テネラニ追悼展にて
「ところで、今は何をしているんだ?」
自身が抱えている案件だけ話し、助言を求めるのはシンザーの主義に反する。だから、デレインが取り組んでいる案件を聞いてみることにした。
「昨日までは黒猫を捜していた。その子は無事に見つかって、飼い主のもとに送り届けた。まあ、今日は休暇のようなもんだな」
デレインは白い歯をこぼした。
何でもやる隊は暇で暇でしょうがないと揶揄されることもあるが、ファブロス隊は特定の日が休みになることはない。そういう意味ではきつい仕事と言える。間違ってもナザリトは納得しないだろうが…。
「そうか…」
正直に言うと、地味な仕事だと思う。デレインがやる仕事なのか?疑問を抱いてもいる。それでもシンザーは決して口には出さなかった。
「ありがとな」
「仕事の話なら何も問題はない」
礼を言うシンザーに対してデレインは満足げに頷きながら言葉を返し、2人を見送ってくれた。
これって間違いなくいつもはそうじゃないってことだよね…きっとここでサボっているんだろうな。デレインのアパートを後にしたウィズモアは、そんなことを思いながら思わず笑みを浮かべそうになった。
シンザーと行動を共にするようになってからもうすぐ1ヶ月。これまで何度かチンピラの捕縛に同行し、その度に超人のようなシンザーの姿を見てきた。ウィズモアにとって、この一位武官は遠いところにいる存在のように思えていた。だから、人間っぽいところを見れて少し安心したと言うか…とにかくちょっとだけ嬉しくなっていた。
「どうした?何かいいことでもあったか?」
表情ひとつ変えていないつもりのウィズモアだったが、シンザーにはバレバレである。
「ん…何でもない。ことはないかな」
「何だよ。気になるじゃねえか」
今後のことを考えると、ウィズモアが何を考えているのか…それはシンザーにとって気になるものだ。
「シンザーって人間なんだな~と思って♪」
「お前は俺を何だと思っているんだ?」
朗らかに、とんでもないことを言い放ったウィズモアに、シンザーは苦笑しながら抗議した。
「凄腕の一位武官…かな」
「それは否定しない」
失礼なことを言った自覚はある。だから、ウィズモアは正直にどう思っているかを伝えた。もちろん、シンザーは否定しなかった。
「あのさ…あのデレインって人、軍の魔法戦士なんだよね?」
聞いてもいいことなのか…分からなかったので、ウィズモアは控え目に聞いてみた。
「そうだ。そういうことをするヤツがいると、何かと便利だからな」
「ふ~ん…」
当たり前だと言わんばかりのシンザーからは、色んな事情があるということが見て取れる。だから、ウィズモアもそれを受け入れることにした。
「それで…これからどうするの?」
ウィズモアには行きたい所がある。でも、シンザーに何らかの目的があり、そのために行かなければならない所があるのなら、当然そっちが優先だ。
「せっかくチケットがあることだし…これから見にいくか?」
「そうこないとね!」
ウィズモアが絵画鑑賞を趣味としていることは、シンザーも知っている。その嬉しそうな顔を見ると、チケットを買っておいて本当によかったと思う。
同じ趣味を持つ者同士、デレインとは上手くやっていけるかもしれないな…表情ひとつ変えずにシンザーは微笑んだ。もちろん、ウィズモアは気付かなかった。
テネラニ追悼展は、デレインの住んでいる地味なアパートの割と近くで開催されているようだ。なので、2人は歩いてそこに向かうことにした。
この辺りは特徴のないのが特徴と言わんばかりの街並みだが、アルコイリス城の近くということもあり、意外と立地は悪くない。いい所を見つけたもんだ…これにはシンザーも感心せざるを得ない。隣のウィズモアもウンウンと頷いている。
「見た目は意外と普通だな…」
追悼展の入り口には、テネラニの写実画が展示されていた。そこには30代ぐらいの冴えない男が描かれている。
「うん?どゆこと?」
シンザーの言っている意味がよく分からなくて、ウィズモアはその気持ちを聞いてみることにした。
「情熱の画家って言われてるぐらいだからよ…もうちょっとこう、グワーって感じのヤツなのかなって」
シンザーの言わんとしていることは分からなくはない。確かに見た目は普通だ。
「本人の見た目と才能は別物なんじゃないの?」
ウィズモアはクスクスと笑いながら指摘した。
「まあ…その通りだな」
シンザーは素直に非を認め、ウィズモアだけでなくテネラニの写実画にも軽く頭を下げた。
こんなどうでもいいやり取りをしているのは私達だけかもしれないな…それが周りの人の目にどのように映っているのかを考えると、ウィズモアは少し照れてしまう。
でも、芸術の分野では私の方に一日の長があるからね…シンザーにテネラニという画家の素晴らしさを教えてあげよう。ウィズモアはそう心に決めて画廊に入っていった。
椅子に座った女性。広い庭のある邸宅。テネラニは実に多種多様な絵を描いていたようだ。構図そのものはありきたりと言ってもいいかもしれない…でも、シンザーはそのどれからも何かを感じていた。
おそらくウィズモアもそうだろう…しっかりと鑑賞し、何かに納得したように頷いている。それだけではなくシンザーに懇切丁寧に説明してくれる。それはありがたいが、ちょっと煩いような気もする。でも、周りの人はその説明に聞き入っているようだ。ならば、このまま説明させるしかない。
「これは遺作となった寄り添うツバキよ。お互いがお互いを支え合うように咲く二輪のツバキの花…ねえ、シンザーはこの絵をどう思う?」
「そうだな…」
これまではややもすると一方的に説明するだけだったし、少しばかり別のことに気を取られていたので、感想を求められたシンザーはやや戸惑ってしまった。
「正直に言ってくれていいよ」
「そうか、じゃあ…特に情熱は感じないな」
シンザーがどんな感想を抱いたのか…それを楽しみにしているウィズモアに、シンザーは感じたことをそのまま口にした。この絵には特に何も感じない。
「あらあら…」
その感想は意外だったのか、ウィズモアは少し戸惑ったような声を上げた。
「わりいな」
だが、シンザーは本当に悪いとは思っていない。表情を見れば分かる…あの絵を見て感じたことは、ウィズモアも同じはずだ。
「ん…正直でいいと思うよ」
とは言え、微妙な空気になってしまったことは否定できない。こういう時は話題を反らすのが一番だ。
「でも、アレなんだろ…この絵を描き上げて間もなく愛人と心中したっていう」
寄り添うツバキ…この絵はその名に相応しいいわく付きの絵なのだ。
「そうなんだよね…この二輪のツバキはテネラニ・キリマベラジが自分自身と愛人の姿を花に託して表現したと言われているの。それじゃあ、次に行こっか」
ウィズモアもこの微妙な空気を払拭するために、長居しない方がいいと判断したようだ。
「テネラニ・キリマベラジの画風には少し前から心惹かれるようになったの。自由闊達な表現には象徴主義の影響が見てとれるのよ」
ここまでウィズモアはシンザーに詳しい解説をしながら、じっくりと絵を見てきた。その知識の豊富さにはシンザーも感心するばかりだ。
とは言え、そこまで絵画のことに興味がないシンザーにとって、このあまりにも詳しすぎる解説はちょっとしんどいものだ。これは新手の精神攻撃なのかもしれないな…そんなどうでもいいことを考えながら苦笑してしまう。
「でも、テネラニってね…」
残すところはあと1作品。その解説もほぼ終わった。こんなにじっくりと絵画鑑賞をしたのは初めてかもしれない。今日の巡回はこれで終わりでいいだろう…シンザーはそう思っていた。だが、そうは問屋が卸さなかった。




