秘密の会合
この日の夕方、エルザスレーン城に程近い邸宅に、ラグーザ・レム・レガルディアの姿があった。一見すると、そこはただの邸宅だがそうではない。ここは『ソブリオグラティエ』という知る人ぞ知る隠れ家レストランだ。
ここにはエルザスレーン城から繋がっている地下通路を通らなければ、入ることはできない。このような造りは決して珍しいものではない。これは軍からの要請で、その方が警護がしやすいのだ。だから、この邸宅以外にも、エルザスレーン城と繋がっている邸宅は幾つかある。
ここで待ち合わせをするということは、大っぴらにはできないことがあるということだ。待つこと数分、身なりのいい初老の男が姿を現した。男が一礼して部屋に入ると、ラグーザは立ち上がり、礼を返した。
「待たせてしまったようで…申し訳ない」
初老の男はばつが悪そうに謝罪した。
「いえ、用事が早く終わりましたもので…」
ラグーザはやや緊張した面持ちで答えた。その地位もあり、ラグーザが物怖じすることはそれほどない。だが、今日はそうではない。
この初老の男の名はカルドソ・ラヴァリーノ。現在はレガルディアの内務大臣の地位にある男だ。豪腕の政治家として知られ、豪腕エピソードには事欠かない。その一方で義理人情に厚く、気配りの人と慕われる一面もある。
新聞各紙は豪腕エピソードを否定的に取り上げ、気配りエピソードはほとんど取り上げない。不公平だろう…ラグーザをはじめ、そう思う者は少なくないが、当の本人はまったく気にしていない。カルドソという男の器の大きさを示すエピソードと言っても過言ではないだろう。
「テネラニの件ですが…真相にたどり着いた者がいるようです」
ラグーザは努めて冷静に事実を報告した。それは意外なことではない…いつかバレると思っていた。それにしたって早過ぎるが。
「そうですか…」
カルドソはそう呟いたきり、黙り込んでしまった。ラグーザの報告を受け、思索にふけっているのだ。それと同時に、これは外で待機している給仕への配慮でもある。それはちゃんと伝わった。
コンコン
絶妙なタイミングで、給仕が開け放たれている戸を叩いた。控えめではあるが、きっちりと伝わるように配慮された音だ。言われずとも、カルドソの意図が分かっているのはさすがである。
「失礼します」
一声かけて、給仕の女の子が『ソブリオグラティエ』名物のガトーショコラと紅茶を差し出した。カルドソが一つ頷くと、給仕の女の子は去り際に戸を閉めて出ていった。
「随分と早かったね。それからこの件に私の娘が関わってしまったことを、申し訳なく思っているよ」
しばらくの沈黙の後、カルドソが口を開いた。
「いえ…」
ラグーザはそれを気にしている訳ではなかった。それでもシンザーとウィズモアに問い詰められたことを思い出し、若干の不快感がにじみ出てしまう。
「あの2人がこの件に関わったのはただの偶然だよ。私にとっても驚きだった」
ラグーザの表情から内心を推測したカルドソは、事実を淡々と伝えた。
「もちろん、分かっています」
ラグーザは紅茶を一口飲み、自らに自制するように言い聞かせた。それを見ながらカルドソはガトーショコラを口に運び、満足げに頷いた。
当初の予定では、切り裂き事件の通報を受けて駆けつけた魔法戦士がこの件を調べることになっていた。それで一先ず真実をうやむやにする…いずれ真実が明るみになっても構わないが、それは今ではない。だが、予期していなかったことが起こってしまった。あの場に、シンザーとウィズモアがいたのだ。
その後の対応にも特に問題はなかったので、シンザーとウィズモアがこの件を捜査することになった。それは自然な流れで、そこに横槍を入れるのは困難だ。駄目元でファブロス隊の隊長であるニャブリに働きかけてみたが、案の定、拒絶されてしまった。
もっともラグーザは最初から悲観的だった訳ではない。捜査する人間が変わっても、結果が同じになれば問題はない…そう思っていた。
だが、その期待はあっさりと裏切られた。シンザーとウィズモアは、あっという間に真実にたどり着いてしまったのだ。おかげでラグーザは面目を潰された画壇の方々に、平謝りをする羽目になってしまった。
「でも、いずれ真実にたどり着く者が現れる。その時にどうするのか?それは取り決めていたはずだ」
カルドソの指摘は間違ってはいない。この件でカルドソの助力を求めた時に、ラグーザはそのような約束を交わしていた。
「それを忘れた訳ではありません。ですが…こうも早く明らかになるとは思っていなかったので。画壇の方々には、迷惑をかけてしまいました」
これから謝罪行脚をすることになる。きっと色々と言われるだろう…ラグーザはそれを想像し、苦笑いを浮かべた。
「しかし、もとはといえばその画壇の方々に問題があったということだからねえ…テネラニは彼らの作為の犠牲者だよ」
それがなければ余計なことをする必要はなかっただろう。そう思い、カルドソは少しばかり不快感を示した。
「そうですね…」
カルドソの気持ちはよく分かる。テネラニが正当に評価されていれば自殺することはなかったし、今回の件も起こす必要はなかった。
一方で、テネラニがもう少し画壇との付き合いが良ければ、こんなことにはならなかっただろう…ラグーザはそう思ってしまう。
「彼が…テネラニがもう少し付き合いが良ければ。そう思わずにはいられません」
何とかできたのではないか…ラグーザには後悔の念がある。
「それは仕方がないよ。君は助言をしたが、彼は聞き入れなかった。それだけの話さ」
カルドソはラグーザを擁護するように言った。
内心では馬鹿な男だと思っていた。テネラニは自身の力だけでひとかどの人物になるつもりだったのだろう…だが、世の中そんなに甘くはない。画壇と政界はまるで違う世界だが、そういう意味ではよく似ている。自身の半生を思い返しながら、カルドソは紅茶を一口飲んだ。
「そうですね…ところで、例の男はどうします?」
後悔したところで、テネラニはもう戻ってこない。ならば、事後の処理をしっかりとするべきだ。ラグーザは偽物の寄り添うツバキを切り裂いた男ピサロの処置について、カルドソに尋ねた。
「シンビネが余計なことをしてくれたが…もう片が付いたことだ。まあ、彼にとってはその方が良かったのかもしれないね」
呟くように洩らしたカルドソの言葉を聞き、ラグーザはカルドソがピサロを始末するつもりだったことを確信した。
「計画通りにいっていれば始末するところだったが…もう終わったことだ。追放でいいんじゃないかな?」
本人が気付いているのかどうかは分からないが、カルドソには自身が決めたことを尋ねてくる癖がある。だから、ラグーザはこくりと頷いた。
「それにしても、ここのガトーショコラは美味しいねえ…」
甘党のカルドソはケーキに目がない。これは有名な話だ。
「そうですね。そういえば、うちのスタッフが新しいお店を見つけたんです。また美味しいケーキをご馳走しますよ」
ラグーザの申し出に、カルドソは破顔一笑した。
懸案は解決した。給仕の声がかかるまでは、しばらく雑談を楽しんでもいいだろう。ラグーザとカルドソは、時間いっぱいまでケーキや芸術の話で盛り上がることになった。




