一四話 荒らされた鍛冶場
鍛冶工房が荒らされたと聞いて、エイジはいてもたってもいられず、村長の家を飛び出た。
ボーナの家から工房までは、歩いておよそ三〇分も距離がある。
測ったことはないが、おそらく二キロほどあるだろう。
エイジは自分の胸のざわめきに背中を押されるように、その距離を走り続けた。
長らく毎日歩く生活をしていたためか、マラソンもしていないのに、持久力がついていた。
だというのに、ペースを守ることができず、工房に着く頃には全身から汗が噴き出て、荒く肩で呼吸をするような状態だ。
一刻も早く自分の目で確かめなければ気がすまなかった。
鍛冶場の前にはダンテとカタリーナが立っていた。
ダンテはイライラとした様子で一瞬も立ち止まらず、扉の前をウロウロと回っているし、カタリーナは不安そうな表情で、呆然と鍛冶場を眺めていた。
「遅くなった」
「遅えぜ! くそったれ、俺様がいながらこんなことをする奴がいるとはよ、許せねえぜ!」
「エイジさん……。ごめんなさい、私達がもっと注意してれば……」
「二人とも悪くないよ。悪いのは荒らした奴だ。君たちが責められるべきじゃない。さあ、中を確認しようか。もう触った?」
エイジの問いに二人が首を横に振った。
下手に触る前に、エイジに報告して指示を仰いだほうが良いとダンテが判断したためだ。
有事の際のダンテは非常に役に立つ。
下手に現場を触っていたら、色々と見落とすものがあったかもしれない。
エイジはダンテの評価をぐっと高めた。
扉は鍵が壊されていた。
狼問題の際に槍を作ってから、鍵がなければいつかこんな日が来るのではないかという予感があった。
鋳鉄製の鍵は非常に単純な造りながら、普段鍛造しか造ってこなかったエイジとしては苦労した一品だった。
それが無残にねじ曲がっている。
エイジは何も言わなかった。ただ、じっとその鍵を見ていた。
深呼吸を一つ、顔をあげると、エイジは扉の中に身を入れた。
そして、息を呑んだ。
泥棒が家に入ったとき、引き出しの一つ一つ、ベッドやソファのマットレスまで散乱し、ひどい状況になるのだという。
へそくりをどこに隠しているかなど分からないため、あり得る所を所構わず探すためだ。
それと同じ状況が再現されていた。
鍛冶場のありとあらゆる場所の道具が散乱し、ひっくり返っていた。
「…………ヒドイ、状況だな」
「親方……」
カタリーナの声を聞いて、エイジは気を引き締める必要を感じた。
だが、なぜだろうか。
思ったように張り切った声は出なかった。
「ひとまずは片付けていこう。制作した物は私がやるから、ダンテとカタリーナは普段使っている道具を片付けて」
「おう、分かった」
「はい……」
鍛冶師というのは、本当にたくさんの道具を使う。
金槌一つをとっても、二十種類ほどもあり、形や大きさ、重さが違うのだ。
小さいものを造るときと、大きなものを造るときで、必要な道具が変わるように、目的の道具に合わせて、造る道具も常に調整される。
壁一面に道具が並ぶ様は、見慣れないものからすれば不思議で、圧巻の光景だ。
その金槌も床に散乱していた。
「まったくよお、時と場所を選べよな。なんだって披露宴の夜にこんなバカなことしてるんだよ」
「ダンテくん、こんなのはいつだってやっちゃダメなのよ」
「お、まあそうだな」
「普段はこの村に姿を見せるのは難しい人間の犯行かもしれないね」
村社会は全員の顔が知れ渡っている。
よそ者の見慣れない顔を見つければ、誰もが不審に思うだろう。
壁に一つずつ、それら道具を並べていく。
ダンテもカタリーナも、長い修業の間に、細かな並び順をよく覚えていた。
エイジは注文を受けた道具を保管している棚を確認することにした。
一番は、どの道具が失くなったかを確認したい。
散らかってはいるが、すべてを持ち出すことは重量的にも、ここから見つかる可能性を考えても難しかっただろう。
だとすれば、何を持っていったか。
あるいは何を残したかで、泥棒の目的が分かる。
こんなことになっているのに、不思議と落ち着いているな。
もっと動揺したり、悲しくなったり、あるいは猛烈な怒りが湧いてくるのかと思っていた。
だが、散乱した現場を見たとたん、感情がすぅっと凪いだ。
今は不思議と冷静な感情だった。
フィリッポに頼まれていた斧や鉈、マイクたち猟師に頼まれていたナイフといった、いわゆる刃物類が失くなっていた。
犯人が単独か複数かは現時点では分からないが、失くなった点数はそれほど多くはない。
少数で行ったのだろう。
部屋が散乱しているのは、明確な武器になりそうなものを探したのかもしれない。
……バカな奴らだ。
こういう事態を想定して、鍛冶場には一つたりとも武器は置かなかった。
村の人間なら、誰でも知っていることだ。
しかし、披露宴で力を見せつけたかと思ったけれど、短絡的な人間は奪えばいいと考えるのだから、困ったものだ。
一つや二つ奪った所で、エイジたちがいれば量産は可能なのだから、どう考えても相手にならないはずだというのに。
鍛冶道具を奪われる方が、痛手と言えば痛手だっただろう。
量産体制を作られることの方が、後々の影響は大きい。
「やっぱり外部の犯行の疑いが濃いですね」
「道具はちゃんと揃ってるぜ。乱暴に投げられたりして傷ついてるやつもあるけど、それは除けておいた」
「うん、頼りになります。やるねダンテ」
「まあな。……そのよう、あんまり落ち込むなよ」
「いえ、思ったよりも平気でしたよ?」
「嘘つけよ。まったく鏡があったら見せてやりたいぜ。今にも泣きそうな顔をしやがって」
「そうですよ。エイジさんは自分で気づいてないだけだと思います」
エイジは自分の顔を撫でた。
そんなにひどい顔をしているのだろうか?
自分では意外にも、平気だと思っているのに。
だが、ダンテとカタリーナが揃っていうのだ、自分では気付けていないだけで、ひどい表情をしているのだろう。
「まったく、ズケズケと言いたいことを言って……。君は本当に生意気な弟子です」
「はっ、俺様が言わなきゃ誰が言うんだよ」
「それでエイジさん、このままにしておくんですか?」
「まさか。絶対に犯人を見つけ出して、なんとしてでも制裁を食らわせてやりますよ」
「そうこなくっちゃ!」
平静だと思っていたのは、ショックを受けたくないがための、心の反射だったのかもしれない。
やり返してやる、と思うと、途端にフツフツと怒りが湧いていた。
そうだ、こんなひどい目に合わせたやつを許してはならない。
人様のものを勝手に奪い、傷つけるやつは悪党だ。
敵なのだ。
やられたままでいれば、相手はますますつけ上がる。
今のうちに制裁を食らわせてやる。
さて、では一体どうやって、犯人を見つけ出そうか。
犯人だって、まったくのバカではないはずだ。
捜査されても大丈夫なように、隠しているかもしれない。
あるいは、付き人だけ先に帰して、村で隠し持つかもしれない。
その辺りは、フランコとナツィオーニの手腕に期待するしかない。
片付けでかなり時間が経っていた。
ナツィオーニたちは、どうしているのか。
エイジたちは一度、片付けを中断して、事態の推移を確認することにした。
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