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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第七章 結婚披露宴
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四話 収穫祭(二年目)4

 豊穣の女神への儀式が終わった後は、昨年と同じく食事会となった。

 殺された牛が目の前で串刺しにされ、火で炙られる。

 グルグルと回転させられる姿は、まるで原始時代を思わせる大胆な調理方法で、見ているだけで楽しい物がある。

 火の通った外側から順に、削ぐようにして肉が切られて、配られていく。


 昨年との一番の違いは、今年は交易によって多量の塩が手に入ったことだ。

 やはり油の多い肉料理には塩は欠かせない。


 素焼きの皿の上に湯気の立ち上る肉が置かれ、そこに塩を振る。

 白い結晶の粉が肉の上に降りかかると、熱と脂に溶け、じわっと広がる。

 それをフォークで突き刺すと、エイジはガブリと噛み付いた。


 前歯が肉をぶつぶつと噛み切り、何度も噛みしめると口中に牛肉の味と、脂の甘味がじわっと広がる。

 あまりの熱さに、はふっ、はふっと忙しく息を吐いて、口の中の熱を冷ます。

 付け合せに湯がかれたからし菜を食べると、ツーンとした辛味が鼻を通って、肉の臭さや脂っぽさをすべて洗い流してくれる。

 温かい麦酒エールを口に含み、再び肉を食らう。


「ふう……美味い……」


 エイジは、美味しいものを食べた時、リアクションがかえって淡白になる。

 本当に美味いものを食べた時は、大袈裟なリアクションなんて出てこないんじゃないだろうか。

 じんわりとした幸福感が口の中を占め、それを長く噛みしめる。

 口から出る言葉は、自然と溢れるものだと思う。


「親方、美味いっすねえ」

「うん、ピエトロもまだ成長期だろうし、どんどん食べなよ」

「うっす。まだまだ食べるっすよ」

「おい、なんだこのハンバーグって……美味えじゃねえか!」

「ああ、そっか。ダンテは今年が初めてだったっけ」

「エイジ親方、本当に美味しいです。シエナ村の人は毎年こんな美味しい料理を食べていたんですか?」

「いえ、去年からですよ」


 去年の収穫祭で出したハンバーグは、たしかに好評だった。

 ナツィオーニの町から来た人にも受け入れてもらえるようで、何よりだ。

 これは今後、村外の人をもてなす時に使えるのではないだろうか。


「俺様は賛成だ。たしかに誰が食べても驚くと思うぜ」

「ふむ、じゃあ採用しようか」

「でもエイジ親方って、鍛冶だけじゃなくて料理もできるんですね」

「いえ、ほとんどできませんけどね」


 買いかぶってもらっては困る。

 現代の豊富な調理器具や、さまざまな調味料のレトルトなどがあるから、色々作れたのだ。

 一人暮らしのおかげで、自分で食べる程度には作れたが、人様にご馳走できるようなものではない。


「エイジ親方、お腹も膨れてきたし、踊りませんか?」

「ああ、良いですね。私は去年、踊りは参加してなかったんですよ。ダンテ、一曲だけカタリーナを借りるよ」

「へん、好きにしな」


 カタリーナに誘われ、エイジは大きな篝火の側に寄る。

 華奢な肩に手を置き、片手を取る。


「踊るのも初めてなので、良ければご指導ください」

「ふふ、鍛冶とは逆の立場ですね」

「ええ、よろしくお願いします」

「分かりました。親方みたいにやさしーく教えてあげますね」

「お手柔らかに……」


 カタリーナの非常に”イイ笑顔”を前に、エイジの顔が引きつる。

 胸中に抱いた悪い予感の通り、しばらくエイジは振り回されることになった。






 火を囲み、村人たちが歌と踊りに興じる中、その輪を静かに離れる男の姿があった。

 マイクさん……?

 祭好きで、賑やかな場所を一番楽しむタイプの人が、どうしてひっそりと離れるんだろうか。

 エイジはその後姿に疑問を抱く。

 そして、静かにその後をつけた。


 マイクは広場からどんどんと離れていく。

 賑やかな喧騒が遠ざかり、周りは少しずつ静けさを取り戻していく。

 それに伴って、篝火と人の熱気によって暖められていた空気は冷え込み、寒さを感じる。

 火の明かりがなくなれば、周りは真っ暗だ。


 マイクは広場から北東に一直線に進んでいた。

 頭のなかで地図を思い描くと、行き先に見当がついた。

 しばらく歩いて目的の場所につく。

 いくつもの木の杭が突き刺さったり、あるいは石が置かれていたり、盛り土がされていたり。

 そこが共同墓地だということは、すぐに分かった。


「よお、こんな所までどうした?」

「……気付いてましたか」


 背中越しに、マイクがエイジに向かって声をかけた。

 わざわざ距離を開けて後を付けたのに、全く無意味だったな。


「俺は猟師だぜ。眼と耳が良くなくちゃ仕事にならないさ。足音を殺しているつもりだったかは知らないけど、俺にはうるさいぐらいよく聞こえてたぞ」

「それならもっと早く言ってくれたら良かったのに」

「黙ってついてきた罰だ」

「いやあ、そう言われると返す言葉が無いですね。それで、マイクさんは毎年ここに来ているんですか? 去年の祭りの時は、ずっと近くで騒いでいたように思いましたが」


 エイジの質問に、マイクは首を横に振ることで答えた。

 そして、共同墓地を迷わず進み、ある場所で立ち止まる。


「ここは……?」

「ジェロの墓さ」

「ああ、ここに眠っているんですね……」


 狼の来襲があったのは、去年の冬のことだ。

 家畜が殺されて、大騒動になったのは記憶にも新しい。

 エイジにとっては忘れられない体験だ。


 退治するために村の男が集められて、そして狼に囲まれて。

 あの時は、エイジも死を覚悟した。

 よく恐怖に腰を抜かさず、動けたものだと思う。

 その戦いで、ジェロはマイクを庇い、代わりに噛まれて死んだのだ。

 勇敢な犬だったと思う。

 そうか、マイクさんはジェロの死を悼むために、祭りを抜けだしたのか


「……もうすぐ、冬籠りが始まるからよ。そして一周忌だろ。だから今のうちにさ、挨拶しておきたかったんだ」

「早いものですね」

「チビ達も今じゃ大きくなって、ほぼ成犬よ。狩りの手伝いもバッチリだぜ」

「ジェロも安心できるでしょうね」

「ああ、そうだな……」


 マイクの目はまっすぐに墓に向けられていた。

 その瞳は透徹していて、悲しみを今も抱えているようには見えない。

 厳しい環境だけに、人や家畜の死への耐性も、より強いのだろうか。

 エイジはそんなことを思った。


「マイクさんは、今年も狼が来ると思いますか?」

「さて、どうだろうな。確率は半々といったところだろうと俺は思う。一度痛い目を見て、近寄らないほうが良いと学習したか、それとも、危険を冒してでも家畜を狙ったほうが良いと考えるか……どうだろうな」

「森で獲物がとれるかどうかにも関係しそうですね」

「ああ、奴らにしたら、餌が集められているんだ。柵があろうと、人間がいようと狙いやすいだろうからな」


 もし危険性が高いのならば、今年は早めに槍などの準備をしておきたいと思った。

 前回と同じ過ちを犯して後悔するのは避けたい。

 マイクの発言からは、そのどちらとも取れた。

 であるならば、やはり対策は練っておく必要があるだろう。

 冬までもう間もなくとはいえ、数打ちで良ければ十分な準備ができる。

 今年は無事に冬を越したいと、強く思った。

 あんな、人が辛い思いをしている姿を見るのは、繰り返したくない。




 ――どこかで、遠吠えが聞こえた気がした。

予告通り更新出来てよかったです。

次回は27日『』を予定していますが、年末なので急な予定が入ると更新できないかもしれませんが、できるだけ間を空けないように自制していきたいと思います。

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