披露宴 三
ジルヴァが部屋を出て、入れ替わるようにしてディナンとフランが入ってくる。
二人は自然、出入り口で顔を合わせることになった。
顔を伏せて、何事もなかったように退出するジルヴァと、笑顔で入ってくるディナンたちが対比的で印象的だった。
「なんだ、邪魔してしまったか?」
「いえ、大丈夫ですよ。ようこそ来ていただきました」
「エイジ! 来たぞ! おめでとう!」
「ありがとう、フラン」
どことなく野性味あふれる親子である。
この二人と接するだけで、エイジの全身の強張りがなんとなく溶けるような気がした。
タニアもどことなくホッとしているような気配が肩越しに伝わってきた。
笑顔を取り戻すエイジたちに、ディナンが顔をひそめた。
「……何かあったのかい?」
「いえ、ちょっとした用事ができただけですよ」
「……まあ、そういうことにしておこう。今日はめでたい日だからな」
「めでたい! めでたい! エイジ、タニアが結婚!」
ディナンも部屋の空気をなんとなく察したのだろう。
そして、察していながらもそれ以上踏み込んでこない姿勢が、エイジにとってはとてもありがたい。
なによりも、フランのこの単純な騒ぎ方は、とても見ていて楽しくなってくる。
そこにいるだけで人を幸せにする得難い資質だった。
「俺達のところからは馬だ。まあ、もっともこれ以外の名物がないわけだが」
「アオだぞ。とっても速いし賢いぞ!」
「ものすごく豪華なものをいただいてありがとうございます」
「なあに、お前さんには世話になったからな」
馬はとてつもない貴重品である。
シエナ村の村人の価値よりも高い。
人の命よりも高価という点で、どれぐらい貴重かというのが察せられようというものだ。
エイジがアウマン村に出向いた時には、平原であるがゆえに、木材がほとんど採れないと悩みがあった。
木がなければ家が建てられない。それに家具ができないと、大きな支障が出る。
かといってアウマン村は、他の村との交易がうまく行ってなかった。
馬は高価に過ぎるが、馬以外の特産品がなく、交易が難しかったのだ。
幸いシエナ村には、鉄製道具や蒸留酒、あるいは布や皮革といった様々な交易品があったため、交易に支障はなかった。
そこでエイジは、木樵のフィリッポにお願いして、川に木を流してもらった。
川を流れた木はしばらく乾かす必要があるが、それでもそれまで全く手に入らなかった状況から考えると、かなりの前進だ。
結局、今は沢山の家が建ち、また一部植林も行っているという。
今後は自前の木材調達も、長い月日が解決してくれるだろう。
「今回贈る馬は、村にじゃない。お前に贈るんだ。しっかりと乗りこなせるようになれよ」
「うう、分かりましたぁ。乗馬の練習しないといけないなあ……」
「フランが教えるか?」
「フランちゃんはそんなに長いこと滞在できないでしょう。私が教えるから大丈夫よ」
フランが好意的に言ってくれるが、馬にしっかりと乗れるまでの間ずっと滞在してもらうというのも非現実的だ。
しかし、タニアが馬に乗れるのだろうか?
エイジの疑問が表情に出ていたのだろう。
ぷくっと頬を膨らませて、エイジを睨んできた。カワイイ。
「エイジさんは私のことどんくさいって思ってません?」
「イエ、ソンナコトハ、アリマセンヨ」
「よーく目を見ておっしゃってください」
「タニアさんキレイ、じょうば、じょうず」
「むぅ、バカにしてぇえええ!」
片言言葉でタニアを褒めるエイジの肩を、タニアが掴んで揺する。
グラグラと頭が揺れながら、エイジはからかう言葉が止まらない。
じょうば、じょうず。じょうず。
興奮から真っ赤になったタニアの顔を眺めながら、エイジはああ楽しい、と心の中で呟いた。
「私は昔から乗馬なら得意だったんですから!」
「分かりました。そこまで言うんだったら、今度教えてもらいますね」
「任されなさい! エイジさんをシエナ村有数のジョッキーに鍛え上げてみせます!」
もとよりシエナ村で馬に乗れる人間は数えるほどしかいない。
つまり、まともに乗れるようになった時点ですでに上位五人には入るのだが、エイジはそこまでは指摘しなかった。
大きな胸を、ことさら見せつけるように張るタニアが可愛かったからだ。
産後、あまり運動する機会の減ったタニアの運動不足解消にもちょうど良いだろう。
そんな戯れをしていたら、ディナンが虚ろな目で見ていた。
しまった、ちょっと嫌な空気を払拭しようと、羽目を外し過ぎてしまっただろうか。
半分は本気、半分は演技だった。
入ってきたときの違和感をこれ以上、深く考えてほしくなかった。
「エイジ、馬に乗れるようになったら、そのときは競争だ!」
「くく、良いな。またウチの村に来い。その時は目一杯歓待してやる」
「……お手柔らかに」
ひどい目に遭いそうだ。
よっぽどの理由がなければ、アウマン村には行かない方が良いかもしれないと、エイジは思った。
ディナンたちが帰って、エイジはナツィオーニと一度相談に来ていた。
ジルヴァの相談は一刻を争う可能性もあったからだ。
それに、エイジにはアテがない東側の村の情報に関しても、ナツィオーニやフランコであれば把握している可能性が高かった。
ナツィオーニの表情は、明らかな深刻さを示していた。
「なるほどな、よく分かった。早めに連絡をもらっておいたのは正解だっただろう」
「おそらくは、東側の主な村は全て反乱に参加しようとしていると考えておいて良いでしょう」
「そんなにですか……?」
フランコの発言にエイジは眉をひそめる。
東側全体が反乱を起こすなど、それほど統治がうまく行っていないのだろうか。
たしかにナツィオーニのやりかたは強引なところが多い。
打算があってエイジも懐柔されたが、同じように考えない感情的な人間も多いということだろうか。
だが、ナツィオーニは明確に否定する。
「それだけ東西の対立は根が深いということだな。心配は要らんぞ。早めに叩いておけばすぐに沈静化する」
「火種となる村が決まっている。そこさえしっかりと抑えておけば、あとは騒ぎに便乗するものばかりということだな」
「ちなみに、どこが要所かお伺いしても?」
クワーラ、リリルカ、ヴァンガード。
奇しくもこの村に今訪れている、重要な村々はみな押さえておく必要がある。
とはいえ、クワーラ自体は反戦派が招かれているため、今回のことで大きな影響を与えることは難しいが。
「問題はどうやって、沈静化するかですね」
反乱などやる方も命懸けだ。生半可な覚悟ではできないだろう。
強い動機があるに決まっている。
フランコやナツィオーニの取る手段は過激なものになる恐れがあった。
エイジとしては、できれば血が流れる前に事態を収めたい。
「なにか良い手はあるんですか?」
「あん? それは今から考えるさ……ちっとばかり面倒だがな」
「結構場当たり的ですね」
「もともと対立感情があるから難題なのだ。力づくで押さえ込めば良いというものでもない。かといって、甘くするとつけ上がる。対処には程よいさじ加減が必要だ。エイジはなにか良い考えがあるのかね?」
「そうですね……」
フランコの質問に、エイジは頷いた。
これならば血を流さずに、かつ平和的で効果的に反乱の芽が摘めるのではないか。
披露宴だからこそ使える腹案があった。
わずかばかりに、ナツィオーニの目が見開かれた。
「ならばやってみろ」
「よろしいのですか? まだ案も聞いておりませんが」
「構わん。義理の息子の初舞台だ。自由にやらせてみて、ダメだったら泥をかぶってやる度量を見せるのも良かろう」
「では、いくつか準備をしていただきたいのですが……」
エイジの提案に、フランコが頷いた。
差配をするのは彼の仕事になる。
すぐさま計画が練られ、実行されることになった。
披露宴の最中であり、ぶっつけ本番だ。
実行までの時間は――限りなく少なかった。
エイジの一手で島の未来が左右するかと思うと、不思議とワクワクする気持ちがあったのは、披露宴という特別な環境だからだろうか。