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世界の見解

[Jan-25.Wed/17:20]


ズバン!と、まるでサンドバッグを殴る様な鋭い音が、ゲームの電子音に混ざって響く。

ビコビコとモニターが光り、《パッパパーン》と音が鳴る。そこには【158kg!スッゲェ!】と映し出されていた。

「ま、こんなもんかな」

フフンと得意げに笑うカナタさん。パンチングマシンに背を向けながら、悠々とグローブを外している。気付けば、辺りにはちょっとした人だかりが出来ていた。

「ハァ……時津さんって、見掛けによらずアレなんですね」

「……何か前にも聞いた様なセリフだが、とりあえず待て。アレって何だ」

カナタさんはジト目で癸を睨み付けながら、ゲームきょう体に繋がったグローブを癸に渡す。

――喫茶店で一服し終えた私達は、近場のゲームセンターに立ち寄っていた。そして今、私達はパンチングマシンでパンチ力の測定をしている。

「素人がいきなりやると、手首を痛めて危険ですよ?」

念の為に、私は癸に忠告しておく。しかし癸は「平気です。それに私は素人ではありません」と答えるだけだ。

空手か何かやっているのだろうか……いや、身体の大きさだけで判断するのもおかしな話だし、そう言えば歩き方が格闘家のそれっぽかった気がするし……。

私がそうこう思考を巡らせていると、癸がサンドバッグの前に立ち、右手を腰だめに構え、左手を軽く前に突き出した。空手の型だ。

(……いや、正拳突きにしては構えが少し変だ。普通はもっと腰を沈める筈だし、何より前のめりすぎる)

亜流か、我流か。どちらにせよ、あの構えでは真っ直ぐに拳が放てない。声をかけて止めようとした瞬間、

癸の小柄な身体が、『ブレ』た。

全身で体当たりをする様に前方移動しながら、右の拳をサンドバッグに当てた瞬間、グンと身体を前に倒して破壊力を出す。隙だらけで実戦向けの殴り方ではないが、なるほど、確かに体重をかけるだけならば効果的だと思う。

《ズパァン!》

一際大きな音が響き、サンドバッグが揺れる。驚愕に顔を歪ませるカナタさんをそっちのけに、癸は険しい顔でモニターに目をやった。私もそれに続く。

周囲の視線がモニターに集中する中、弾き出された数字は……【135kg!やったね!】。紙一重でカナタさんは男の意地を守り抜いた。

ちなみに今は男性測定モードなので、これが女性測定モードであればまたコメントが変わっていたかも知れない。

尚、余談だが、一般成人男性の平均値は125〜140kgなので、癸の拳は女の子にしてはそれだけ『重い』という事だ。こういう言い方をしては男女差別と思われるかも知れないが、成人男性と同じ破壊力の拳を持つというのも女性アピールとしてはどうかと思う。

「さ、どうぞ」

いい汗かいたと言わんばかりに額を拭いながら、癸が私にグローブを渡してきた。ちなみに汗は一雫も見当たらない。

「……」

私はカナタさんをチラリと見た。目が合った瞬間、カナタさんは癸に気付かれない様に首を小さくブルブルと横に振るう。

目は口ほどに物を言うもので、言いたい事が手に取る様に分かる。大方『本気を出すな、軽くいけ』とでも言っているのだろう。

言われるまでもなく、私は軽く殴る事にした。グローブを右手にはめると同時に、モニターに【GO!PUNCH!!】の文字が出た。

チラリとカナタさん、癸、ギャラリーを横目で見る。ハードパンチャーな中高生の集団という事で、次から次へと人が集まっている。ここで私が本気を出す訳にはいかない。

拳を腰に当て、アッパーとフックの中間(ボクシングではスマッシュというKO率の高い技)ぐらいに固定し、腰の回転だけで拳を振るった。……つもりだったが、少し力が入ったのか、《ズドンッ!》というもの凄く鈍い音が響いた。

瞬間、

ベコォ、とスローモーションでサンドバッグがくの字に折れ曲がり、ガコンと揺れる。私の拳の跡が、表面張力で直らない。愕然とする癸&ギャラリー、呆然とするカナタさん、唖然とする私。

ビコビコビコビコ……モニターの周りの電飾が光り、《パッパパー》とファンファーレが鳴り、弾かれた文字は……【260kg!神クラス!】。心底から嬉しくない。

「出るぞ」

カナタさんの行動は驚く程早かった。カナタさんは私と癸の手を掴み、全速力でゲーセンから逃げた。

未だギャラリーが凍り付いている今がチャンスなのは間違いなく、私は素直にそれに従う。









[Jan-25.Wed/17:50]


三人はかれこれ、三〇分は全力で走り回った。

「って、うおい!ちょっと待て!マジか!?何か時間の進み方がおかしいって!何で三〇分もノンストップで走ってんだよ!」

通学路に使っている私立公園までなら五分も走ればつくのだが、追走してくるギャラリーを撒く為に街中を駆け回っていたら、気付けばそんなに走っていたのだ。

ちなみにこの私立公園、最近ではちょっとした噂になっている。

証言としては『何故か中に入れない』や『夜な夜な、人の悲鳴や破壊音が聞こえる』といった、オカルト染みた話が多い。

しかし否定する材料も少なく(実際、ある一部分の雑木林が無断で伐採されているし、街灯が切られたりしている。林の木に意味不明の銃痕やボーガンの矢が刺さっているし、最近ではこの辺に生息しない狐の毛が発見されたりしている)、最近では街中の学校のオカルト研究部が連合を組んで原因究明に当たっているのだとか。

……といった内容を世間話として二人に聞かせたら、何とも曖昧な笑みを浮かべて「へー、そーなんだー」と感情のこもらない言い方で返してきやがった。また私一人だけが置き去りにされた様で、ムカつく。

「ま、それはいいとして、だ」

今までベンチに座っていたカナタさんがゆらりと立ち上がり、私にフラフラと近付く。そのまま、ガシッと私の肩に両手を置いてきた。

「カナ、タ、さん……」

思わず困惑する私を余所に、カナタさんはアクションを起こした。

左腕をするりと私の首に回し脇で固定し、そのまま仰け反る事で極める。ヘッドロックの構え。

「お・ま・え・はぁ!もう少し手加減というものを覚えんかぁ!」

「痛いです、カナタさん」

本当はぜんぜん痛くないが、とりあえずそう言っておく。カナタさんが女性相手に手加減しているのも当然あるだろうが、この程度なら楽に外せるという余裕もある。

「でも私は、なるべく力を加減しましたよ?」

「あれは一般では加減と呼べません!テメェいっぺん日本語の勉強してこいや!」

そうは言われても……直立したまま、型は雑だし力はそんなに込めていない。まさかあれだけで260kgという数値が出るとは思っていなかった。

(……ちょっと、)

「……お前、今、何か変な事考えなかったか?」

「いえとんと」

「嘘付け!お前『ちょっと本気で殴ってみたいかも』とか思っただろ絶対!」

何故バレてる?

ギチギチと更にヘッドロックに力がこもる。流石に頭蓋を歪めんばかりの超技(画面下のスペシャルゲージ二本使用)は勘弁なので、私はカナタさんの腕を掴んで引き剥がした。

「あ、あのー……」

と、今まで一部始終を傍観していた癸が、申し訳なさげに挙手。一部始終。そう、すなわち、私が反撃としてカナタさんの足を掴み、ドラゴンスクリューで地面に倒した後にスコーピオンデスロックをかけていた時。

「何でしょうか?」

悶絶するカナタさんの代行として私が訊ねた。

「そろそろ帰って夕飯の支度をしなくてはいけないのですが……」

「おや。もうそんな時間ですか?……カナタさん。伸びてないで早く帰りましょうよ」

「……待て。伸びてるのは僕の精神じゃなくて股関節だ。そしてお前は僕に何か言う事があるんじゃないのか?」

「ウチで夕飯食べていきますか?」

「違う!そんな優しさはいらない!そうじゃなくてまず何より僕に謝れっつってんだよチクショウめが!」

ズリズリと身体を引きずりながら、カナタさんはベンチに放ったままの鞄を取り、ベンチに這い上がった。足はピクリとも動いていない。

「それでは私はこちらですので」

私は二人に会釈し、カナタさんの家とは反対方向に歩きだした。特殊部隊《聖骸槍(ジャベリン)》に支給された住居は、この公園を中心に分かれているのだ。

その場にカナタさんと癸を置いていくのは少し気が引けたが……あの二人なら万が一すらなさそうなので別に構わないだろう。私はそう判断し、帰路についた。









[Jan-25.Wed/18:00]


右足をズリズリと引きずりながら、カナタはチドリの肩を借りて暗くなり始めた遊歩道を歩いていた。

「あんニャロ……ただで済むと思うなよ……。毎日家のドアに生きた蛙でも貼り付けてやろうか……」

地味に悪質な嫌がらせだな、とチドリは思う。

なので忠告しておく。

「今は冬なので、蛙は冬眠中ですよ。どうせならニワトリの血にしときましょう。道路に転がってる野良の犬猫の死骸とか」

「……何か、動物愛護協団に訴えられそうだな。というか、癸って意外とグロい事考えるんだな」

肩を貸して歩くというこの状況は、チドリからしてみれば何かと棚から牡丹餅ラッキーなのだが、聞かされる内容がこうもネガティブだとその気も失せる。というか引く。

(……何より、)

ネガティブな会話の内容というのもそうなのだが、やはり他の女の話題で盛り上がる、というのがやるせない。目の前の少年と、膝まである黒髪の少女の仲は悪いものだとばかり思っていたが、少なくとも自分よりあの少女の存在の方が大きいようだ。

「……時津さんは、あの娘を大切にしているのですね?」

しんみりとした調子でチドリは訊ねるが、

「はぁ?んな訳ないじゃん。アイツの事は信頼してるけど、ただの他人だよ」

意外な言葉が返ってきた。

「ですが……辛く当たっていられますが、その内容はあの娘を思っての事が多いような気が……」

「それは……」

口ごもる。やはりその自覚はあった様で、チドリは追及する。

「それは、どうして?」

「……あんま人に話す様な事じゃあ、ないんだがな……まぁ癸だし、いいか」

ズーリズーリと足を引きずる音『だけ』が響く夜の道を歩きながら、カナタはポツポツと語りだした。

「……今から五年前……ん?六年だっけか?まぁ、とにかく小五か六だった頃に、さ。友達と何人かで近所に遊びに行ったんだよ。建築途中のまま放置された鉄筋ビル。っつっても土台はちゃんとコンクリートで固められてたんだけどな。ホラ、今はそこをどっかの会社が買い取って『ライオット』ってデパートが建ってるだろ?あそこ。

……で、まぁ。そこは他の小学校の遊び場でもあった訳で、やっぱ鉢合わせになっちまった訳だな。三つ巴どころか四つ五つの六つ巴くらいになって大乱闘。女の子もいたのに、……今となっては反省するしかないな。

んで、僕はそん時は身体が弱くて病弱でさ、埃とかあんま舞う場所に行ったら喘息で息が出来なくなるんだよ。鉄筋ビルなんてやっぱり埃が凄くて、でも友達に仲間外れにされたくなかったから無理して行って、大乱闘で霧みたいに舞い散る埃にやられて、喘息が発病。本気で息が出来なくて、酸素欠乏症(チアノーゼ)で唇なんて紫で。

その場にいた小学生達が僕の存在に気付いて駆け寄ってきた時、もう僕の意識は朦朧としていた。指一本動かせない僕を見て、友達も知らない奴もワンワン泣いてて、でもどうしようもなかったんだよ。子供だし。

そんな時に冷静に対処をしてくれたのは何と、僕と同い年の女の子だった。僕の身体を支えて窓際までつれてって、頭を外に出したまま背中をさすってくれた。九死に一生を得た僕だったけど、結局病院に運ばれて一週間の入院生活。

その間、入れ替わり立ち替わりで友達や他の学校の小学生が見舞いに来てはくれたんだけど、やっぱ子供だから飽きちゃって、三日もすれば誰も来なくなった。

四日目、ようやく誰かが来てくれたと思ったら、命の恩人の女の子だった。それからその子と自己紹介を交わして、親しくなった。退院してからもちょくちょくみんなとも遊ぶようになって、……まぁ、陳腐な物言いになるんだけど、充実してた」

そこまで話し、カナタは遠い目をしたまま薄く笑う。辛辣そうな表情のまま、チドリが訊ねる。

「それが、……桜井さん?」

「んにゃ。言ったろ?同い年の子だって。ミサトは一個下だし、名字も名前も違う。ただ……」

カナタは言葉を続けようとして、下唇を噛んだ。二〜三回程深呼吸をし、スッと前を見据えて告げる。

その視線の先には、闇だけが映されていて、

その双眸は、闇の塊だった。

ゾクリ、と。チドリは背筋を震わせずにはいられない。

「ただ……ミサトは、似てるんだ。いや、性格も物の考えもまったくの真逆なのに、なんつーか……顔、声、仕草……そのどれもが、人間としての本質がミソラに精通している」

告げたカナタを見て、チドリは思う。

(これは……本当に、時津 カナタ?)

いつもの安穏とした少年と同じ姿をしていながら、全くの他人。疑わずにはいられない。

「苛々すんだよ……アイツを見ていると」

そう語るカナタに、しかしチドリはふと思いに耽る。

カナタの過去。そこにどんな思いがあるのか、そしてそれが今ではどんな想いに変わっているのかは分からないが、

(……でも、)

過去の要因と間接的な現状。そこに起因するのは、桜井ミサトと話の女の子との印象(イメージ)の違い。これでは、過去が原因として苛立っているのか、過去が結果として苛立っているのか判別はつかない。カナタはそれに気付いていないだろう、とチドリは思う。

もし、死にかけたという過去が結果として、カナタの胸に引っかかっているのだとすれば――、

(……私じゃ、あの子には敵わない、という事になりますね)

それは、とてもじゃないが、消化出来ない――。

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