世界の騒乱
[Jan-26.Thu/18:30]
あらゆる意味で準備よし。
気合い入れて頑張ってみたナチュラルメイクはオブジイヤー(今年度最高)だし、服も私が持ってる限りで一番気に入っている組み合わせ。
私はマンションのオートロックを抜け、ふとガラスに映る自分の姿を眺めてみる。家でも八回は見直したが、それでもどこかミスっていたらという不安から安心しきれない部分もあるのだ。
いつもは膝まで届くぐらいの髪を下ろしているが、今は簡単にサイドでアップした状態のままツインテールにしている。黒い髪にブルーのリボンはよく映えるし、何より知的に映る。服はパールピンクのブラウスの上にダークグレイのボレロ、下は白のハーフパンツに安全ピンを大量につけ、安全ピンから安全ピンへと細く長いブラックのサテンが続いていて白と黒がコントラストなストライプに見える。更に着ている黒地のコートは赤い斑点のデザインが施されてあり、血の様な印象を与える。
……よし。いつものクラシックな私と違って、なかなかパンクなイメージに仕上がっている。こうしたイメチェンは視覚的に慣れていない分、強い印象を与えやすい。メガネを外したら美人だった、というのもこれと同じ効果だ。
あの人が相手では一筋縄ではいかないだろうが、こういう機会でアピールしていかなければ絶対に振り向いてもらえない気がする。……いや、もしかしたらどっちもどっちかも知れないが。鈍感王だし。
私はポシェットからケータイを取り出し、スミレに電話をかける。スリーコールもしない内に彼女が出た。
『はいよもしもし?』
「あぁ、スミレですか?これからそちらに向かいます」
『うぃ〜ッス。待ってるッスよ〜』
「わざわざ口調を変えなくてよろしい」
用件だけを告げ、私は通話を切る。ガラスでもう一度だけ自分の姿を確認し、納得し、今度こそ私はマンションを後にした。
スミレの家……というか聖骸槍のメンバーの住まうマンションは、あの私立公園を間に挟んでいるので、そこを経由すれば最短距離で行けるのだ。
[Jan-26.Thu/18:30]
コートの内側から取火方と呼ばれる、火薬や鉄粉を納めた竹筒を取り出し、取っ手の部分に取り付けた紐を勢いよく引く。すると先端に装着した着火石が火花を散らせ、バヂバヂと高熱の火炎が吹き出す。それを極彩色に向かって投げつける。
瞬間、爆破。
凄まじい火焔と高熱の鉄粉が辺り一面に広がり、極彩色に命中した。今回は戦闘用に改良した、手榴弾の様な効果を持った取火方を使用したが、本来は手持ち花火を人に向ける様にして敵を威嚇する忍具であり、これが火遁の術と呼ばれる技法だ。
だが、取火方は極彩色の影を吹き飛ばしただけに終わった。チッ、と思わず舌打ちする。
(……埒があかねぇなコリャ)
人狼化した灰色銀狼は極彩色が召喚した魔物を受け流し、時には分身体を盾にして攻撃をかわす。一方で、極彩色は常に影から影へと移動する術式と幻影を繰っている為に、反撃の一手は空回りする。これではどちらかの魔力が尽きるまでは永久ループにしかならないし、双方共倒れ(ダブルノックアウト)なんて笑えない事態がチラチラと見えてくる。
そんなのは御免だ、と灰色銀狼は思いつつも、解決策が思い浮かばない。
せめて、あと一手。どちらかの体勢が崩れるのであればそれが自分でも構わない。何らかの形で拮抗し膠着した状態が乱れれば、勝機はある。
腕一本ぐらいを失う事を覚悟しながら、灰色銀狼が狙うのは、極彩色が持つ唯一の武装、樫の杖。『今の』彼女の攻撃・防御の要は間違いなくそれだ。
どうにかして樫の杖を破壊出来れば、と考える反面、破壊して仕舞ったら、という考えも付属する。
極彩色は未だ本気を出していない。極彩色の異名を持つその力は、彼女が腰に巻いている、袖につけるアタッチメントなのだから。
まるで着物の袖の様に広々とした、つければ膝をさらに下回る長さの袖。人一人をすっぽり包み込めるだろうそれこそが極彩色の所以。
(……せめて、本体の懐に潜り込めたら!)
灰色銀狼はたった一撃を当てられたら、極彩色を撃破出来るすべがあるし、何より自信がある。しかし逆説、たった一撃を当てる事の出来ない現状で倒せるとは思えない。
せめて、何らかの形で『今』が崩れれば。
物語はあっと言う間に終結に向かうだろうに――。
[Jan-26.Thu/18:35]
(……どうして、この戦いは『今』なんでしょうか)
私は木陰から、銀髪の人狼と銀髪の魔術師の戦いを覗きながら、ため息を吐いた。
明日以降ならいい。どうしてよりにもよって、今日なのか。これから、友人達との一時を過ごすというのに、この展開はあんまりだ。
(……私は、どうすればいい?)
空を見上げる。満ちゆく月が浮かび上がって見える。
(……貴方だったら、どうしますか、神殺槍)
果たして、簡単に手に入る平和を取るか、それとも友人の命を助ける為に戦うか。
『彼』がどうするかを考えて……やめた。
(……そんなの、決まってますね)
例え力の差があったとしても、『彼』ならば絶対に立ち塞がるだろう。そういう人間だからこそ、姉も私も惹かれたのだ。
(……私の『槍』を取りに行く暇はなさそうですし……この場は致し方ない)
念の為に、普段からアレは持ち歩いているし、何より私にはルーン魔術と自動術式がある。
ならば、それで充分だ。
「……TWCSAM(万物は停止する)」
私はポケットに入れていたルーンカードを取り出し、言葉を続ける。
「AECWABAAS(肉体も魂も例外なく)」
カードを紙吹雪の様に空高くバラ撒き、
「F(凍結しろ)」
私は、紡ぐ。
「MN, "TWBWIC"(我が名は潰える世界)」
[Jan-26.Thu/18:40]
私は氷剣を二人の間めがけて投げ飛ばす。二人が動きを止めてこちらを振り向いた時には既に私は極彩色の懐に潜り込んでいた。
「まったく……私の至福を返せチクショウ!」
我ながら発狂寸前の様なあぶない叫びだと思いながら、氷剣を逆袈裟に振るう。斬、と斬られた影は、粘液じみた塊を地面に落とし、浸透していく。
「チッ、はずれか」
私が斬り捨てたのは、どうやら幻影だった様だ。幻影にも魔術を使わせる何て、今更ながら反則すぎるだろうと私は嘆息吐く。
「お、前……バカ!」
と、何故か銀髪になっていたり瞳孔が金になっていたりしている時雨沢が、開口一番に放った言葉はそれだった。
「何しに来てんだお前はこのバカ!これは俺と極彩色の勝負なんだぞドバカ!邪魔してんじゃねぇぞさっさと消えろバカ!」
「ば、貴方、バカって四回も言いましたね!?バカって言う方がバカなんですよこのバカ!」
「ガキみたいな事言ってんな!大体、これは俺の問題であってお前は関係ないだろ!?」
「ハッ、昨日の時点で死んでたかも知れない貴方を助けたのはどこの誰ですか!?相手が魔術師である以上、魔術師が鎮圧するのはごく自然の流れです!」
「それが余計なお世話だっつってんだよ!」
「大切な人を守ろうとして何が悪いんですか!?」
「……え?」
途端、時雨沢は叫ぶのを止め、口をパクパクと動かすだけだ。何故か頬が朱らんでいる。
「(……え、もしかしてこれって吊り橋効果の告白みたいなもんか?いや、というか今まで俺はずっとその気だったからオーケイなんだが、やっぱこんな不意打ちってのはどうにも――)」
「私の日常の一部である大切な友人をみすみす殺す程、私は人間として終わっていませんよ」
「あぁどうせそんなオチだろうよチキショウ!」
「は?」
よく分からない事を呟いていたかと思うと、よく分からない内に叫びだして髪をガリガリ掻き毟りだした。本格的に意味不明なのだが、まぁあまり考えない事にする。
(さて、昨日と同じ私だと思ったら大間違いですよ、極彩色。貴女がどこに逃げようと、今の私から逃げる事は不可能です)
潰える世界(TWBWIC)。前後左右上下、隙間なくあらゆる外敵を破壊し破砕し破綻させる、私の最高の術式。回避も防御も不能、私が守るべき者を守る為だけに創り出した力。
(カード使用枚数は一七二枚。数こそ大した事はありませんが、半径一二メートルを囲むカードに触れたり、私が魔力のスイッチを入れれば起動)
ズルリ、と。ズルズルと。私と時雨沢の間に生える様に、極彩色が現れる。
「……貴女の大好きな、神様へのお祈りは済みましたか?」
「其は汝のすべき事なり。ルーンの使い手よ、汝も宗派こそ違えど神の信仰者だろう?」
「……生憎、とある事情により私は神を信じていないんですよ。むしろ、殺したいくらい恨んでいる」
私は振り向き様に、カードを一枚取り出す。
「でも……それは神殺槍(あの人)の役目なんですけどね」
ニタリと不気味に嗤う極彩色は、同時に樫の杖を私に向けてきた。時雨沢は今にも飛びかからんばかりに身構えているが、私が何かしようとしているのに気付いたのか、動こうとはしない。
一触即発。この宵闇の空間には、まさにその言葉がふさわしい。
「一つ訊ねたい事があります」
「何ぞ?」
「この公園に、空間切断の術式を施していますか?私は魔術の探索などが苦手ですので、どうなのか分からないのですよ」
「案ずるな。しかと施したらん」
「それを聞いて安心しました」
「……汝の企みは知らざれど、余には通用せんぞ?」
「それもご安心を」
手に持つカードに魔力を与える。それは地脈を伝い一七二枚のカードを発動させる発動キーである。
術式・潰える世界(TWBWIC)。
それは回避も防御も不可能な、ただ私の大切な者を守る為だけに編み出した私の最高の術式。効果範囲外には何の効果もないが、効果範囲内であればあらゆる外敵を葬る、文字通り必殺の一撃。
そして、極彩色はこの陣に立っている。それだけで充分だ。
「祈りなさい」
[Jan-26.Thu/18:50]
世界は凍る。
極彩色は、目の前に佇む少女に向けて樫の杖で円を描く。
(氷のルーン使い……半径一二メートルに張り巡らせたカード……色彩は氷を表す『紫』……意味は『流れをせき止め、しかし凍結の渦を生み出す』術式と判断。ならば、)
この場に喚び出すのに最適な使い魔は、
「サラマンダー!」
円から飛び出したのは、体長二メートルはあろう、火炎を放つ程に灼熱した鱗を持つ、赤いトカゲ。灰色銀狼はギョッと目を見開き、氷使いは険しい表情でトカゲを睨み付けた。
「サラマンダーだと!?錬金の最高位聖霊まで喚び出せるのかよ!」
樫の杖の色彩は『赤』。この杖を使って喚び出せる限界だ。流石に、下層地獄に眠る煉獄帝王を喚ぶ事は出来ないが、火蜥蜴程度ならば楽に出せる。
「囲う氷の力を、汝の力を以て討ち滅ぼせ!」
極彩色が叫ぶと同時に、サラマンダーは周囲一面に炎を吐き散らした。
[Jan-26.Thu/18:51]
「時雨沢!」
私はサラマンダーの一撃を横っ飛びに避けながら、叫ぶ。まさか最高位聖霊であるサラマンダーまで喚べるとは思わなかったし、何より時雨沢の立ち位置が不味い。
「おらきた」
ヒュン、と刹那も時間を開けずに、時雨沢が私の背後に現れた。私の腰を掴んでいる辺りが何となくムカッとくるが、今は気にしてられる場合じゃない。
「中央より三時の方向に一〇メートル!」
「ラジャ!」
横っ飛びに飛んだまま空中に浮かぶ私達に向かって、サラマンダーが灼熱の火炎を吐くが、それより早く時雨沢が縮地法で移動した。私が指定した通り、中央より北東に一〇メートル地点。
「安全地帯を創ります!『氷城の城壁』!」
カードを四枚、四方を取り囲む様に展開し、魔力を注ぐ。サラマンダーが私達に火炎を吐くと同時に、四角錐の氷の壁が生まれ、炎を弾く。
と、同時に。
世界が歪み、潰れ始めた。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
凄まじい音を立て、一七二本の氷の槍が極彩色めがけて貫かんと伸びる。
「バカッ、もしかしてこれが奥の手なのか!?この程度じゃまた逃げられるだけだぞ!!」
「黙って見てろボケ!」
四方八方から迫る槍を見て、極彩色はニヤリと嗤い、
「余の『空間開通』に、死角などなし」
言うが早いか、槍が貫く寸前に地面に穴が開く様に影が円形に広がり、極彩色はそこに沈む。槍は虚しく空を切るだけだった。
それを見て、私は、
嗤う。
潰える世界(TWBWIC)は、回避も防御も不可能な完全攻撃型の魔術陣型だ。そこに穴など存在しない。
(極彩色。……まさか、『無数の槍が貫くだけ』だと、本気で思ってる訳ではありませんよね?)
だとすれば、私の勝ちだ。
氷の槍は粉雪の如く砕け散り、その破片が地面に降り積もる。その最端に、極彩色の姿があった。
「……なんだ、これは?」
サラマンダーの姿はない。氷の槍は『貫く』為の物ではなく、『触れた物を凍結させる』為の物。恐らく、槍と同じく砕け散ったのだろう。
そして何より、この円形魔法陣は、結界だ。
「……私の大切な者を守る為だけの、結界。理解しましたか?」
バギン、と私と時雨沢を囲っていた四角錐の盾が砕ける中、私は粉雪を踏みしめて走る。
粉雪は、極彩色の足下に絡みつく様に固まり、身動きを封じている。つまり彼女は動けない。
影から影へ移動する術式・空間開通も使わない。否、使えない。私の潰える世界(TWBWIC)にいる限り、あらゆる移動術は通用しない。
逃げ場はなく、回避も防御も不能にする、完全攻撃型術式。それはつまり、『身動き出来ない状況で私になぶり殺しにされる』事を指す。
「……然るに、理解はした。が、この程度で極彩色の二つ名を崩せる筈もなし!」
私と極彩色の距離はたった一五メートル。その中間地点から、炎が噴き出した。
「なっ!?」
「炎が司りしは、最盛と破壊。炎により生まれし蜥蜴は、何度でも再生せしめん」
轟、と炎が粉雪を溶かしたかと思うと、目の前には体長二メートルの火蜥蜴が姿を現していた。いや、この場合は『復活した』と形容する方が適切か。
どちらにせよ、状況が覆った。
――と。極彩色はそう思っているのだろう。
「……潰える世界(TWBWIC)を逆に潰しやがったのは見事ですが、『たったそれだけで私に勝ったと思う』なんて、貴女は生粋の愚鈍ですね」
「……何?」
「貴方もそうは思いませんか、時雨沢?」
私はカードを五枚使用し、氷剣を生み出し、サラマンダーに斬りかかる。しかし刃は炎の鱗に弾かれ、金属質な高音を奏でて動きを止めた。
「あぁ。全くだな」
キュン、と一瞬で極彩色の背後に現れた時雨沢は、粉雪に足を着けずに空中で拳を振り挙げる。
「俺らの目的を見抜けなかった時点で、このラウンドは俺らの勝ちってこった」
そのまま、拳は、
極彩色の持つ樫の杖を殴り付け、
勢いに任せて極彩色ごと吹き飛ばした。




