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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第二章 農耕 交易編

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12話 交渉終結

今回主人公が劣勢に立つ場面があります。

後々に回収しますが、ご不快になられる方もいるかもしれません。

 村長が交渉役に着くと、自然とフランコの態度が変わった。

 これまで高圧的だったのが、話をきこうというものになる。

 テーブルの腰掛け方や目線の使い方、声の調子が変わるのだ。


 自分はまだ対等のテーブルに立てていなかったんだなと気づいて、エイジは気持ちが落ち込むのを感じた。


 だが、それだけでは終わらない。

 自分に足りないのならば学んで足せば良い。

 ボーナも言ったではないか。勝負は二年目、三年目だと。

 エイジは集中して二人の交渉に耳をすませる。

 二人の交渉は、村長の普段よりも抑えられた、静かな口調で始まった。


「フランコ、あたしから少し提案があるんだがね」

「聞きましょう」

「調べたあんたが一番良くわかってるだろうけど、こやつはスゴイ。色々と新しいものを作って、役立てとる」

「そのようですね。村に来てまだ半年ですか」

「そうじゃ。そこで聞くがお主、高税で身動きができない状態で、新しい物を作る余裕があると思うか?」

「工夫を凝らすことで負担を減らすことはできるでしょう」

「エイジは原料の調達から製造、加工まで一手に引き受けておる。せめて人員を寄こすなりして、作ることだけに専念できる環境が必要じゃろう」


 村長の言葉にフランコが押し黙る。

 交渉の条件として、入れたくない話だったのだろうか。

 しばらく思案したフランコが口を開くがーー


「町に来ていただければ数人を下につけることが――」

「エイジはこの村の一員じゃ。許すと思っておるかぇ、許せばどうなるか想像がつかんと?」


 ーーボーナが一蹴した。


 どうなるのか。

 まるで想像もつかない。

 疑問に思ったエイジにとって、次の村長の言葉は驚きの一言に尽きた。

 村長がエイジに視線をよこし、よく聞いておけ、と注意を与えてくる。


「町に縛り付けて強制労働。この村に戻らせて手放すわけにはいかんから、伝言で都合のいい報告でも伝え、遅からず遠回しにタニアに離縁を迫るじゃろう。もちろんエイジ、お主には向こうから離縁を迫ってきたと報告するじゃろうな」

「そ、そんなことが現実に? 第一バレませんか?」

「エイジ、お主は若いのぉ。いや、まだ自分の価値を理解していないだけか」


 ありえないと否定するエイジに、村長は呆れ顔で返す。

 分かっていないという表情を見て、エイジも悟った。

 この人は本気で言っている。


 背筋をなんとも言えない寒気が走り、毛穴が広がるのを感じる。

 怖いし何より理解できない。

 “技術”がそれほどまでに価値が高いことが、信じられない気持ちだった。

 村長やフランコの考え方は、エイジの価値観とまるで相容れないものだ。


「こやつらはやるよ。もちろん力ずくではないじゃろうが、言葉巧みに身動きできん状況を作る。わしならやる。それに他の村へ行くのも飛び飛びなんじゃ。どうやって真実を確かめる」

「想像で話をされては困りますね。エイジ、安心してもらって大丈夫だ。間違いなく、そのような事はありません」

「やりたくても出来んじゃろう。そこまですれば、ワシらも黙っておれん。それこそ戦が起きるからなぁ」

「だからこそあり得ない妄想だと言っているのです」


 シエナ村は人口二五〇人。対して領主のいるナツィオーニの町は四〇〇を超えるぐらいだ。

 圧倒的といえるほどの差はない。

 青銅鍛冶を抱える技術力の差でこれまで支配側に回っていただけに、新しい技術である製鉄を扱えるエイジを危険視している。

 そして、出来るならば自分たちの傍に置いておきたいのだと、村長はエイジに伝えた。


「中途半端に縛ると、それら新しい物を作る余裕がなくなるじゃろう。それよりも自由を増やし、色々と役に立つ物を作らせたほうが、遥かに有益とは思わんか」

「認めましょう。しかしそれは、彼が本当に新しいものを作れると保証された場合に限ります」

「エイジ」

「はい」

「お主、他にも色々作れる考えはあるかぇ?」


 エイジにも村長がどんな答えを期待しているのかは分かった。

 そして、その答えによって、自分が課せられる制約に関しても。


「さて、細かいものならば」

「いますぐ思いつくものは」

「今すぐとなると……村で必要だと思ったのは、蹄鉄ていてつでしょうか」

「蹄鉄? 何ですかそれは。詳しく聞かせていただきたい」

「鉄で作った、馬の足に履かせる靴ですかね。ひづめを守ってケガをしにくくさせます」


 野生馬は蹄が固く、簡単にはケガをしないが、家畜として飼われた馬は蹄が軟らかく、容易に傷つくようになってしまう。

 おまけに犁や荷車を牽いたりすることで、蹄が摩耗しやすくなっている。

 シエナ村での生活中、貴重な馬がすぐに弱ってしまうと農夫のベルナルドがボヤいているのを聞いて思いついたのが蹄鉄だった。


 もちろん作ったからといって、すぐに良い物が出来る保証はどこにもない。

 蹄鉄鍛冶と呼ばれる専門職が昔は多数いた。

 それほど高度な技術を必要とされる道具だったのだ。


 形状や厚さなどによって出来は異なるだろうし、歩きやすさは変わるだろう。

 だが、それは直ぐに作り直せるものだ。その過程で技術を高めれば済む。

 エイジの言葉に、村長が我が意を得たり、と深く頷いた。


「このように、少し訊いただけで新しい物を考えつく。これが何よりの証拠じゃろう」

「……認めざるを得ませんね。エイジさん」

「はい」

「あなたは新しい物を作る時、一つだけ、という事はありませんね?」

「試すために、いくつかのパターンを作りますね」

「ではそれを税として納めてください」

「それでは率が変わらんではないか」

「負担は減ります。こちらの言い分も聞いていていただきませんとね」

「うぬっ……」

「ああ、もちろん非常に手間の少ない小物ならば、ある程度の量はいただきますよ」


 たしかにこの税の仕組みだと、新技術が確実に手に入る。

 それと同時に、エイジが3つ以上の数を作れば、自然と税率を下げることも可能になる。

 今までの話に比べると、悪くないようにエイジには思えた。


「それともう一つ」

「まだあるんですか?」

「こちらも重要です。税を納めるといっても、何を作って納めても良いというわけではない。農夫なら小麦を、牧畜民ならチーズや肉、糞、毛皮などを納めてもらうように、品を指定しておきたい」

「それは……分かります」


 物々交換で成り立っている社会だ。

 貨幣制度が確立していれば、金銭での納付が便利だが、そういう訳にはいかない。

 ならば食料だけで、というと一々また交換する手間がかかる。

 各村々ごとの特産物に対して税をかけていけば、その手間も最小で済むということなのだろう。


「そういうわけで、エイジさんには発明品とは別に、やじりを五〇〇。槍先を一〇納めてもらいます」

「っ……鏃はともかく、槍先はお断りします」

「なぜ?」

「私は人の命を奪う道具を、作りたくない」

「しかし鉈や斧でも人を殺すことは可能では? 鏃はなぜ良いのですか」

「村で鏃を作っているのは、猟に使えるからです。これらは戦を目的とするものではないです。使い手次第でどんなものも武器になることは理解していますが、それでも私は、生活を豊かにするものを作っていきたい」


 これだけは譲ることのできない条件だった。

 エイジの知る歴史の中で、多くの鍛冶師が刀や鎧、銃を打ってきたことは知っている。

 だが、生まれてからこれまで、常に人の笑顔を見ながら鉄を打ってきた。

 それは、うっすらと夢に見た父親の姿でもある。


 意志をぶつけるように、エイジがフランコの目を見る。

 今度は視線はそらさない。


「治安を守るためにも使えるのですよ?」

「それでも、武器は武器です」


 しばらく無言が続いた。

 曲げるつもりはない。

 最悪、目をつけられて立場が悪くなるかもしれない。

 それどころか、命の危険があるのかもしれない。

 例えそうだとしても、譲れないものがあった。


「はぁ……命を捨てる覚悟には勝てませんね。では、槍ではなく鉈を同じだけ」

「わがままを言ってスミマセン。こればかりは譲れないもので」


 鉈を振り回せば凶悪な武器になる。

 だが、エイジとしてもそこまで疑うことはできなかった。

 最初から使い方を考えていたら、どのような物も作ることができなくなってしまうから。


「それと石鹸を多量に作れるようにしてください。希少すぎて交換比率が高すぎるし、疫病予防に効果的ならば絶対に必要ですからね。これは村長さん、あなたにも言えることです」

「村としての協力を約束しよう。その分、小麦の比率を下げてもらうぞ」

「交換比率ほどの減量はできませんが、割り引くことは確実にします」


 話はついた。

 フランコは新技術と鉄製の鏃、そして鉈を手に入れた。

 しかも、最初にこちらから提示した人員の派遣などはされない。

 もともと圧倒的な支配体制を持たないフランコにすれば、上々の成果と言えるだろう。

 後の細かい決まり事は、村長とフランコの間で交渉を詰めていく。


 結局エイジには交渉の秘訣はあまり分からなかった。

 何よりも価値観が違いすぎて、擦り寄せが難しいのだ。

 唯一はっきりしたのは、自分の意志をはっきりと出さない限り、交渉では飲まれてしまうということだった。

 本当に、やり手の村長には頭が上がらない。



 その後、交渉が終わると友好の酒を酌み交わした。

 フランコは先程までの緊張感はなく、随分と砕けた態度だった。

 村長も厳しい姿勢を和らげて歓待の姿勢を打ち出している。

 これもまた、交渉の一場面だ。


 フランコは明日一日、村内を回って収穫地の変化などを見届けた後、また別の村へと移動する。

 一年に二回から三回見廻るので、年の半分ほどを移動と宿泊で占めるのだという。

 話してみれば、妻と子どもに会えないことを悲しむ、普通の男の一面も併せ持っていた。



 フランコが部屋へと戻ったあと、同じように帰ろうとしたエイジは、村長に止められた。


「今日はご苦労さんじゃったな。交易から帰ってきたと思ったらいきなりこんな交渉で、驚いたじゃろ」

「本当にそうですよ。徴税官だか監督官だか知りませんが。悔しいですがまったく歯が立ちませんでした」

「それで構わんよ。最初に言ったように、いまは経験を積むんじゃ。まあ、悔しいが頭の良い奴だ。今日も私らに譲歩したように見せて、自分たちの目的はしっかりと叶えておるからな」

「そうなんですか?」

「うむ。ワシラに反抗されんように立ち回りながら、上手く税だけは取っていく。したたかな奴じゃ。まあ、ワシらもこのままで居るつもりはない。力をつけて対等な立場に立てるようにしていくさ」


 そのためには開発を進めることと、増税を言い出せない環境を作ることじゃ、と締めくくる。

 上々の成果だろうとエイジが考えたのは間違いではないらしい。


「交渉には前準備と、相手のミスを突くことが大切じゃよ。今回は準備のしようがなかったし、フランコが口を滑らせることはなかったが、できるだけ喋らせて、矛盾や弱みを突いていくと良い」

「瞬時にそんなやり取りって、難しくありませんか?」

「なんでも慣れじゃよ。ワシも若い頃はなかなか慣れんかったのぉ」


 交渉についての指導はそれで終わりらしい。

 少し沈黙が続いたが、村長はそういえば、という体で疑問を口にした。


「お主、まだ記憶がはっきりと戻っておらんのかぇ?」

「一部は戻ったのですが、あとはハッキリとは」

「そうか……。明日昼を過ぎたら来なさい。見せたいものがある」

「見せたいものですか?」

「うむ。恐らく記憶が戻る手助けになるだろう」


 厳しい表情を見せる村長に、エイジは内心で首を傾げた。

 自分の記憶に関することで、見せたいもの。

 一体何なのか、想像もつかない。


 エイジはその日、交渉と失われた記憶について考え、眠れない夜を過ごした。

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