世界の進言
[Jan-25.Wed/17:05]
「……どォ思うよ?」
「どうもこうもないでしょうね。焔斧槍は魔術師だった。……これは揺るぎない事実です」
ミサトとタクミが去った公園にて、二人の男女は戦闘の傷跡が目立つ散歩道を眺めつつ、嘆息吐いた。
「お前、この事ォ知ッてたか?」
「知ってたはずもないでしょう。……まさか、情報部はこんな事まで隠していたとは。確かに《聖骸槍》の存在は規格外ですが……」
「ッつゥかよォ。こンな事、情報部の奴らも知らねェンじャねェのか?規格外にも程があるッつゥ話だよ」
「……灰色銀狼や極彩色との接触も、雪針槍の予定調和の一つ……だったのでしょうか?」
黒いボブカットの少女は苦々しい顔で吐き捨てるが、ワックスでガチガチに逆立てて固めた白髪の少年は、地面に突き刺さった氷柱を蹴り砕きながら否定した。
「漆黒真祖や殺戮狩人の件は予定調和の一つだッたかも知れねェけど、多分、そッから後の事ァ違うだろォよ」
例えば、雷双槍が行灯陰陽や白鬼夜行に関わった事件。あれは追う側に意図的に回り、そして勝利した。それからは友人として今もなお交流がある。
例えば、紋知槍が水陸歌姫や魔眼使子と接触した事件。巻き込まれただけの騒ぎだったが、結果的には水陸歌姫は紋知槍の管轄に置く事に成功し、また魔眼使子は先の行灯陰陽や雷双槍と関係を結び始めた。
そして今回、焔斧槍は灰色銀狼や極彩色と言った者達と接触した。人狼の中でも最高位に位置する『銀』の称号を持つ者と、世界十指に入ると言われている最強クラスの魔術師と。
一二月二二日に起きた、吸血鬼事件。それを境に、たった一月の間にこれだけの魔術師絡みの事件が起こっているのだ。しかも、そのことごとくが《聖骸槍》の管轄下に置かれている。紋知槍の件まででも六人もだ。
本来、彼らが知らされていた予定調和にはこんな話はなかった。恐らく、彼らの上司である雪針槍も予期していないイレギュラーな事件だったのだろう。
しかし、彼はこのイレギュラーを、無理矢理にも予定調和に組み込んだのだ。一から一〇〇までの手順が存在し、そこに誤差が発生したにも拘わらず、その誤差すらも手順に変えて仕舞う様な、それは滅茶苦茶な計画だった。
どこか一文でもミスがあればプログラムは作動しないと言うのに、雪針槍は予定調和を修正するどころか利用さえしている。
「……或いは、《神ノ粛正ヲ下ス使徒》に対抗する力を得ようとしているのか」
「……さァ、どォだろォなァ。もしも今回の件も予定調和に組み込んで、上手く行きァ一二人。……丁度、《神ノ粛正ヲ下ス使徒》と同じ数になるしよォ」
そう。
四年前に都心部爆破テロを起こした子供だけの集団、《神ノ粛正ヲ下ス使徒》の『当時』の数は一二である。
そしてそれに対抗するキーワードはただ一つ。
神殺槍。
何故かは知らないが、この二人が所属する部隊《海銛槍》の上司である雪針槍は、この神殺槍をひどく買っていた。理由を尋ねたところではぐらかされるだけだが。
「……かつて聖人すら殺した、伝承最強の槍か」
「……ンで、今じャ家にカインの末裔ォ匿ッてる、と。……なンだこりャ。まるで神話のォ再現じャねェか」
アダムとイヴが第一の人類である場合、第七の人類である鍛冶師トバルカインの伝承。ロンギヌスの槍は、元はカインの末裔を守護する為に創られた武器であり、カインの末裔を悪とした聖人を殺した槍。一三目の弟子により銀貨三〇枚で売られた聖人の末路である。
「何ォ企んでやがンだァあの野郎ォ」
「さぁ。私には興味はありません。……私の目的は、幼なじみを救う事だけです」
「……ま、それにァ同ォ感だ。俺も別に、奴が何ォ企ンでンのかァ興味ァねェ。俺もォ妹の安全が守れりァそれでイイ」
「行きましょう真闇槍。私達の今の任務は焔斧槍の追跡です」
「……そォだなァ、雹月槍」
[Jan-25.Wed/17:20]
近場のスーパーに立ち寄った私は、買い物カゴを時雨沢に渡し、肉類の食材を物色する。なるべく高価な食材を選び抜き、それを次々にカゴに放り込む。
「……おい。何で俺が荷物持ちなんだ?」
「嫌だと言うのなら無理にとは言いませんどうぞお帰り下さいさようなら」
「謹んで持たせて頂きます」
ポイポイと乱雑に買い物カゴに食材が詰め込まれていくのを見ていた時雨沢だが、耐えられなくなったのか私を見据える。
「で、だ。……いい加減、話してくれ。どうしてお前が魔術師なのかを」
「ロシア十字教にいたからに決まってるじゃないですか。言いましたよね?痴呆ですか?」
「……どうしてロシア十字教に?」
「本当なら対魔術師で有名なイギリス十字教がよかったのですが、手軽に魔術を使うにはルーン文字を学ぶ事が一番楽でしたから」
「……本気で言ってんのか?」
「……力が欲しかったから、というのが直接的な理由ですね。どんな相手とでも対等に戦える力が欲しかった。
イギリス十字教は対魔術師、ローマ十字教は対吸血鬼の特色が強いですし。十字教というのはそれぞれ地域により、戦ってきた相手が違います。
しかしロシア十字教は、全てに於いて中立である。神の召すままに対等に受け入れ、対等に戦ってきた。敢えて言うならば……そうですね……対類人猿、と言ったところでしょうか。
元々、生まれつき魔術特性を持っていた私は、それでも何者にも負けない力が欲しかった。だから、何かに卓越し何かに欠落した力はいらない。ロシア十字教に入りましたし、ちゃんと聖書の原典も読みましたし、洗礼の儀も受けました。……これは説明になりませんか?」
早口にまくし立てたが、私はふと口を噤んだ。あまりいい思い出のない過去の詮索に、少し苛立っていたのかも知れない。私らしくもない。反省点だ。
時雨沢は何かを言おうと一歩前に踏み出たが、やめた。買い物カゴの中に視線を落としたままだ。よく分からないが、何かしらのカルチャーショックを受けているのかも知れない。
「母方の家系は魔術に縁のある血統でした。詳しくは知りませんが、少なくとも、私の様に異能の力を持って生まれた人も少なくはないとかという話です」
曰く、私の持つ異能・自動術式もその一つ。たかが身体能力を高めるだけの力であり、魔術師としてはあまり役に立たない性質だが……それも使い方次第であるのも事実。実際、先程は聖霊騎士の鎧を打ち砕いたし、その気になればコンクリートすらも拳一つで砕く事が出来るだろう。
あらゆる物理攻撃に長けた、生まれついた性質。あとはこれで魔術を覚えれば完璧だった。だから覚えた。
「……どうして力を欲したんだ?」
「それを貴方が知る必要はありません」
拒否。ただでさえ思い出したくない事を善意で話したのだ。それ以上を語る必要はどこにもありはしない。
肉、卵、野菜などの必要最低限の食材をカゴに入れた私は、食後のデザートも忘れずに入れてレジへ向かう。時雨沢は納得したのかしていないのか、渋面を作ったまま私についてきた。
店員がバーコードをリードしていく中、私は時雨沢に向き直る。
「割り勘ですよ」
「……えっ」
[Jan-25.Wed/19:30]
家にたどり着いた私は鍵を開け、あらゆる意味で『外部』の時雨沢を招き入れた。特に見られて困る物は常日頃から仕舞ってあるし、部屋の中に干した下着とかある訳でもないから待たせる必要もない。
「お邪魔しまーッス」
「邪魔するなら帰って下さい」
「……新喜劇か」
「冗句です」
ローファを脱ぎながら、私は時雨沢から荷物を預かる。時雨沢は恐縮した様子もなく、まるで親友の家に来た様な軽い感じであがってきた。
「ところで、お前って一人暮らしなのか?」
「いえ……正確には二人暮らしですが、今は一人です」
「そうなのか」
こちらの事情に気付いたのか、時雨沢は深くは聞いてこない。そう言えば彼は父子家庭らしいし、もしかしたら私と似た境遇なのかも知れない。
「……晩飯、作るの手伝おうか?」
「客人はゆっくりしてて下さい。ここまでご苦労様でした。というか貴方、料理なんて出来るんですか?」
「男の二人暮らしを嘗めんなよ。家事の大体は俺がやってるよ。基本的に親父は家に寄り付かねぇから実質一人みてぇなもんだしな」
「むさ苦しそうですね」
「よく言われる」
ダイニングのソファに腰掛けた時雨沢はケラケラと笑いながらテレビを付けた。
家主の了解なしにくつろがれるのは何となくムカつくが、まぁいい。私は冷蔵庫に今日買ってきた食材を詰め込み、中から別の食材を取り出す。
今日買った食材?使う筈がない。だってもったいないし。折角いつもの半額で買ったんだし、重宝させて頂きます。
さてここで桜井 ミサトの簡単な感嘆クッキングを行います。(BGM:あの音楽)
1・まず、昨夜の残り物のカラ揚げを用意します(なければ冷凍食品を回答)。大きければ一口サイズに切り、最初から一口サイズならそのままで。
2・あらかじめタマネギをスライスしておきます。
3・だし汁に醤油やみりんをフィーリングで足します。
4・タマネギをフライパンにぶち込み、飴色になるまで炒めます。
5・1と3を同時にぶち込んで箸でかき混ぜ、しばらく中火で放置します。
6・沸騰し始めたらとき卵をいれ、再びかき混ぜ、蓋をして火を止め、しばらく蒸らします。
7・丼のご飯の上に6を乗せて出来上がり♪食物繊維はキャベツの千切りでも食べてろ。
「という訳でお待たせしました」
「ちょっと待て!さっき買った食材ってキャベツだけじゃん!」
「古い物から食べていかないと傷むじゃないですか」
「返せ!半分使った俺の金返せ!」
「貰った物は返せませ〜ん」
「小学生かテメェ!」
ぐぎゃあ!と時雨沢はしばらく叫び散らして止まらなかった。
訂正。
「……いいから。黙って食べなさい」
「……はい」
やっぱりうるさかったので止めた。
テレビを点け、しばらく無言で食べていた私達だったが、不意に時雨沢が口を開く。
「……聞かないのか?」
「何をです?」
「俺の事」
「『そちら』の世界からは足を洗いましたし、何より興味ありませんから。話したいのならご自由にどうぞ」
聞きたくないと言えば嘘になるが、少なくとも自分から聞く気にはなれない。私自身は聖魔ではないのでどんな気持ちで今まで生きてきたのだとかは分からないが、人には話したくない事だってある。実際、私も話したくない箇所はぼかした。彼もそこは分かっているのだろう。
「……俺は、母親が人狼なんだよ」
ポツリ、と。まるで一雫の雨が落ちる様に、語りだした。
「親父はそれを分かって結婚したみたいで。母さんを受け入れた。
知ってるか?人狼ってのは、世界に存在する聖魔の中で一番多い種族なんだ。理由は、聖魔である事が隠しやすいから。子供を産む際、親のどちらかが人狼であれば必ず人狼が生まれる。血統なんかに関係なくな。
……で、母さんは四年前に死んだ。殺された。人狼は怪我をした際、細胞分裂が常人の数倍の速度で行われる。だから怪我をしてもすぐに治るし、だからこそ染色体の減りが早く短命でもある。そんな俺らでも、死ぬ時は死ぬ。母さんは死んだ」
支離滅裂に語る時雨沢は、どこか泣きそうな子供の様に見えた。
「……それで父親は忍者の家系、と?」
「あぁ。甲賀群中惣五三家の一つ、三雲家の人間だ。親父は婿養子なんだよ。
ちなみに、甲賀はよく『こうが』と読まれがちだが正しくは『こうか』と読む。まぁどっちでもいいんだけどな」
「プライドのない人ですね」
「うっさい。あと一つだけ。あの公園でも言ったが、忍者の遁術ってのは逃げる為の道具であって戦う為の技術じゃない。ここを履き違えてる奴が多いから念の為。忍者マンガでお馴染みの忍法ってのは大抵がデタラメだからな」
やはり何か嫌な思い出でもあるのか、時雨沢は渋面のままキリキリと歯を食いしばっている。五方位遁術(うろ覚え)については彼には禁句なのかも知れない。表面では気にしないそぶりを見せながら、これでからかうネタが増えたと内心ほくそ笑む。
「……ま、お互い大変な様ですね」
「……だな」
肉親を失ったり、命を狙われたり。今になっても後になっても嫌な思い出でしかない。
「まったく、とんだか弱い少女時代ですよ」
「……お前のどこにもか弱いという言葉が似合わないのは何でだろうな」
「錯覚ですよ」
「……まぁ、別にいいんだけどな」
しかし、と一〇分もかからずに丼を食べ終えた時雨沢は、箸を起きながら呟く。
「何だってお前は、こんな一人暮らしの男が食う様な料理を作ったんだ?パスタとかリゾットとか、もっと洒落たモンを作るイメージがあったんだが……」
「……さぁ。何ででしょうね」
そういう事は神に聞け。……神って誰だ。