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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第七章 結婚披露宴
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七話 村の課題 後編

 ボーナが村の課題として狼を議題に上げたため、村の狩人を代表するマイクを待つことになった。

 エイジがいかに現代知識を持っているとはいえ、本職による経験と地元による土地勘には敵わないし、あまりにも専門畑が違いすぎた。

 下手な提案をして前回のような危険な目には会いたくない。

 専門家に任せるのが第一だろう。


 もともと今日は呼び出せれていたらしいが、なかなかマイクがやってこない。

 とはいえ、このあたりは皆寛容かんようだ。

 白湯を呑みながら、ジリジリと時間だけが過ぎていき、待っている人間が焦れ始めた時、ようやくマイクが到着した。

 どうやら雪が降ってきたらしく、頭がうっすらと雪化粧されていた。


「婆さん待たせた」

「遅いわぇ。昼寝でもしとったか」

「まあそう言うなよ。これでも急いできたんだぜ?」

「まったく、仕方がないやつじゃ」


 悪びれもせずに言ったマイクだが、時計もないこの時代、時間にルーズなのはある程度仕方がないことなのだろう。

 前出したが、この村の時計は日時計と鶏鳴でおよその時間を捉えている。

 

 マイクは犬ぞりを使って来たらしく、ドゥロとフォルテという二頭の犬が部屋の中に入ってきた。

 シベリアンハスキーのその犬は、見覚えがあった。


「その子たちは?」

「そっか。エイジは見たことあるよな。ジェロの子供だよ。大きくなっただろ」

「見違えますね……」


 時が経つのは早いものだ。

 ジェロが亡くなったときにはまだまだ子犬だったのに、今では見事な成犬になっている。

 色艶の良い毛並みは、やはり丁寧にブラッシングされているのだろう。

 マイクの可愛がりようが伺えた。

 走ってきたからか、ハッハと短い呼吸を繰り返しているが、ジッと大人しくしていて躾がよく行き届いていた。


「猟犬としても鍛えているんですか?」

「ああ、ジェロほど経験があるわけじゃないが、兄弟で息を合わせてくれるから、追い込みのかけ方なんかは凄く巧いんだぜ!」


 エイジがドゥロとフォルテに近づくと、嬉しそうに尻尾を振って、キラキラとした目で見つめてくるからたまらない。

 ついつい手を伸ばして撫でてしまう。


「エイジ、そろそろ話を始めても良いかぇ?」

「あ、ああ。すみません。つい……」

「分かる分かる。こんなに可愛いんだからな」


 ボーナに声をかけられて、我に返ったエイジは顔を赤く染めると、陳謝した。

 今は会議の最中だった。

 終わってからまた可愛がらせてもらおうと決め、会議に集中する。


「さて、では狼対策じゃが、マイク、今年は来そうかぇ?」

「どうだろうな。少なくとも俺が管理してる南と西には寄り付かないだろうと思う。川を挟んだ北と東は管轄外だ。分からん」

「前回は確か羊飼いの人が森に寄り過ぎたんでしたっけ?」

「そうじゃな。あやつらは鼻が利くらしいからの。不用意に近づけると目をつけられる」

「襲われてやりあうのはもう懲り懲りですよ」


 エイジはかつての恐怖を思い出した。

 暗闇の中狼に囲われたのだ。

 四方八方から聞こえてくる狼の息遣い。

 あんな体験など、二度としたくない。


 あの時は住民の誰が死んでもおかしくなかった。

 一番頼りになるはずのマイクですら、ジェロがいなかったら今頃生きてはいないのかもしれないのだ。


「なんとか寄せ付けない方法はないかぇ?」

「罠でも仕掛けるしかないのでは? トラバサミならいくらでも作りますよ」

「狼のやつがそう簡単に引っかかるかい?」

「運が良ければ……」

「鹿や猪でも引っかかって、狼の餌になる可能性は?」

「大いにありますね」

「いや、どうだろうな……」


 エイジとボーナの危惧を、マイクは否定する。

 何か良い手段があるのだろうか。


「森の獣って言っても、好き勝手に歩けるわけじゃない。繁みや木、石や段差とか沼といった条件のせいで、自然と動く範囲は限られてくる。だからこそ俺たち狩人は、その獣道を見つけて罠を仕掛けるんだけどな」

「つまり狼が通る道を見つけたら良いってことですね?」

「ああ。糞でもあればほぼ確実だろう」

「じゃあ、罠を渡すので設置してもらえますか?」

「それは構わないが……」


 何故かそういった後、マイクがじっとエイジの顔を凝視した。

 なにかあるんだろうか。


 嫌な予感を感じたエイジだったが、すぐさまその直感に従わなかったことを、後悔することになった。


「どうせだったらお前も手伝えよ」

「ええ……!?」


 なにせエイジにも罠の設置を頼み始めてきたのだ。






 鬱蒼うっそうと生い茂った森の中、あるかなきかの獣道を探すのは、マイクにとっても大変なことだ。

 腐葉土の中から、うっすらと沈み込む足跡を探す。

 深さや大きさ、歩幅から何の動物かを検討する。

 見つけてしまえば楽だが、その最初の一歩が大変だった。

 だというのに……


「ほらほら、マイクさん、これって狼の糞じゃないですか?」

「お、おう……よくやったな!」

「いやあ、たまたま目をやったら、あったんですよ」


 どうしてこいつはすぐに見つけるかなあ。

 猟師としての経験から、おおよその目処は立つのだが、素人がそう簡単に見つけられるものではない。

 だからこそ、鍛冶師であるはずのエイジが、すぐさま見つけたことにマイクは驚愕した。

 背筋が震えたと言っても良い。


 大それたことをしながらも、本人だけはそれに気づかない。

 えへへ、と嬉しそうに顔をほころばせながら、マイクの指示を待っている。

 不思議な男だった。




 マイクがエイジを初めて見た日は、今でも鮮明に思い出すことができる。

 妹分として可愛がっているタニアが、どこからともなく倒れた男を背負ってきたのだ。


 本人曰く、声が聞こえた気がして向かったら、この人がいた。

 助けるのは構わないが、自分の家で保護すると言い出したときには必死に止めた。


 目覚めた男がどんな行動に移るか、誰にも予想できないからだ。

 しかし、珍しいことに、本当に珍しいことにタニアは頑としてこちらの助言を拒否。

 自分で面倒を見ると言ってきかなかったときは、本当に参った。


 結局、説得は失敗に終わって、目覚めたらすぐに自分に知らせることと約束して、いったん様子を見ることになった。

 一体何がそんなにタニアを惹き付けるのかは分からないが、今の仲むつまじい夫婦生活を見ている限り、見る目は確かだったのだろう。

 あるいは一目惚れだったのだろうか。


 目覚めたエイジは不思議な男だった。

 最初は何をするのにも戸惑って、ずいぶんと鈍くさい男だと思ったものだ。

 今となってはまた違う感想を覚えている。


 エイジは自身の過去について何も言わないから、想像するしかない。

 だが、これまでの行動や言動を見ていれば、色々と分かるものだ。


 最初、マイクはエイジのことを、この島のどこか別の村から逃げてきたんじゃないかと想像していた。

 記憶喪失は真っ赤な嘘で、実際は身元をバレないようにするためだと、そう考えていたのだ。

 隣村でもない限り、身元なんてのはそう簡単には分からない。

 だが、そんな思いはすぐに変わってしまった。


 エイジは村人ならば子どもでも当たり前に知っていることを満足に知らなかった。

 むしろどうやって生活していたんだろうかと思うぐらいだ。


 そして見たことも聞いたこともない豊富な知識や技術。

 そんなものがあれば、この島にいれば自然と噂になるはずだった。

 つまり、エイジはこの島の外から来たことになる。

 それもかなり裕福な、地位のある家の生まれだろう。


 エイジが身の回りのことをできないのは、する必要がなかったからに違いない。

 おそらくは世話係がいたのだ。

 領主の一族とか、そういう余程の家だろうなと思った。

 畑の指導なんてしているのがその証拠だ。

 どこにそんな知識を持った職人がいるんだ。


 それが何かの争いに負けたためか、離れることになった。

 極端なまでに戦を忌避する姿勢はそうとしか受け止めれなかった。


 おそらくエイジはいくら問いただしても真実は言うまい。

 聞けば聞くほど意固地になって、口を閉ざしてしまう。

 だから、マイクはエイジが真実を話してくれるのを待つつもりだった。


 とはいえ、この考えには一つだけ穴があった。

 自分たちの先祖以来、この島に誰か余所者が来たという話をとんと聞いたことがない。

 エイジは一体どうやってこの島にきたのだろうか。

 それだけがいつまで経っても、解けない謎だった。


「マイクさん、罠の設置できましたよ」

「おっ、やるなあ。薄く土をかぶせて隠しておこう」

「分かりました」

「油断して挟まれるなよ」

「はは、マイクさんじゃあるまいしそんなウッカリはしませんよ」

「言ったなこのやろう!」


 エイジが作ったトラバサミという罠がどれだけ効果が上がるかは分からない。

 だが、この男はきっとこうやって、色々な自分の知っている知識とか技術を惜しみなくそそぎ込んで、村の発展に情熱を傾けるのだろう。

 だから、何があっても手助けしてやりたい。

 マイクはそう考えるのだった。


 そして、出来るなら一度この島の外の話を聞いてみたいものだ。

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