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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第七章 結婚披露宴
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七話 村の課題 前編

 シエナ村の村長ボーナの家の中で、三人の男が集まっていた。

 鍛冶師のエイジ、大工のフェルナンド、そして石工のガウディだ。


 ガウディはフェルナンドと同じく、身長の低い男だ。

 エイジが並ぶと頭一つは小さく見える。

 フェルナンドと違うのは、固太りで大して美形でもないところだろうか。

 外見的特徴で言えば、これといって華のない男だ。

 だが実直な職人だった。


 ガウディと会うのはこれで数度目になる。

 最初は鍛冶師と石工として、良好な関係を築けると思っていた。

 石工のたがねのこぎりを制作するのがエイジの仕事だったからだ。

 関係がこじれたのは、エイジが水車を利用した自動鋸を作り始めてからだ。

 自身の仕事が脅かされると思ったのだろう。

 それからは随分と警戒されている。


 三人の前には、エイジが作った石畳の見本が並べられていて、それをガウディが難しい表情で睨みつけている。

 そんな機嫌の悪そうなガウディの肩を、フェルナンドがバシバシと叩いた。


「ほら、そんな怖い顔するなよ。お前さんにとっちゃ朝飯前の仕事だろう?」

「そりゃあそうさ。だが、これを石工じゃなくて鍛冶師がやったってのが気に食わん」

「だけどさ、よく考えてみろって」

「む?」


 エイジは基本、今回の会話では完全に見学の立場にある。

 自分の仕事の領域を荒らされていると警戒したガウディを前に、エイジがどれだけ言葉を尽くしたとしても、曲解されるおそれがある。

 それならば信頼できるフェルナンドが間に立って、上手く場を抑えてもらったほうがはるかに良かった。


「エイジがどれだけ上手に石を削ったとしてもさ、こいつには鍛冶師の仕事があるんだよ。鍛冶の仕事をしながらどれだけ石工として動けるんだ」

「それはまあ、そうかもしれないが……」

「あいつは確かに器用だし、たがねつちの使い方にかけちゃあ一日の長がある。だが、石の選び方や加工の技術はお前さんの経験が必要さ」


 フェルナンドが巧みにガウディを持ち上げていく。

 最初はエイジと引き合わせたことによって、機嫌を損ねていたガウディだが、褒められ慣れていないのだろう。

 称賛の声を聴く度に顔を赤く、鼻息を荒くして照れ出し始めた。


 エイジも経験があるので共感できるが、職人というのは殆どの場合、他者から評価を受ける機会がない。

 文句を言われることはあっても、褒められることは滅多にないという仕事だ。

 常に自身の厳しい視線で比較するしかない。

 そして、より良いものを作るためには、評価軸は常に最高の出来栄えと比較してしまう。

 自身に厳しい職人がポジティブに自分を褒められる時は、よほどの会心作を作り出したときぐらいだろう。

 それだけに、誰かから認められた時は本当に嬉しい。


「お前さん、いつも切り口を少しでも綺麗になるように、最後は丁寧にやすりをかけてるだろう。おかげで俺が使う時はいつでもピッタリと角同士が合うんだ。気持ちいい仕上がりだよ」

「よ、よく見てるじゃねーか」


 フェルナンドは本当によく分かっている。

 仕事の出来栄えを褒めるのではなく、職人としての心構えや努力を中心に、よく見ないと気付かないような細かい点を褒めている。

 評価されている、という気になっていて、今のガウディは本当に気持ちいい状態だ。 


「だっていうのに、このままこの仕事をあいつに渡してみろ。エイジより下に見られるかもしれないんだぞ?」

「な、バカ言うな」

「だって、お前さんが仕事を拒否したら、誰がやる。仕方なくエイジがやるだろう。来客が驚いて誰が作ったんだと聞かれたら、俺達だって正直に言うしかない。鍛冶師のエイジが作りましたってな」

「…………!」

「それともガウディ。お前さんもしかして、エイジと腕を比べられるのが怖いのか?」

「誰がそんなこと!」

「だったらやれよ。本職の意地を見せてやれ」

「おう。任せておけ。ぐうの音も出ないほどの実力を見せつけてやるさ」

「言ったぞ。今回の仕事はこの村だけじゃない。他の村や領主の目にも留まるんだ。ガウディがいい仕事をしてたら、きっとみんな正当な評価をしてくれるさ」


 フェルナンドの言葉に頷くと、ガウディが対抗心を剥き出しに、ぎろりと睨みつけた。

 だが、これは良い兆候だ。

 エイジとしては仕事を気合十分にやってくれるならそれに越したことはない。

 フェルナンドの誘導は実に見事だった。


 エイジがフェルナンドに目をやると、ガウディの後ろで器用にウインクを一つ。

 まったく、頼りになる相棒だ。


「ふん。これをどれぐらい作ればいい」


 ガウディが持っているのは厚さ七センチほどにもなる敷石だ。

 だが、分厚い骨格や筋肉は見掛け倒しではないのか、軽々と持ち上げている。

 一日中金槌を振り続けるエイジといい勝負だろう。


「そうですね。まずは最低でもこの家の床全てを覆うぐらいは必要です。段階を言えば、村長の自室などは後でいいでしょうが、来客が目に触れる場所は全て敷き詰めておく必要があります」

「最低ってことは、これより多く必要なのか」

「はい。できればこの家の前の通りにも、違う色の石を敷き詰めて道路にしてほしいと思っています」


 ガウディが計算を働かせているのだろう。

 ふむ、と頷いたところを見るに、無理ではないようだった。


「納期はいつだ。結婚の日取りはもう決まっているのか?」

「どれほど早くとも雪解けの後ですよ。東の方からも人が来るそうですからね」

「お前さんの作った自動鋸は使っていいんだろうな」

「もちろんです。もともとガウディさんに使ってもらうつもりで作りましたから」

「ふん……良いか、あの道具の凄さは認める。だが、あれを一番使いこなせるのはお前じゃない。俺だ」

「承知しました」


 フン、と鼻息を大きく吐いて、言いたいことを言って満足したのだろう。

 ガウディは、それで少し態度を収めた。


「じゃあ、後は仕事の話だな。石はもちろん統一したほうが良いんだな。作りに対してはなにか気をつけることはあるか?」

「下に敷く面がきれいな水平でないと、床ですから他の人が踏む度に歪みやすくなります」

「土に直張じゃないんだろう?」

「もちろんです。ガウディさんが作る石を含めて、三層構造になりますね」

「下は何だ」

「砕石と砂です」

「そっちの用意はできているのか?」

「この前自宅で作った時には、川岸の砕石が良さそうだったので、それを使う予定です。ですが、ガウディさんだったらもっと良い石をご存知かもしれませんね」

「……! と、当然だ。俺は石の専門家だからな!」

「じゃあ、良かったら調達もお願いしてもいいですか? やっぱり素人の私よりも、専門家の方にお任せした方が良いものが出来ると思うんです」

「し、仕方ないな……」


 了承したガウディの背中で、フェルナンドが笑いを堪えていた。

 こんなにも上手くいくとは思わなかったな。

 ガウディに見つからないよう、エイジもフェルナンドにウインクを一つ。

 ただ、やはり自分には似合わないらしい。

 とてもではないが、上手にできたとは思えなかった。






 ガウディが話に満足してその場から引き上げてからが、エイジたちのもう一つの用件の始まりだった。

 それまで黙って別室で茶を飲んでいたボーナが移動してきて、エイジたちと加わる。

 初曾孫を見たからだろうか。

 ボーナは最近機嫌が良さそうだった。


「さて、エイジ。私はあんたの計画を了承したけど、どういう了見なんだい? まさか見た目だけの問題じゃあるまいね」

「もちろんですよ」

「そうかい。じゃあ説明してもらおうか。フェルナンドに聞いてみても、この男もあまり理解してなかったみたいだからね」

「話は聞いたんですけどね、どうもピンとこなかったっていうか。それでまあ、実際の仕事の一部をエイジ自身にやってもらったんですよ」


 今回の改築に関しては、エイジの家のものを土台にしている。

 だから、前回しっかりと説明して理解してもらえていれば、今回ボーナにも上手く伝わっていたのだろう。

 面倒でももっと分かりやすく伝わるように努力すればよかったな。

 そんな風に思って、今回からは出来る限り理解してもらえるように、説明を省かないようにすることを決める。


「今回の床を石で敷き詰めてしまうのは、一つは他の村を意識してのことです」

「ふむ。たしかに領主の館は床が全て石造りだからね。それに倣うってことかい」

「土間に比べればはるかに手間がかかりますからね。シエナ村の労働力、経済力を見せつける格好の機会でしょう。フェルナンドさんも以前、他の村に行ってレンガ造りの家を見た時は衝撃を受けてましたよね」

「ああ、あれは確かに力の差を感じたな。うちの村でもやるって言うなら、その効果はあるだろうと思う」

「そういう意図があるのは私にも分かったさ。だが、別にこれである必要性は感じないんじゃがの。他に村の威信をかけてもいい点はいくらでも挙げることができそうじゃぞ?」


 村から出す食事のを豪勢なものにする。

 家具を充実させる。

 シエナ村の特産品となった鉄器を見せつける。


 ボーナが次々と案を出してくる。

 そのどれもが、たしかに一定の効果を上げるだろうことは容易に予想できた。


「今回だけを考えたら、それでも充分です。でも狙いはボーナさんの家に限った話ではありませんよ。ここから先何年とかけて、少しずつ村中の家に広げていきたいと思っていますから」

「その狙いは何だぇ?」

「各家の病気を少しでも防ぐことが目的です」

「病なんてのは避けられないものだろう?」

「そうだぜ。僕が疑問を感じたのもそこなんだ。病気を防ぐ防ぐって以前から言ってるけど、そんなことが本当に可能なんだろうか」


 ボーナとフェルナンドが本当に不思議そうに言った。

 それがボーナの、いや、この島に住む全ての人間の実感なのだろう。

 エイジが最初にこの村に来た時よりは、かなり衛生状況は改善されている。

 とはいえ、それは表面的な習慣を取り入れたにすぎない。

 その根底の、なぜそれが必要なのかという理解はまだまだ以前のままなのだ。


 そもそも汚いことがなぜ悪いのか。

 それが実感として理解されていない以上、いくらエイジが衛生観念を説いたところで、効果は余り見られない。

 村の土の改善には、女神信仰を理由にしたが、健康に関してはそういった都合のいい神を利用することもできなかった。

 となると、後は試してもらって、実際に効果がありそうだから続けるか、という考えに誘導するしかない。


「避けられないものもあれば、避けられるものもあります。今すぐには変化を立証できませんが、施薬院を改築した政策も、その一環です」

「たしかに、病や怪我で働けるものが減ることは村の死活問題だ。しかしエイジよ。改築なんてのはそう簡単に出来るものじゃないってことは、分かっとるか?」

「それでも、優先的にやらなくてはならないことだと思っています」

「それだけの価値があると?」

「あります。私自身が病気になりたくないですし、親しい人に倒れてほしくないからこそ、優先して取り組んでいきたい課題だと思います」

「……ふむ」


 この医療技術の未発達な世界で病にかかれば、自然治癒を待つしかない。

 民間療法にも似た薬の投薬はあるだろうが、現代医療とは比べようにもない。

 だからこそ、エイジは怖かった。

 妻が、子がもし病になったら。想像するだけで恐ろしい。


 そんな恐怖を、自分は第一に解決に向かっている。

 風呂やマッサージ、体操を導入し、施薬院や自宅も改築しはじめている。

 自分とその家族だけが快適な環境に過ごして、他を見過ごして良いのか。

 そう考えると、たとえ負担がかかろうとも、意味のあることだろうと思えたのだ。


「村長、エイジがここまで言うんだし、様子を見ながら導入してみるのも良いんじゃないか」

「ふうむ。そうだねえ。まあまずはうちの改築をして、幹部連中へと広めていこうか」

「ああ、また忙しくなるな……」

「今回はお前さんより石工の方が忙しいじゃろうに」


 老朽化した家の改築、分家した家の新築といった、区切りの良いときに導入することが決まった。

 まあ、大きな改革も一歩ずつだ。

 それにエイジの目的を理解してもらえたということのほうが、今回は大きいだろう。

 式に向けてまだ時間はある。

 一つずつ課題をこなしていこうを決めた。


 エイジが考えている間に、ボーナが次の課題を口に出した。


「それじゃあ、次は去年の狼対策をどうするかだね」






あけましておめでとうございます。


昨年は結局一冊も出さずじまい。

こちらも更新しませんでしたね。


今年は更新しますし、二冊は最低出せるように頑張ります。

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