打ち上げ
本物の寄り添うツバキを手渡し、ロマネラにあの夜の真実を伝える。この訪問の目的はきっちりと果たした訳だが、ウィズモアは腑に落ちないものを感じていた。
「あれで良かったの?」
セルヴェンカ家の邸宅から十分に離れたところで、ウィズモアは気になっていたことを聞いてみた。
「ああ、問題ない」
それに対して、シンザーは自信たっぷりに答えた。
ロマネラのしたことは間違いなく犯罪行為だ。普通なら逮捕するところだが、セルヴェンカ家の当主であるロマネラを引っ張っていくと、大変なことになってしまう。後はニャブリをはじめ、上の連中になんとかさせればいい。
もっとも何も起こらないだろうが…シンザーは表情ひとつ変えることなく、ロマネラの今後を推測した。せいぜい厳重注意で終わりになるだろう。世の中そういうもんだ。
「じゃあさ、離れで祝杯をあげない?」
この一件は落着した。だから、ささやかな打ち上げをしようと、ウィズモアが提案してきた。
「いいのか?」
打ち上げをすることは考えていたが、それをラヴァリーノ家の離れですることは考えていなかった。なので、シンザーは少し遠慮気味に尋ねた。
「もちろんよ。昨日の夕ご飯の時にソムニアにはちゃんと伝えているから…だから、大丈夫なの」
ウィズモアがそこまで言うのであれば、シンザーに断る理由はない。
「それじゃあ、お言葉に甘えることにするよ」
ここは予定を変更して、ラヴァリーノ家の離れへ向かうことにしよう。
思いもよらない展開には慣れっこだ。ソムニアの腕前は折り紙つきで、それはシンザーもよく分かっている。間違いなく美味しいものが、しかもタダでいただけるはずだ。シンザーは頬が緩みそうになっていた。
「祝杯をあげたいとのことでしたので、今回は白ワインを用意しました」
離れで待っていたソムニアは、シンザーの期待を裏切らなかった。
「そいつはありがたいね」
お昼から飲めることに、シンザーは喜色満面だ。
「どうしてワインなの?」
「ワインはそれだけでも美味しく楽しめるお酒ですが、料理に合わせると味わいに奥行きが増し、料理もワインにより美味しさが引き出されます」
ワインを用意した意図を尋ねたウィズモアに対して、ソムニアはしっかりと説明してくれた。
「ワインと料理は深く結び付いています。ワインに合う料理を知れば、両方の美味しさをより引き出すことができます」
こいつは期待できそうだ…ソムニアの説明を聞きながら、シンザーは満足げに頷いていた。
「ワインには赤と白がありますが、今回は若い白ワインを選んでみました。柑橘類やハーブの香りが特徴的なワインです。フレッシュで酸味あふれる味わいなので、お昼からでも大丈夫かと」
ここまで詳しいとは思わなかったので、シンザーは感心しきりだ。
ソムニアがワインクーラーから取り出した白ワインをグラスに注いでくれた。グリーンがかったレモンイエローという色合いは、このワインがそれほど熟成されていないことを物語っている。そして、このワインと一緒に、オレンジと生ハムのサラダが出された。
「旨いね」
まずはサラダをいただいたシンザーが、満足げに頷きながら言った。
「オレンジの甘酸っぱさと、塩気のある生ハムがぴったりのオシャレなサラダだね」
月並みなことしか言えなかったシンザーに対して、ウィズモアはソムニアの狙いをしっかりと理解している。ソムニアは小さく頷いただけだが、内心ではとても満足していた。
「こういうサラダはよく作るのか?」
サラダを食べてワインを飲めば分かるが、このサラダはワインにピッタリだ。
「果物を使ったサラダは好きなので、よく作ります。生ハムと合わせて、さっぱりとした爽やかなサラダに仕上げました」
次の一品を作りながら、ソムニアはシンザーの見立てが正解だということを明かしてくれた。
「オレンジの代わりにグレープフルーツを使っても美味しいですよ」
そう言われると、グレープフルーツと生ハムのサラダも食べてみたくなる。
「それは作ってないよね?」
ウィズモアはカウンター越しに覗いてみたが、それらしいものは見当たらない。
「そうですね」
手を休めることなく、ソムニアは答えた。残念ながら、それはまたの機会になりそうだ。
シンザーとウィズモアは、オレンジと生ハムのサラダと白ワインを堪能しながら今回の一件についてあれこれと話している。ソムニアは適度に相槌を打ちながら、次の一品を完成させた。
「これは…鶏肉のハーブ焼き?」
「そうです。鶏肉のハーブ焼きと、ハーブの香りを感じる白ワインは、間違いのない組み合わせの一つです」
ワイングラスを片手に興味津々で尋ねてきたウィズモアに、ソムニアはその意図を淀みなく答えた。
「ローズマリーやタイムなどの香りを移したオリーブオイルで鶏肉を焼くと、かぐわしい香りに食欲がそそられる鶏肉のハーブ焼きが作れます」
確かにこいつは旨そうだ…ソムニアの説明を聞きながら、シンザーは感心しきりだ。
「酸味のあるワインを合わせれば、鶏肉にレモンを絞るような感覚でさっぱりと食べられます」
つまり今日のワインにピッタリな訳だ。早速いただくことにしよう。
「これも旨いね」
皮がパリパリなのがいい。白ワインをちびちびと飲みながら、シンザーはご満悦の様子で頷いた。
「鶏肉の旨味に香り豊かなハーブがマッチしているね。これはやみつきになる一品かも…」
相変わらずありふれたことしか言えないシンザーに対して、ウィズモアの感想はソムニアにとって最大級の賛辞だ。
「鶏肉を焼くだけで作れるので、気取らない日々の食事でも作れますよ」
ソムニアの言っていることは間違いではないのだろう。でも、シンザーもウィズモアも、これほど美味しくできるとは思っていなかった。
サラダやハーブ焼きだけでなく、ソムニアはフルーツタルトでも白ワインを楽しませてくれた。甘味と酸味の相性が抜群のフルーツタルトは、白ワインによく合っている。
極上のワインと食事を堪能すると、3人の会話は今回の一件の総括へと移っていった。




