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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第七章 結婚披露宴
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九話上 とっても美味しいお菓子づくり

3日連続ぐらいで更新します。

前回のあらすじ:エイジとタニアは協力して、家畜の餌である甜菜から甜菜糖の抽出に成功した

 ゴウゴウとオーブンの中で、火が燃え盛っていた。

 鉄製の扉に塞がれたその奥の火勢を想像して、エイジは時間を計っていた。

 それは貴重な砂糖を使った試作第一号であり、村の特産品になるはずだった。


 成功すれば、まずは結婚式の披露の際に、島の重役たちに振る舞われることになる。

 うまく、出来ているだろうか。

 ドキドキと、胸が高鳴るのを感じる。

 ジッとオーブンを見つめていると、隣に立っていたタニアが言った。


「エイジさん……とってもいい匂いがしてきました」

「もうすぐです。楽しみですね」

「はい。美味しそうな匂い……いったいどんな食べ物なんだろう?」


 タニアが行儀悪く、鼻をスンスンと鳴らし、匂いを嗅いでいる。

 その目は夢見る乙女のようだ。

 空間に漂うふんわりとした甘い小麦とバターの焼ける匂いは独特で、どうしても心が躍る。

 誰かがごくりとつばを飲む音が聞こえた。

 そして、エイジはオーブンの扉を開けた。


「さあ、出来ましたよ!」


 むわりと熱気が扉から吹き出るとともに、黄金色に焼けたそれが姿を表した。





 その日、エイジはせっかく作った甜菜糖を、一体どのような形で披露するべきか悩んでいた。

 あまりに手が込んでいれば、再現性がなく、他の人が作れなくなってしまう。

 かといって、手軽に過ぎると貴重性がなくなってしまう。


 ほどよく手頃で、ほどよく貴重。

 そして、多くの人に魅力的に映るほどに美味しい食べ物。

 そんなものが果たしてあるだろうか?


 砂糖であるから、作るのはお菓子になるだろう。

 どんなお菓子が有るだろうか。

 どれだけ美味しくとも、エイジが作れなければならない。

 そうなると、途端に難題になる。


 幸いなことに、お菓子の主な材料である小麦粉やバター、牛乳、それに卵などは、非常に鮮度の良いものが揃っている。

 小麦は挽きたてが手に入るし、牛乳は搾りたてだ。

 どちらも香りが高く、最高級の品質であることは間違いない。

 卵も産みたてのほかほかでも使えるだろう。


 ケーキはどうだろうか。

 いや、作り方がわからない。

 生クリームはどうやって作れば良い。

 それに砂糖の使う量も多そうだ。

 却下。


 シュークリームも好きだが、これも作るのは難しそうだ。

 クレープならばどうだろうか。

 エイジは自分がパッと思いつく現代のお菓子の殆どが、製法を知らないものばかりであることに気付いた。

 これは不味い……。

 せっかく砂糖を手に入れても、これでは宝の持ち腐れだ。


 なにか、何かないだろうか。

 初心者でも作れそうな、かつ村の人間が後々発展させられそうな、簡単で美味しいお菓子。


「……クッキーはどうだろう?」


 思わず呟いて、これは行ける、と思った。

 うろ覚えではあるが、さして材料も特別なものはない。

 今現在、エイジが村にある材料で作れる。

 それに味だって悪くない。

 素朴だが、つい何枚でも食べたくなる魅力がある。

 これだ!

 エイジはクッキーを作ることを決めた。


「決まったんですか?」

「ええ。ようやく決まりました」

「一体何を作るんでしょう?」


 子どもにおっぱいをやっているタニアが聞いてきた。

 ずっと一人で、何を作るべきかウンウンと唸っていたのだから、何を作るのか気になって仕方がないのだろう。

 なんといってもタニアはエイジにとって一番の理解者であり、何かを作ればその実験台になったり、あるいは成果を一番に受けられる立場だ。

 甜菜糖もタニアの力がなければ成功しなかっただろう。

 だからエイジは抵抗なく、すんなりと相談することが出来る。


「お菓子です。焼き菓子です。美味しいですよ」

「どんなお菓子ですか?」

「そうですねえ……どんなお菓子、ですか」


 食べたものを上手に表現することは、とてもむずかしい。

 豊富な語彙や、食べ物の特徴を捉える敏感な感性が必要だ。

 そして、残念ながらエイジにはその才能も、経験もなかった。


「サクッとしてて、甘くて、口の中でフワッって…………美味しいですよ?」

「それじゃあ分かりませんよ!?」

「仕方ないじゃないですか!」


 呆れたような態度を示されて、エイジは機嫌を損ねた。

 どうせ食べたら分かるんだから、まずは食べさせたら良い。

 さて、クッキーはどうやって作っただろうか。

 エイジは過去に一度だけクッキーを作ったことがある。


 あれは一体何のイベントだっただろうか。

 そうだ、知り合いにイベントに誘われて参加したのだ。


 クッキーをワイワイと数人で作ったのは実に楽しかった。

 その後、調理器具の製造元がアムウェ江で、その後は研修会に様変わりするという恐怖体験をしたが、それも今となっては良い思い出だろう。

 こうして思いもよらない所に役に立っているのだから、人生万事塞翁が馬、という言葉は世の真理をついている。


「甘くてサクッとした歯ごたえのパン……かなあ?」

「ええ、パンはお菓子じゃありませんよ?」

「でも蜂蜜とかレーズンとかつけたら、美味しいでしょう?」

「それはもう……美味しい……おいし……」


 じゅるっ、とツバを飲み込んで、タニアがハッと我に返った。

 恥ずかしそうに顔を伏せると、ちらりとエイジを上目に眺める。

 その頬がほんのりと赤く染まって、可愛らしい反応だった。


「美味しそうなことは分かりました。どうやって作るんですか?」

「オーブンがいりますからね。ボーナさんにお願いしましょうか」

「じゃあ私が話を通しておきますね。道具も揃えておきましょう」


 小麦粉やバター、甜菜糖といった、作るのに必要な材料と道具を揃えてもらうことを決め、その日を待つことにした。




 そして、ボーナの了承が取れた日に、村長の家に出向くと、そこには多数の人の姿があった。

 ボーナは自宅だからいるのは分かる。当然のことだ。

 だが、なぜマイクやジェーン、それにカタリーナとダンテがいるのだろうか。


「そりゃあ、タニアちゃんから美味いものが食えるかもしれないって話を聞いたからさ」

「オレは止めとけって、一応は断ったんだぞ。一応は」

「何言ってるんだい。オレも食べたいオレも食べたいって、無理やりついてきたのはアンタだろうに」


 試作で感覚をつかむのに数回。

 合否を出してもらって、その後に披露宴で出すという手順を踏む都合上、あまり多量には作りたくなかったというのに、大誤算だ。


「……エイジさん、ごめんなさい。どこに行くんだって聞かれて、仕方なく話したらこんなことに……」

「色んな人から意見を聞くのも悪いことじゃないですけど。気をつけてくださいよ」


 直接迷惑だとも言えず、タニアとこそこそ会話を交わす。

 どうせだから、ジェーンにも手伝わせてしまおう。

 そうすれば、労力の対価としての言い訳は立つ。


 エイジはテーブルに材料を並べていく。

 一番の原料は、やはり小麦粉だ。

 小麦粉の種類には、薄力粉や強力粉といったものがあるが、エイジたちにはそこまで分類できるほど多種多様な小麦を栽培しているわけではない。

 村で収穫できる小麦を使うしかなかった。


 水力の石臼を使って、細かく細かく挽いた小麦は、真珠のようにとても白く美しい。

 白い小麦粉は、麦粒のほんの一部だからとても贅沢品だ。

 お菓子とは本来贅沢品だから、それも仕方がないことだろう。


 その隣に置かれたのは、作りたてのバターだ。

 朝一番に絞って、作ってからまだ一時間ほども経っていないだろう。

 市販のバターに比べると、色味は黄色く、そしてなにより柔らかい。

 少しだけ取って舐めてみるとふわっと溶ける。

 バターの濃厚な味わいのなかに、なんとも言えない甘みがある。


 さらにその横には産みたての卵だ。

 今朝ジョルジョが鶏に啄かれながら拾ってきた卵で、殻がしっかりとしている。

 きっと割れば卵黄が見事に盛り上がってくれるだろう。

 ついでに言うと、色味は市販の卵よりも随分と薄い。

 トウモロコシを食べさせた卵は卵黄が黄色くなるが、島ではトウモロコシは採れないから、自然と白っぽい色合いになっていた。


 そして、最後に甜菜糖だ。

 あの後も形になった甜菜糖を少しでも多くとるため、増産に増産を重ねた苦労の結晶である。

 こればかりはあまりにも貴重過ぎて、味見も許さなかった。


 テーブルに揃った材料を見て、タニアとジェーンが手を洗って準備を終える。

 さあ、早速作り始めよう。

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