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棄てられた「現場」 ―― 負のレガシーの底で

「(……くそ、ひどい立ち眩みだ。意識の焦点が合わず、景色がざらついて見える。まるで低速なクロック周波数で無理やり駆動させられているボロい基盤のようだ)」


イズモの地を支配する風の色が、完全に日向族の「白」へと塗り替えられてから、二年の歳月に過ぎない。


十三歳になった俺が三十四歳の現場監督だった俺の理性と、常に激しいコンフリクト(衝突)を起こし続けていた。


「……兄様、またかゆの割振り、減らされたわ」


十歳になったミツが、寒さに震える手で空の器を抱えている。

かつて、俺の母方のルーツである月読族が高度な石工や金属加工の知恵を競わせ、輝かしい実績ログを積み上げてきた工房は、今やつたに覆われ、湿った土とカビの混じった重い匂いが漂う「負のレガシー」と化していた。


俺は、泥で汚れた袖で顔を拭った。

鏡代わりの水面に映る自分の姿は、飢えと寒さで頬が削げ、まるで「コストカット対象として放置された余剰資材」そのものだ。


泥が頬を伝う不快感が、この肉体が今、いかに「脆弱なハードウェア」であるかを無慈避に突きつけてくる。


(……クソッ。中身は数億のプロジェクトを回してきた現場監督だってのに、この低スペックな肉体じゃ、空腹という名のシステムエラー一つデバッグできやしない)


食事は一日に一度、水のような粥が供されるのみ。

前世の現場なら、即座に労働基準監督署が飛んでくるレベルの劣悪な環境負荷だ。 だが、俺の心だけは「シャットダウン」を拒んでいた。


「大丈夫だ、ミツ。……現場の状況は最悪だが、まだ『全損フルロス』したわけじゃない」


「でも……星が、不穏な影を落としているわ。イズモには、もう私たちのアクセス権(居場所)はないのね……」


ミツの指先は氷のように冷たい。

彼女の銀色の瞳には、ツクヨミ暦が導き出す「孤独な未来」のエラーログが映っているようだった。


管理すべき「神殿システム」を日向族に奪われた今、俺たちは単なるパージ(削除)を待つだけの「未処理データ」でしかなかった。


荒々しい足音が床を叩いた。

静寂というシステムを強引に書き換えるような、不快な物理層の干渉音――スサノオからの呼び出しのアラートだ。


向かったのは、八雲山の中心部。

かつての「和解の結婚」以来、この中枢にはアマテラスが纏っていたあの鋭利な「沈丁花じんちょうげ」の香りが、充満している。


それは、俺たちの泥臭い土着の仕様を「旧弊なバグ」として処理しようとする、日向族の意志そのものだ。

広間に居並ぶのは、武勇で鳴らした屈強な兄たち、出雲族の王子や将軍たちだ。 彼らは皆、豪華な衣を纏い、痩せ細った俺を一瞥して「調整不足のノイズ」のような嘲笑を浴びせてくる。


「トシよ。……お前に、イズモの東端、キビの統治を命じる」


高座に座る父スサノオの声は地響きのように重かったが、その背後には、かつての圧倒的なカリスマが剥落し、システムの劣化を感じさせる老いの影が漂っていた。

「キビ」の名が告げられた瞬間、広間は耳をつんざくような嘲笑のパルスに支配された。


「あそこは、長兄も、次兄も匙を投げた不毛の泥濘でいねいだぞ」

「武芸もできぬ出来損ないが、あの『鉄の鬼』どもを収められるはずもなし」


兄たちの罵声は、残酷なほど正確な「現状分析アセスメント」を突いていた。


キビ。


そこは出雲の支配地域でありながら、実態は「統治者の墓場」だ。

氾濫する泥水と、ひび割れた塩害の土壌。


兄たちは敵と戦う前に、その劣悪な「現場環境」に心を折られ、命からがら逃げ帰っていた。

さらに、そこには最強の豪族・温羅ウラ一族が君臨し、出雲の武力によるアクセスを拒絶し続けている。


「キビを治められぬのなら、貴様ら兄妹の飯は、今より完全に断つ」


傍らに控えるアマテラスの口元に、冷徹な勝利のログが刻まれた。

それは慈悲などではない。

体裁を整えた「パージ(生存権剥奪)」の宣告だ。


兄たちが失敗した巨大な欠陥現場を、出来損ないに処理させることで、法的かつ確実に俺たちをデリートしようという算段だった。

広間を出ると、ミツが俺の衣を強く掴み、声を震わせた。


「兄様……キビは、暗い水の底の匂いがするわ。でも、その先、さらに東の果てには……もっと禍々しくも巨大な『国』の影が……」


ミツの瞳には、死と覇道の予兆が映っていた。

右腕の古傷が、焼けるような激痛を伴って疼き出す。まるで、これから向かう「地獄」へのアラー

トを鳴らしているかのように。


だが、俺の胸の中では、現場監督の血が静かに再起動リブートを始めていた。 俺は、イズモの湿った土を力強く踏みしめる。


(……兄貴たちは『合戦』をしに行ったんだな。だから負けたんだ。大地を相手に剣を振るったところで、仕様変更はできない)


俺は心の中で、広大なキビの図面を、かつての現場責任者時代のように引き直していた。

氾濫する川は排水勾配を計算し直せば、巨大な水源リソースへと変わる。塩害の土壌は、月読族の技術で「洗浄デバッグ」できるはずだ。


(あそこは戦場じゃない。……ただの、『管理不備の巨大欠陥工事現場』だろ)


兄たちが投げ出した「不毛の現場」。そこに眠る設計上のミスを、俺の知恵と、ミツの暦学で「修復リフォーム」してやる。

武芸ができぬのなら、俺は「管理マネジメント」で勝つ。


「ミツ、泣くな。……現場キビへ行くぞ」


十三歳、現場監督、トシ。 飢えに震えるミツの手を握り直した。

てのひらから伝わる、トク、トクという小さな脈動。

それは設計図には書けない、泥を啜ってでも生きようとする**生命の「駆動音」**だっ

た。


俺はその不合理な温かさに安堵した。

自分自身が「仕様外の動作」をしていることに困惑しながらも。

今からいく道は惨めな敗北の道ではない。

列島という名の巨大システムを「本着工ビルド」するための、命懸けの「新規着工」であった。

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