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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第三章 村発展編

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一八話 畜産と酒宴

 実際に畜舎に鶏を入れる段になって、交渉が一度難航した。


 提供するのはいいが、その鶏が産んだ卵はどうなるのか、ひよこが産まれた時、それは自分のものになるのか、というのが、提供する側にとって、一番気になることだった。

 村の共有財産とするため、一度譲り受ける。

 その後、最初に多めに卵を渡し、孵化したひよこも渡すことで、納得が得られた。


 これまで村の方針に文句もなく従ってきたときとは様子が異なり、反発の様子が見える。

 エイジは困惑した。


 それはつまり、労力を提供するのと、資源を提供するのとの違いだろう。

 労力を提供したときは、“モノ”としては失わないし、食事も提供される。


 だが、今回のように鶏を提供してしまったら、手持ちのものが減る。

 なにより提供するのは、もっとも価値の高い、たくさんの卵を産む鶏だ。

 ただでさえ物の少ない時代だから、失う恐怖がより大きいのだろう、というのがエイジの出した結論だった。




 今、畜舎の中には各ケージに雌鶏めんどりが収められている。

 上下に小さく頭が振られ、小さい歩幅で移動している。

 砂をかくものがいれば、水を飲むものや、餌をついばむものもいる。

 その数三二。


 内、雄鶏は二羽だけだった。

 多産傾向にある鶏の集団にいた雄で最も若い二羽だけ選別した。

 雌鶏三〇羽に対し、雄鶏二羽。

 これもまたハーレムというのだろうか。


 ひたすら交配させ、卵を産ませ、生殖能力が低くなったら肉にされる。

 限りなく自由ではない。


 まあ、子孫を残せない他の雄鶏よりははるかにマシか。

 あれでハーレムも気遣いが大変らしいしな。


 エイジはケージの中に入った。

 人馴れしている雌鶏は近寄る人の気配に怯えもせず、隣を悠々と歩く。


 狙いは産みたての卵だ。

 麦藁の中で無造作に置かれている卵を、素早くとる。

 まだ温かい。


「コケー!」

「あ、気づかれた。やばい!」


 卵を守る鶏は非常に強い。

 普段は狙いやすい獲物でしかないはずの犬や猫といった動物さえ、威嚇された時には逃げ帰るぐらいの迫力がある。


「いた、痛い! 痛いっ! 悪かった!」


 畜舎飼いが進めば、卵に執着を見せない鶏も、交配によって後々には作れる。

 だが、今は非常に意識が高い。

 大切な卵をとるエイジを許すまじ、と雌鶏が攻撃をしてくる。

 クチバシで散々に足を突かれたエイジは、足早に退散するしかなかった。


 さすがにケージから出ていったエイジを、追ってはこなかった。


「……ふぅ、えらい目にあった」


 脛がヒリヒリと痛む。

 ズボンの下では赤くなっているだろう。


 とにかく、卵は手に入った。

 次はこれを、人工的に孵化させる方法を考えることだ。


 卵を一定の温度であたためてやれば、卵は孵化する。

 その熱源をいったい何に求めるかが、問題だった。


「銅線がないから、コイルは作るのが難しい。となると、やっぱり原始的な方法になるなあ」


 現在考えているのは、堆肥の発酵熱を利用する方法だ。

 鶏糞や牛糞といった糞を麦藁、枯れ葉などに混ぜあわせて大きな山にすると、発酵が進み、自然と発熱する。

 発酵熱はかなりの高温になるため、直接卵を当てると、おそらくはタンパク質が変性してしまう。

 ひよこではなく温泉卵の出来上がりだ。


 人工孵化ができれば、鶏が卵を温めている期間を、産卵に使うことが出来る。

 そうなれば年間二〇〇個以上も不可能ではない、はずだ。


 毎日のように卵料理を食べることができる。

 オムレツ、卵焼き、ゆで卵、スクランブルエッグ……。夢が広がる。

 ああ、ケーキを作ってもらうのもいい。

 とにかく卵があれば料理に革命が起こせる。


 きゅるきゅると腹が鳴る。

 春を迎えたばかりで、まだ収穫には少し早い。

 食料も少なく、毎日満腹とは言いがたい。


「その前に餌も重要か」


 卵も無から生み出されるわけではない。

 卵を作るには高濃度の栄養が必要不可欠になってくる。


 現在も卵の殻を粉にして、餌に混ぜ合わせたり、牛骨粉などを混ぜるなど、簡単にできる工夫は始めている。

 エイジも畜産は話で聞いた程度の知識しかないから、それらはすべて試行錯誤だった。

 シエナ村で完結する手に入りやすい物質でいかに鶏の生産効率をあげるか。

 簡単に答えの出せる問題ではない。

 管理を任せた後も、一緒に考える必要があるだろう。


「私は鍛冶師のはずなんだけど。どうしてこうなった……いやいや、卵革命のためだ……」


 呟きは誰に聞かれるともなく、畜舎に消えていった。






 夜、村長の家に集まった村の幹部衆は、大きなテーブルを囲み、酒宴を講じていた。

 部屋の中は普段よりも明るい空気が流れている。

 大きな声がこだまし、時に笑いが満ちる。


「うひゃひゃ! なにコレ。まじ美味いんだけど。酒サイコー」

「フェルナンドさん、人格変わりすぎですよ」

「それだけヤバイんだよ。なにコレ。うは」

「……美味い」

「何かやってるとは聞いてたがよ。エイジ、おまえこんなことはもっと早く言えよ。俺も協力してやるのによ。そう――試飲係という協力をな!」

「いらねーよ……」


 思わずぼそっと本音が出てしまった。


 今回は畜舎ができたため、次の村の発展はどうするか、というのが題だった。

 エイジが提案したのは、水車の量産と、余った手を酒造りに従事させるのはどうか、ということだった。


 見本として提出した蒸留酒は、かなり好評だった。

 フィリッポはちびちびと舐めるようにして飲むと、口をわずかに歪め、笑う。

 フェルナンドはとにかく嬉しいらしい。先程から壊れたように笑っている。


 マイクはどうやら悲しみからは完全に脱したようだった。

 共通しているのは、誰もこの蒸留酒に対し、不満を言わないということだ。


「今後、このお酒も村の特産品として、交易に使うのはどうでしょうか。石鹸作りはともかく、アルコールは誰か手の空いた人にやってもらおうと思うんですが」

「手の空いたものかぇ。そんなものが出るとは思えんが」

「何とかなりませんかね、村長。僕は大賛成ですよ」

「フェル、お前は自分が飲みたいだけじゃろ」

「あ、やっぱり分かります?」


 ボーナもまた、蒸留酒の魅力に取り憑かれているようだった。

 問題を指摘しながらも、その目はマグに満たされた液体を見つめ続けている。

 日に焼けたシワだらけの肌が、わずかに紅潮している。


「誰かいませんか?」

「これからの季節は人手がいる。畑の整備や明渠めいきょを掘ったりと男手が必須じゃからなあ」

「それは、そうですね……」


 畑は本当に重労働だ。

 昨年、荒野を開く作業を手伝った時、それがどれほど大変かは良くわかった。

 おそらく、この春も同じぐらいの作業量が必要になるだろう。

 そこまで愛情を注ぐからこそ、実りとなって返ってきてくれる。


「お前、知恵を絞って女衆の仕事を減らしてやれ。そうすれば、そこから手伝いぐらいは出せるじゃろう」

「女性の仕事となると……料理、機織り、糸紡ぎ、家の家畜の世話と言った所ですか」

「そうじゃの。どうじゃ、出来そうか」

「……水車を建てて、製粉だけでも早く終わらせたいですね。その後は機織りや糸紡ぎ、縮絨なども、水車が使えます」

「結局水車がいるわけか。作るのにどれぐらいかかるんじゃ」

「フェルナンドさん次第じゃないですかね」


 エイジとボーナはちらりとフェルナンドを見る。

 そして、タイミングを合わせたかのようにため息をついた。


「うは。美味い。僕はもう、明日からこれしか飲まない!」

「……すまんが、日を改めて、二人で相談してくれんか」

「分かりました……」


 畜舎が完成して、他のものも協力してもらえると早合点していたが、ずいぶんと先行きが怪しくなってきたな。

 エイジがやるべきことは数多くある。

 蹄鉄もまだ作れていないし、水車は今後の動力源として考えたら、絶対に欠かすことが出来ないものだ。

 その歯車部分や、軸受けなどにも鉄を使う。

 鍛冶師としての仕事も、かなりの量になるはずだ。


「分かりました。ただ、そうすると、今回は畑の方にはあまり力を貸せないと思います」

「それは仕方があるまい。任せるよ」


 畑の方に手を出さない。

 自分もまた土を耕し、野を拓いて作った畑の、完成を見届けられない。


 ……残念だな。


 春も手伝って、いっしょに収穫も手伝って。

 春の収穫祭も一緒になって騒ごうと思っていたんだけど。


 だが、水車の建造は急務だ。

 どれほど心残りでも先に伸ばすことはできない。

 一つ水車を作れば、大幅な労力減になる。

 水車を作らないでいれば、人の手がかかるままだ。


 エイジの持つマグがわずかに震え、液体に波が起こる。


「なに、エイジ。オラたちに任せとけ。おめさんはもともと鍛冶師だ。畑に手を出してる時点で、おかしいんだ」

「んだんだ」

「ジョルジョさん。ベルナルドさん」


 ジョルジョやベルナルドが、ほがらかに笑う。


「き、木が必要だったら、言え」

「フィリッポさん……」


 フィリッポがマグを傾け、酒を飲み下しながら、笑う。


「水車を建てるのは僕に任せておいてくれ」


 フェルナンドの発言も、先ほどの発言が嘘のように優しい。


 みんな、優しすぎるよ。


 自分が全てを背負う必要はないし、村全体で何かを作り出すほうが、はるかに大切だ。

 そのことを忘れていた。

 そのことを、思い出させてくれた。


「……やる気出てきました。明日から女性陣の仕事、手伝います」


 エイジもまた、笑った。

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