お芝居
モルヴェドの家から寄り添うツバキを回収したシンザーとウィズモアは、拠点に戻るとデレインから取り調べの結果を聞くことにした。いつものようにカフェスペースで紅茶を楽しみながらその一部始終を聞いたが、それはシンザーにとって満足のいくものだった。
「そうか…」
モルヴェドの自白は、シンザーにとって予想通りのものだった。
「後は任せたぜ」
ここから先はシンザーの仕事だ。デレインは分をわきまえている。そろそろ『風のささやき亭』に戻る頃合いだ。
「色々とありがとな。おかげで助かったよ」
ここ数日のデレインの働きぶりに、シンザーは礼を言った。デレインは軽く手を上げ、カフェスペースを後にした。
去り行くデレインを見送りながら、シンザーはここ数日の間に起こったことを思い返していた。暴落したテネラニ追悼展のチケット。切り裂かれた寄り添うツバキ。半年前の心中事件の資料。既に散っていたツバキ。絵を盗んだ男…すべての点が繋がっていく。おそらくウィズモアにもこの一件の全容が見えているだろう。
迎えた翌日、シンザーとウィズモアは再びロマネラを訪ねていた。ロマネラは俺達に複雑な思いを抱いているはず…それでも会うのは、俺達が何をもたらすのかを知りたいからだろう。シンザーはそう推察していた。それを裏付けるように、ロマネラは2人を離れに案内した。
「追悼展、ますます人気が出ているみたいですね」
ウィズモアは嬉しそうに追悼展の話を振った。昨日、シンザーとウィズモアはテネラニ追悼展の様子を窺っていた。テネラニファンの一人としては、嬉しい限りだ。
「夫も喜んでいると思います」
これにはロマネラも嬉しそうだ。
「今や追悼展に訪れるのは、下世話な興味に動かされた人ばかりではない。テネラニ・キリマベラジの作品そのものに魅了され、リピーターになった方も増えているようですね」
シンザーの見立てには、誰もが納得してこくりと頷いた。
「そうですね。ところで…今日は何のご用でしょう?」
それでも長々と世間話をするつもりはない。ロマネラは、シンザーとウィズモアが自身のもとを訪ねてきた真意を問い質した。
「まずは…これをお返ししようかと」
ウィズモアはロマネラに背を向け、戸棚の上に箱を置き、慎重に箱の中から寄り添うツバキを取り出した。そうして振り返ると、それをロマネラに差し出した。
それを見たロマネラは、思わず息を呑んでしまった。シンザーとウィズモアが、本物の寄り添うツバキを持って自身のもとにやって来る…それはまったく予想していなかったことだった。
「窃盗犯がこのアトリエから盗み出したと供述しました」
ウィズモアは淡々とした口調で事実を伝えた。一方で、ロマネラは魅入られたように寄り添うツバキを見つめている。
「もう一つ、テネラニ画伯の死の真相が分かりました。ロマネラさんのおっしゃった通り、あれは心中などではありませんでした」
シンザーは少しばかり嫌味な物言いで、自身の見立てを話し始めた。ロマネラはノガラを嘘つき呼ばわりしたのだ。これぐらいは構わないだろう。
「あれは、お芝居の第一幕だった…違いますか?」
「お芝居ですって。どういうことですか?」
帰ってきた寄り添うツバキに、ロマネラは言葉にならないほどの衝撃を受けてしまった。それでも一連の出来事をお芝居と断言され、ロマネラは色をなしてシンザーを詰問した。
「半年前の心中事件、そして今回の寄り添うツバキ切り裂き事件…これらの出来事は、思惑は違えど利害が一致した人達による、一連のお芝居だったのです」
血相を変えたロマネラを宥めるため、シンザーは子供に物語を読み聞かせるように話を続けた。
おそらくそれはロマネラが画策したのだろう。テネラニという画家の存在を、世に知らしめるために。それを受け、テネラニの絵を多数所有するラグーザが色々と動いた。そして、ノガラにとっては、自身の評価を変えるまたとないチャンスだった。誰にとっても損はない。
「主人公は亡きテネラニ・キリマベラジ。演出はロマネラさん…あなたです」
それを踏まえて考えると、そういうことになる。
「そして、観客は噂好きで物見高く、野次馬的好奇心を持ち合わせた一般大衆」
そういうシナリオだったと考えると、すべてが腑に落ちる。それがシンザーの見立てだ。ウィズモアには朧げにしか見えていなかったが、シンザーは完璧に見抜いているように思える。
「あなたの仰っている意味がよく分かりません」
言葉とは裏腹に、ロマネラは苛立ちを隠せないでいた。
「では…お芝居が生まれた背景をお話しましょう」
それで答え合わせは済んだ。シンザーは余裕を持って自身の見立てを話すことにした。




