モルヴェドの証言
あの日のことは鮮明に覚えている。何度問い詰められても忘れたと答えたが、それは嘘だ。一刻も早く忘れたいのに、ふとしたことで思い出してしまう。モルヴェドにとって、それは呪いのようなものだった。
セルヴェンカ家の邸宅に目を付けるようになったのは、離れの改修が始まった頃だ。跡取りの一人娘が工事にちょくちょく顔を見せ、職人と話し合う姿が見られた。
モルヴェドは、少し前にこの一人娘が結婚していたことを知った。だから、彼女が自分用の書斎を造っているものと見立てていた。ならば、金目の物も多少はあるはずだ。母屋と比べると侵入しやすいと思われることも、モルヴェドを後押しした。
その後の調べで、離れを使うのは結婚相手の旦那の方だと分かった。そうは言ってもセルヴェンカ家の離れだ。使うのがどちらであれ、モルヴェドが計画を変更することはなかった。窃盗という行為がもたらすスリル…それを味わってしまうと、やめられなくなる。少なくともモルヴェドはそうだった。
決行の日は10月22日。離れへの侵入は、拍子抜けするほどに容易かった。鍵がかかっていなかったのだ。不用心なヤツだな。呆れながらも今日はついている…そう思っていた。この時までは。
モルヴェドは光の魔法剣リクトルースを光らせた。これはライラリッジ第一高等学校魔法科の生徒が実習で作ったもの。機能は刀身が光る…それだけ。しかも模擬刀だ。だから、格安で買うことができるし、模擬刀なので個人認証も必要ない。
こんな代物を好き好んで買うヤツはそうはいない。だが、モルヴェドは満足していた。盗みに入るにはこれで十分だ。室内を物色しようとしたところで、何かに躓いてしまった。どうやら足元が疎かになっていたようだ。
苦笑しながら足元を照らすと、そこには人が倒れていた。胸には闇の魔法剣オルフェンが深々と刺さっている。一目で死んでいるのが分かった。驚きのあまり叫び声を上げそうになったが、モルヴェドは必死で堪えた。
ぎゃあ!とでも言おうもんなら、母屋で寝ている跡取りの女が目を覚まし、様子を見に来るかもしれない。それだけではない…それを聞いた近所の人達が、家から出てくるかもしれない。それだけは絶対に避けなければ…。
そして、モルヴェドは堪えきった。ガクガクとした震えは止まらないが、それでもモルヴェドは大きく息を吐いた。俺は何も見ていない…何も見ていないんだ!自分にそう言い聞かせ、今日は何も盗らずに離れを後にしようとした。その時、壁にかけられている一枚の絵が目に入った。
不思議な魅力を持つ絵だった。何も盗らずに出ていくつもりだったが、気が変わった。モルヴェドは寄り添うツバキを持ち去ることにした。その後の展開は、あのシンザーとかいう魔法戦士の見立て通りだ。
永遠のような一瞬の後、モルヴェドは現実に引き戻された。
「その日はテネラニ・キリマベラジが命を落とした日だ」
テネラニ・キリマベラジとノガラ・ラベルフィーユが心中した日は10月22日。だが、デレインは敢えてテネラニが命を落とした日と言い換えた。
「お前は自分に殺人の疑いがかかることを恐れている。あの日、アトリエでテネラニ画伯の遺体を見つけた…そうじゃないのか?」
デレインがモルヴェドを問い質した。
シンザーから聞いた話を総合すると、テネラニとノガラが心中したという話には疑義が生じてくる。では、テネラニの死の真相は?それをモルヴェドが知っているかもしれない。
「どうなんだ?」
ここでマドンが身を乗り出して凄んだ。
「盗みには入ったけど、俺は殺してません…信じてください」
モルヴェドは今にも泣き出してしまいそうだ。
「だろうな。お前は殺してなんかいない」
これにデレインは同調し、マドンも頷いた。モルヴェドを懐柔するために話を合わせている訳ではない。これまでのモルヴェドの経歴を洗うと、それは明らかだ。
モルヴェドはこれまでに盗みに入って見つかったことが何度かある。その時、モルヴェドは抵抗することなくあっさりと捕まり、表向きは反省している。だから、前科にならないのだ。それを踏まえると、モルヴェドがテネラニを殺害したとは考えにくい。
「そこが…テネラニさんのアトリエだとは知らなかったんです。離れだからいけそうだと思って…。鍵も掛かってなくて、すんなりと入ったら…テネラニさんが、倒れていました」
盗みに入った家に死体がある。そんなことは思いもよらなかったのだろう…モルヴェドは声も体も震えている。
「テネラニはどんな状態だった?」
ここが重要なところだ…それが分かっているから、マドンはしっかりと確認する。
「胸に…闇の魔法剣オルフェンが刺さっていました。自分で刺したように見えました」
「それ以外には?」
先程までの猛獣のようなマドンとは打って変わり、猫なで声でモルヴェドに続きを促した。
モルヴェドの証言は、テネラニが自ら命を絶ったことを示している。問題はそこにテネラニだけしかいなかったのか?ということだ。ノガラもいたのか?それを明らかにする必要がある。
「そこには…テネラニさんしかいませんでした」
これは重要な証言だ。テネラニとノガラは心中なんかしていない。
「貴重な証言をしてくれて…ありがとう」
シンザーに倣ってマドンは紳士的に礼を言い、モルヴェドはこくりと頷いた。




