十一話 披露宴 ニ
ジルヴァが周りの気配を確認していた理由が分かった。
村を救うなど、厄介事に極まりない。
それを今回のような祝い事の席に持ち込むとは、いったいどういう神経だろうか。
思わず怒鳴り散らしてやろうかと思うが、そうすることでもしかしたら、他の人に気づかれる恐れがある。
エイジたちとしては、そもそも関わり合いにすらなりたくないのだ。
努めて冷静に対処しなくては……。
分かっているのに、怒りで声が震えそうになった。
ダメだ、交渉なのだ。交渉は、感情を乱されたほうが負ける。
「頭をお上げください。申し訳ないのですが、今は自分たちの披露宴を無事成功させることしか頭にないのです」
「そうですわ。次の方も来るでしょうし、またの機会にしましょう」
「いえ、それだと遅いのです。他人を介さずに話していて、違和感なく過ごせるのはこのタイミングをおいてありません」
ジルヴァは引かない。
頭を上げた顔には、血の気が引いて強く緊張しているのがわかった。
この男もまた、何らかの強い理由を抱いて、この場に来ているのだろう。
エイジは無意識のうちに緊張からツバを飲み込んだ。
ゴクリ、と驚くほど大きな音がした。
手を強く握られて感じる。タニアもまた緊張しているようだった。
「そもそも、私は一介の鍛冶師でしかありません。そういう大きな問題は、ナツィオーニ様に相談されるのが相応しいでしょう」
「あの方は常に周囲に注目されています。これだと相談したことが周囲にバレてしまいます。秘密裡に事を運ばなければなりません。私の身が危険なだけならば、それでもまだ許容できるのですが、コトは大きく、島の争いに発展しかねません」
「そんな問題を私に解決しろと? 買いかぶりです」
「いえ、そうではありません。エイジさんには、伝令役になっていただきたいのです。エイジさんであれば、ナツィオーニ様と二人きりで話していても、義理の親子ですから誰も疑いません。私の言葉をどうかナツィオーニ様にお伝えください。この通り、お願いいたします」
ジルヴァが再び頭を下げた。
エイジとしては即答することもできず、タニアと顔を見合わせる。
タニアの表情にも困惑の様子が浮かんでいる。
今日という一日をただ幸せだけで染めたかったのに……。
余計な闖入者のおかげで、台無しになってしまった。
「本当に厄介なことを持ち込んでくれますね……。伝令役ならそれこそ私でなくても良かったのでは?」
「いえ、ナツィオーニ様より信頼が篤く、また私が接触してもおかしくない方は、エイジさんをおいていなかったのです。この埋め合わせはどれだけかかろうとも必ず」
「できませんよ。披露宴なんて一生に一度で充分なんですから。早く伝えたいことを言って、一刻も早く終わらせてください。今日という大切な一日を、これ以上壊さないで欲しい」
「エイジさん……」
「本当に申し訳ありません」
考えれば考えるほど腹立たしい。
ジルヴァの言っている理屈が分かっていて、その上でなお、なぜ今日なのかと叫んでやりたい。
なんだったら、今すぐ蹴り飛ばして、無理やり退出させたいと思っている。
――思っているのに、頭の冷静な部分が、話を聞くべきだと囁いている。
それがまた、いやだった。感情のままに動けたら人生はどれだけ楽だろうか。
「手短に済ませてください」
「ありがとうございます。早速伝えさせていただけば、島の東側の村々が結託して、反乱を考えています。私は村長代理として誘いを受け、判断を保留していますが、私の村の次期村長はこれを受けそうな気配です」
「タニアさんはこの話は知っていましたか?」
「いえ、初耳です」
「もとより話が持ち上がってそれほど立っていませんし、上の者だけで協議している段階ですよ。これで漏れていたら、私も楽だったのですが」
タニアが首を振る。
もとよりシエナ村は、やや中枢とは立地的に孤立している。
情報が集まるような場所ではない。
なるほど、ナツィオーニが自分を取り込もうとするわけだ、とエイジは思った。
これで島の西側まで独立の気配があったら、安定した統治などできようはずがない。
「次期村長は乗り気ということですが、あなたは違うのですか?」
「私としては大いに反対です。ようやく島に平穏が来た状態で、なぜ再び戦を起こす必要があるのか、理解に苦しみます。戦で私は兄を失いました。知り合いも多く傷つき、村は今もまだ傷跡を残しています。もう二度と、人の命が戦で失われてほしくない」
ジルヴァの目が深い悲しみに覆われた。
堪らえようとしても、押し殺しきれない感情が声に乗っていた。
悲痛な表情は、かつてどれだけ苦しみ、今本気で戦を止めようとしているのが分かった。
腹は立つが、嫌な人ではない。
「ところで、村長代理ということは、現時点においてはあなたのほうが立場は上と考えても良いのでしょうか?」
「はい。今の所まだしばらくは」
ナツィオーニ主催の披露宴に参加している以上、ジルヴァが村の代表であることは間違いない。
しかし、その立場はかなり危うそうだった。
代理というぐらいだから、元々の村長との関係はありながらも、明確な継承者にはなり得ない立場ということだ。
直系ではない血縁関係か、あるいは人望によって一時的に推挙されたのか。
だが、今の所はとわざわざ言うということは、将来は違う可能性があるということだろう。
エイジの視線に気づいたのか、ジルヴァは苦渋に顔をしかめた。
「今こうして村を出ている間にも、甥は村を纏めようとしているかもしれません」
「甥ごさんですか。人望があると?」
「一部の血気盛んな若者には。彼らは戦を遊びと勘違いしていますからね」
唾棄すべき者のように、ジルヴァは毒づいた。
激しい怒りを感じさせる舌鋒の鋭さだった。
「全体としてみれば私のほうがあると思います。が、甥はそれでも正当な継承権を持ちますからね。これには勝てません」
「そうなんですか?」
「エイジさんは特別ですから勘違いしてはいけませんよ。村長の孫である私の旦那になって、ナツィオーニ様の養子入りをしていますから」
なるほど。
自分を基準にして考えようと思ったが、そもそも自分が特例だということか。
こんなときに島の文化が根付いていないために、判断基準が分からず、思考に苦労する。
「この話はどこまで進んでいるんでしょうか?」
「今は協議し、戦力を集めている段階です。彼らはこの話が外部に漏れているとは思っていません。今領主がすぐ動くならば、容易に潰すことが可能でしょう」
「あなたが疑われる要素はないんですか?」
「そのために、今日ここに来ました」
「私たちの大切な一日をぶち壊してね」
「……すみません」
謝るぐらいなら、最初からやらなければいい。
このジルヴァという男は、口ではいくら謝っていても、結局自分の都合を優先したに過ぎないのだ。
一足早く村に来て、接点を持つこともできたのではないだろうか。
もちろん、エイジとしても島の戦と比べたら、一個人の披露宴とどちらが重要かはわかる。
だが、理性と違って感情はそれらの冷静な判断を超えるのだった。
「ところで、参加している村については?」
「ヴァン――失礼」
エイジが肝心な村を聞き出そうとしたところ、ノックの音が鳴り響いた。
ジルヴァが瞬時に口をつむぐ。その表情には諦念。
タニアが出迎えに行くと、次の来客がやってきた。
もはや密談はこれまでだ。
たとえどの村の人間が相手であろうと、話を続けることはできない。
結局どの村が参加しているのかは分からない。
エイジもタニアも、そしてジルヴァも表情を切り替える。
演技臭くならないように気をつけながらも、顔に笑顔を貼り付けた。
「ジルヴァさん、楽しい時間をありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。またこうしてお話できる日が来ることを楽しみにしています」
「そうですね。お礼も兼ねて必ず。また後ほど、タニアから返礼の品をお届けいたします」
「楽しみにしています。良い知らせは早ければ早いほど良いですからね。ヴァンガードやリリルカ村も楽しみにしていると思います」
一刻も早く動いて欲しい、ということだろうか。
エイジとジルヴァは硬く握手をする。
ジルヴァはよほど心配なのか、手をなかなか離そうとしなかった。
ジルヴァが部屋を退出し、代わりに二人が入ってきた。
アウマン村の領主、ディナンとその義理の娘、フランだった。
彼らはただ祝いに来たのか、それとも、何かの目的があるのだろうか?
GWだしね、ということで二晩連続更新です。