話しそびれたこと
デレインはエルザスレーン城の近くにある邸宅の一つを訪ねていた。いつもなら『風のささやき亭』で何でも屋を装い、手頃な仕事をこなしているはずだ。だから、ここは場違いな気がする。
「お前も災難だったな」
デレインは苦笑しながら邸宅から出てきた男ピサロを労った。
殺人事件であっても、犯人が捕まり疑惑がなければ1ヶ月ほどで方が付く。その後は監獄送りだ。にも拘らず、ピサロは半年近くただただ拘束されていた。これは異例としか言いようがない。
「欲に目が眩んじまって…仕方がないっすね」
ピサロはケラケラと笑いながら馬車に乗り込んだ。
異例の長期拘束にも拘らず、ピサロは活力に溢れていた。それには訳がある。この半年間、ピサロはこの邸宅の一室に監禁されていた。その待遇は決して悪くなかった。むしろ最高だったと言っても過言ではない。
食事は文句なしに美味しかった。そして、ピサロの要望にはほとんど答えてくれた。例えばレガルディアで発行されている主要な新聞。これは毎日届けてくれた。それだけではない。自身の背景を調べたのだろう…数冊の本も届けてくれた。
やはりというべきか…旅行記が多かった。もっともそこには明らかな偏りがあった。アルカザーマ地方を扱ったものが最も多かったのだ。次いで中央平原諸国。レガルディア国内のものはまったくなかった。
そこにある意図は明白だ。今後、レガルディアに近付くな…それでもレガルディアに近付くのであれば、命はないと思え。身から出た錆とは言え、もったいないことをしたなと思う。まあ、仕方がない。
「これからどこへ行くんっすか?」
察しはつくが、確認はしておきたい。それは誰もが思うことだ。
「アインラスクだ。お前には追放の刑が科されている」
隠し事をする必要などない。だから、デレインは簡潔に答えてやった。
「そうっすか…」
それを聞いたピサロに、たいして驚きはなかった。そして、これがただの追放ではなく、永久追放だということも分かっていた。
「アインラスクはアルカザーマの様々な都市と繋がっている。希望があればある程度は応じることができるが…どうする?」
これは上からの指示。それをデレインは率直に伝えた。
「それならパルシファルがいいっすね。生まれ故郷なんで」
「そうか…」
ピサロの要望を受け、デレインはロングコートの内ポケットから1枚のチケットを取り出した。
「サクリファス経由でパルシファルに行けるチケットだ」
「や、ありがとっす」
こんな餞別を貰えるとは思ってもみなかったので、ピサロは破顔一笑してデレインに礼を言った。それまでは軽い口調とは裏腹に硬い表情だったが、これでいつもの調子を取り戻せそうだ。
「それから、これも受け取っておけ」
デレインはピサロに分厚い封筒を手渡した。
「こんなに…いいんっすか?」
ちらりと中を見たピサロは、思わず驚きの声を上げてしまう。
「お前が稼いだカネだろう。だから、気にすることはない」
デレインは何でもないことのように言った。
封筒には100万リガが入っている。ピサロが偽物の寄り添うツバキを切り裂き、受け取るはずだった報酬だ。本来なら没収されるところだが、上からの指示で返還されることになった。
「それじゃあ…受け取っておきます」
これは口止め料だ。ピサロはそう思うことにした。
必要なやり取りが終わると、それ以上は話すことがなくなってしまう。少なくともデレインはそうだった。だが、ピサロはそうではなかった。故郷のパルシファルのことを、嬉しそうに話し始めたのだ。
「パルシファルはいい街っすよ。家が傾いているのに不満を抱く人がいるけど、慣れてくるとどうってことはないっす。むしろ傾いているぐらいが丁度いいっすね」
それはデレインには到底理解できない感覚だ。だから、苦笑しながら頷くしかなかった。
「パルシファルにいた時は、フェストネ公園によく行ってたんです。あそこに行ったことはありますか?」
「一度だけだが…あるよ。秋だったから、コスモスが綺麗だったな」
まだ学生の頃の話だ。その頃を思い出し、デレインは懐かしい気分に浸っていた。
「あそこはいい所っすよね。季節に応じた数々の庭園があるんで、いつ行っても綺麗っす」
強い思い入れがあるようで、ピサロのフェストネ公園話は止まりそうにない。
ライラリッジからアインラスクへ向かうには、カルケーストを経由することになる。そこでは少しばかり休憩することになるが、その時もピサロの話は止まらない。デレインはブルーチーズと紅茶を楽しみながら、話を聞くことにした。
カルケーストを出発しても、話は止まらない。それでもアインラスクに到着すると、それも終わりだ。十分にお喋りした。ピサロは満足しているだろう…デレインはそう思っていたが、そうではなかった。
「話し足りないっすけど、仕方がないっすね」
ピサロが真顔でとんでもないことを言いやがったのだ。
「そうか…」
ピサロがここまで話し好きだとは思っていなかったので、これにはデレインも呆れるしかなかった。
それでもこれでピサロともお別れだ。簡単な別れの挨拶をすると、ピサロはサクリファスへ向かう船に乗り込んだ。これでデレインの役目は終わったようなもの。あとは出港を見届けるだけだ。
名残惜しいのだろう…ピサロはデッキに佇み、港をじっと見詰めている。その姿を見ていると、何とかしてやりたくもなる。だが、デレインは何もしなかった。やがて船は港を離れ、その姿は少しずつ小さくなっていく。そして、デレインは港を後にした。
もう少し話がしたかった…それはピサロにとって、偽りのない本心だ。この半年間の拘束には、欠けているものがあった。それが人との交流だ。だから、デレインとあれだけ話をしたのだ。迷惑だったかもしれないが…。
そういえば、アイツどうしてるかな…船上の人となったピサロは、1人の女を思い浮かべていた。アインラスクへやって来た日に出会い、意気投合した女だ。名前は確か…キアラマリア。
彼女は娼婦だった。だから、カネを払って一夜を共にした。いい女だったな…燃え盛る炎のような赤い髪が印象に残っている。その一方で、顔立ちはあまり印象に残っていなかった。綺麗な女性であったことは間違いないが…。
きっと元気でやっているさ。根拠なんてまったくないが、そこには確信があった。
すべての帆がしっかりと風を受け、ピサロを乗せた船は海の上を滑るように進んでいく。風は測ったようにサクリファスへ向けて吹いているので、船は最高速でアインラスクから離れていった。ピサロの目に写るアインラスクは少しずつ小さくなっていき、やがて完全に見えなくなった。




