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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第4章 来訪者

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4話 採掘 前編

 宴会の翌朝、食事をとりながら、タニアからナツィオーニの詳しい状況を聞くことが出来た。

 エイジは昨日の夕方に焼いたパンと、作った料理の余り物を温めなおし、口にする。

 食卓に少しずつ塩漬け以外の、新鮮な野菜や山菜が上るようになってきた。

 リンゴ酢にオリーブオイル、塩を混ぜて作った簡易ドレッシングなど、調味料関係も少しずつ充実してきている。


「なるほど。領主には三人の息子がいて、シエナ村に来たダンテは三男坊。次の領主の席はまず回ってこないと」

「そうですね。子供の頃からやりたい放題してきて、あの年になっても考えは子供の頃のまま。町じゃ逆らえないけど相手にしたくないって煙たがられてましたから。ここに厄介払いに出されたみたいです」

「カタリーナさんは染色でしたっけ」

「羊毛の染色をやってたみたいですね。あの人、はっきりとは言ってませんでしたけど、離婚してるんじゃないでしょうか」

「あ、そうなんですか?」

「多分ですけど。なんだか男性の気配がないというか……」

「しかし、よく一日でそんなに情報を集めましたね」

「料理の話の合間に、ちょっとした世間話とかもしたので、その時に」


 恐ろしい情報収集能力だ。

 井戸端会議で村中の情報が集まると聞いたことがあるが、嘘ではないらしい。

 エイジはこれまでにも様々な面で、井戸端会議の恐ろしさを感じてきた。

 タニアに指輪をプレゼントした時は、その日の夜には話が広まっていた。

 祝福され、いじり倒された。

 鉄の中華鍋を初めて披露した時には、村中の主婦から注文が殺到し、それからしばらく鍋作り以外の仕事ができないこともあった。

 悪い噂ほど広がりやすいというし、注意しようと心に刻む。


「エイジさん、今日のご予定は?」

「鉄鉱石の採掘に新入りを連れて行って、あとは村で開発したものの見回りかな」

「畑に水車に、畜舎に……。お帰りはどれぐらいになる予定ですか?」

「鶏が鳴く頃には帰りたいですね」


 日時計の他は、鶏の鳴き声が時計代わりを務める。

 鶏は一日に三度鳴く。その時刻はほぼ一定だ。

 いつもと変わらない遅い帰宅の言葉に、タニアがわずかに顔を曇らせるが、やるべきことが溜まっている。

 まだ人に仕事を頼めるほどピエトロも育っていないのだ。自分がやるしかない。

 それに現場に神宿る、という言葉がある。

 作って放っておくのではなく、実際に使っている人の意見を聞いて参考にしたいという思いもあった。

 その分負担をかけているタニアには、何かで報いたいな、と思う。


「お仕事、頑張ってくださいね」

「タニアさんも、ムリしちゃいけませんよ。自分だけの体じゃないんですから」

「はい。ジェーンさんにも手伝ってもらいます」


 優しくお腹を撫でる。以前よりも少し膨らんでいるのが分かった。

 幸いにもつわりは軽い方だったが、エイジは過保護とも言えるほど安静にさせている。

 医療機器もないような環境だから、少しも安心できないでいた。

 診療所もなく自宅出産になるわけだが、家には家畜が同居しているため、糞尿がある。


 この村では出産時の死亡率が非常に高いのだ。

 その原因は菌や微生物だろうと、エイジは見ている。

 一日も早く畜舎を分けて、家中を清潔にする必要があった。

 アルコール消毒液の精製も、徐々に進めていて、他の妊婦の出産時に試してもらうつもりだ。


「赤ちゃんのためにも、エイジさんもムリしたらダメですよ」

「行ってきます」


 ストレスをかけないためにも、上手く立ち回らないとな。

 今日がナツィオーニからの来訪者たちにとって、初めての職場体験だ。

 問題を起こさないよう、張り切る必要があるな。

 鉄は熱いうちに打てという諺がある。最初が肝心だ。






 エイジが集合場所として指定していた炉の前に、すでにピエトロを含めた全員が揃っていた。

 まだ日が昇ってそれほど経っていない時間だ。

 さすがに初日に遅刻するものはいないか。


 エイジが全員の顔を見渡すと、まだ眠たそうな顔が目立った。

 ピエトロは目をしょぼしょぼとしている。まだ育ち盛りだから、眠たいのだろう。

 ダンテは欠伸を隠そうともしていないが、身だしなみはしっかりと整えられ、準備は万端のようだ。

 元気なのは少年のように目をキラキラと輝かせるカタリーナぐらいのものだ。


「皆さん、おはようございます」

「「おはようございます!」」

「●うーっす」

「元気がなさそうですね。もう一度、おはようございます」

「「おはようございます!」


 学生のようなもごもごとした挨拶も混じっていたが、エイジはやり直しさせた。

 たとえ領主の息子だろうと、すぐに音を上げようと、せめて挨拶ぐらいはまともに出来た方が良い。

 鍛冶師の世界は厳しい。

 古いしきたりがいくつもあって、それ等が後継者不足の原因になっている。

 だが、それら一つ一つも詳しく聞けば、ちゃんと考えがあるのだ。

 うるさがられない程度には、教育もしていきたい。


「皆さん揃っているようですが、荷物は持ちましたね?」

「はい! 鶴嘴(つるはし)に押し車にスコップ、万全であります!」

「なんで青銅なんだよ。鉄があるんじゃねーのか?」

「あいにく急な来客だから、全員に配るだけの数がないんですよ。我慢しなさい。それに、これにもちゃんと理由があります」


 苦笑する。

 確かに鶴嘴をもう少し作っておくべきだった。

 採掘作業をするのが自分とピエトロだけだったため、後回しにしていた。

 そのツケがこんな所で回ってくるとは思わなかった。


「はい、エイジさん、理由ってなんですか?」

「そうですね。実際に使ってみればいやでもわかると思いますが、あえて言うなら、鍛冶の極意を掴むため、かな」

「早くも極意ですか!」

「けっ、そんなに早く教えるもんかよ。怪しいな」


 鶴嘴は一度作れば、後は先だけを交換するから数は要らない。

 もとより先に話を聞いていれば準備もできただろうが、さすがに昨日の今日で作れるわけではない。

 他の仕事も抱えているから、しばらくは村共同の納屋で眠っていた青銅製の鶴嘴をかき集めた。

 鉄製の鶴嘴は、今は開墾に使われているのだ。

 懐疑的なダンテを軽く睨みながら、エイジは気を取り直す。


「それじゃあ、早速ですが、これから皆さんの職場に案内します」

「はーい! 楽しみですっ」

「近くなんだろうな」

「歩いて一時間ぐらいですよ」

「いちっ……!」


 ガラガラと手押し車を押しながら先へと進む。道が舗装されているわけではないから、凹凸が激しい。短距離ならともかく、これで長時間の移動は全身に来る。

 それでも担ぐことを思えば遥かに楽だ。

 ただし、それも雨が降れば話は変わる。

 エイジは空を見る。透き通るような晴れ間だった。


 幸先が良い。

 天気だけはどうしようもない。

 初仕事に相応しい空だ。





 森のなかを歩く。

 エイジは道案内として先頭に立ち、鉈で藪を切り払っていく。

 植物の成長は著しい。

 切り落とした葉からは深い森の香りが匂い立った。

 ガラガラガラ、とけたたましい音を立てて手押し車が後に続く。

 今度運搬路を作る必要があるかもしれない。

 村中での道路敷設は候補にあったが、路面の悪さで言えばこちらの方が圧倒的に悪い。

 木の根や岩のせいで車輪が跳ねるのだ。


「皆さんゆっくりと早くついてきて下さいね」

「うぅ、エイジさん言ってること矛盾してるよ」

「無理に決まってんだろうが」

「そんなこと言って、ピエトロを見習ってください。確実に状態のいい道を選んで、素早く動いていますよ」

「俺たちゃ初めてなんだよ」


 皆、目的地に着くだけで疲労困憊という様子だった。

 だが、どうにか早朝の時間帯で、目的地に着くことが出来た。

 後はひたすら掘る作業が待っている。辛い仕事だった。

中編に続きます。

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