十一話 披露宴 四
会場の準備が終わり、エイジたちは場所の移動を始めた。
あたりはすでにゆっくりと日が落ち始め、西日が茜色に空を染めていた。
早くも松明が焚かれ、夜への備えが行われている。
椅子に座っている来客者たちを見ながら、エイジたちは精一杯着飾った服で、会場の中央を歩く。
エイジの腕にタニアが腕を絡め、静々と進む。
タニアのドレス姿は、エイジの注文の影響を大きく受けていた。
ナツィオーニ家に蓄えられていた布をふんだんに使ったドレスは注目を一身に集めていた。
「おお、なんと美しい……」
「あんな美女を娶れるとは、幸せものだな」
「くそっ、俺だってあんな奥さんが欲しかったぜ……」
うんうん、そうだろうな。
羨望の声を聞きながらも、エイジは自慢げに思うこともなかった。
それよりは、本当によく自分がこんな美人でスタイルの良い女性を娶れたものだ、という感慨のほうが大きい。
会場を通り抜け終わると、前方の用意された新郎新婦席に座る。
傍らには巫女のアデーレが控えていて、さらに奥には祭壇がキレイに飾られていた。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。この度は、領主ナツィオーニ家の養子であるエイジと、ワシの孫、タニアの披露宴を行います」
普段は自分の口調を変えないボーナも、今ばかりは畏まった話し方をしている。
なんだかそれが少しおかしかった。
「エイジさん、どうかしましたか?」
「いえ、ちょっと。畏まった言い方をするボーナさんが珍しくて」
「そりゃお祖母ちゃんも、公式の場では口調も変えますよ」
「はい、ゴメンナサイ」
やんわりとたしなめられて、エイジは素直に謝った。
いいですよ、と許すタニアの表情は、美しい笑顔だ。
何度も見たはずの笑顔だというのに、胸がドキリとした。
それぐらい破壊力のある、透き通った、幸せそうな表情だった。
「それではアデーレ、頼むぞぇ」
「かしこまりました。続きまして、私より宣誓を執り行います。エイジとタニア、前へ」
「「はい」」
席を立ち、アデーレの前に移動する。
アデーレは背を向けると、祭壇へと上っていく。
パチリ、パチリと松明の炎が弾けた。
長い影を残しながら、祭壇の上でエイジとタニアは向かい合った。
エイジはスーツを模したもの。
タニアはドレスを模したもの。
どちらも、現代に比べたらみすぼらしいかもしれない。
だが、今できる限りの技術と贅沢、そして愛情を込めて準備した。
見つめ合った。
大きな瞳、整った眉、美しい顎のラインと、高い鼻梁。
なによりもエイジを見つめる、愛情に満ちたまなざし。
美しかった。愛しかった。
すべてが宝石にも名誉にも勝る、なによりの財産だった。
「好きです、愛しています」
「私も、エイジさんを愛しています」
「永遠の、変わらぬ愛を誓います」
「死のその時まで、死を迎えた後も、あなたを愛し続けます」
見つめ合い、視線が絡む。
お互いの言葉が混ざり合い、胸に溶け合う。
言葉に乗った愛情は、神への誓いとなって、その後の人生を縛り付ける。
唇が、交わされた。
触れるだけの、しかしたっぷりとした時間をかけて――。
柔らかな感触。
「それでは、神に供物を捧げ、誓いを確かなものへとしなさい」
「はい。豊穣の女神の前で、私エイジと妻のタニアが誓います」
「私たちは、永遠の愛を保つ夫婦となります」
家に残る財物を捧げるのが、誓いの決まり事だ。
エイジは短剣を、タニアは琥珀の腕環を捧げた。
放り投げられた供物は、底なし沼に沈んでいく……。
ゆっくりと、ゆっくりと。
やがて沈みきって、姿を見ることはできなくなった。
もはやこれらの供物は二度と取り返すことはできないだろう。
二度と、誓いが取り消せないように。
「シエナ村の巫女が宣言します。二人の誓は成されました!」
アデーレの宣言とともに、拍手と歓声が沸き上がった。
爆発するような祝福の音を受けながら、エイジとタニアは恥ずかしそうに顔を見合わせた。
これほど多くの人に祝ってもらえるという状況が、いまだに信じられなかった。
「おめでとう!」
「幸せにな!」
「もう一回キスしろ!」
「キース! キース!」
「「「キース! キース!!」」」
悪ふざけにも似た響きを纏わせながらも、エイジはその挑発をあえて受けることにした。
村の男たち、そして外部の男たちのタニアを狙う視線がまだあることに気づいたからだ。
――この愛おしい女性は、もう自分のものだ。
エイジはタニアの腰を抱き寄せた。
「あ、エイジさん? ちょ、あっ、まって……急に恥ずかしっ……!」
「…………」
突然の行動に狼狽し、恥ずかしそうにするタニアを制し、顔を近づける。
今度のキスは一段と長かった。
舌を絡ませ、息も絶え絶えになるまで、口内を貪った。
「うわああ、やりやがった!」
「くっそぉお、これはもう完敗だな。おめでとうさん!」
今だけは湧き上がる歓声も心地良い。
「もう……エイジさんのバカッ!」
「ごめんなさい。怒らせちゃいました?」
「違います。心の準備をさせてくださいって言ってるんです!」
膨れながらも、喜ぶその姿はとても美しい。
たとえ政治が絡むような形になったとしても、披露宴を挙げることができて良かったとエイジは思った。
そして、披露宴の舞台は、次の段階へと進んでいく。
領主ナツィオーニや、近隣の村の祝福メッセージ。
そして、エイジの芸を披露する番が来た。