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世界の隙間

[Jan-26.Thu/18:00]


放課後、クラス委員長としての用事を済ませた私は一人帰路についていた。ヒルベルドは午後の授業に出ていなかったし(サボって帰ったと推測)、セイカは私達以外の者とは決して話すらしないから一人で、時雨沢は部活が休みという事で友人と帰った。昨夜にあんな事があったばかりだと言うのに、彼には警戒心というものがないのだろうか?

この時間ならば、カナタさんも高校にはいないだろう。スミレや夕朔(ユーサク)は逆方向の駅だし、友達が少ない方である私は一人で帰るしかない。

夜。街灯に照らされて浮かび上がる自身の影を見て思い出すのは、極彩色(ランダムカラー)

彼女は今、どこで何をしているのか。教会の意向、と言うだけで本気で人を殺そうとしていた。嫌悪感など欠片も抱かずに。

(……あれ?)

ふとした疑問。自分の中の何かが引っかかる。それが何なのかは分からないが、少なくともキーワードは極彩色(ランダムカラー)

疑問が生まれたのに、一体それが何なのか。自分の記憶を探る。たった今思い浮かべた思考を心で反芻するが、答えは出ない。

果たして、私は何を思い、

何に対して引っかかりを感じた?

思考の渦に呑み込まれる様な、奇妙な感覚。

(……極彩色(ランダムカラー)、行方、教会の意向、人の抹殺、嫌悪感。ここに何の因果関係が存在する?)

私が思考を張り巡らせていると、不意にスカートのポケットに入れていたケータイから、着うたが流れた。それにより、私は思考を中断した。

何故なら、この着うたはカナタさんのケータイに登録した特別なものなのだから。

「は、はい!」

上擦る声を自分で自覚しながら、私は通話ボタンを押して受話部分を耳に当てた。

『おいッスー』

聞こえてきたのは、カナタさんの声ではなくスミレの声だった。

「……は?」

『ミサトちゃん暇ぁ?今からうちに来ない?鍋でも食べてみんなで親睦会しようよ』

「……どうして貴女がカナタさんのケータイからかけてくるんですか、スミレ」

『そりゃあ隣にカナタいるもん。私のケータイからかけたらお金もったいないし』

『だったらメールしろよテメェ!何のための定額だよゴルァ!』

『無駄やろ、カナタ。相手は何たってスミレなんやから。この突発企画に有無を言わさんとこが流石っちゅーかなぁ……』

『うっさいテメェら黙ってろ!あたしが電話してんだろ!』

『『……イェッサー』』

ケータイの向こうが騒がしい。私は少し耳を遠ざけて話を聞いていた。どうやらスミレの家にはカナタさんやユーサクもいるらしい。

『来ない?』

「行きます」

正直、時雨沢の様子が少し気にはなったが、まぁ彼はあれでも強い。警戒はしているだろうし、如何に相手が極彩色(ランダムカラー)であろうと、逃げる事にかけては忍者の右に出る者もいないだろうし、何より、昨夜の彼はまだ本気を出していなかった。それは極彩色(ランダムカラー)にも言える事だろうが。

という口実を一瞬で考えた私は、スミレに二つ返事でオーケイを出した。

「では、鍋に必要な物を言っていただければ、そちらに向かう途中で買っていきますが?」

『そこは抜かりナッシング。もう用意してるわよ。カナタの金で』

『……オーケイ。今宵のカナタさんはちょっくらバイオレンスですよ?』

カナタさんの言葉を機に、ギャアギャアという喧噪と共に何かを殴る音が聞こえてきた。

『あ〜、お電話代わりましたっと。まぁそないな訳やから、手ぶらで構へんで。今ぁ鍋の出汁とっとる段階やから、急ぐ必要もあらへんし。用意したんはカナタやけど』

「……お疲れ様です苦労人、と労ってあげて下さい」

『了解。ほなな』

通話は途絶えた。最後まで慌ただしかったが、私はいつの間にか笑っていた自分に気が付いた。

(……全く、私も時雨沢やヒルベルドの事は言えませんね)

現金なのは、どうやら私も同じらしい。









[Jan-26.Thu/18:05]


「勝利のVサイン!」

「ろ、ロープロープロープ!」

うつ伏せた状態で床を叩くカナタの足を、殆ど真横に曲げて踵をねじ曲げるスミレ。アウトサイド・ニーホールドというプロレス技は上から見れば内角の広いVに見えない事もない。

身長一四〇半ばの少女に関節技(サブミッション)を極められている身長一六〇半ばの少年、というのはなかなかシュールな光景だと思う。

「これこれあまりカナタをいじめるな」

何故か浦島太郎風な語りで喧嘩を仲裁するユーサク。今日はこのくらいで勘弁してやる、と捨て台詞を吐き捨てて手を離すスミレ。

「……カナタ、死んでへんやろな?」

「ヘッ、このくらいで死ぬようなタマじゃねぇよ」

ビッ、と鼻先を親指で拭いながら、少年マンガ的な事を言うスミレはどこか男らしい。ちなみにカナタはピクリとも動かない。

ユーサクはとりあえずカナタに哀悼し、鍋の前に座り直す。スミレもそれに続く。だがカナタはピクリとも動かない。

「……で、何を目的として鍋なんてやろ思たんや?」

「ん〜。カナタの心情が知りたい、って言うのが一番の理由かな」

「心情?」

「そ。ミサトちゃんに向いているのか、または別に向けているのか、ってね。親睦会ってのも一つの理由なんだけど」

「……親睦会て、そないついでみたいにやるもんでもあらへんやろ」

眉間を押さえながら呻く。勿論、この自然な表情さえも彼の演技に過ぎない訳だが。

「ま、あたしは恋する乙女の背中を押したいだけだし。あの子達がどうするのか、カナタがどうするのかなんて知らないし」

「……あの子、『達』?」

この野郎、他にもフラグ立ててやがるのか、と言った目でユーサクは床に転がるカナタを見つめる。

しかしカナタはピクリとも動かなかった。










[Jan-26.Thu/18:15]


宵闇――辺り一面が影で埋め尽くされた世界は、世界十指に入る魔術師・極彩色(ランダムカラー)支配域(テリトリー)だ。

それは彼も分かっているが、しかしそれでも彼は宵闇の公園に佇む。既に学校から帰宅し私服に着替え、更に彼に馴染みのある装備も調えている。

曰く、その少年の名は灰色銀狼(シルバーアッシュ)人狼(ヴィアヴォルフ)と呼ばれる魔物であると同時に、甲賀の下忍でもある少年だ。

精神統一の為の瞑想。周囲に気を配りながらも、彼は呼吸を整える。

とは言っても、忍者というのは常に気取られない性質故に、生理現象をある程度抑える事が出来る存在だ。呼吸法もその例外ではなく、彼は一分間に四回しか呼吸をしない。日常でもそれを行っている。

(……アイツにバレたのは、この体質が原因かもな)

心拍数、脈拍数、呼吸数が常人に比べてデタラメな数値を出している為に、一般社会に溶け込めているとは言いにくい。風邪を引いたって病院にいけやしないし、薬の投与量も常識レベルで考えられずに絶妙でなくてはならないのだ。

だからと言って、彼は誰も恨んでいない。人狼に産んだ母親も、忍者として育てた父親も。

体細胞の腑活速度が異常に早い人狼は、どんな大怪我を負ったところで瞬く間に癒す事が出来る反面、短命である。その寿命は四〇年前後と言われている。

だからこそ、腑活能力の高い人狼と、特殊な呼吸法を用いて心拍数を下げる忍者というのは相性がよい。父と母が出会ったのは偶然だったが、それ故にそこに運命を感じてならない。

ザリ、と。不意に聞こえる足音に時雨沢は目を開く。

前方二〇メートル程度の場所に、人影が一つ。

褐色肌の女の身長は一七〇半ばと高く、髪は白銀で短いウルフカット。膝まである長い裾のローブは漆黒で、左胸には白い十字架の刺繍。十字架の下の部分が異様に長く、裾の端にまで届いている。両肩には金属性のパッドを縫いつけてある。

「……待ってたよ。ここで待ちゃ会えると思ってた」

「良し良し。なかなかに殊勝な心構えよ」

フン、と鼻を鳴らす魔術師然とした女。

曰く、極彩色(ランダムカラー)

「……して、彼のルーン使いは何処(いずこ)ぞ?姿も魔力(マナ)も見えぬが?」

「あぁ。アイツはいねぇよ。ここにゃ、俺一人だ」

「……何?」

「……情けないながらも、昨日は偶然通りかかったアイツに助けられる形になっちまったけどな、……これは元々、俺らの喧嘩だろう?それに、昨日のはあくまでただの不意打ち。……今日はハナっから全力でいかせてもらうぜ?」

肌が粟立つ。血が騒ぐ。ビキビキと、犬歯が伸びて下唇を浅く裂く。しかし血が流れるより早く傷口は消え、時雨沢の双眸が妖しく照る。

瞳の色を、茶から金に変えていく。

「……今日は、満月……じゃねぇなアリャ。上弦より満ちた、一二日月ってトコか。残念だ。満月だったら、俺も本気を出せたんだがな」

ザワ、と染められた鮮やかな赤髪が、見る見る内に銀に変わっていく。金の双眸を輝かせ、伸びた犬歯を一舐めし、時雨沢――灰色銀狼(シルバーアッシュ)極彩色(ランダムカラー)を睨み付ける。

「……人狼なる種族の変態を見るのは(うい)なるが、完全に狼になりしではなしに?」

「ハッ。当ったり前だろ。人狼ったって半分は人間なんだし、狼になる筈がねぇだろ。そういう意味じゃ、あの有名な話は嘘って事になるけどな。一つだけ共通点はある訳だが」

「……共通点?」

あぁ、と頷きながら、灰色銀狼(シルバーアッシュ)は苦無を何処からともなく取り出す。

「共通点は、……人狼は、満月に魅せられるって事だな」

言うと同時に、灰色銀狼(シルバーアッシュ)極彩色(ランダムカラー)に向かって一気に跳躍した。










人狼という魔物は、そもそも神話や伝承では語り継がれていない、こう言って仕舞っては何だが、空想の生き物に過ぎない。

満月を見ると狼になる。それはそもそも、人狼病と呼ばれる麻薬症状がその発端である。

人狼伝説はフランスを中心とするヨーロッパ諸国が発祥の地である。それは16〜17世紀にかけて書かれた『巫覡論ふげきろん』などの書物の中に記されている。

その中の一つに、一五七四年フランス東部、フランシュ・コンテ地方の山の中で、ある少女が食い殺されているのが発見されたという事件がある。その記録によれば、事件後、野人のように汚い姿をしたジル・ガルニエという男が捕らえられ、人狼裁判が行なわれたという。そして裁判の結果、数度に渡り狼男の姿で4人の幼児を殺害して食べたという罪で、生きたまま火炙りの刑にされたというのである。しかも一説によると、この様にして処刑された人狼は数百人を越すとも言われている。

このように中世ヨーロッパに存在したといわれる狼男や人狼裁判に関して、フランスの歴史研究家であるミシェル・ムルジュ氏は、子供を殺した狼を探していた時に偶然発見された流れ者を狼男だと誤認した、狂気によって、自分が狼男だと思い込んでしまう人間がいた、自分を狼男と吹聴して農民を脅かし利益を得ようとした者が裁判にかけられたなどの可能性があると指摘した。

この時代の主食はライ麦で作るパン。そして、イネ科の植物がかかりやすい病気の一つに『麦角病』というものが存在し、これは本来の麦が持たない『麦角アルカロイド』という神経薬物(アルカロイド)を含んでいる。

この麦角菌が体内に入ると、身体の末端部分の壊疽や極度のしびれ、精神錯乱、記憶の欠如、そして幻覚を体験するといった中毒症状を起こす事が分かっている。つまり、このフランスの田舎町で起こった事件は、麦角菌に侵されたライ麦を使用して作られたパンを、ジルが知らずに食べて麦角中毒に陥り、腹痛や幻覚症状を引き起こしたものだったのである。

古くからヨーロッパの農村地帯では、自然に強いライ麦の栽培が行われおり、農村地帯の人々は、このライ麦から作られたパンを主食にしていたという。これらの事から、中世ヨーロッパ諸国で数百人もの人達が人狼として裁かれたり、自分は人狼だと証言した裏には、麦角中毒による症状から人狼になった幻覚を見ていた可能性や、精神錯乱に陥った姿を農民達に狼男として見られた可能性が考えられるのである。

また、狼男を告発した農民達の一部も、麦角菌による幻覚症状から、流れ者などが狼男に見えた可能性も否定できない。

人狼と呼ばれる存在は、言って仕舞えばただの麻薬中毒者という事になる。

だが、魔術の世界には錬成丹と呼ばれる薬物がある。これは魔術を扱えない者を一時的にリミッターを外す事で、魔力を練る事を可能にさせる錬金術の成果の一つである。

魔女狩りも末期の時代。麦角中毒者が錬成丹を飲む事で、潜在能力を、丁度魔術師の一族に生まれがちな異能を持った存在を、無理に作り出す事に成功した魔術師がいる。

エマムエル・スウェーデンボリ。霊界と物質界を繋げる術式を完成させた偉大な魔術師である。他にも、錬金術を通じて科学に没頭した事でも知られている。

人狼病の者に、あらゆる種類の錬成丹を投与し続けた、狂気の魔術師とも言える。

彼の嬉しい誤算は、彼の研究により真性・人狼が誕生した事である。

狼にこそ変態しないものの、遺伝子レベルで人狼を生み出した彼は、人狼に子供を産ませる事でその種族を増やしていった。

世界に数多く存在する人狼種は、吸血鬼や鬼、人魚等の伝統と血統ある聖魔と比べると歴史は浅く、まさに科学の賜物であると言えよう。









[Jan-26.Thu/18:20]


「ヒュッ!」

灰色銀狼(シルバーアッシュ)は三方手裏剣という命中率の高い手裏剣を、綺麗なサイドスローで放つ。映画などで『手を擦り合わせて放つ投法』はお馴染みだが、実は忍者の手裏剣術にそれは存在しない。手裏剣とはそもそも、いつ如何なる状況であっても放てる暗器であり、両手を使って投げるというのはそれだけ隙が生まれるという事に繋がる。

一直線に極彩色(ランダムカラー)めがけて飛来する三方手裏剣だが、極彩色(ランダムカラー)は呼び出したアッフ・ユーシカ(水棲馬と呼ばれる、アイルランドの獰猛な魔物)を盾にして防御。ほんの数瞬でアッフ・ユーシカは絶命した。

「チィ……、なかなかッ!」

「遅ぇんだよ!」

即座に極彩色(ランダムカラー)の側面に回り込んだ灰色銀狼(シルバーアッシュ)が、顔面めがけて掌底を放つ。バジュン、と極彩色(ランダムカラー)の頭部が弾けると同時に、その身体が液体の様にこぼれてそのまま地面に浸透した。

「クソッ、また影か!」

「だから、言った。余は召喚の師だと。あらゆるモノを生み出しし化身なり」

ユラリと、一〇メートルの間合いを開けて地面から生える様に出現した極彩色(ランダムカラー)が、手にした樫の(オークロッド)で空中に円を描く。

「Daoine Sidhe(ディネ・シー)!」

ビギビギと円を内側から広げる音が響き、その向こうから何かとてつもなく巨大な腕が伸びた。ズルズルと隙間から頭と片腕を覗かせたのは、巨人族だ。

ディネ・シー。かつてはケルトの世界で『神級の巨人(トゥアハ・デー・ダナン)』の一族と呼ばれた存在だ。また、堕天使であるという説もある。

が、そんな強大な存在に怯む事なく、灰色銀狼(シルバーアッシュ)はディネ・シーをかいくぐり、何もない中空に光の輪が見えるという奇妙な円形に手を翳し、

「甲賀五三家望月流、封魔式方陣破壊」

バヂン、と家庭のブレーカーが落ちる様な音が響くと同時に、空中の円がディネ・シーもろとも消え去った。灰色銀狼(シルバーアッシュ)は向き直ると同時に指を組んで印を結び、

「影分身の術」

影分身と呼ばれる、実体を伴った分身体を九体作り出した。

「……ハッ!一体いつまでその樫の(オークロッド)で耐えるつもりだ?」

「汝なぞ、是一振りで充分」

「……絶対に、本気出させてやる」

ニヤリ、と灰色銀狼(シルバーアッシュ)は尖った犬歯を剥き出しに笑う。

「其が叶う事を祈らん」

極彩色(ランダムカラー)も同じく、ニヤリと笑って見せた。

人狼化という切り札の一つを見せた灰色銀狼(シルバーアッシュ)に対し、極彩色(ランダムカラー)はまだ奥の手を残している。

互いに互角、アドバンテージはなし――。

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