あの夜の真実
「あなた方の目論み通り、心中事件が報道されると、テネラニ・キリマベラジに対する画壇の評価は一変しました」
ロマネラの告白を聞いたシンザーは、それを引き継いでその後の展開を述べた。
ロマネラは実に上手くこの企てをやってのけた。その後の経緯を見れば、それは明らかだ。それ故にシンザーには新たな疑問が生じていたが、ここではそれを追究しないことにした。
「作品から迸る情熱は本物。女達を愛し、魂を燃やすような経験のすべてが、絵筆に昇華されている…あの人達は結局何も分かってはいないのよ」
ロマネラは画壇の連中を小馬鹿にするように、テネラニの評価を口にした。
「そうかもしれませんね…」
ウィズモアにはロマネラの気持ちがよく分かる。
「ところで…寄り添うツバキがなくなっていることにはいつ気付いたのですか?」
この一件は二つの事件で構成されている。ウィズモアはもう一つの事件の発端について尋ねた。
「夫が亡くなった翌日です。てっきり、本人が処分したものと」
テネラニが自殺した日に盗みに入られる。それはロマネラにとっても思いもよらないことだった。
「あなた方は絵が失われた事実を利用して、第二のお芝居を打った…それがあの切り裂き事件でした」
シンザーの言う通り、失われた絵が寄り添うツバキだったのはロマネラにとって好都合だった。それにより、他の絵ではできない物語を作ることができたからだ。
『それは自分とロマネラを表しているんだよ』
いつだったか…テネラニが自分にそう言ったことがあった。本心ではないように思えたが、それでも嬉しかった。それをもとに、ロマネラはテネラニとノガラの不倫話をでっち上げた。
「追悼展に出展したあの寄り添うツバキは、ノガラ・ラベルフィーユが描いた偽物…だったんですよね?」
「そうよ」
そこを確認したウィズモアに対して、ロマネラは簡潔に答えた。
「一人の天才の存在を世の中に教えてあげたかったの。それは多くの人にとって有益なことだわ」
ロマネラは本気でそう思っているようだ。だが、それは間違ったやり方だ。あの夜の真実を知ったシンザーとウィズモアは、そう断言できる。
「もしかしたら、芸術から最も離れた場所にいたのはあなた方かもしれませんね」
シンザーは少し強い口調でロマネラを非難した。
「テネラニ・キリマベラジの作品が本物であれば、たとえどれほど時間がかかろうともいずれ正当な評価を得るはず…そうは思いませんでしたか?」
確かな自信をもって、シンザーは自身の考えをロマネラに問いかけた。
シンザーの言い分はもっともだ。それが分からないほどロマネラは愚かではない。だが、いつになるか分からないその時を待ってはいられなかった。だから、こんなことをしたのだ。
とは言え、シンザーがなぜそんな正論を自信たっぷりに吐けるのか?それがロマネラには分からない。その結果として、ロマネラは怪訝な表情を浮かべてしまった。
「窃盗犯が、不思議なことを言っていました。なぜ今回は現金や宝石ではなく絵を盗んだのか?それを尋ねたところ、彼はただ欲しかったから…そう答えたそうです」
あの夜の真実を明かそうとしているウィズモアを、ロマネラは食い入るように見つめている。
「その思いがどこから来たのか…彼自身にも分かっていなかった。確かなことは、絵の窃盗が合理的ではないことが分かっていたにも拘らず、絵を盗んだ…ということです」
それが意味することは、ロマネラにも伝わったようだ。
ウィズモアの説明は、窃盗犯モルヴェドが絵に魅了されたということを物語っている。それを裏付ける事実もある。ウィズモアから目配せを受けたシンザーが、それを話してくれた。
「彼がテネラニ・キリマベラジという画家を知ったのは、たまたま買った新聞に追悼展の特集記事が組まれていたからです。つまり、彼はそれまでテネラニ・キリマベラジという画家も、この作品の価値もまったく知らなかった」
そうでなければ自分の部屋に飾ったりはしない。さっさと売りに出していたはずだ。
「それでも無性に手に入れたくなった。この絵を盗み、自分の部屋に飾って毎日眺めているうちに、自身の生き方を変えたくなってきた。そう思い立った彼は定職につき、真面目に働くようになった…そのように話していました」
最後はウィズモアが締めくくった。
『真面目で筋がいい…アイツは掘り出しもんだよ』
木工所の支配人は、モルヴェドを高く評価していた。あの絵が一人の人間の人生を変えたのだ。あの夜の真実とその後を知ったロマネラは、驚きに満ちた表情を浮かべている。
「愚かなことをなさいましたねぇ…実際のところ、あなたはテネラニ・キリマベラジという画家の才能ばかりか、彼の作品が持つ力すら信じていなかった。そうとしか言いようがありません」
シンザーはロマネラの行為を心底残念そうに評した。だが、ロマネラにとっては最早どうでもいいことだった。
「この絵を見て、人生を変えたくなった…窃盗犯はそう言ったんですよね?」
憑き物が落ちたような表情で、ロマネラは2人に尋ねた。
「はい…そうです」
これにはウィズモアが答えた。
「私の夫は…やっぱり、本物の芸術家だったんですよね?」
尋ねるロマネラの声が震えている。誰もがテネラニの才能を認めていても、その答えを聞くのは勇気がいるものだ。
「ええ…その通りだと思いますよ」
やはりテネラニのことなど知らなかったシンザーが、それを認めることには大きな意義がある。ロマネラは溢れる涙を拭いながら、慈しむように寄り添うツバキにそっと触れた。
これで用件は済んだ。これ以上、話すことは何もない。シンザーは一礼し、右へ倣ってウィズモアも一礼した。そうして2人はテネラニのアトリエを後にした。




