世界の侵犯
【S&W M500】
全長:381mm
重量:2055g
口径:500S&Wマグナム
装弾数:6発
生産国:アメリカ
M500は、アメリカのS&W社が開発した五〇口径(0.500インチ)の弾薬を使用する大型ダブル・アクション・リボルバーだ。
当時、同社は既に大口径の44マグナム弾を撃てるM29で大きな成功を収めていたが、しかし更に上回る454カスール弾や480ルガー弾などが開発され、これらに対抗する為により口径の強い銃を開発した。それがM500である。
この銃はメイカーとしての存続を賭けて開発された、実用面がまるで皆無な銃とも言える。世界最強の威力を誇る500S&Wマグナム弾は実に440gr、威力は最強と謳われた五〇口径デザートイーグルの約三倍はあると言われている。
S&W社はM500を開発した事で、最強の銃を製造したというアピールに成功した。
[Jan-26.Thu/19:25]
「チィ」
あからさまに露骨に顔を歪め、極彩色が舌打ちする。私は左腕を垂らしたまま、ニヤリと笑う。
「どうしました?そんなもんですか、極彩色?世界十指の魔術師とやらは、この程度で降参するんですか?」
「……自惚れるな、焔斧槍。汝など余の足下にも及ばん」
再び、ズルリと地獄犬が袖から現れる。金の双眸に影の様な体毛の飼い犬は、少しトラウマになって仕舞いそうだ。左腕の事もあるし。
(……不味いですね。あれは自らの魔力を使う事なく、地脈を流れる魔力を行使して無尽蔵に生み出す。それこそ、下は魑魅魍魎から上は神様まで。……あまり挑発は意味がなさそうですね)
ゥルル、と地獄犬は呻き、今まさに飛びかかろうとしている。時雨沢なら素手でも必殺出来るだろうが、私では余程の運がないとそれも厳しい。
さて、この現状をどうしたものかと私が思案を始めると同時に、
変化は起こった。
パチン。パチパチ。パチチチチチチッ。
まるで、セーターが静電気を起こした様な、そんな奇妙な音が宵闇の空間に響く。私が何かをした訳ではないし、時雨沢も同じ。極彩色も特に何かをしている訳ではない。
ただ。
音の発信源は、極彩色が右腕の袖に装着した、三次方陣(3Dテクノラシート)からだった。
「……何?」
それは、異変だ。何の音もモーションも表さずに地獄犬を生産していた三次方陣(3Dテクノラシート)が、電気を帯びた様に青白い火花が散り始めた。私と時雨沢も充分に驚いているが、何よりも誰よりも驚いているのは彼女自身だ。
「……何だ、これは?」
パチン。パチパチ。パチチチチチチッ。
バチン。バチバチ。バチチチチチチッ。
青白い火花は急激に力強さを増していき、やがて宵闇を照らす誘蛾灯の様に目映く輝き始めた。
「……何だ、これは!」
叫ぶ極彩色。あまりにも異常で予期せぬ事態に、私も動けない。
おかしい。これは私の知る、極彩色の情報と一致しない。これが一体、どういう事態なのか、冷静に分析する様に心掛ける。
まず、極彩色の仕業ではない事。それは彼女の顔を見れば分かる事だ。
そこを踏まえて予期せぬ事態、と言えば、三次方陣(3Dテクノラシート)の暴走という線をまず考え、これを排除する。三次方陣(3Dテクノラシート)は地脈から魔力を吸い上げて半永久的に聖魔を喚び出し可動し続ける術式だ。暴走したからと言って、それは結局『召喚を止められない』だけだろう。今の状況に合わない。
ならば、考えられる事象と言えば……、
「……天使クラスの召喚の、前兆だとか?」
私の呟きに、時雨沢は眉を顰めた。
天使。その言葉は十字教徒でない者にとっては分かりづらいだろう。しかし、私は知っている。かつて、火の雨を降らせて二つの大型都市を、たった一夜で壊滅させた、その凄惨さを。
背徳都市と殺戮都市。そんな天使の召喚、それは今までの戦いとはスケールが違う。例えるなら、小学生の喧嘩に核ミサイルを持ち出す様なものだ。場違いにも程がある。
三次方陣(3Dテクノラシート)が反応しているのが天使であれ天使でなかれ、それに匹敵する力を持つ別の宗教の聖典クラスの聖魔だとしたら。時雨沢、たかが一介の人狼に過ぎない灰色銀狼を殺すのに、この街……いや、この島国ごと地上から吹き飛ぶかも知れない。
「お止めなさい、極彩色!今すぐ三次方陣(3Dテクノラシート)を止めなさい!多くの人が犠牲になりますよ!?」
「……」
私の声が聞こえなかった訳ではないだろう。しかし極彩色は褐色の肌でも分かる程に青冷め、三次方陣(3Dテクノラシート)を黙って見下ろしている。
「……止まらぬ」
「……何ですって?」
「止ま、らぬ、上に、これは――ッ!」
頬をひきつらせ、極彩色はガクリと膝をつく。目の前に佇んでいた地獄犬は、何かを感じたのか尻尾を巻いて伏せていた。動物的直感で、何かしらの危険を感知したのだろう。
「これは……地脈だけでなく、余の魔力も吸い取っている!?」
「なっ……だったらそれを取り外しなさい!そのまま吸われ続ければ魔力が枯渇して死にますよ!?」
私は急いで極彩色に駆け寄る。極彩色も何とかアタッチメントを外そうとするが、青白い火花が極彩色の手を弾く。
手を伸ばす。火花による衝撃を気合と根性で無視した私は、どう三次方陣(3Dテクノラシート)を外そうか一瞬逡巡し、もう服の袖ごと破こうと思ってそちらに軌道修正し、
ゴッ、という衝撃。三次方陣(3Dテクノラシート)が生き物の様に蠢き、私の腹を穿った。
「ぐぁ……!」
宙を舞い、地面に叩きつけられる。ここが地面剥き出しの散歩道でよかった、と場違いながらも思う。もし下がコンクリートだったら受け身が取れずに死んでいた。
だからと言って、楽観できるダメージではない。左腕の大怪我も再び開き、血の臭いが辺りに充満する。
視界の端で、三次方陣(3Dテクノラシート)の袖から覗く、『それ』を見た。
『それ』は、一言で形容するならばトカゲの口吻。ズルリズルリと少しずつ露わになっていく、一枚一枚が黒光りする鱗。
「あが、ぁああ……ぐぅっ、ぁ!」
魔力が枯渇していく極彩色。動ける怪我ではない私。となれば、もう頼りになるのはアイツしかいない。
「時雨沢!」
「分かってる!」
尻餅をついたまま動けなくなっていた時雨沢だが、今はすでに潰える世界(TWBWIC)の外側にいた。よくよく考えれば彼は影分身が作れるので、引っ張ってもらえばよかったのだ。より強力な力を以てすれば引っこ抜けるというのは、極彩色を殴った際に実証済みだ。さっさと気付けこのグズ!
「ったく、世話の焼ける!」
時雨沢は縮地法で素早く極彩色に駆け寄り、手を伸ばす。が、極彩色はその手を弾いた。
「……汝、の様、な、……汚れた、手、は、借り、ん」
「その心意気は立派だが、テメェの意志なんか知るか。俺はテメェを助ける」
時雨沢が手を伸ばす。三次方陣(3Dテクノラシート)に弾かれそうになる手を握り締め、どうにか耐えながら、少しずつ近付いていく。その度に皮膚が爆ぜ、鮮血が飛び散る。
「あぐ、づぁ!痛ェっつのチクショウめが!」
ギリギリギチギリと歯を食いしばりながら、時雨沢は更に手を伸ばす。
「……何故」
「ぁあ!?」
「……余は、汝の、敵ぞ?何、故に、余を、助、けようと、身を、犠牲にし、てまで……汝は動く?」
「……ったく、こんな事態に神妙な顔して聞くから、何かと思えばそんな事かよ!」
三次方陣(3Dテクノラシート)がかぶりを振る様に再び蠢き、時雨沢の腹部を穿つ。が、前もって予想していたのか、時雨沢はその場に踏み留まり、尚も手を伸ばす。
「……人狼だとか。異端審問官だとか。教会だとか敵だとか魔物だとか、そんな『下らねぇ理由』なんざ知った事じゃねぇ!」
時雨沢は、歯を食いしばって叫ぶ。
「目の前で死にかけの人間がいるのに、黙って見過ごせる訳があるか!それがついさっきまで俺を殺そうとしていた奴でも、アンタの好きな言葉を借りりゃ人は皆平等なんだろ!?だったらつべこべ言わずに黙って助けられてろ!」
「……ヴァチ、カン、聖寺院、の、……最高枢機卿、に。余は、異教、徒は、家、畜、同然……だ、と教わ、った。……平等で、ある、のは、旧教の、者、だけ……だと」
「……ローマ十字教って色々スゲェな。……まぁ人の宗教に口出しするつもりはねぇし。アンタが信じてんならそれでいい」
けどな、と時雨沢は続ける。
「そんなつまらない事が、俺がお前を見捨てる理由にはならねぇだろ!」
叫び、時雨沢の手が、三次方陣(3Dテクノラシート)に届いた。
そして、
そのまま、
一気に、彼女を束縛する三次方陣(3Dテクノラシート)とローブの袖を、一気に引き裂いた。
[Jan-26.Thu/19:35]
ズズン、と音を立てて地面に落ちる三次方陣(3Dテクノラシート)。時雨沢は極彩色を抱き抱え、次の瞬間には私のすぐ隣に移動していた。
「ふぅ……手が痛ェ」
「我慢しなさい」
会話の間も、私達は三次方陣(3Dテクノラシート)から視線を逸らさない。ズルズルと頭角を現すソイツは、文字通り頭に角があった。
すでに首まで出てきたその強大な存在に、私は全身の毛を逆立てた。
「……あ、」
あり得ない。あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない!こんなのが現実である筈がない!
「……オイオイ、何だぁアリャ?」
三次方陣(3Dテクノラシート)から姿を現したのは、簡略的に言うなら黒く大きな蜥蜴。
黒光りする鱗。爛々と輝く紫の眼孔。剥き出しの汚れた牙。頭から生え、後ろに流れた山羊の様な二本の角。
「あ、ぁあ、」
現実ではない。これは夢だ。……夢であれば、どんなに素晴らしい事か。
しかし噛み裂かれた腕は痛いし、打ちつけた全身は動かない。これを夢でないと証明してくれている。嬉しくない事に。
「あ、暗黒光輪ですって!?」
カパァ、と大きく裂ける様に口を開いた暗黒光輪は、目の前で怯えて伏せていた地獄犬を、頭から呑み込んだ。
その惨状を、黙って見守る私達。ボリベギバギボリと暗黒光輪が骨を噛み砕く音が、宵闇に轟く。聞いているだけで寒気がした。
暗黒光輪。アジは竜や蛇を意味し、ダハーカは名前。つまり『ダハーカという竜』である。
そう。暗黒光輪は竜だ。そしてRPG等でもお馴染みの通り、ドラゴンというのは得てして凄まじい力を持っている。
そして何より、
十字教に於いて『竜』というのは『天使』の隠語でもある。
この世の罪悪と災厄に塗り固められた、ゾロアスターの悪神、三頭三口六眼の暗黒光輪の召喚。
それはつまり、この島国どころか、下手すれば北半球が丸ごと滅ぶかも知れない事を指す。
噛み砕いた地獄犬を呑み込むその姿は厭に凶々しく、嫌悪の対象にするには充分すぎる存在感。
ギョロリ、と。濁り、淀み、くすんだ紫の眼孔が、全身を満遍なく打ち倒れ伏せる私、魔力が枯渇しかけ抱き抱えられている極彩色、唯一動く事が出来る時雨沢を見る。
事態は……絶望的どころではない。
極彩色の制御を失った漆黒の竜は、首だけで私達に迫ってきた。
[Jan-26.Thu/19:40]
暗黒光輪は千の魔術を使うという。
「ぐぁ!」
ブン、と首を振る暗黒光輪によって、私達は弾き飛ばされた。触れた訳ではないが、まるでジェラルミンの盾で押し潰される様に、硬質化した空間がぶつかった様な感覚だった。バリア……の様な物だろうか。
「うぐぅ……」
もう、全身が痛いから立ち上がれないなんて泣き言を言っていられる状況ではなくなった。暗黒光輪は今はまだ頭一つ、首だけが三次方陣(3Dテクノラシート)から生えた様な、中途半端に召喚された状態だ。現状、暗黒光輪が使っているのはこのバリアみたいな空間防護だけだし、恐らく全身が出ていないせいで本来の一〇〇分の一の力も発揮出来ないのだろう。
しかし、それでもこの力の差。天使の力を1%でも借りた霊装というのは、それだけで聖堂一個分の力を持つものだ。目の前の漆黒の竜は、その聖堂そのものと考えていい。
「……極彩色」
「……何ぞ?」
「今はあれを送り還す事が最優先事項です。でなければ、この街が壊滅するどころか、北半球の地形そのものが変わるかも知れません。送り還す為には、貴女の協力が必要です」
「……異界卸し(キャンセラー・シェム)、か」
苦い顔を浮かべ、極彩色は呟く。私や時雨沢の様な異教徒と協力する事に、並々甚大ならない抵抗を感じているのだろう。
だが、極彩色は頷く。仕方なさそうに、渋面を崩さないまま。
「罪なき民を戦乱に巻き込むのは余の主義に反す。今常は仕方なし」
しかし、と極彩色は呟きながら立ち上がる。私より頭半分背の高い彼女は、おぼつかない足取りだが、それでもどうにかと言った様相で前を見据える。
「異界卸し(キャンセラー・シェム)は、対象に触れざれければ良しなに堪えれん。あれを……空間防護をどうにかせねばならぬ現状、どうにも出来ん」
「あぁ。それなら大丈夫ですよ。何とか、奴の身体に直接タッチ出来る様に、命を懸けて活路を開いてみせます」
私は、右隣に佇む極彩色から視線を外し、左隣に佇む銀髪金眼の少年を見据えたまま肩を叩き、
「彼が」
「……えっ」