一五話 残された足跡
エイジは、ナツィオーニやフランコとともに、ボーナの家にいた。
エイジは内心の不機嫌を抑えきれないといった表情で、顔がわずかに紅潮している。
固く握りしめられた手は、白くなっていた。
ナツィオーニとフランコもまた、機嫌のよいとは言えない状況だ。
憮然と口をへの字に曲げ、自分たちの前に並ぶ領内の村長たちを観察していた。
ピリピリとした空気が漂っていた。
誰も口を開かず、事態の推移を待っている。
困惑しているのは集められた他村の村長たちだろう。
大人しく椅子に座って待っているものの、疑問の表情を浮かべている。
帰り支度をしている所をほとんど強制的に召集され、その理由も聞かされていない。
中には一方的なやりかたに反発や不安を覚えている者もいるようだった。
とはいえ悠長な説明をしている暇もなかった。
遠方の村のものは、早く荷造りを終えて帰ろうとしていたのだ。
なかにはすでに出立してしまっているものもいた。
人の上に立つものとして、情報の価値はある程度知られている。
もちろん高度情報化社会となった現代日本に比べればとても鷹揚としたものではあるがの話だ。
自然と隣村同士で固まって、ひそひそと情報交換が行われている。
一人ひとりの声は小さくとも、集まればそれなりに大きな音になるが、これは無理に止めなかった。
かえって反発を招くだけだろう、という判断からだ。
犯人とは全く関わり合いもなく、集められた人たちに対して、エイジは申し訳なく思う。
だが、多くの村の代表が集まるこの瞬間を逃せば、捜査をすることはほとんど不可能になってしまう。
何としても不埒ものを捕まえたい。
凝らしめてやりたい。
人の大切な結婚式をとことん台無しにしてくれたのだ。
一度は落ち着いたものの、腹の底では怒りが煮えくり返っていた。
見事犯人を暴いた末には、それなりの罰を受けてもらいたい。
ところでエイジは知らないが、この時代窃盗の罪は恐ろしく重い。
手を切り落とすことになると知っていたら、はたしてここまで追求しようとしたかは定かでない。
進行係はフランコが受け持ってくれた。
ここで新郎であり、被害者であるエイジが一番前に出るのは問題があるからだ。
「突然の招集に応じてくれてありがとう。困惑などあるかと思うが、まずはこちらから事情を説明したい。本日未明、エイジの鍛冶場が何者かに荒らされた」
「なんだって?」
「いったい誰が……」
「目的はなんだ。技術を盗みたいのか?」
ざわっ、と場が騒然となった。
驚き目を見開くもの、素早く周りを見つめるもの、無表情で事態を見守るもの。
気の毒そうにエイジに同情を示すものもいる。
ぼそぼそと小声で意見を交換するものもいた。
それぞれの反応をエイジはジッと黙って観察する。
この場にいるナツィオーニやボーナも、おそらくは同じことをしているだろう。
エイジと比べれば、人を観察し動かすことに手慣れた人たちだ。
味方となればとても心強い。
だが、誰なんだろうか。
実のところ、エイジは事前にある程度予想を立てていた。
島の西側に住む人々とは、これまでの交流もあり、商業的な流通も開始されたばかりで、盗みを働くメリットは非常に少ない。
今後関係が大きく悪化するであろうリスクを背負ってまで犯行に及ぶとは考えにくい。
だからこそ、東側の人々ではないか、とごく単純に考えていた。
(分かりましたか、ボーナさん)
(いや……反応だけでは分からんのぅ)
(ガジールさんかと思ったんですが)
一番怪しかったのは、なんだかんだとエイジに絡んできたガジールだ。
だが、ガジールは意外そうな表情を浮かべていた。
汗を拭いたり、目線をそわそわと走らせるといった、怪しいそぶりも一切見せない。
これで実際に犯行に及んでいるとすれば、狸爺ということだろうが、そうも思えないのだ。
よっぽど老獪というよりは、今回の件に関しては白ということだろうか?
「それで、俺らが呼ばれたわけはなんだ? 少なくとも俺はやってないし、犯人の心当たりはないぞ」
ディナンが代表するように質問の声を上げた。
同じような疑問を持っていたのか、周囲の村長たちもかるく頭を縦にふる。
その中にはピエロやジルヴァの姿もあった。
この三人も容疑者ではないのだろうか……?
分からない。そもそもここに犯人が残っているかどうかも不明だ。
エイジとしても、交流のある彼らを疑いたくはない。
知っている人となりを考えても、そのような悪事をする人とは思えなかった。
できれば見知らぬ誰かが目先の欲望に溺れて、手を染めてしまったのだと思いたかった。
「調査に協力してもらいたい。具体的には持ち物を調べたい」
「俺たちを疑ってるってのか?」
「言いがかりだ!」
「調べて証拠が出なかったらどう責任を取るんだ!?」
怒号が響き渡る。
部屋がビリビリと震えるような声だった。
顔を赤くして目を見開く相手の威圧は相当なものだ。
だが、それで恐れ慄くようなメンバーは選ばれていない。
ナツィオーニはもちろん、フランコやボーナも、肝が据わっている。
みな最低限の覚悟が決まっている者たちばかりだ。
平然と受け流していた。
エイジもこれまでの幾度となく繰り広げた交渉の数々と、なによりも抱えている怒りが恐れを許さなかった。
「協力しないというならば、疑いが増すだけだ。潔白に自信があるなら、なおさら協力いただきたい」
フランコがピシリと言い放つ。
場が静まり返るような鋭い声だった。
村長たちは悩んでいるのが分かった。
いきなり疑ってかかられれば、誰だって気分を害する。
断ってやりたいが、疑われたくもない。
そんな気持ちが透けて見えるようだ。
「僕たちはわざわざ遠いところから、結婚祝いだってことで、土産物まで用意してやってきたんだ。そりゃ荒らされた新郎の気持ちはわかるさ。そんな招かれざる客がいることに気の毒だと思う。だが同時に疑われる僕たちの身にもなって欲しいもんだな」
ピエロがエイジに目配せをした。
視線で何かを訴えている。
何を言いたいのか、と少し考えて思い当たった。
「調査に協力してくれた方々には、私から気持ちとして鍛冶場にある制作物をお渡ししましょう。結婚祝いの返礼品に足す形ですね」
「なるほど。それならまあ僕は構わないけど……」
「うむ、誠意は分かった。協力するのはやぶさかではない」
「ただまあ、荒された直後です。あまり良いものは期待しないでください。あくまで気持ちということで」
ピエロが周りに意見を求めたことで、反発する声がずいぶんと収まった。
ピリピリとした空気もかなり落ち着いた。
フランコやナツィオーニの気配も、張り詰めた物が消えている。
彼らは領主として、自身の威信がかかっている。
容易に断られれば権威に傷がつくし、押さえつけすぎれば余計な反発を招く。
態度には出していなかったが、内心ではかなり腹立たしかったし、心配していたことだろう。
「それで何をするんだ?」
「持ち物検査が第一だ。それともう一つあるらしい」
フランコの言葉とともに、視線がエイジに向けられる。
エイジは頷いて前に出た。
「この場で木靴を履いている方はいますか?」
各村長たちが顔を合わせる。
それからお互いに足元を確かめあって、何人かが前に出てきた。
村長の付き人も合わせると、けっこうな数になる。
「鍛冶場は大きく荒らされていました。物は散乱して、足元は荒れ果てて大変な状態です……。ところで鍛冶場の床は三和土と呼ばれ、土を中心に色々なものを混ぜた物です」
三和土は鍛冶場に欠かせない床材だ。
三種類の土を混ぜて突き固めて作るから三つの和の土でたたき、と呼ぶ。
非常に硬く締めることで足場をしっかりと固めることができるが、優れているのはそれでも土であって、音の反射を柔らかく吸収してくれる点だ。
これがコンクリートやタイル張りにすると、音が反響してしまい鍛冶師の耳を傷めることになってしまう。
突然の説明を始めたエイジに、集まった面々が不思議そうな表情を浮かべる。
だが、本題はここからだ。
「本来は叩いて硬く締めているんですが、犯人は物色に忙しくて焦っていたのでしょうね、クッキリと足跡が残っていました」
足跡は今も保管されている。
エイジたちが整理する上で足跡を消してしまわないか、注意するのが大変だった。
「足跡は履いているものや足の大きさ、体重などによって形が変わってきます。靴の減り方によっても変わるでしょう。これを合わせれば、犯人を捜す大きな手掛かりになります」
さて。
これで顔色を失っている間抜けな犯人はいないか。
エイジがじっくりと間を溜めて、言い放った。
「皆さんの、靴跡を確認させていただきます」
5月30日に5巻が発売されました。