絵を盗んだ日
シンザーとウィズモアは、モルヴェドから居室の鍵を押収すると拠点を後にした。そこに本物の寄り添うツバキがあるはずだ。モルヴェドが借りているアパートの部屋は、勤めている木工所の近くにある。そこは生活に必要な物以外はあまりない殺風景な部屋だった。
「趣味とかないのかよ…刀剣集めとかよ」
この部屋を見て、シンザーは思わず小言を言ってしまった。
「刀剣を集めてるの?」
思わぬ形でシンザーの一面を知ったウィズモアは、大事なことをそっちのけにして尋ねてしまった。
「そうだ。世の中には実に様々な刀や剣がある…あれはいいぞ」
趣味の刀剣の話になり、シンザーは満更でもない様子だ。
これを機に、ウィズモアにも刀や剣の魅力を知ってほしい。例えば刀。身幅が細く、素早く断ち切ることを目的に作られた美しい曲線と、焼入れの際に生じる独特の模様…あれはいいものだ。
この刀というものは、異世界からやって来た鍛冶師によって伝えられたそうだ。そう言えば、アイツも…ショウも刀を使っているんだったな。気が合うかもしれない。
それだけではない。剣にも魅力はある。斬撃だけでなく、その質量を生かして鈍器としても使える両刃の剣。その剣に華麗な装飾を施しながら実戦にも耐えうる魔法剣…もちろん、刀をもとにした魔法剣もある。
刀剣の話ならいくらでもできそうだが、自分達は捜査のためにここに来ているのだ。このまま趣味の刀剣の話をするのはどうかと思う。だから、シンザーはそれとなく話題を変えることにした。
「お前はどうなんだ?」
「ん…私の部屋には色んな絵が飾ってあるよ。大きな絵も小さな絵もあるけど…一番多いのはこれくらいの大きさの絵かな」
ウィズモアが指し示した先には、1枚の絵画があった。本物の寄り添うツバキである。
この殺風景な部屋を見た時、まるでただ一色の濃淡で表現された世界のようにウィズモアは感じていた。そんな中にあって、寄り添うツバキは夜空の月のように輝きを放ち、世界に色を与えているように見える。
「まさか部屋に飾ってあるとはな…」
「戦利品を眺めて、悦に入っていたのかな…」
モルヴェドが既に絵を売り払っている可能性は否定できなかった。だから、これにはシンザーもウィズモアも、少しばかり驚いてしまった。
「やっぱり贋作とは迫力が違うね」
ウィズモアは寄り添うツバキを慎重に手に取り、しげしげと見つめた。
「確かに…何かが違う」
それはシンザーにも分かった。上手く表現できないが、この絵には見る者に訴えかけるものがあるのだ。
「シンザーにも分かる?」
「…何となくな」
聞かれたシンザーは、難しい顔で答えた。ひとしきり鑑賞した後、ウィズモアが持ってきた箱の中に寄り添うツバキを収めた。
「そうなってくると問題はロマネラだ。彼女はテネラニ・キリマベラジの遺作が盗まれたにも拘わらず、被害届を出さなかった」
ここでシンザーの目がグッと鋭くなった。
「それだけじゃあないよ…どこかの誰かさんに贋作を作らせ、あんな芝居までした」
敢えてすべてを明かすことをしなかったシンザーの後を受け、ウィズモアが補足した。
「どうやらもう一度ロマネラに話を聞く必要がありそうだな…」
シンザーは不敵な笑みを浮かべながら言った。あの時は上手く逃げられてしまったが、今度はそうはいかない。真相を明らかにしてやる。
「これを返しに行かないといけないし…丁度いいんじゃない?」
ウィズモアは寄り添うツバキを収めた箱を、コツコツと叩いた。これにはシンザーもこくりと頷いた。
その頃、拠点ではマドンがモルヴェドを尋問していた。今回、尋問室にいるのはマドンだけではない。この事件の事情をよく知るデレインが、補佐として立ち会っていた。
「盗みに入ったのはいつだ…」
感情を抑制し、全身に静かな迫力をみなぎらせたマドンが、モルヴェドを問い詰める。見る者が見れば分かる…今にもマドンアタックが炸裂しそうな雰囲気だ。
「忘れました…」
うつむき加減のモルヴェドが、力なく答える。ふざけた答えだ…誰もがそう思うだろう。そして、ここにはマドンがいる。次に何が起こるのかは、火を見るよりも明らかだった。
ドンッ!
何かが爆発したようなもの凄い音が尋問室に轟いた。マドンアタックが炸裂したのだ。これにはモルヴェドもビクッとしてしまう。もう慣れているデレインは、改めて特注品の机の頑丈さに感心していた。
「忘れるわきゃねえだろ…」
猛獣の唸り声のような低い声で、マドンがモルヴェドに詰め寄った。
「忘れ…ました…」
さらにうつむいたモルヴェドが、再び力なく答えた。
手詰まりのように見えるが、デレインは活路を見いだしていた。モルヴェドが絵を盗んだのは確定だ。だが、絵を盗んだ日を頑なに話そうとしない。それはなぜか?
「10月22日」
軽く手を上げ、マドンの了解を得たデレインは、半年程前の日付を口にした。この日付を聞いたモルヴェドは、思わず身じろぎしてしまう。当たりだな…デレインは自身の見立てが正しいことを確信した。




