二
今回はちょっぴり説明会なんだ。すまない。
一体この異様な感覚はなんだろうか。
とてつもない予感がする。
思わず身震いしたエイジに、フランコは訝しげな表情で眺めた。
「どうかしたのかね?」
「いえ、何でもありません」
「この大事な時期に体調を崩したら大変だ。話が終わったら早めに休むように」
「そうします。それで、クワーラの村には何を気をつけたら良いんですか?」
「ジルヴァという男は、村長代理として非常に優秀な男だ。恐らくは君に友好的に接触を図ってくるだろう」
エイジはフランコの危惧する意味がわからなかった。
友好的に接触されることのどこが問題だというのか。
疑問がポカンとした表情に出ていたのだろう、フランコは苦笑を浮かべた。
「ジルヴァ自身は中立派を声明しているが、クワーラの村は過去の東西の争いで中心になった村だ。始まりの村という意味でも影響力が大きく、東を取りまとめていた」
「じゃあ、より親密になっていた方が良いわけですね?」
「バカな、取り込まれるなと注意したかったのだ」
「ええ? それはおかしいですよ。交流ができれば戦が回避できるかもしれないじゃないですか」
「お前は……なんというやつだ。正反対の考え方をするのだな」
エイジの言葉にフランコが戦慄したように、表情を強張らせた。
目を見開き、驚くフランコの態度に、エイジこそ驚いてしまう。
そんなにおかしなことを言っただろうか。
お互いを知らないからこそ、怯え、疑い、戦に繋がる。
警戒していることが伝われば、相手も警戒するだろう。
相互理解こそが和平への一番の道だと思う。
少なくとも、エイジとダンテはお互いを知ることで信頼を得ることが出来た。
最初から分かり合えるとは思わないし、最後まで分かり合えないかもしれない。
だが、最初から決めつけると、選択肢が狭まってしまう。
分かり合えたら良いな、と思う。
もしかしたら、それは困難な道かもしれねいけれど。
「ナツィオーニ様がお前に拘る理由が分かった気がするな」
「そうですかね。ただ思いついたことを話しているだけなんですが」
「裏がないからこそ、信頼を得られるのだろうな。上手くいくと良いな」
「そうですね」
お互いの理解が得られたことで何よりだ。
フランコもエイジの考え方を知ることで、影響を受けていく。
その影響が、今後にどのように作用するかは分からないが、良い方向に向かってくれれば良いとエイジは思う。
「まあ、エイジの考え方は理解した上で、次はこの村だ」
「島の真東、ですね」
「うむ。この島で最も小麦の生産が豊かな村で、ヴァンガード村という。他の村のおよそ三倍ほどの収穫高があり、非常に潤っている。人口も多く、六〇〇人ほどが住んでいる」
「それはすごいですね。うちの村とは大違いだ」
シエナ村は現在二六〇人ほどになった。
食糧問題が解決し、毎年ポコポコと子どもが生まれているのだ。
とはいえ、赤子の生存率はまだまだ悲しくなるぐらいに低い。
実際に人口が安定して増えていくのは、今後の食料自給率の改善と、衛生問題の解決が必要になるだろう。
「村が豊かなだけに、影響力も非常に大きい。クワーラは取り仕切っている副村長が中立派だから良いが、この村は独立を考えているフシがある」
「実際に行動に起こすと考えているんですか?」
「そこまですぐの話ではないだろう。だが、力を蓄えていてもおかしくはない。それぐらいには警戒している。だから、エイジもここに不用意に鉄製の道具や武器を交渉する約束はしないで欲しい」
「なるほど。向こう側にも私の道具は広まっているんですか?」
「少しずつだが確実にな。評判も上々のようで、取引を希望する人間は多いだろう」
「とはいえ、販路もないですし、まだまだ西側の村にも回りきっているとはいえませんからねえ」
「うむ、だから優先する必要はないぞ」
評価してもらえるのは嬉しい。
だが、戦が起こるかもしれない所に力は貸したくない。
エイジの考えを読んだのか、フランコは頷いて同意している。
最終的には、島全体に鉄の鍬や鎌が出回れば良いと思っている。
西側ばかりが繁栄することは、それはそれで不均衡を生み、戦が起こる温床になりかねない。
そこまでは、エイジもフランコに打ち明けなかった。
「最後はシエナ村と同じぐらいの高さにある村だな」
「それはかなり高いのでは?」
「うむ。そして、この村……リリルカ村とシエナ村は非常に仲が悪いから、気をつけるように」
苦々しい表情で、わざわざ一言一言に強調してフランコがいうくらいだ。
本当に仲が悪いのだろう。
一体過去に何があったというのだろうか。
逆に気になってしまう。
そこで、エイジは早速質問してみた。
「ああ。この島は東西中央の北部は崖になって分かれていることは知っているな?」
「ええ。かなり幅の広い崖ですよね」
「そのせいで、シエナ村は普段は東と行き来することはできない」
ぐるっとナツィオーニの町まで斜めに南下し、東西中央のナツィオーニの町から、北東に登っていく必要がある。
直線距離にすれば近く、実際に行き来するには遠いのが、シエナ村とリリルカ村の関係だという。
「かつて、シエナ村とリリルカ村には、崖に橋を架ける計画があった」
「その時は仲は悪くなかったんですか?」
「ああ。崖同士をまずは縄で結び、そこに木で足場を一つ一つ架けていく作業が、左右から少しずつ行われていた。作業が半ばまで進んだある日、リリルカ村の大工たちが姿を現さなくなった」
「辞めてしまったんですか?」
「シエナ村の大工たちは、仕方がなく自分たちだけでも工事を進めた。それまでに多大な時間や労力をかけているから、途中で手を引けなかったんだな」
「それはそうでしょうね」
今とは感覚も違うが、道具も未熟で、危険度はうなぎ登りだろう。
半分以上工事が進んでいたら、やり遂げてしまいたくなるのが人情というものだ。
だが、とフランコは沈んだ表情で、そう前置きをした。
とても、嫌な響きだった。
「ある日、嵐が島を襲った。とても強い風が吹き、家にも被害が出たらしい。まだ未完成で強度に問題があった架け橋は、見るも無残に壊れた。シエナ村の大工たちは、リリルカ村の人間たちを強く恨んだ」
「それはそうでしょうね。なぜ、リリルカ村は途中から参加しなかったんですか?」
「ちょうど、その頃、リリルカ村は村長が病に倒れ、亡くなっていたのだ。しかも間の悪いことに、村長は子がおらず、次の指名もしていなかった。村民たちは次の村長を決めるのに、毎日のように集会を開いていたらしい」
「それじゃあ、悪気があったわけじゃあなかったんですね」
何とも間の悪いことだ。
しかし、そうだとしても、一言ぐらい言付けておけば、誤解もされないというのに。
それとも、そんなことも出来ないぐらいに切迫していたのだろうか。
「ようやくつぎの村長が決まり、リリルカ村の大工たちが橋を見に行ったら、そこには残骸しか残っていなかった。そして、シエナ村の大工たちから激しく面罵され、彼らも後に引けなくなったのだ。きっかけとしては、そんなものだ。その後は坂を岩が転げるように、どんどんお互いの関係が険悪になっていた」
何とも救いのない話だ。
とはいえ、島全体に案内状は送っている。
リリルカ村からも、人はやってくるだろう。
「ところで、リリルカ村とは今は?」
「顔を突き合わせれば、つかみ合いの喧嘩を始めるくらいには険悪だ」
「……それ、招待しないほうが良かったんじゃないですか?」
「領主の威信がかかっているのだ。一つの村だけ招待しなかったら、あとで禍根が残るだろう……」
「サポートお願いしますよ。いや、本当に」
「うむ……仕方あるまい」
お互いの目が、かぎりなくどんよりとしていることをエイジは自覚した。
次回更新は早ければ土曜日、遅ければ日曜日に。
次の更新は長編のもう一作の方を先に上げるつもりです。