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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第七章 結婚披露宴
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二話 収穫祭(二年目)2

 エイジが歩いていると、ほどなく手持ちぶさたにしている集団が見つかった。

 ピエトロやダンテといった弟子たちと、マイクたちが集まって早くも酒盛りを始めていた。

 とはいえ、その量はわずかなもので、酔っぱらうような事態にはならないだろう。


 だが、話の方はずいぶんと盛り上がっているようだった。

 大きな声が離れていてもよく聞こえてくる。

 いったい何の話題で盛り上がっているんだろうか?

 エイジは熱気に誘われるまま、その集団の一隅に入り込んだ。


「だからよ、早くゲロっちまいな」

「うるせえマイク、俺様は絶対に話さねえぞ!」

「ダンテ、兄弟子として言うっすけど、早く話して解放された方が楽だと思うっすよ。この人たち、一度獲物を見つけたら絶対に見逃すつもりはないっすから」

「けっ、冗談じゃねえ! それならピエトロ、お前が言えばいいじゃねえか!」

「俺はもうとっくにネタにされたっすからね。今更っすよ」


 マイクに詰め寄られ抵抗するダンテと、それを諭すピエトロの姿があった。

 珍しい組み合わせもあったものだ。

 偉そうな態度を崩さないダンテに、ピエトロは苦手ではないだろうが、あまり積極的には接していなかった。

 それが変わったのは、ダンテのふるまいに変化が見えてきているからかもしれない。

 これも良い傾向なのだろう。

 弟子たち同士でもっと仲を深めていってほしい。

 信頼できる仕事仲間ができることは、きっと何よりも大切な宝物になるだろう。

 それは絶滅寸前の鍛冶師として生きてきたエイジが求めても得られなかったものだ。

 少しだけ羨ましい。


「フィリッポさん、一体何で盛り上がってるんですか?」

「ダ、ダンテが、カ、カタリーナのどこに惚れたかって」

「なるほど、それは抵抗するわけだ」

「おい、エイジよ、お前からも言ってくれよっ!」


 ダンテが必死の表情で助けを呼んでくるので、エイジは仕方がなく頷いた。

 これほど焦るダンテの姿も、やはり珍しい。

 今日は収穫祭ということもあってか、色々とふだんとは違う顔がのぞけるようだ。

 エイジの態度を助けると受け止めたのか、ほっとした表情を浮かべるダンテ。

 だが甘い。エイジは笑みを浮かべて言う。


「ほら、私も聞きたいから早く話すんだ」

「裏切ったな、テメエ!?」

「私もずいぶん気になっていたんだよ。これまで自分の意見らしい意見を言わなかったダンテが、はじめてまともに口答えしてきたって、ナツィオーニ様も驚いていたからね。で、どこに惹かれたんだい? さあ、キリキリ吐くんだ」

「ちっ……。テメエまで敵に回ったとなったら、味方が誰もいねえな……分かったよ! 観念する。特別扱いしないところだよ」

「特別扱い?」


 聞き直したエイジに、ダンテはきわめて口を苦そうに歪めた後、頷いた。

 なるほど、そういわれたら確かにカタリーナは自然体でダンテに接していた。

 だが、それは他の人間も同じではないだろうか。


「目を見てたら分かるのさ。領主の息子としてみている奴、俺様を悪ガキとして見ている奴。人の視線ばっかり敏感になっちまった」

「でもカタリーナは違ったということかい?」

「そうだ。あんな女は初めてだった。まあ、それはその時俺様のことが全く眼中になかったってのもあるんだろうけどな」


 そういって、ダンテはエイジをちらりと覗いた。

 その目には何とも言えない色が混じっているが、エイジとしては答えに困る。


 人の好き嫌いは難しいものだ。

 他人どころか本人でさえままならない。

 エイジに一体なにが出来たというのだろうか。

 まさか受け入れろとはダンテも言うまい。

 とはいえ、カタリーナには申し訳ないという気持ちも、やはりあるのだが。


「本当に気兼ねなく、ときには挑発してくるような言動までして、それが新鮮で……気づけば惚れてた」

「じゃあ、特別惚れたキッカケがあったわけじゃなかったのかい?」

「ああ……。さあ、言ったぞ! これで文句ないだろう!」

「ひゅーひゅー! それで実際に嫁に貰うんだから、ダンテもやるっす!」

「んだんだ。見直しただ」

「まったくですね。ダンテ、君はなかなか勇気がある」

「うるっせえ!」


 真っ赤な顔でそっぽを向くダンテをみんなで取り囲む。

 まったく、追い打ちをかけた自分が言うのもなんだが、しょうがない人たちだ。

 よほど気まずいのか、ダンテが杯を呷ると、一気にワインを飲み干していった。


「俺様が話したんだから、この話は終わりだ。そろそろなんか座興でもしようぜ!」




 その一言が発端になって、腕相撲大会を開こうということになった。

 村に遊具がないから、自然と肉体を使った遊びが中心になる。

 他にも首相撲などもよく行われる。

 柔道経験のあるエイジは首相撲ではかなりの成績をあげていた。


 腕相撲は体格が明らかに大きなダンテとフィリッポを二つのグループに分けて、他はそれぞれが適当に分かれることになった。

 エイジの相手は緒戦マイク。

 勝てばフェルナンド、フィリッポで、決勝だ。


 辺境暮らしというか、古代暮らしの生活のため、村人はみながみな鍛えられていて、脂肪にたるんだ腹をしているものは一人もいない。

 緒戦の相手のマイクは狩人だ。

 毎日足場の悪い森の中を駆け回り、強い弓を引く。

 当然、足腰は鍛えられ、引き締まった刃金のような肉体をしている。

 特に上半身は見事な背筋をしていた。


 座興に乗った村人の誰かが、即座に木のテーブルを用意した。

 こういうときは非常に動きが早いのだから困ってしまう。

 ふだんからもう少しこれぐらい動いてくれたらいいのだが。


 エイジは左手でテーブルの縁を掴み、右手を構える。

 革のマットが敷かれ、肘の怪我防止の対策もすぐに行われた。


 まったく、遊びとなったら本当に有能な人たちだ。

 握ったマイクの手は、ごつごつとした厚みがあった。


「これは楽勝だな。エイジに負ける俺じゃねえからな」

「どうでしょう。これでも鍛冶師としてそれなりに自信はありますが」

「ふふん。俺のちからを見せつけてやる!」

「よし、進行は俺、フェルナンドが行うぜ。レディ……ファイ!」


 ガッ! とお互いに力を入れた瞬間、即座に勝敗が決した。

 ガツン、と鈍い音がして、拳がテーブルに叩きつけられる。


「ぐわあっ!」

「勝者、エイジ!」

「つ、つええ……! なんだこのバカぢからは!」

「仕事で鍛えてますからね。いただきでした」


 マイクが驚愕の表情を浮かべているが、何もおかしいことはない。

 猟師がいかに強弓を引いているとはいえ、それは常時ではない。

 鍛冶師は大槌ならばおよそ五キロ。

 小槌でも二、三キロにもなる鉄の塊をほとんど一日中振り続けるのだ。


 そんな生活を十年も続けてきたエイジの右腕は、見事に隆起していた。

 意気消沈しているマイクに変わって、フェルナンドが勝負を勝ち上がった。

 大工というのも力仕事だから、かなり強敵だろう。


「エイジ君、やるな」

「どうせやるんです、優勝を狙っていきますよ」

「去年はオセロで負けてしまったからな。雪辱を濯ぐよ」


 何を思ったのか、フェルナンドはその場で上を脱ぎ始めた。

 寒空の下よくやるものだと思ったが、その体は見事に引き締まっていた。

 カンフー映画の俳優のような絞りこまれた肉体は、体脂肪率一桁台だろうか。

 見ているだけで強そうだった。


「くそっ、じゃあ緒戦敗退した俺、マイクがジャッジをします。ゴー!」

「ちょっ、はええよバカ! このバカ!」

「もうちょっとタイミングを考え……ぐうっ!」


 慌ててお互いが力を入れる。

 テーブルの中央、ビチッ、と手が止まった。


 フェルナンドは青筋を立てて体重をかけてくるが、エイジも止まらない。

 どうやら地力ではエイジに軍配が上がるようだった。

 手首を返して、自分の側に引き寄せることで、確実に腕を倒していく。

 てこの原理で、手元に引けば引くほど、負担は減っていく。


「おおっ、エイジのやつ本当に強え!」

「フェ、フェルナンドも、けっ、結構強いんだけど」


 逆に腕の伸びたフェルナンドは、エイジの何倍も力が必要になっていく。

 エイジの二の腕が盛り上がり、血管が浮きあがる。

 ぐっ……ぐぐっ……と拳がテーブルに近づき、そのままドンとぶつかった。


 勝負が終わると、途端にフェルナンドは脱力し、大息を吐いた。


「くそっ……負けたか」

「リバーシだけでなく、腕相撲でも勝たせて貰いましたよ」

「仕方がないな。負けを認めよう。いやあ、意外だな。性格は大人しいけど、ちからはあるんだな」


 負けたというのに、爽やかな笑みだった。

 結構危なかった。

 エイジは腕をぷらぷらと振りながら、二の腕を撫でる。

 マイク相手はともかく、フェルナンドはそれなりにいい勝負だった。

 腕に疲労が溜まり、重だるさが出てきていた。


 だが、それはすべての相手に言えることだ。

 エイジはそう思ってテーブルを見ると、まさに勝負がつく瞬間だった。


 一切の抵抗を許さないとばかりに、減速することなく一定の速度で倒れていく二人の手。

 その片方の腕の太さは、タニアの腰ほどもあるだろうか。

 鍛えに鍛えられ、薄皮一枚の下の脂肪はどこにも見あたらなかった。


 腕の主は大きかった。

 座っていてなお強烈な威圧感。

 エイジは息を呑んで、相手を眺めた。

 シエナ村が誇る一番巨大な男。


 樵、フィリッポ。


 まさかりを振り下ろし、倒木を引きずり、丸太を担ぎ、ときに投げ飛ばす膂力は圧巻の一言だ。

 牛車に倒した大木を抱えたりと、日常で必要とされる筋力は非常に高い。

 英司が毎日ダンベルで鍛えているとしたら、フィリッポはバーベルを担いでいるようなものだ。


 フィリッポは優しい目で、しかし自信を漲らせながら、エイジに握手を求めた。


「よ、よろしくエイジ」

「よろしくお願いします」


 こうして対峙した時に思い出すのは、狼退治のことだ。

 エイジが制作した大槍は、制作者本人が顔をしかめるような重さだった。

 戦国時代なら馬上でふるうような重さだと、作りながらも思っていた。


 それを小枝を振るように扱ったのが、フィリッポだ。

 あのときは狼相手に一歩も引かないフィリッポが英雄に見えた。


 ……はたして、自分はこんな怪物に勝てるだろうか。

 勝利のイメージはどこにも湧かない。

 それでも、やるしかない。

 自分の力を全力で叩きつけ、どこまで通用するのか試したかった。


 エイジはテーブルに構えると、入念に足下を整えた。

 下は土だから、踏ん張りが効きにくい。

 腕だけの勝負と思わず、全身を使っていかないと相手にならないだろうと考えてのことだ。


「や、やるぞエイジ」

「ええ、勝負です」


 にこやかな笑み。

 爽やかな相手だ。

 きっと勝っても負けても、後悔とは縁遠い結果になるだろう。

 握った手はごつごつとしていて、暖かく、大きかった。


「ゴー!」


 弾けるようにしてエイジが腕に力を込めた。

 ミシッとテーブルが軋んだ。

 歯を食いしばり、全力を振り絞る。


 ――だが、お互いの手はテーブルの中央でビクともしない。


 いや、違う。

 巨大な力と力がぶつかり合って、ぶるぶると小刻みに震えていた。


「ぐううううっ」

「くっ……ふっ……」


 エイジの口から思わず呻き声が漏れる。

 なんて力強さだろうか!

 例えるならば巨木。

 ずっしりと根を張った大木を相手にするが如く手応えで、いくら力を込めても倒れる気配がない。


 エイジは息を止め、出来る限り手首を返そうとするが、それすらも余裕がなかった。

 一瞬でも別のことに気を取られた途端、腕を持って行かれる予感がした。

 ミシッ、ミシッ、とテーブルが悲鳴を上げる。

 一秒が恐ろしく長い。

 息が苦しい。でも、呼吸をすれば一瞬でもっていかれる……!


「フィリポさん、やりますね……!」

「んふふ……! エイジさもなかなか……!」


 くそっ……バテてきた。

 毒づきながら、一瞬の弛緩を感じて息を再度吸い込む。

 フィリッポの顔が見えた。

 真っ赤な顔をしていて、目がつり上がっている。

 むき出しの歯茎と真っ白な歯が見えて、いかに食いしばっているかが分かった。


 はは、我慢しているのは私だけじゃなかった。

 そう思うと力が出た。

 勝とう。


「うおおおおっ!」

「ふ、ふぐうう!」

「おおっ、エイジが勝負を決めにきたぞ!」

「すげえ、あのフィリッポが押されてる……!」


 腹に力を込める。

 じわり、じわりと腕が動いていく。

 二の腕が張りつめて鉛のように重い。

 力を入れすぎて、頭がくらくらとする。


 勝つ……勝つんだ!


「ま……ま゛け゛な゛いっ!」

「うわあ!」


 思わず悲鳴が出た。

 一体どこにそんな力を隠し持っていたのか、フィリッポが叫んだと同時、少しずつ押し込んでいた手が一気に押し返され、それどころか押し負けていく。


 くそっ、まだ、まだだ……。

 そう思ってどれほど力を込めようと、その差が覆ることはなかった。

 ぎりぎりと万力で締め付けられるが如く、エイジの手がテーブルに近づいていき、そして触れた。


 ま、負けた……。


「か、勝ったどー……っ!」

「負けたか……勝てる気がしたんだけどな」


 表情は真剣だったが、まだ最後の力を隠し持っていたらしい。

 まあ、そりゃそうだよな。

 フィリッポの腕はタニアの腰ほどもあるのだ。

 それらすべてが鍛えに鍛えた筋肉なのだから、出力が違っても当然だろう。


 そう納得しようとするのだが、エイジの胸の中にふつふつと燃え上がる感情は、また別物だった。


 悔しい。

 悔しい、悔しい。


 ああ、勝ちたかったなあ……!


「エ、エイジ……」

「フィリッポさん。おめでとうございます。あとはダンテとですね。勝ってくださいよ」

「が、がんばる」


 固い握手を交わそうと思ったが、勝負の前と違って手がぶるぶると震えて上手く力が入らなかった。

 正真正銘全力を振り絞った証だろう。

 フィリッポは二の腕をしきりにもみ込んでいた。

 なかなか、一番になるというのは大変だ。


 そのあと、フィリッポとダンテの勝負は本当に名勝負だった。

 およそ五分にも及ぶ長時間の勝負になったが、最後に勝利をもぎ取ったのはダンテだった。


「エ、エイジさが強いから、疲れちまっただ」

「今度は二人が万全な状態で勝負が見てみたいですね」

「つ、次は頑張る」

「ふはは、見たか! 俺様が一番だ!」


 指を立てて喜ぶダンテ。

 全身から汗を噴き出して笑うフィリッポを前に、次の大会が楽しみに感じるエイジだった。

書き溜め放出。


また昼休みにちまちまと書き溜めなければ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >「去年はオセロで負けて >しまったからな。 >雪辱を濯ぐよ」 辱(はじ)を雪(すす)ぐから雪辱なので、重言になってしまっています。
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