不整合な祝宴(アンマッチ・フェーズ)
(……最悪のキックオフだ。工期も予算も合意せぬまま、親会社の意向だけで無理やり判を突かされた現場の空気がこれだ)
広間の片隅、冷たい石床に平伏したまま、俺は現場監督としての冷徹な眼で、この「和解の宴」を現状評価していた。
鼻腔を突くのは、父スサノオたちが好む生肉の獣臭さと、強面の戦士たちの酸っぱい汗の匂いだ。
そこへ、アマテラスが纏うあの鋭利な沈丁花の香りが、出雲という土地が刻んできた土着のログを強制的に塗り潰す「環境最適化」として、暴力的に割り込んでくる。
二つの異なる仕様が、互いの存在を認めぬまま一つの空間に押し込められたことで生じる、吐き気を催すような不整合。 鼓膜を叩くのは、野卑な笑い声と、ヒムカの使者たちが奏でる澄み渡った、しかし血の通わない琴の音色だ。
(これは『和解』なんかじゃない。……
一方がもう一方の機能を食い潰すまで終わらない、敵対的合併の始まりだ)
俺の視線の先では、父スサノオがアマテラスの細い腰を強引に抱き寄せ、豪快に酒を煽っている。
スサノオの放つ覇気は、重機のアイドリング音のように周囲の空気を物理的に震わせているが、その腕の中にいるアマテラスの瞳は、一点の曇りもなく冷え切っていた。
彼女の視線は、父を「夫」として見ているのではない。
この出雲というレガシーな巨大組織の「脆弱性」を探り、内部からシステムを書き換えるための「監査」を行っているのだ。
「トシ」という俺のハードウェアは、この巨大な二つの意志の衝突に耐えきれず、ガタガタと震え続けていた。
後頭部の傷がドクドクと脈打ち、脳内には前世の「現場」の記憶が、修復不能なエラーログのように明滅する。
ヘルメットも、安全靴も、信頼できる職人たちもいない。
あるのは、父から「ゴミ」と掃き捨てられ、兄たちから泥を啜らされた屈辱という名の「致命的なバグ」を抱えた、無力な子供の体だけだ。
「……兄様。空気が、壊れていくわ。……時間が、歪み始めている」
俺の衣の裾を掴むミツの指先が、氷のように冷たい。
彼女の銀色の瞳には、月の運行を精密に計算する「ツクヨミ暦」が導き出す、回避不能なシステムクラッシュの予兆が映っているようだった。
宴の騒めきの裏側で、ヒムカの連中が持ち込んだ「洗練」という名のウイルスが、八雲山の古い地盤をじわじわと侵食していくのが分かった。
彼らの丁寧な物腰は、出雲の戦士たちの誇りを「旧弊なバグ」として処理し、着実に実行権限(ルート権限)を奪い取ろうとしている。
(……見てろ。このまま廃棄処分されてたまるか。今はバッファ(猶予)を稼ぐ。この理不尽な仕様を書き換えるための『設計図』を、俺は必ずビルドしてやる)
心の中の乾いた独白だけが、俺のシステムを再起動させる唯一のアンカー(錨)だった。
宴はやがて終わり、八雲山には不気味なほどの静寂が訪れた。
だが、その静寂は平和の訪れではない。
アマテラスが持ち込んだ「太陽」という名の新しい権限と、俺たちのルーツである月読族の「月の知恵」が、修復不能な乖離を広げながら加速していく予兆に過ぎない。
ここから、俺たちの時間は、狂った時計の針のように速度を上げた。
独自のカウントをするツクヨミ暦という名の、歪んだクロック周波数に流されるままに。
三十四歳の現場監督の魂を、脆弱なハードウェアに押し込んだまま、俺は泥を啜りながらも、大地の声を聴き続けた。
地盤の強度を測り、水の流れを読み、月読族が遺した石工の技術を脳内でデバッグし続けた。
――そして、あの「マージ」から、半年の歳月が、無慈悲に積み重なっていった。




