三
フランコとの打ち合わせが終わる頃、家の外がずいぶんと騒がしくなった。
なにか問題でも起こったのだろうか。
この時期は、早ければ他の村から人がやってくる可能性がある。
顔なじみのない身元の不明な人間が集まることで、混乱が起きたり、騒動が起きる可能性があった。
フランコと目を合わせると、頷き合ってボーナの家の外に出た。
外に出てまず目についたのが、見上げるほどの巨大な馬だ。
堂々たる体躯で、体は絞り込まれているが、与える威圧感はすごい。
そりゃ、こんな馬が村にやってきたら、騒ぎになるのも当然だ。
なんといっても、創作に出てくる赤兎馬や松風、コクオーのような一種妖怪じみた威風のある馬なのだ。
しかし、ずいぶんと既視感のある馬だ、とエイジが思っていたら、その上に乗っている人物を見て、合点がいった。
手綱もつけずに乗っているのは、野生児のような少女、フランだったのだ。
フランはエイジを見つけると、馬上から嬉しそうに笑った。
「おおーっ! エイジー! 久しぶりだな―!」
「フラン! よく来てくれたね」
「ギュス止まって。とうっ!」
掛け声一つ、フランがギュスの背中から飛び降りる。
馬の背中はものすごく高い。
ギュスの背だとなおさらだ。
そう軽々と飛び降りれるものではないはずだが、フランは自慢の身体能力を活かして危うげなく下馬した。
フランの育ての親であるギュスは、一心同体なのだろう。
静かな瞳でフランを見つめている。
「元気そうだな、フラン」
「おうっ、元気だぞ! エイジは結婚するんだって! エイジに聞きたかったけど、結婚ってなんだっ!? 披露宴はいつするんだっ!?」
エイジに駆け寄ってきたフランは、矢継ぎ早に質問を浴びせかける。
落ち着きのない態度は、以前とまるで変わらない。
だが、外見の方は大きく変わったようだった。
短かった髪の毛は年齢相応に伸びて、肩にかかるほどになっているし、身長も伸びている。
また、体つきも少年のようだったのに、今は女性らしい丸みを帯び始めていた。
まるで別人のようだった。
変わらないのは、好奇心にキラキラと輝く瞳ぐらいだろう。
フランの声に、まだ家の中にいたフランコが出てきた。
「おっ、フランコだ―! 久しぶりだな―!」
「…………久しぶりだな」
フランとフランコは名前こそ似ているが、性格は正反対のようだ。
そして、明らかにフランコが苦手意識を持っているのが目に見えて分かった。
少し後ずさって見えた。
理由は察せられる。あまりにも純粋な行動の数々に、気後れするのだろう。
しかしフランコは案外押しの強い人間に弱いようだ。
今後はエイジも少し、そのあたりを攻められるように見習ったほうが良いのかもしれない。
「それでエイジ、結婚ってなんだ?」
「結婚は好きな人同士が。家を一緒にして暮らしたりすることだよ。ディナンさんも、キアラさんと結婚しているだろう?」
「そうかぁ、そうかぁ。エイジは好きな人がいるんだな!」
「あ、うん。そうだね……」
好きなことは間違いないし、愛している。
だが、面と向かって問われると、すごく照れてしまう。
かあ、っと顔に血が集まるのが分かった。
おまけに心臓がバクバクと嫌な音を立てている。
くくくっ、と後ろでフランコの笑い声が聞こえてくる。
まったく恥ずかしいったらない。
フランの純粋無垢な性格には困ったものだ。
「披露宴は三日後だよ。それまでは村でゆっくりしていってね」
「わかったぞ! エイジ、奥さん、奥さんに会わせて!」
「ちょっと待ってな」
「ずいぶんと懐かれてるじゃないか」
「そうなんですよね。まあフランの場合は、誰にでもこういう態度じゃないんですか?」
「いや、最初は結構警戒されたぞ。ディナンたちが警戒しているからかもしれんが。まあ、私はどの村に行っても、大抵はそういう目に合うのだ」
徴税吏なのだから、歓迎されていないのは仕方がないことだろう。
エイジだって、最初はひどい目にあったのだから、少しも共感してあげられない。
今は頼もしい味方になっているから、文句も言えないが。
エイジはタニアの姿を探した。
まだ先ほどの準備の手伝いをしてくれているのなら、近くにいるはずだった。
すぐに姿を見つけることが出来た。
「どうしたんですか?」
「おおっ、エイジが愛してる人? タニアっ!?」
「あ、愛してる人、ですか。照れてしまいますね……」
「ちょっ、ちょっとフラン」
「どうしたエイジ? エイジ好きだから結婚するんだろう?」
「エイジさん……?」
「もちろんですよ! タニアさんも変な誤解はやめてください」
「うふふふふ……」
じっとりとした目線を向けるタニアの圧力に負けて、エイジはガクガクと頷くしかできなかった。
何なんだこのこっ恥ずかしい告白は……。
頬に手を当ててニコニコしだしたタニアと、良いことをした、と喜ぶフラン。
そして一歩離れた場所でエイジの狼狽を眺めるフランコの姿。
公開処刑だ。
どうしてこんなことになったのか、エイジにはまるで理解できなかった。
頼むから、すぐにでもフランの保護者であるディナンに来てほしかった。
エイジの心の叫びをどのように受け取ったのか、フランがじっととエイジを見た。
どうしたんだろう、とエイジが疑問に思ってフランを見つめ返すと、そこには茫洋とした目を浮かべ、一切身じろぎしない、よく分からないものがそこにいた。
「……フラン?」
「――――」
「大丈夫か?」
「………………っ!? エイジ、大丈夫!」
「本当に?」
急な変化に、エイジは心配になった。
一体何が起きているというのだろうか。
だが、そんな心配を他所に、フランはすぐに元の調子を取り戻し、明るく、そして突拍子もない言動で周りを巻き込む。
次第にエイジも、先ほどまでの様子を気にしなくなっていった。
それから少し時間が経ち、遅れてディナンがシエナ村に到着した。
どうやらギュスに乗って、フランが一人先を急いだらしい。
ギュスは大きいだけではなく、桁違いに速く駆けることの出来る馬だ。
ディナンの馬もかなりの駿馬のようだが、それでも比較できないのだろう。
馬もディナンも多量の汗をかいていた。
タニアがすぐにバケツに水を用意してあげると、馬がガブガブと水を飲みだした。
「エイジさん、フランが失礼しました」
「いいえ。久々の再会で実に楽しませていただきました。そういえば、フランはどうして先に?」
「早く会いたかったから!」
「ディナンさんが心配するだろう。次からは、こういう一人で行くのはダメだよ」
「うーん……うん! 分かった!」
あ、これは分かってない。
難しそうな顔をした後、ニカッと笑って答えたが、理解しているようには思えなかった。
披露宴までの間、少しでも大人しくしてくれていれば良いのだが、それは難しいかもしれない。
森には入らないようにだけ、厳重に注意しておいた。
「それじゃあ、タニアさん、ディナンさんとフランを案内していただいていいですか?」
「はい。お二人とも、泊まる家を案内しますね」
「よろしくお願いいたします」
「エイジ、エイジ!」
「どうかしたのかい?」
急に身を寄せてきたフランに、視線を合わせようとエイジが身をかがめる。
フランが珍しく、小さな声で呟いた。
「エイジ、披露宴で腹が立ったら、水を流すの」
「水に流す?」
「違う。水を流すの。良い? ぜったいだよ」
「フラン……?」
フランはそれ以上、首を振って何も言おうとはしない。
一体どういう意味なのか、エイジにはまるで分からない。
だが、フランにはかつて変わった能力があった。
船で川から下ったエイジたちを、フランが待ち受けていたのだ。
今度も、何かを予見したのだろうか。
ともあれ、用心と覚悟はしておいた方が良いだろう。
フランコにも警告されているのだ、何が起きてもおかしくはない。
タニアに連れられて去っていくフランの背中を、エイジは呆然と見送っていた。
4巻の執筆に入りつつ、もう一作の狂乱のリ・ブレイブも書くので次回は来週更新予定です。
よろしくお願いいたします。