一〇話 披露宴の準備 一
エイジとタニアの披露宴まで、わずか三日と迫った。
忙しくしているときには、日の経つのが早いものだ。
エイジが披露宴の出し物を決めたり、クッキーを作ったりしているうちに、どんどんと時が過ぎていった。
披露宴の出し物は、エイジの本職にも関わりのあるものだから、それなりの余興にはなるだろうという自信があった。
ここ数日、披露宴の開催を告げた連絡が島の各村々へと届き、出席の返事が随時返ってきた。
かつて一度は顔を合わせた面々が、どうやら揃って参加してくれるようだった。
みんな元気にやっているだろうか。
晴天が広がっている。
照りつける太陽の日差しが強く、エイジは額に汗をかいていた。
エイジたちは今、ボーナの家の前の広間に披露宴の準備をしていた。
島中の村長や副村長クラスが集まる会だから、さすがのボーナの家も人が収まりきらない。
そのため披露宴は外で行われることになった。
両手にはそれぞれイスを抱えている。
「久しぶりだなあ」
「あのときはフェルナンドさんと行ったんでしたっけ?」
「そうそう。初めての交易だったな。見るもの全部が新鮮だった」
「本当ですよねえ。あのとき私、はじめて馬に乗りましたよ」
「情けなかったよなあ」
「仕方ないでしょう。未経験なんですから!」
フェルナンドも同じく、イスを抱えていた。
思い出したように笑い合う。
シエナ村から流れる川を、交易のために作った船に乗って、海の手前まで川を下った。
まるで昨日のようにも、はるか昔のことのようにも思えた。
大きな長テーブルが並べられ、家々から持ち寄られた不揃いなイスが備えられる。
フェルナンドがいくら凄腕とはいえ、短期間で多量に生産できるわけもなかった。
弟子のトーマスがいるとはいえ、普段は二人でシエナ村の仕事を切り盛りしているのだ。
テーブルの位置に合わせてきっちりとイスを揃えると、エイジは辺りを見渡した。
ボーナの家を正面に、エイジとタニアが座る。
その左右にボーナとナツィオーニの親族席があり、対面に招待客たちが座ることになる。
村の女達は忙しい合間を縫って、必死に料理の下ごしらえをしてくれている。
マイクはこの数日、新しい肉を求めて狩りに精を出している。
村の協力がなくては実現しない式だった。
「しかし子どもまで出来てるのによ、今更だよな」
「そうですね。まあ私はともかく、タニアさんには良い記念になると思います。当時はやりたくても私に余裕がなかったですし」
「それにどこの誰とも分からない、風変わりな職人と結婚しましたっていうよりは、体裁も整ってるってものさ」
「私の故郷でタニアさんを迎えられたなら、それも良かったんですけど」
「おう、エイジの故郷か。一度見てみたいな」
フェルナンドが現代日本を見たら、一体どんな反応を示すだろうか。
驚くでは済まされないかもしれない。
「こちらに来れたってことは、帰れる日があるかもしれませんからね。その時はご招待しますよ」
「期待せずに待ってるよ」
「ええ。私も出来るかどうか分かりませんから」
いったいどうして自分はこの島に来たのか。
他に来た人はいないのか。
帰る方法はないのか。
帰ってもう一度戻ってくることは出来ないのか。
そろそろ、真面目にそのあたりも調べないといけない時期が来ているのかもしれない。
「それで、もう誰が参加できるかは決まったのか?」
「近いところではタル村のジローラモさんは参加できるみたいですね」
「ああ、あのオッサンか。ちっ、高価なワインが減るから呼ぶだけ無駄だぜ」
悪態をつくフェルナンドだが、その顔は笑っている。
普段交易を任されて、一番親交があるのがフェルナンドなのだから、本心では歓迎しているのだろう。
「もう、フェルナンドさん、そんなことを言ったらダメですよ」
「お、タニアちゃん、いよいよだな、おめでとうさん」
「ありがとうございます!」
離れた所でエイジたちと同じく準備をしていたタニアが、頭を下げた。
この数日は本当に機嫌が良さそうだった。
それだけに、失敗できないな、と思う。
その昔、エイジの父が言っていたことを思い出す。
結婚式は女の一生の晴れ舞台だ。
その舞台で台無しにするような奴がいると、一生恨み言を吐く。
絶対にその恨みを忘れないから、誰を招待するかは気をつけるんだ。
エイジはあまり母親の記憶もなかったが、父には違う記憶があるらしい。
火炉を眺めながらのしみじみとした言い方に、否応なく記憶に刻まれた。
忘れられない一場面だ。
とにかく、披露宴を無事成功させるためにも、しっかりとした準備が欠かせない。
エイジは参加者の名簿を確認していく。
モストリ村からは、村長のピエロが妻を連れて。
複数の妻を娶っていたけれど、連れてくるのは本妻だけのようだ。
あの後市を立てる計画についてはまだ具体的な話に移っていないから、折角の機会に話を詰めていきたい。
シエナ村に大工を派遣するという話も、気になっていたところだ。
アウマン村からは、村長のディナンと、娘のフランがくるようだ。
はたしてあの活発な娘のフランが、大人しくしていられるのだろうか。
エイジにはどうしても安心できなかった。
招待客はその他にも、港村のアリーナの村長、エドという男もいる。
もう六〇歳ともなると、島でも最長老の一人だというのに、一体どうやって来るというのだろうか。
道中で倒れてしまわないか、そちらの方が心配になる。
より心配といえば、島の東側の村の人間たちだ。
以前から島の東西で争っていたという話を聞いて、関係の修復ができているのか気になっていた。
停戦はしたが、いまでもフェルナンドやマイクたちは東の人間に良い感情を抱いていない。
そんな人間を招待して、はたして無事に披露宴が行えるのか。
そして、ちゃんとした人選が行われるのだろうか。
そんなことを考えると、晴れ晴れしいはずの当日が怖くなってくるエイジだった。
準備を終えると、エイジはそのままボーナの家に入った。
交易の時に立ち寄らなかった村の主な人間の名前や、東の村の重役の名前、村の特徴などを聞かなくてはならない。
ボーナもそれほど詳しくはないが、今回は力強い味方がいる。
徴税吏のフランコだ。
フランコは机の上に書類を広げ、披露宴の出席者をまとめてくれていた。
普段は税を取り立てる側と、少しでも守る側と対立構造にある関係性だが、今回の披露宴は領主主催である。
これがご破算にでもなれば、ナツィオーニの顔に泥を塗る事になる。
フランコも快く協力してくれるというものだ。
「押さえておくべき人間が最低三人いる」
「要注意人物ですか?」
「ああ、影響力が大きい。知らずに軽率な振舞いをしてしまえば、あとで足を掬われることになるだろう」
「当日は顔合わせのサポートをお願いしますよ」
「もちろんだ。やるからには全力でサポートさせてもらう」
「心強いです」
手強い敵は、味方に回れば頼もしい。
これ以上頼りなる味方がいるだろうか。
エイジは心から大きな安心感を得ることが出来た。
フランコが島の地図とともに、参加名簿を見せてくれた。
フランコの指が島の地図の南東を指し示す。
「第一に押さえておくべきは、始まりの村クワーラの村長代理、ジルヴァだな」
「始まりの村?」
「かつて我らが、別の島から集団で移民してきたことは知っているな?」
「ずいぶん昔、豊穣祭の歌でそのような話を聞いた覚えがありますね」
「そうか。始まりの村クワーラは、我々の祖先が初めてこの地に降り立った場所だと言われている」
「随分昔の話ですよね。なにか証拠が?」
「ある。いまでもそこでは古の船が沈んだままになっているそうだ。当時のものも少しだけなら残っているという」
けっしてあいつらは見せようとはしないがな、とフランコが苦々しげに言う。
島の祖先が降り立った場所。
なぜだか分からないが、エイジの背中がぞわりと粟だった。
いつも感想評価ありがとうございます。
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明日の更新は……ちょっとお約束できません。
1700字ぐらいなので、間に合うかどうか。すみません。