十一話 一芸
「おめでとう!」
「幸せになってくれよ!」
エイジとタニアが、多くの祝福を受けて、再び席に戻る。
まだ胸の中にぽかぽかとした、幸せな感情が溢れていた。
隣に座るタニアの姿を見る。
自然と浮かぶ笑顔は、作られたそれと違って、見ていてとても心地が良い。
思えば村に来てからは、良いことも多かったが苦難の連続で、幸せをじっくりと実感できる余裕も少なかった。
今日という一日、この時間の出来事は、きっと一生に残る記憶となるだろう。
披露宴の後は、エイジが主役となって、見世物をする流れになっていた。
新郎がどのような人間で、どうやって新婦を幸せにできるのか。
それを芸という形をとって表現するというものだ。
盛り上がりが一段落したところで、エイジが再び立ち上がった。
参加者たちの視線を集めながら、エイジは会場のすぐ隣の広場に移動する。
先程までの胸の中に一杯に溢れた幸福感を、今はあえて少し抑える。
気持ちを落ち着けるために、歩きながら深呼吸をする。
胸がドキドキと鼓動を打ってきた。
落ち着け。落ち着けば絶対に成功するぞ……。
「さて、何を見せてくれるんだろうな」
「あんまり期待はずれなものを見せられたら、がっかりしてしまうな」
「すっー、ふぅー、よし、やるか」
期待に満ちた視線が集まる。
タニアだけは、少しだけ心配そうに見ていた。
エイジは強く頷いて、自信を示す。
大丈夫、何も問題は起こらないから。
だから安心してみていて欲しい。
宴会の場に似合わない表情をしている者が、他に二人。
ナツィオーニとフランコだった。
この芸の成功を祈っているだけではない。
村の反乱を抑える策の一つに、この芸が大きく絡んでいた。
準備が整えられていく。
広場にはシエナ村の村人たちが一〇人ほど集まっていた。
エイジと馴染み深い猟師のマイク、木樵のフィリッポ、大工のフェルナンド。
それに農夫のジョルジョやベルナルドやアウグストといったメンバーが揃っていた。
「あいつらは何をするつもりなんだ?」
「新郎を取り囲んでいるぞ?」
「あっ、襲いかかったぞ!?」
マイクが駆け寄り、エイジに掴みかかった。
狩人らしい鋭い飛び込みだった。
エイジはそれを正面から受け止めず、投げ飛ばす。
くるりと重力を感じさせず回転し、マイクが自然と受け身を取って転がっていく。
おおっと歓声が上がった。
ジョルジョが、ベルナルドが次々と走り寄っては、エイジを投げ倒そうと、詰め寄ってくる。
柔道の心得はなくとも、その姿は必死で、けっしてエイジに手加減をしているようには見えない。
なによりも、すべて打ち合わせどおりの型稽古をしているようには到底思えないだろう。
ももを蹴り上げての内股、足首を払う足払い。
エイジの柔道技は、面白いように決まっていく。
もちろん、すべて練習を重ねた仕込みどおりの流れだった。
「なんだあの力は……」
「ただの職人じゃなかったのか?」
「戦は苦手だと聞いていたが、話と違うじゃないか」
元々エイジは柔道部で、有段者でもある。
体格はけっして大きい方ではなかったが、繰り返した練習は、エイジに鋭い体捌きを身に付けさせた。
ナツィオーニなどの戦場を知った人間ならばいざしらず、村の農夫や狩人では勝負にならない。
流れ自体は仕込みどおりでも、エイジの動きは本物である。
近寄られては投げ、近寄られては投げを繰り返す。
とくに二メートルほどもあるフィリッポが投げられると、大きなどよめきが起きた。
誰が見ても、力の上ではフィリッポに分があるのは分かるだけに、信じられないようだった。
「ふん、どうせヤラセさ!」
「ガジール……でも、本気で襲いかかってるように見えるぞ?」
「そうだ。これは本物じゃないか?」
「……そこまで言うなら、俺が化けの皮を剥いでやる!」
「お、おい待てって!」
不機嫌そうに席を立った、リリルカ村の村長のガジールは、ワインを呑んで真っ赤になった顔で、猛烈な勢いでエイジに駆け寄ってきた。
酔っ払ってはいるが、まだ足取りはしっかりとしていて、しかしその勢いは尋常ではない。
ドタドタと足音も大きく、全力でエイジに襲いかかった。
驚いたのは他の参加者たちだ。
まずいことになったと、顔を引きつらせている。
祝いの席で参加者が襲いかかったなど、前代未聞の事件だ。
「大変だ、ガジールのやつが襲いかかったぞ!」
「おい新郎、気をつけろ!」
「エイジさん……!?」
蒼白な表情で立ち上がるタニア。
先程までの幸せそうな雰囲気は消し飛んでいた。
ガジールがエイジに体当たりをかましてくる。
年齢的にも先の戦を経験しているのか、腰から下を狙った良いタックルだった。
対するエイジは、駆け寄ってきたときから、すでに待ち受けていた。
周囲で止めようとしていたシエナ村の一面を退避させ、一対一の状況を作った。
エイジの実力を見せるのに適当な相手だと思えた。
ガジールの手が、エイジを掴もうとした。
自分の勝利を確信していたのだろう。
大きく笑みを浮かべて、声を張り上げた。
「見てみろ! やっぱりヤラセだったぞ! ……なあん?」
「協力ご苦労様でした」
「んだと……!?」
勢いを殺さず、エイジはガジールの手を掴む。
半身の構えになると、一瞬だけ身を沈め相手の上体を下げる。
ガジールの体が、二メートルほども宙を飛んだ。
おおっ、と会場がどよめいた。
柔道の手技の一つ、隅落とし。
別名空気投げとも呼ばれるこの技は、相手の勢いと重心変化だけで投げてしまうという高等技術の一つだ。
何も手を加えられていないのに吹き飛ぶ様子は、魔法のようにも見える。
とくに今回のエイジは、ガジールを守るつもりもなかった。
だから、相手が受け身を取りやすいようにする配慮よりも、見た目の派手さを取ることができた。
吹き飛んだガジールが地面に叩きつけられると、蛙が潰れたような声を上げた。
「ぐえっ……!」
「何がヤラセだ、ガジールのやつ……」
「本当だよ。それで自分がぶっ飛ばされてるんじゃ世話ないよ」
「しかしエイジという男、本物だな……」
「ああ。武器も持たずにこれなら、あいつとは絶対に戦いたくないな」
エイジの武器を造りたくないという信念も知らず、大きな戦力だと捉える他の村の村長たちを見ながら、エイジは良かったと、胸を撫で下ろした。
ガジールのように、ただのヤラセだと判断されては、今日まで極秘で練習してきたのが無駄になってしまうところだった。
人を疑ったり、不躾な態度をとる嫌な人間ではあったが、意外と役に立つこともあるものだ。
ガジールは減速することもなく投げ飛ばされたことで、無様にも失神していた。
マイクたちが渋々介抱してやっている。
「良くやったぞ!」
「おう! すごかったぞ! これで村も安泰だな!」
そして、時を見計らってエイジがペコリと頭を下げると、大きな拍手が沸き起こった。
1-3巻が全国規模で売り切れていて、Amazonなどでも手に入らないと報告いただいています。
心から感謝を。
発売日が過ぎても更新途絶えないので、今回はご安心ください。