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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第七章 結婚披露宴
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一話 収穫祭(二年目)

長らくお待たせして申し訳ありませんでした。

 吹く風が冷たい。

 噴きつける風の音が、ぴうぴうと鳴り響き始めたら、冬がすぐそこまで来ている証だ。

 チラチラと空に雪が舞っていた。

 雪は降っては止み、時おり陽が射すといった不安定な空模様を見せている。

 今日は晴れてくれるだろうか。

 エイジは空を睨んで、晴天を祈る。


 初夏から晩秋にかけて麦穂を刈り、ブドウを摘み、きのこを採った。

 栗を拾い、森のどんぐりを求めイノシシを放してたっぷりと肥え太らせた。

 今年もいくらかの家畜を屠殺し、消費する食料を蓄えて冬に備えた。

 そうして今収穫できる限りの食料を収穫したら、後はもう人の身でできることはない。

 次に行うのは、冬に向けて豊作を祈ることだけだ。


 その日、エイジは珍しく一切の仕事を休んでいた。

 我が子がまもなく産まれそうだという時でさえも仕事に励んだ男だから、これは相当に珍しい。

 だが、これはエイジだけではなく、村全体で見られることだった。

 今日は村の収穫祭が開かれる日だ。

 エイジが体験するのは二度目になる。


 去年の収穫祭はいろいろとあった。

 タニアが可愛らしく酔っ払ったり、マイクたちにからかわれたり。

 ハンバーグを初めて提供したのも、収穫祭の日だっただろうか。

 一年というのは長く、そして短い。

 色々と濃密すぎて、はるか昔のことのように思えた。


 エイジは今、施薬院にいた。

 元々は大部屋だったものを、衝立で幾つかの部屋に分ける改装を行い、その一室にタニアの部屋がある。

 周りの部屋もすべて妊婦か産婦で埋まっていた。

 今年は例年にない妊娠率の高さで、村の女達はこぞって子を産んだ。

 これは安定した食料供給の目処が立ち始め、子を産む余裕ができてきたことが大きい。

 そのため薬師の女はひどく忙しく、様態の安定したタニアに構わなくなった。


 すぐ隣に子どもがいるとはいえ、入院生活は退屈だろう。

 休みということもあって朝一番からお見舞いに訪れたエイジを、タニアは笑顔で迎えた。

 手土産に干しぶどうを手渡す。


「タニアさんは今年のお祭り、お休みですね」

「残念です。今年も女神様にお祈りを捧げたかったんですけど」

「まあ、こうして無事に子どもも産まれたし、タニアさんの分も私が祈っておきましょう」

「お願いしますね。でも、本当に出たらダメなんですか?」

「ダメですよ」


 施薬院で入院中のタニアは、すぐの退院を願ったが、エイジがこれをきつく押し留めた。

 まったく、こうでも言わないとタニアさんはすぐにでも動き出そうとするんだから。

 出産翌日から動き出し、エイジの料理を作ろうと言い出した時にはエイジも焦った。

 出産直後は母子ともども免疫力が十分ではなく、様々な病をもらいやすい。


 彼らに公衆衛生という概念を期待する方が酷というものだったが、それだけにエイジの「ワガママ」という形で、無理やり休養を取らせるのには苦労した。

 当然理解は得られず、強制するのは相手にストレスを与えてしまうものだ。


「ああー、私もお祭りでたいー。みんなで騒いでお酒飲んで……うう、エイジさんの意地悪」

「意地悪じゃありませんよ。私だってタニアさんとお祭りに出たいんですから」

「一人だけ美味しいもの食べてくるんだ」

「ちゃんと取り分けてもらっておきますから。それにどっちにしろお酒は飲んじゃダメですよ」

「ううー」


 タニアが口を尖らせて拗ねてみせる。

 可愛らしい姿だが仕方がない。

 タニアの気持ちもエイジにはよく分かった。

 この一年間、初めての妊娠や出産ということで、強い不安感を感じていたはずだ。


 その上、エイジは船に乗って交易に赴いて家を空けていることも多かった。

 忙しさと不安と、ストレスを抱えた毎日だっただろう。

 そして一年で数少ないストレスのはけ口である祭りに参加できないとなれば、愚痴の一つも言いたくなるのも仕方がない。

 だがリベルトの泣き声が、タニアのそんな愚痴を一瞬で終わらせた。


「はーい、リベルトどうしましたか?」

「おしっこですね。布おむつ、出しておきますね」

「ありがとうございます」


 タニアが手際よくおむつを脱がせ、着替えさせる。

 使い捨て出来る紙おむつがあれば言うことがないが、到底そんな技術は望めない。

 タニアが毛糸のパンツを編み、それを洗って使いまわしているのが現状だ。


 リベルトは元気な泣き声を上げている。

 毎日のように表情が変わり、どちらに似ているのかまだ分からない。

 エイジはその小さな手を見た。

 指先の大きさはエイジの爪ほどしかないというのに、その精密さはどうだろうか。

 エイジがこれまで作った何よりも細やかに出来ている。

 これがありとあらゆる赤子に備わっているというのだから、その作りの見事さに神を感じても、エイジには不思議と思えなかった。


「エイジさんに似て利発そうな顔ですね」

「いやあ、タニアさんに似てますよ。このまま整った顔に育てば、将来は女泣かせになるんじゃないですか」

「あら。エイジさんの浮気性が似ちゃうのかしら」

「私はそんなことしませんよ」


 苦笑を返すと、タニアが分かっていますよ、と目で笑った。

 領主に楯突くつもりで直談判までしたのに、愛情を疑われたらたまらない。


「それじゃあ行ってきます」

「準備ですね。気を付けて」

「おいしい食事と……みやげ話もごちそうしましょう」

「ああ……行きたかった」


 最後まで恨めしそうに見送られ、エイジは笑って施薬院を後にした。

 祭りが終わったらまたすぐに戻ってこよう。そう思いながら。




 祭壇前の広場では、多くの人が集まって準備をしていた。

 祭壇近くの草を刈り場所を確保する人や、松明の設置をする人、酒や皿といった食事の準備をする人など、している仕事は様々だ。

 その中でもひときわ大きな集団は、女衆による肉の解体作業だろう。


 木に大きなイノシシが吊されていて、手に刃物を持った女たちが丁寧に皮をはいでいく。

 冬の近づいたイノシシは、森のドングリを食べてよく肥え太っている。

 皮のすぐ下にはたっぷりと脂があるから、出来るだけ丁寧に切り落とす必要があった。


 エイジは去年と同じく、女衆の元へと向かう。

 今年も牛とイノシシを調理して、ハンバーグを作るつもりだった。

 とはいえ、ミンチ肉を作るというのはなかなかに重労働だ。

 人数が多いから切り刻む人が交代するとはいえ、村の人数分となると二百人を超える。

 エイジは去年の作業を見て、肉屋の道具、ミートチョッパーの必要性を感じていた。


「今年は良い道具があるんですよ。ぜひ使ってください」

「これはなんだい?」

「ミートチョッパーと言って、ミンチを作る道具ですね」

「ふーん? また変わったものを作ったもんだねえ」

「あはは、使ってもらえたら便利さは理解いただけますよ」


 ジェーンの歯に衣着せない言葉には苦笑するしかない。

 屋外ではあるが、効率的に調理するため調理台が用意されていた。

 ミートチョッパーをその机に置くと、分解された肉を入れる。

 蓋をしてキュルキュルとハンドルを回すと、ところてんが押し出されるようにして、ミンチ肉が出てくる。

 おおっ、とどよめきが走った。

 道具の凄さを分かってくれて、少し嬉しい。

 たぶん今どや顔になっているんだろうな。気を付けなくては。


「なんだいなんだい、良い物あるじゃないか」

「そうでしょう。昨年は大変そうでしたからね。これを使ってください」

「去年からあれば言うことなかったんだけどね。ありがとうよ。どうだい、特別に脳味噌食わせてやろうか?」

「え、ええ?」

「なんだい、苦手かい? 美味しいんだよ?」

「いえ、食べたことがなくって」

「なら一度は試してみな」


 パカッと頭蓋骨を開くと、スプーンを突き刺してイノシシの脳味噌を差し出された。

 色は黄、血と脳漿の臭いは独特な生臭さがある。

 スプーンがほんのわずかに揺れる度、脳がプルプルヌルヌルとしていて揺れ動き、見た目はとてもグロデスクだ。

 こ、これを食べるのか……?

 怖じ気づくエイジに、ジェーンは呆れの表情だ。


「ほら、男は度胸だよ。なんだい、こんな情けない男だったとは思わなかったよ。タニアが聞いたら幻滅するだろうねえ」

「うぐっ……ええいっ!」


 タニアに嫌われる。その一言が勢いになった。

 口の中に無理やり突っ込み、エイジは戦慄する。

 吐き出すわけにもいかず、しばらく目を閉じ、衝撃が過ぎ去るのをまっていると、とろっとした濃厚な味が舌に広がった。

 おそるおそる嚥下すると、美味しさだけが残る。


「お、美味しい?」

「だろう。さっき絞めたばっかりだから新鮮だしね。私たちみたいな辺境に住む人間は好き嫌いなんてしてられないんだからね。獣を捕ったらそのすべてをいただくのさ。よし、特別に肝も食べさせてやろう」


 ジェーンが腹から取り出した非常に大きな内臓をスライスすると、それを串に刺して直火に当てる。

 塩をぱらぱらと振ると、そのまま串を手渡された。

 こちらはまだ焼き鳥などで肝を食べたことがあるだけに、まだ衝撃は少なかった。それに生でなかったのも大きい。

 食べてみるとトロリととろけるような柔らかさと、バターのような濃い舌触りに、目を見開く。こ、これは美味しい!


 エイジが舌鼓を打っている間にも、女たちの料理は進んでいる。

 日本人が鯨を無駄なく使用するように、ヨーロッパの女たちは捕らえた獣を本当に無駄なく調理する。

 毛皮は革に、骨は櫛といった道具に、膀胱は水筒代わりになったりするし、血はソーセージに使われたりと、一頭の獣を卸した後、無駄が何一つ出てこないのは驚嘆すべきことだとエイジは思った。


「こっちは去年と同じようにやるから。あんたも楽にして良いよ」

「じゃあお言葉に甘えます」


 ジェーンに休むように言われて、エイジはその場を離れた。

 ほとんど道具を渡しただけで、何もしていない。

 それどころか料理をごちそうになって、こんなことで良いのだろうか、と思いながら、手の空いている男の姿を探した。

三ヶ月更新されていませんって、出てちょっと焦ってました。

色々と忙しくて、申し訳ないです。

今後は週一は更新したいと思います。

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