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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第七章 結婚披露宴
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一三話 宴のあとで

 ようやく宴が終わった。

 一人ひとりとのやり取りは短いが、主役となって多くの注目を集めるのは、やはり非常に精神的に疲れる。

 会場に人が少なくなっていく姿を見ながら、エイジはどっと体が疲労に悲鳴を上げているのを感じていた。

 隣に座るタニアも、それは同じだろう。

 朝の元気いっぱい、幸せいっぱいといった姿から、今は疲れが見て取れた。


「終わりましたね、タニアさん」

「はい。今日はありがとうございました、エイジさん。とっても嬉しかったですし、幸せでした。私達の結婚をこうして沢山の人が祝ってくれて、とても良かった」

「沢山のお祝いも貰いましたね」

「また、どこかのお祝いがある時はお返ししないといけませんね」


 日本の結婚式のように、式の費用が一杯必要になるといったことはなかった。

 それだけの蓄えを作れるような余裕のある家はどこにもないからだ。

 だから、結婚は基本的に村全体の持ち出しになった。


 また、祝いの返礼に対してはすぐにするわけではない。

 またどこかの誰かが、式を挙げたときには、持ち出せるだけのものを出す。

 そうして、新しい家の門出を助けるのだ。


「みんな、ビックリしてましたかねえ。これで戦が起こらないと良いんですけど」

「大丈夫ですよ、エイジさんとってもカッコ良かったですもの。私見ててドキドキしましたよ。惚れ直しました。私の旦那さんは、こんなにもスゴイんだって」

「あ、そうですか。それなら良かった。あと、私も招待した人がみんなタニアさんの美しさに目を奪われてて、幸せものだなって思ってました。改めて惚れ直しました」


 馬鹿なことを言っている。

 そう分かっていながらも、お互いの甘い言葉が止められない。

 子どもも生まれて、結婚して時間も経っているのに、未だに新婚状態かと笑われるが、愛情を保っていたかった。


「真面目な話、本当に影響はありそうでしたか?」

「ありそうですよ。エイジさんが剣で兜を斬ったときには、みんな息を呑んでいましたから。あれはとても効果的だったと思います」

「そうですか。あとはクワーラの村がどう動くかが問題ですね」

「やるべきことはやりましたよ。あとは領主様にお任せしましょう」


 エイジはできれば、あまり政治には関わりたくはない。

 このような仕事は、本職に任せるべきだろう。

 エイジは鍛冶師として、島の発展に寄与していけば良いはずだ。


「あれって鍛冶師としての宣伝にもなったと思います?」

「鉄のほうが優れているって印象は持たせることができたんじゃないですか?」

「そうですか……うん、これから忙しくなりそうだ」

「しばらくはゴタゴタから身を引いて、しっかりと鍛冶師として働いてくださいね」

「もちろんです。シエナ村から出るつもりはありませんよ」

「良かった」


 ホッとした様子でタニアが肩を下ろした。

 これまでの短い間で、数多くの騒動に巻き込まれてきた。

 自分自身から積極的に動くこともあれば、外部から動かざるを得ない状況に追い込まれたこともある。

 でも、そろそろ落ち着いても良いだろう。


 弟子の育成も必要だし、そもそも戦には巻き込まれたくない。

 村の発展を第一に考えるべきだ。

 せっかく領主の一族の仲間入りを出来たのだから、その立場を利用して、少しでもいい環境を整えたかった。


「エイジさん……」

「ん? どうかしました?」

「……ありがとう」


 見つめ合った。

 美しい顔が、眼の前にある。

 唇がゆっくりと重なり合った。

 やわやわと口を吸い合い、舌を絡めた。

 疲れてはいるけれど、なんだか気分が盛り上がって、このままでは終わりそうにない。

 エイジはタニアの肩を抱いて、自分たちの家へと帰った。

 今夜は長くなりそうだ。




 次の日、手早く体を拭って、食事を取って。

 エイジはボーナの家に向かった。

 披露宴の片付けを皆でして、早くも帰ろうとしている来訪者たちを見送らなくてはならない。

 タニアはリベルトを迎えに出て、世話をするのに忙しい。


 披露宴も終わったことだし、いつまでも預けていたくなかった。

 いるととても育児に疲れるのに、居ないと心が休まらない。

 我が子というのはふしぎな存在だった。


「おお、来たかえ」

「はい。昨日はありがとうございました」

「いやいや、お前さんこそお疲れじゃったな。見事だったわぇ」


 にこやかな笑顔でボーナに迎えられる。

 少し疲れているだろうか。

 昨日の今日ということで、村長の家も人の出入りが激しい。

 エイジたちは個室で話し合うのだが、ちょくちょくと来客があって、他の村の村長たちが挨拶をして帰っていくのだった。


「ようやく一段落ついたなぁ」

「やれやれですね。準備や途中、助けていただきありがとうございました」

「なあに、可愛い孫の一世一代の見せ場よ。ワシが張りきらんでどうする。これからはゆっくりできるしの」

「そうなんですか?」

「お前さんをビシバシしごいて、代わりに働いてもらうからのう。ウヒヒ」


 しわくちゃの顔をさらにくしゃくしゃにして、ボーナが笑う。

 とても幸せそうだった。

 そうか、そうだなあ。鍛冶師だけではすまないのだった。

 まさか自分が村長の代理として勉強することになるとは。


 だけれど、まあ村のために働くのであれば構わない。

 巡り巡って、タニアやリベルトのためになるだろうから。


「まずは早急に片付けを終えて、それからですかね」

「うむ。お主はピエロとかいう男と、しっかりこの機会に話しておくのじゃぞ。たしか交易について話があったはずじゃろう」

「はい。市場の件ですね。どうなったことやら。周囲の人間が簡単に同意しそうにもなかったんですけどね」

「ナツィオーニでは警戒されるじゃろうが、逆に東側が反発しようとしている今ならやりやすいかもしれんな」


 物事には始めるのに適した時期がある。

 今がちょうどそれかもしれないとボーナは言った。

 たしかにそうかもしれない。

 となると、ピエロはエイジにも協力を申し出てくるだろう。

 交易用の荷物が多量に詰める船はシエナ村の物だけだ。今のところは。

 やるべきこと、やりたいことが多すぎて困る。

 だが、それは良い忙しさで、けっして嫌な感情ではなかった。

 少なくとも、不快なことに追い立てられるよりは、百倍マシだ。


 エイジとボーナが作戦を練っていると、青褪めた表情をしてピエトロがやってきた。

 兄弟子として成長しはじめ、若いなりにもそれなりの落ち着きを得てきたピエトロにしては珍しい態度に、エイジは不吉な予感を覚えた。


「おはよう、ピエトロ。そんなに急いでどうしたんだい?」

「お、親方……! こ、工房が、か、鍛冶場が……!」

「落ち着いて。大丈夫だよ。何があった? 火事でも行ったか?」

「違います! 荒らされているんです! 盗人です! 鍛冶場の道具が盗られてるんです!」

「……なんだって?」


 この外部から多くの人間が集まるこの時期に、よりにもよって窃盗騒ぎ。

 エイジはとても嫌な予感に掻き立てられた。

 一体誰が犯行に及んだというのだろうか。


「ボーナさん」

「うむ。事情を話して、まずは帰ろうとしている者を引き留めようかね。荷物検査もすれば、ある程度の疑いは晴れるじゃろう。見つかればそれで良し。見つからなければ、先に帰ってしまった者は怪しくなるがなぁ」

「私は鍛冶場に行ってきます。現場を見てみないとわからないことも多いでしょうし。ピエトロはこの場に残って、ボーナさんが説明を求めてきたら、それに応えて欲しい」

「わかったっす!」


 まったく。

 人のものを盗むとは、最低な人間がいたものだ。

 いい気分が台無しになったと、エイジは珍しく本気で腹を立てていた。

この話が面白いと思って頂けたら、ぜひすぐ下の評価を押していただけると、とても作者として喜びます。


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