十二話 兜割り
エイジ個人の武を見せることには成功した。
他の村人たちは、エイジの柔道による技能を高く評価してくれた。
大勢の人間がエイジに向けて、拍手と称賛の声で迎えてくれる。
なかでも乱入したガジールを容赦なく投げ飛ばしたことに対しては、みな大きく褒めてくれた。
エイジとしてもガジールに対しては良い感情を抱いていなかった。
だが、だからといって怪我を負わせて良いわけでもない。
問題になりそうもなく、ホッとしたところだ。
「やりすぎかと心配でしたが……」
「祝いの場をかき乱すやつは、あれぐらいの痛い目にあえば良いのさ」
「良いんですか?」
「構わん、誰が許さなくとも、この俺が許す」
とは、領主であるナツィオーニの談だ。
これで領主お墨付きが貰えたわけだから、報復の心配もなく安心して次に移ることができる。
さて、問題はこれら一連の乱取りが、島の戦を抑止する方法になるのか?
ならない。まったくならないのだ。
一人の強者がいたとしても、それは戦や争いが起こらない理由にはならない。
戦や争いは、それらの要素を飛び越えて、感情的な問題で起こってしまう。
シエナ村にちょっかいをかける人間は減っても、島全体の戦となれば関係がない話だ。
だから、エイジとしてはシエナ村が加担する領主に逆らえば、けっして勝つことができないと思わせる必要があった。
つまり、打算だけではなく恐怖という感情に訴えるのだ。
とはいえ、以前からエイジは武器を作ること自体を反対してきた。
今回の示威行為といえども、やはり武器を作ること自体は望ましくない。
狩猟用の鏃や、伐採用の斧、あるいは飼葉などを移動させる際に使う農具のフォークを使うのであれば、どうしようもないが。
エイジは悩んだ末に、最終的には武器以外の道具を使って、それでもなお威力を示す手段を取ることにした。
そんな方法があるのか?
エイジが思い浮かんだのは、たった一つだけ。
だが、それはとても有力な方法に思えた。
エイジが手に持つのは鉈だ。
鉈は枝を払ったり、ときに薪を切ることにも使われる、斧の一種である。
日本刀が柳刃包丁のように切れ味を追求している造りなことに比べ、鉈は中華包丁に値する。
刃先は薄く切れ味鋭いが、根本は分厚く引いて切るのではなく、叩き切るのに向いている。
頑丈で切れ味もあり、威力という点では軍配の上がる道具だ。
その道具を使って、エイジは兜割りを実演するつもりだった。
兜割りとは、別名鉢試しとも呼ばれる。
鉢試しで有名なのは、明治天皇を前に行った天覧兜割りだろう。
明治天皇に榊原鍵吉が同田貫を用いて行ったところ、深さ五分(1.5センチ)の切れ込みが入ったという。
実際に人がかぶっていたら、頭蓋骨を断ち割ってしまう深さだ。
それ以外にも二人の剣士が兜割りに挑戦し、失敗していた。
榊原の技量と、同田貫の名声を不動のものにした一件だ。
鉢試しに使われるのは、本来上質な鋼鉄製の兜だった。
それも鳴り物入りの甲冑師が造った逸品だが、そもそもこの島の人間は鋼鉄製の兜の硬さを知らないし、エイジとしても上質な兜など造ったことはない。
そこで島でも上質な青銅製の兜を置いて使うことにした。
エイジは剣士としての技量はないが、その分道具の優劣が今回はあった。
「置かれている兜のあの輝きを見ろ。あれは相当な逸品だぞ……」
「ナツィオーニ様が青銅職人に作らせた一点物らしい。試し切りじゃなく俺にくれないかな」
「あの新郎の鍛冶師が持つ刃物はなんだ? 分厚くて物々しい」
青銅は手入れがしっかりとなされたものは、とても美しい。
黄金色に輝く様は、金よりも爽やかな色味をしていて、ときに金のギラギラとした光り方よりも好む者もいるほどだ。
それに対してエイジの持つ鉈は黒々と光を反射せず、とても地味に見えた。
誰もが見た目では、青銅製の兜のほうが優れて見える。
このあたりの視覚効果は、エイジの期待通りの働きをしてくれた。
だが、一つだけエイジとしては大きな誤算があった。
エイジにとって、鉈とは農業や林業に用いられる道具である。
これは日本独特な「鉈」という道具の形状で、日本での分類で言えば斧に値する。
ところが、海外においてこの鉈は、どう見ても剣という武器に分類されるのだ。
エイジの思い込み、固定観念からきたすれ違いによって、エイジは今、武器を使っていると思われてしまった。
青銅製の兜は、台の上に固定されている。
エイジはその前に立つと、僅かに足を開いて立った。
しわぶき一つなく、沈黙が場を満たした。
誰もがこれからの光景を見逃すまいと、瞬きも忘れて見入っている。
エイジは鉈の扱いは慣れている。
刃筋を立てるのも、鉈や斧を使い慣れて、お手の物である。
それでも緊張して、息が上ずった。
本当に成功するだろうか。
ぶっつけ本番だった。
戦の気配がなければ、急遽このような催しをするつもりもなく、柔道技を披露して終わるはずだったのだ。
これで失敗したら、もしかしたら戦が起こるかもしれない。
いや、それだけでは済まずに、鉄製の道具自体の価値を低く見られる理由にならないだろうか。
そんなことを考えると、否応なく腹が据わらず、浮ついてしまう。
ああ、こんなことなら、自分じゃなく力のあるフィリッポに頼めば良かった……。
その昔、明治天皇に見られていた剣士たちも、同じくひどい緊張に見舞われたのだろうか。
だが、やるしかない。
もう、後戻りはできないのだ。
深呼吸を何度も繰り返し、大きく吸って……。
頭上に大きく振りかぶって――下ろした。
ガァン! と大きな音が響いた。
エイジの手に大きな衝撃が走る。
金属を断ち切る確かな手応えがあった。
「おおっ!」
「……よしっ」
「エイジさん、スゴイっ!」
残心を解いて、エイジは静かに腰に拳を握った。
美しく威容を誇った青銅兜――見事に頂点部分が断ち割られていた。
その上、手に持った鉈は刃毀れひとつ見当たらない。
会心の結果だった。
思わず、エイジの口がにんまりと笑みを浮かべる。
エイジが兜の固定を解いて、参加者たちに順番に差し示す。
参加者たちが兜を手に取り、その断面を見て、誰もが言葉を失い、感心し、そして脱力した。
「エイジよ、見事な腕前だな」
「腕の問題ではなく、道具の問題ですよ、フランコさん」
「さ、左様か……。うむ、優れているとは知ってはいたが、まさかこれ程までとはな」
「クハハ、やるじゃねえか! さすがは義理の息子だ!」
これほどの兜は手に入らないんだがな、とボソッとナツィオーニが惜しんだ。
そんなに貴重なら、提供しないで欲しい。
見世物用に外側だけ立派な兜ではダメだったのだろうか。
いや、手にとって見られる以上、やはり質の良いものでないとアピールにならないか。
「ジルヴァさん、これが鉄の威力です。いかがですか?」
「恐ろしい切れ味ですな。もし戦になれば、為す術もなく斬り伏せられてしまうでしょう。……最悪我々はこのような武器を相手にする可能性もあるわけですね」
「私はできれば人殺しの道具は作りたくはありません。そうならないことを祈るばかりです」
「まったくです。私としても、できれば戦は回避したい。……素晴らしい出来栄えでした。村のみんなに見せてやりたいぐらいです」
ジルヴァの目に、怯えの色が混じっていた。
そもそも、このような青銅製の兜すら身につけられる者は限られている。
生身で一撃を喰らえばひとたまりもないだろう。
これだけ戦うことの愚かさを理解した上で、まだ争うことを選択するとなれば、待っている運命は破滅だけだろう。
ジルヴァは今、必死で、どうすれば自分たちの村が戦いを取りやめるかを考えているはずだった。
そして、それはクワーラ村だけにとどまらない。
戦に対して積極的だったヴァンガードの村の村長もまた、黙りこくっていた。
エイジの目的は達せられた。
あとは、それぞれが理性的で、正しい選択を取ることを祈るばかりだった。
追伸、新刊出ました。
兜割り、あるいは鉢試し自体は、過去から沢山の例があります。
兜が冷えていると硬度が高くなるため、兜の中に熱々のご飯を詰めたりするという裏技?などもあったようです。