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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第七章 結婚披露宴
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十一話 披露宴 一

 披露宴は昼過ぎから行われる。

 基本的には朝から祭りが行われる村の行事としては、非常に遅い時間帯だ。


 これは結婚は二つの家が結びつき、一つの家が新たに興るというところから来ている。

 豊穣を司る女神の属性は、夜であり、月であり、同時に母でもある。

 だから、あまり日の出ている時間帯から始めると、女神が祝福を授けてくれないと考えられていた。


 披露宴の当日は、すでに用意された家で新郎新婦たちは来客を迎える。

 エイジとタニアも今は、自分たちの椅子に座り、テーブルを向き合って次から次へと来る来客の相手をしていた。

 もとより美しい女性であるタニアだったが、今日は一段とその美しさに磨きがかかっていた。

 十分な睡眠と栄養、そして何よりも、披露宴を挙げるという高揚感、幸福感が、彼女を美しく彩っていた。

 頬を紅潮させ、瞳をうるませながら、愛おしそうにエイジを見つめ、時折来客の相槌を打っている。

 表情には常に笑顔が浮かび、来客の話一つに対してもとても楽しそうで、心からこの瞬間を喜んでいるのが分かった。

 妻は、美しい。


 訪れた男たちは一人、また一人とタニアに目を奪われ、こんな美しい妻を迎えるなんて幸せものだ、とエイジを祝福しながらも、わずかに嫉妬を滲ませた。

 その態度がなおさらタニアを喜ばせる。


「ふふ、あの人達、エイジさんに嫉妬してましたね」

「そりゃそうですよ。私が独身で、よその旦那さんがタニアさんみたいな美人だったら、やっぱり悔しいと思ったでしょうね」

「あらあら、嬉しいですけど……そんなこと他の人に言ったらダメですよ?」

「言いませんってば」


 タニアがニコニコと笑いながら釘を差してくるが、エイジとしてはなんの心配もない。

 自分を本気で愛してくれるような魅力的な女性が他にいるとは思えなかった。

 タニアに直接言うと失礼だが、きっとこの美しい女性は、少しばかり男を見る目がないのだ。

 エイジがそんな事を考えていると、隣人であるマイクとジェーンの二人が訪れた。


「あらあら、綺麗な衣装に身を包むと、ますます別嬪が映えるね!」

「ジェーンさん、それにマイクさんも……」

「おう、おめでとうさん。タニアちゃんもおめでとう」

「ありがとうございます。ジェーンさん、マイクさん」


 この二人は、エイジとタニアが結婚したときも盛大に祝ってくれたが、あらためてこの機会にも祝ってくれるようだった。

 手には手づから造った上等な鹿の毛皮のコートと、美しく(なめ)された革のサンダルを抱いている。


「今日は忙しいだろうけど、しっかりやれよエイジ」

「頑張ってねえ、エイジさん! 他の村の人達に、シエナ村が良いところだって見せてやってね!」

「ええ。こんな素敵なものをいただいてありがとうございます。しっかり使わせてもらいます」

「なあに、タンニン鞣しはおまえさんに教えてもらった知識だしな」

「私はちょっとアドバイスしただけで、結局全部マイクさんが一から作り上げてしまいましたけどね」


 小さな村の猟師は、同時に皮の加工も取り扱っているケースが多い。

 皮の加工方法には脳漿鞣しやタンニン鞣し、クロム鞣しなどがある。

 エイジはタンニン鞣しという方法もありますよ、と伝えたところ、強い興味を抱いた。

 結局、シエナ村の周囲の植物の殆どを試し、タンニン鞣しの方法を確立してしまったのだから、探究心に恐れ入る。

 エイジの心からの称賛に、マイクは面映そうに微笑を浮かべた。

 普段はバカだとか、短絡的だとかと言われているだけに、褒められることに慣れていないのだろう。

 と、そんなふうに楽しく談笑していたのだが、不意にマイクが表情を改めた。

 ジェーンとタニアが話しているのを横目で確認すると、慎重深く、声を潜める。


「今回村の外から人を呼んでるが、エイジが鍛冶場に誰かを招いてるってことはあるか?」

「いえ、ありません。何か異常があったんですか?」

「いや、まだない。だが村の中を不自然にうろついている奴がいる」

「その目的がうちだということですか」


 領主ナツィオーニが親族に迎え入れるような技術だ。

 できればその技術を盗みたい。

 それが無理であっても、ひと目見たり、あるいは置いている作品の一つでも持って帰りたいと考える不埒者がいないとは限らない。

 まさかこのような祝いの場でとは思わないでもないが、そういった盗人精神猛々しい者は、時と場合を選ばないものなのだろう。

 まったく迷惑なものだ。

 エイジは表情が厳しくならないように気をつけながらも、思わず奥歯を噛み締めていた。

 ギリリ、と歯ぎしりの音が僅かにする。


「誰か巡回しているんですか?」

「ああ。さすがに人の目がある所で忍び込むようなことをするやつはいないだろうが、問題は披露宴の最中だ」

「中座する人間や、もともと集まっていながら参加しない人間がいるかもしれませんね」

「酔っ払っただとか、体調不良だなんだと、理由をつけて抜け出すのは容易だからな」


 もとより、現代のようにしっかりと席に座って進行を待つというような、お上品な席ではない。

 最初こそスピーチといった欠かせない段取りもあるが、後半は立食パーティーのように、好きに集まり、好きに飲んで騒ぐ形式だった。

 それだけに、抜け出す誰かに注意を払うこともないだろう。


「ピエトロに途中だけでも、鍛冶場を見てもらうように頼んでみます」

「そうした方が良いな。俺もフィリッポやフェルナンドにそれとなく頼んでみる」

「お願いします」


 ヒソヒソと声を沈めて相談していると、タニアとジェーンから不思議そうな目を向けられた。

 エイジは笑って誤魔化す。どうやら本気では怪しまれていないようだった。

 目線でマイクと意思の疎通を図る。

 何とかごまかしてください。俺には無理だ、お前が誤魔化せ。


「アタシやタニアに隠し事かい?」

「そういうわけじゃありませんよ。ただ、男には男同士の話があるってだけです。ねえ、マイクさん」

「おう。そうだそうだ。無理に聞くのは野暮(・・)ってものだぞ」


 それよりも、また何か悪巧みでもしているのかと疑われてしまったので、エイジは必死に否定するはめになった。

 もちろんすべてを打ち明けるのも、正しい行いの一つだろう。

 だが、タニアには、この楽しい時間を少しでも長く過ごしてほしい。

 そう思えば、とても打ち明けられるものではなかった。


「まったく、男がいつだってこうして悪巧みしてるんだから。タニアちゃんはしっかりと手綱握らないとダメだよ」

「はい。エイジさんが悪い遊びを覚えないようにしっかりと注意しておきます」


 男の貫禄なんてものは、妻からすればないものなのだろう。

 エイジはタハハ、と苦笑いするしかなかった。




 マイク、フェルナンド、フィリッポ、エイジの付き合いのある村人も来たし、また普段顔をあまり合わせない村人も祝いに来た。

 その一人ひとりに少しずつ時間をかけて、丁寧にお礼をいうのは、意外と疲れる。

 エイジは葡萄ジュースで喉を潤しながら、タニアを気遣った。


「タニアさん、次から次へと人が来ますけど、疲れてませんか?」

「ぜんぜん大丈夫ですよ。ほとんどが顔見知りばっかりですしね。私よりエイジさんのほうが、普段顔を合わせない人の対応で疲れません?」

「いえ、まだまだ大丈夫です」


 エイジが村に来て数年になるとはいえ、遠方の人間とはまだ親しい間柄とは言えない。

 もともと村の外からやってきた人間ということもあって、付き合いには遠慮するところもあった。

 だが、今日ばかりは遠慮もしていられない。

 祝福され、喜ぶのが新郎の仕事だろう。


「村の外の賓客たちはまだ来ませんね」

「エイジさん、その方たちは最後の方にまとめていらっしゃると思います」

「あ、そうなんですか?」

「ええ。まずは親しい者たちから祝福していくのがどこの村でも決まりですから」

「こういう風習は全然知らないんですよね」

「エイジさんは不思議ですよね。私たちが知らないことをたくさん知っているのに、当たり前のことが逆に全然分からないだなんて」


 タニアが不思議そうに笑う。 

 タニアがもし日本に来たら、一体どんな感情を抱くのだろうか。

 驚くのか、喜ぶのか。それとも、文明のあまりの進歩に恐怖するのかもしれない。


 まったく違う場所で生まれ、育った環境だけに、この島の風習を理解し、また馴染むのは大変そうだった。

 そうして、おおよそ村の人達の祝福を終え、外部の人たちが訪れ始めた。


 始まりの村(クワーラ)の村長代理であるジルヴァが最初の訪問客だった。

 高身長で目付きの鋭い、動きのキビキビとした男だった。

 エイジたちの家に訪れると、そっと目線を辺りにさまよわせ、他に人がいないかどうか確認していた。

 手元には貝を精巧に彫り込んだブローチを持っていて、それが今回の祝いの品だった。

 ブローチの縁には金が使われていて、美しく鏡面仕上げが施され、輝いていた。

 そして真っ白いブローチに彫り込まれた図柄は、エイジとタニアに良く似ている。


「エイジさん、タニアさん、この度はご結婚おめでとうございます」

「ありがとうございます。とても素晴らしい祝いの品をいただきました」

「クワーラでも一番の腕を持つ彫師に作らせました」

「どうやって私たちの顔を知ったのか、お聞きしても?」

「もちろんです。今回、両者の結婚の話を聞いて、すぐにシエナ村に訪れたことのある交易商人に顔を聞きました。幸い、彼はおふた方の顔をしっかりと覚えていたので、あとはそのスケッチを元に彫り込んでいったわけです」


 なるほど。

 それならば不思議ではないのか。

 しかし、話に聞くだけでおよその人の顔をイメージするというのは非常に高度なテクニックだろう。

 警察の犯人の似顔絵作成なども、実物との乖離が大きいことが多い。

 いただいたブローチは、そっくりそのものとは言えないまでも、エイジとタニアだろうということが分かる程度には、はっきりとした作りだった。

 ところでこのブローチ、職人のひとつひとつ手作りで、非常に制作時間がかかるため、べらぼうな価値がするらしかった。

 普通にお返しするには、ちょっと戸惑ってしまうような価値だ。

 一体どうやって返すのが一番いいのか。

 鍛冶師として、なにか道具を作って返礼するのが一番かもしれないと、エイジが考えていると、ジルヴァが表情を張り詰めて、深々と頭を下げた。


「実は、領主に覚えの良いエイジさんに、私たちの村を救っていただきたいのです」



お久しぶりです。

ようやく原稿も終わったし、完結までのおおよそのプロットもできたしで、更新を再開していきます。

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