけですから」

「じゃあ、問題なし」

「村長、私も良いかい?」

「ジェーン、話すとええ」

「作り方を教えるのは構わないけれどさ、めちゃくちゃ量産されるのも面白く無い。その蒸留酒を作るのには、なにか道具がいるのかい?」

「要ります」

「じゃあ、その道具の作り方は教えずに、こちらから販売するようにしたらどうだろう」

「それはええのう」


 なるほど、とエイジは思った。

 これならばこちらが制作量を操作できるし、管理を続けられる理由になる。

 自然と交易の条件もつけやすくなるし、問題なさそうだ。


「エイジ、どうだえ?」

「分かりました。蒸留器はジェーンさんの言うとおり、その都度販売するようにした方がいいでしょう」

「決まりじゃな。タル村で他には?」

「いえ、特には……ああ、ありました」

「なんじゃ」

「ナツィオーニを中心とした、領主に対しての話です。これはモストリ村などとも関係があるので、後でまとめて議題にしたいと思います」

「そうか。よし、では続けてくれぃ」

「はい」


 決めるべき課題は多い。

 会議はまだしばらくの時間がかかりそうだった。

いつもお読みいただきありがとうございます。


感想や評価、お待ちしています。


あと、ついったーはじめました。

@hizen_humitoshi


これについて知りたい、という情報などありましたら、ときどき返答する予定です。

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